食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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前回の翌日の話です。


嵐の前日

 マジックシアターの居住エリアにある広々とした食堂には、朝の柔らかな光が差し込んでいた。

 

大きなテーブルには焼き立てのパン、サラダ、スープ、そして――

 

どう見ても朝食の量ではない巨大な鉄板が一つ、どんと鎮座している。

 

鉄板の上では、悠里千夜が結絆のために焼いた分厚いステーキがじゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いを立ち上らせていた。

 

「......朝から相変わらずよね」

 

呆れ半分、慣れ半分の声で御坂美琴が言う。

 

「食事は元気の源だからねえ。朝からしっかり食べていくよお」

 

そう言いながら、結絆はナイフで切り分けたステーキを口に運ぶ。

 

量にして既に一キロは軽く超えているが、本人は至って自然体だ。

 

一方、帆風潤子は微笑みながら食後のコーヒーを口にし、ミサカはハンバーガーをかじりつつ無表情のままテレビに視線を向けていた。

 

ダイニングの壁に設置された大型モニターでは、朝のニュース番組が流れている。

 

『続いてのニュースです。本日未明、学園都市近海で、急速に発達した大型台風が確認されました。』

 

その一言で、場の空気が引き締まった。

 

『この台風は非常に勢力が強く、明日には学園都市に最接近する見込みです。暴風雨や大規模な停電、交通機関への影響が懸念されており......』

 

画面には赤や紫で塗られた予想進路図が映し出される。

 

「......あー、これは結構やばそうかも」

 

警策看取がトーストを持ったまま、画面を見つめて言った。

 

「結絆さん、明日はマジックシアターは閉める?」

 

その問いに、結絆はステーキを咀嚼しながら一度テレビに目を向け、ふっと息をついた。

 

「そうだねえ」

 

ナイフとフォークを置き、穏やかな声で続ける。

 

「安全第一だし、無理に開ける理由もないかなあ。それと、台風は強そうだからうちに出店してくれてる人たちも不自由ないように手配しようかあ」

 

「出店の人たちの宿泊先とか、食事の手配?」

 

「うんうん。その辺まとめてねえ。雨風が激しかったら帰れなくなる人もいるだろうし」

 

看取は即座に頷き、端末を操作し始める。

 

「了解。念入りにやっとくから」

 

「助かるよお」

 

結絆は満足そうに笑い、再びステーキに手を伸ばした。

 

鉄板の上には、まだ二キロ分以上が堂々と残っている。

 

その様子を見て、美琴が思わずため息をつく。

 

「指示は完璧なのに、食事の光景のせいで台無しすぎるわよ」

 

「褒めてるのか文句なのか、どっちかなあ」

 

軽口を叩きながらも、結絆はふと思い出したように端末を手に取った。

 

「......あ、そうだ。当麻と操祈にも連絡入れとこうかあ」

 

現在、二人はイタリア旅行の真っ最中だ。

 

写真付きのメッセージが時折送られてくるので、二人は幸せな時間を過ごしているのだろう。

 

結絆は簡単に状況をまとめ、音声通話を繋いだ。

 

日本とイタリアの時差は八時間なので、ぎりぎり起きているかもしれない。

 

『ふあぁ、結絆。どうしたんだ?』

 

当麻の眠そうな声が聞こえる。

 

操祈の欠伸も小さく聞こえるので、二人は一緒に寝ているのかもしれない。

 

「学園都市に大型台風が来るみたいでさあ」

 

『え、マジかよ?』

 

「うん。明日が一番やばそうだから、帰ってくるのは明後日にした方がいいかなあって」

 

少し間を置いてから、当麻が言った。

 

『分かった。じゃあ、追加で一日観光してから帰るぞ』

 

「無理して帰ってきて事故ったら元も子もないからねえ。細かい手続きはこっちでやっておくから最後まで楽しんでくるんだよお」

 

通話を切ると、結絆は満足げに頷き、再び食事に戻る。

 

「......で、まだ食べるわけ?」

 

美琴の問いに、結絆は当然のように答えた。

 

「まだ二キロあるからねえ」

 

「朝食の概念が壊れてる......」

 

看取は苦笑し、ミサカは静かに頷いた。

 

「結絆は通常運転です、とミサカはお姉様に認識を改めるように提案します。」

 

外ではまだ穏やかな朝の風が吹いている。

 

しかし、確実に迫る嵐を前に、結絆は変わらぬ調子で三キロのステーキを平らげていくのだった。

 

 

 

 ステーキ三キロをきれいに平らげ、さすがの結絆も一息ついた、そのタイミングだった。

 

ダイニングの扉が開き、甘く香ばしい匂いが一気に流れ込んでくる。

 

「おはよう、結絆クン♡」

 

にこにことした笑顔で現れたのは、蜜蟻愛愉だった。

 

両腕には大きなトレイ。

 

その上には、これでもかというほど積み重なったパンケーキの山が鎮座している。

 

「......うわ」

 

思わず美琴が声を漏らす。

 

「それ、何人前?」

 

「結絆クン用よお?」

 

当然のように言い切る蜜蟻に、美琴は言葉を失う。

 

「おおぉ!パンケーキ......!」

 

結絆の目がきらりと輝く。

 

「いい匂いだねえ。量も多くて食べ応えもありそうだよお」

 

「でしょお?台風前だしい、元気出してもらおうと思ってえ」

 

蜜蟻は嬉しそうにトレイをテーブルに置き、結絆の隣に腰掛ける。

 

パンケーキにはバター、メープルシロップ、フルーツ、クリームと、考え得る限りのトッピングがされていた。

 

「朝からステーキ三キロ食べて、さらにそれ......」

 

看取が半ば感心、半ば呆然と呟く。

 

「まだ入るの?」

 

「甘いものは別腹だからねえ」

 

結絆は即答し、さっそくパンケーキを一枚手に取ろうと――する前に、蜜蟻がさっと動いた。

 

「はい、あーん」

 

「......おや?」

 

気づいた時には、蜜蟻のフォークには切り分けられたパンケーキが乗っており、それが結絆の口元まで運ばれていた。

 

「結絆クン、あーん」

 

「ああ、朝から幸せだねえ」

 

少しだけ照れたように笑いながらも、結絆は素直に口を開ける。

 

ふわりとしたパンケーキが口に入った瞬間、結絆の表情が一気に緩んだ。

 

「......おお。ふわふわだねえ。甘さもちょうどいいよお」

 

「ほんと?うれしいわあ」

 

蜜蟻は満足そうに微笑み、次の一切れを用意する。

 

その光景に、美琴は思わず視線を逸らした。

 

「朝からいろんな意味で糖度が高すぎる......」

 

「でも、結絆が幸せそうなので問題ないです、とミサカは判断します」

 

「そうですね、結絆さんが幸せなのが一番です」

 

ミサカの冷静なコメントに、帆風が小さく笑う。

 

そんな穏やかな空気の中、結絆の端末が震えた。

 

「ん?電話だねえ」

 

表示された名前を見て、結絆は少し意外そうに眉を上げる。

 

「一方通行からだよお」

 

通話を繋ぐと、受話口から聞き慣れたぶっきらぼうな声が響いた。

 

『......よう、起きてるかァ?』

 

「おはよう一方通行。どうしたのかなあ」

 

『打ち止めがよォ、マジックシアターの見学をじっくりしたいって言い出してな』

 

その言葉に、蜜蟻がぴくっと反応する。

 

『数時間じゃ足りねェって騒いでる。だから......数日間、預かってもらえねェか』

 

結絆は少しも迷わず、即答した。

 

「いいよお。むしろ大歓迎だねえ」

 

『......助かる』

 

「台風も来るし、うちの方が安全だろうからねえ。打ち止めにもそう伝えておいて欲しいよお」

 

通話の向こうで、打ち止めの弾んだ声が聞こえてきた。

 

『本当!?やったー!いっぱい見るってミサカはミサカは大はしゃぎしてみたり!』

 

「ゆっくり見ていったらいいよお。部屋もちゃんと用意するからねえ」

 

電話を切ると、結絆は満足そうに頷いた。

 

「これでまた賑やかになるわねえ」

 

蜜蟻は顔を綻ばせる。

 

打ち止めは結絆たちにとって癒し的な存在である。

 

「預かるって、完全に家族扱いよね」

 

「今さらだよお」

 

美琴の言葉に、結絆は笑って返す。

 

その間にも、蜜蟻はせっせとパンケーキを切り分け、結絆の口元へ運び続けていた。

 

「はい、次はフルーツ多めよお」

 

「ありがとう、んん、おいしいねえ!」

 

甘い香りと、穏やかな笑い声に包まれたダイニング。

 

確実に嵐が近づいているが、マジックシアターの朝は、相変わらず騒がしく、そして温かかった。

 

 

 

 パンケーキの山は低くなり、テーブルの上には甘い香りと満足感が漂っていた。

 

「ふぅ......いやあ、本当に幸せだねえ」

 

結絆はそう言いながら、最後の一切れを噛みしめる。

 

蜜蟻は隣で嬉しそうにその様子を眺めていた。

 

「いっぱい食べてくれると、作った甲斐があるわあ!」

 

「それは何よりだけど......」

 

美琴はカップのコーヒーを一口飲み、結絆の前に並ぶ空の皿と鉄板を見て、軽く首を振った。

 

「本当にあんたの胃袋はどうなってんのよ!」

 

「恋人の作ってくれた料理は無限に食べられるからねえ」

 

その時、またしても結絆の端末が震えた。

 

「おや、また電話だねえ」

 

画面に表示された名前を見て、結絆は少し楽しそうに口角を上げる。

 

「軍覇からだよお」

 

通話を繋いだ瞬間、端末越しにやたらと熱量の高い声が響いた。

 

『結絆!!朝からわりぃな!!』

 

「おはよう軍覇。元気そうだねえ」

 

『元気じゃなきゃ俺じゃねぇからな!!それでだ、今日も地下のトレーニングルーム、使わせてもらっていいか?』

 

その一言で、周囲が一斉に納得の表情を浮かべる。

 

「ああ......」

 

「なるほど」

 

「いつものですね」

 

看取や帆風や美琴が小声で頷く中、結絆は即答した。

 

「もちろんいいよお。好きに使っていいからねえ」

 

『助かるぜ!!親友に追いつくためにも、本格的に鍛えたいからな!!』

 

「じゃあさあ」

 

結絆は少し間を置いて、にこりと笑う。

 

「どうせなら、後で組み手もしようかあ」

 

『......!!』

 

一瞬の沈黙の後、軍覇の声が一段階、いや二段階ほど跳ね上がった。

 

『いいじゃねえか!!組み手は大覇星祭以来だな!!』

 

「地下なら、多少派手にやっても大丈夫だからねえ」

 

『ああ!!最高だ!!昼過ぎには行くからな!!楽しみにしてるぜ』

 

「こちらこそだよお。楽しみにしてるねえ」

 

通話を切ると、ダイニングには微妙な間が流れた。

 

「......組み手、って」

 

美琴がじとっとした目で結絆を見る。

 

「朝からそれだけ食べて、さらに戦う気?」

 

「いい運動になるからねえ」

 

「そのレベルを“運動”って言うの、あんただけだから」

 

そんなやり取りをしていると、今度は食堂の扉が開いた。

 

「結絆さん!」

 

「結絆さんっ!」

 

現れたのは、弓箭入鹿と弓箭猟虎だった。

 

二人の手には、見慣れない金属製のボトルがそれぞれ一本ずつ握られている。

 

「おはよう、どうしたのかなあ」

 

「あの根性バカと組み手するって聞いたから」

 

入鹿が肩をすくめる。

 

「特製の栄養ドリンク、持ってきましたよ」

 

「筋トレ効率、爆上げ仕様です!」

 

猟虎が胸を張って言い切る。

 

「ほうほう......」

 

結絆は興味深そうにボトルを受け取り、軽く振って中身を確認する。

 

「これはまた、気合入ってるねえ」

 

「副作用は?」

 

美琴が警戒するように聞くと、二人は声を揃えた。

 

「「結絆さん専用だから問題なしです!」」

 

「もう突っ込むの疲れてきた......」

 

美琴はため息をつくが、結絆は気にする様子もなく、ボトルの蓋を開ける。

 

「じゃあ、早速飲むよお」

 

一気に煽るように飲み干すと、ボトルは空になった。

 

「......おお」

 

結絆は軽く拳を握り、身体の感覚を確かめる。

 

「確かに、身体が軽いねえ。いい感じだよお」

 

「よかったです」

 

「これであいつとも全力でやれますね!」

 

その様子を見て、美琴はついに大きくため息をついた。

 

「あんたは朝から一体どれだけ飲み食いするのよ......」

 

「必要なことだからねえ」

 

悪びれもせず笑う結絆。

 

外では台風が近づきつつあるというのに、マジックシアターの中は相変わらず、騒がしくて、賑やかである。




結絆自身は、自己制御(セルフマスター)を利用して食事をせずとも長期間活動できますが、食べるのが好きなので大量に食事をとっているという感じです。

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