食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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結絆の人外っぷりがよくわかる話です。


人の限界を超える結絆

 マジックシアター地下深く。

 

通常のトレーニングルームとは違い、普段は限られた者しか立ち入らない高負荷のトレーニングルームには、低く唸るような機械音が満ちていた。

 

「......相変わらず、ここは圧迫感があるよねえ。戦いに備えて体をもっと鍛えていくよお」

 

結絆は軽く肩を回しながら、目の前の巨大な球状設備を見上げる。

 

それは、学園都市でも限られた研究施設にしか存在しない、沙羅が結絆のためだけに設計・構築した特製の重力室だった。

 

「安全面は確認済みよ、結絆君」

 

制御パネルの前に立つ沙羅は、いつもの白衣姿。

 

冷静な眼差しで数値を確認しながら、淡々と告げる。

 

「重力負荷は段階的に上げられるようにしてあるわ。最初は......」

 

「1000G、だねえ」

 

結絆はにこりと笑い、重力室の中心へと歩いていく。

 

「準備運動にはちょうどいいかなあ」

 

「“準備運動”の基準が、一般人と致命的にズレている自覚はある?」

 

「あるよお。でも直す気はないかなあ」

 

沙羅は小さくため息をつき、スイッチを操作した。

 

次の瞬間――

 

ぐ、と空気が一気に沈み込むような感覚が襲う。

 

床、壁、天井。

 

すべてが結絆の身体を押し潰そうとするかのような圧を放ち、通常の人間なら立つことすら不可能な重力がかかる。

 

1000G。

 

だが、結絆は膝を折ることもなく、しっかりと床を踏みしめていた。

 

「......よし」

 

低く息を吐き、結絆はその場でスクワットの姿勢を取る。

 

ぎし、と床材がわずかに軋む音がした。

 

「普通にやるよりも効率がいいねえ」

 

汗が額に滲み、首筋を伝う。

 

それでも表情には余裕があり、動きは一切鈍らない。

 

ダンベル代わりに用意された負荷を調整できる超高密度ウェイトを持ち上げ、腕立て、スクワット、体幹トレーニングを次々とこなしていく。

 

筋肉が悲鳴を上げるほどの負荷。

 

それでも結絆の動作は、無駄がなく、滑らかで、そして異常なほど安定していた。

 

「......数値、安定してるわね」

 

沙羅はモニターを見つめ、思わず小さく呟く。

 

「心拍、筋繊維の損耗率、回復速度......どれも、理論値を大きく超えてるわ」

 

1000Gという常軌を逸した重力下で、結絆の身体は壊れるどころか、順応していた。

 

数十分が経過し、結絆は一度、大きく息を吐く。

 

「だいぶ慣れてきたねえ」

 

汗に濡れた前髪をかき上げ、制御室の方を見る。

 

「沙羅。次、いけるかなあ」

 

その一言の意味を、沙羅はすぐに理解した。

 

「......本気、なのね」

 

「うん。もう一段、上げたいかなあ」

 

沙羅は少しだけ迷い、それから静かに頷いた。

 

「10000G。設定するわ」

 

重力制御レバーが動く。

 

瞬間、空気が叩き潰される。

 

視界が歪み、空間そのものが結絆の肉体に牙を剥いた。

 

10000G。

 

床に少し亀裂が走る。

 

それでも......

 

「......っ!」

 

結絆は歯を食いしばり、倒れなかった。

 

筋肉が隆起し、全身から汗が噴き出す。

 

常人なら瞬時に原形をとどめることなく圧死する重力。

 

「......はは」

 

それでも、結絆は笑った。

 

「......いいねえ。身体が、全部使われてる感じがするよお」

 

ゆっくりと、だが確実に、結絆は拳を握りしめる。

 

「結絆君......」

 

沙羅は息を呑み、モニター越しにその背中を見つめる。

 

学園都市最高峰の頭脳ですら測りきれない、規格外の身体能力。

 

重力が支配する世界で、なお立ち続け鍛え続ける男。

 

地下深く、唸り続ける重力室の中で、結絆はさらに自分自身を追い込み続けていた。

 

 

 

 重力室の中で、結絆はトレーニングを続けていた。

 

10000G。

 

常識という言葉が無意味になる圧力の中、結絆は深く息を整える。

 

筋肉は限界を超えて悲鳴を上げ、微細な断裂が全身に走っていた。

 

「......ふぅ」

 

だが、次の瞬間――。

 

結絆の内側で、静かに何かが切り替わる。

 

「自己制御(セルフマスター)......」

 

呟くような声と共に、彼の身体の内側で変化が起きた。

 

損傷した筋繊維一本一本を、結絆は正確に把握する。

 

断裂、疲労、炎症。

 

それらを単なる「ダメージ」としてではなく、再構築の材料として捉え、制御する。

 

筋繊維が修復される。

 

だが、それは元に戻るだけではない。

 

修復された筋肉は、より強靭に、より圧縮され、より効率的な構造へと組み替えられていく。

 

無駄を削ぎ落とし、力を通すためだけの肉体。

 

汗が床に落ちる。

 

それでも、結絆の姿勢は崩れなかった。

 

「......10000G、もう敵じゃないねえ」

 

その言葉通り、数分前まで全身を押し潰していた重力が、次第に軽い負荷へと変わっていく。

 

沙羅は制御室でモニターを凝視していた。

 

「......信じられない」

 

筋損傷率は急激に下がり、回復曲線は異常な角度で跳ね上がっている。

 

「重力への適応......完璧よ」

 

その表示を見て、結絆は満足そうに笑った。

 

「よし。じゃあさあ......」

 

重力室の壁越しに、沙羅の方を見上げる。

 

「100000Gも試してみるよお」

 

その一言に、沙羅は即座に制御レバーから手を離した。

 

「......却下」

 

「ええ?」

 

「その前に栄養補給をしっかりしなさい」

 

沙羅は振り返り、重力室の外に視線を向ける。

 

「外で、皆が心配そうに見てるわよ」

 

その言葉に、結絆はようやく気づいた。

 

観測窓の向こう。

 

美琴、蜜蟻、帆風、看取、弓箭姉妹、そして他の恋人たちが、固唾を呑んでこちらを見ている。

 

「......!?」

 

結絆は苦笑し、肩をすくめた。

 

「それは、悪いことしたねえ」

 

重力が解除され、結絆はゆっくりと重力室から出る。

 

その瞬間、蜜蟻が真っ先に駆け寄ってきた。

 

「もう!無茶しすぎよお!」

 

「大丈夫だよお。ちゃんと制御してるからねえ」

 

「そういう問題じゃないわよ!」

 

美琴も腕を組んで睨む。

 

「全く......で、どうせ食べるんでしょ?」

 

「うん」

 

即答だった。

 

折り畳み式のテーブルの上には、いつの間にか並べられた大量の料理。

 

肉料理、魚料理、山盛りのご飯、野菜、スープ。

 

それぞれが、結絆の身体を回復させるために考え抜かれた手料理だった。

 

「じゃあ、いただきます!」

 

結絆はおいしそうに食べ始める。

 

皿が次々と空になり、料理が消えていく。

 

食べるたびに、結絆の能力によって、栄養が即座に吸収・変換されていく。

 

「......ちゃんと栄養補給できたみたいね」

 

沙羅のモニターに、その表示が出たとき、結絆は立ち上がった。

 

「おかげで完全に戻ったよお」

 

「戻っただけじゃなくて......さっきよりも強くなってるでしょ?」

 

美琴の指摘に、結絆は笑って頷く。

 

「うん。じゃあ、行ってくるねえ」

 

再び重力室へ。

 

「100000G、設定して」

 

沙羅は一瞬だけ目を閉じ、それから覚悟を決めたように操作した。

 

100000G。

 

空間が、音を失う。

 

だが、結絆は立っていた。

 

重力に押し潰されることなく、適応し、支配する側として。

 

「......よし」

 

低く呟き、拳を握る。

 

人の身でありながら、重力すら超えていく存在。

 

地下深くで、結絆はさらに己の肉体を鍛えていくのだった。

 

 

 

 100000Gの重力の中でトレーニングを続けること数十分。

 

結絆はゆっくりと息を吐き、拳を開いたり閉じたりしながら、自分の身体の感覚を確かめていた。

 

「......うん。もう、違和感はほとんどないねえ」

 

筋肉は張り詰めているが、痛みはない。

 

骨格は内側から密度を増し、軋む気配すら感じさせない。

 

結絆は観測窓の向こうにいる沙羅を見上げ、ふと思いついたように口を開いた。

 

「ねえ、沙羅」

 

「どうしたの?」

 

「この重力室って、どこまで上げられるのかなあ?」

 

一瞬、制御パネルの操作を止めた沙羅は、淡々と答えた。

 

「今は1億Gまでよ」

 

「......ほう」

 

結絆の口元が、わずかに緩む。

 

「製作日数の関係で構造材と制御系の限界がそこなの。今後改良すれば......もっと上げられるようになっていくわ」

 

研究者としての確信を帯びた声音だった。

 

「そっかあ......」

 

結絆は軽く頷くと、迷いのない声で言った。

 

「じゃあさあ、段階的に上げていこうかあ」

 

沙羅は一瞬だけ結絆の全身を見つめ、それから小さく息を吐いた。

 

「......分かったわ。慎重にやるわよ」

 

「もちろんだねえ」

 

200000G。

 

重力が再び上昇する。

 

空気が沈み、床が低く唸る。

 

それでも結絆は、足を踏みしめ、姿勢を崩さない。

 

500000G。

 

筋肉がきしみ、骨に圧がかかる。

 

だが、自己制御が即座に働き、負荷を受け止める構造へと身体が最適化されていく。

 

「......いい感じだねえ」

 

汗が浮かぶが、呼吸は安定していた。

 

100万G。

 

500万G。

 

1000万G。

 

数値が上がるたび、通常なら“破壊”としか言いようのない圧力が、結絆の中で“情報”として処理されていく。

 

筋繊維は断裂する前に再編成され、

 

骨は軋む前に結晶構造のような密度を持ち始める。

 

「結絆君......聖人の力、使ってないわよね」

 

沙羅は思わず呟く。

 

「今日は、純粋に己の身体だけでやってるよお」

 

その返答に、沙羅の指がわずかに震えた。

 

5000万G。

 

重力室全体が、低く、長く鳴った。

 

それでも制御値は安定している。

 

結絆は一歩、前に踏み出した。

 

床が、沈んだ。

 

だが、壊れたのは床材であって、結絆の足ではない。

 

「......なるほど」

 

結絆は、どこか感心したように呟く。

 

「骨も、もう全然問題ないねえ」

 

1億G。

 

沙羅は最後の確認を終え、静かにスイッチを入れた。

 

瞬間、空間そのものが凍りついたかのような圧を放つ。

 

それでも、結絆は、立っていた。

 

膝は曲がらず、背筋は真っ直ぐ。

 

筋肉は無駄なく引き締まり、皮膚の下で異様なまでの密度を感じさせる。

 

「......適応、完了」

 

沙羅のモニターに、その文字が表示される。

 

「純粋な肉体だけで......」

 

沙羅は言葉を失い、ただ画面を見つめていた。

 

 

 

 結絆が重力室から出てくると、彼の身体はトレーニング前とは明らかに違っていた。

 

無駄な力みはなく、しかし一歩動くだけで、圧倒的な強さが伝わってくる。

 

沙羅はすぐに結絆の体調チェックを始める。

 

「心拍数は正常。内臓の状態も安定してる。骨密度と筋肉量は......」

 

一瞬、言葉が詰まる。

 

「......理論値を、大きく超えてるわね。」

 

結絆は苦笑した。

 

「やりすぎたかなあ?」

 

「いいえ」

 

沙羅は端末を下ろし、静かに微笑む。

 

「結絆君はどこまでも強くなれるわ。得られたデータを参考にして重力室を改良するわね」

 

「......ありがとう、やっぱり能力開発は沙羅に担当してもらうのが一番だねえ」

 

その言葉には、確かな信頼が滲んでいた。

 

地下深く。

 

人の身で、1億Gに適応した存在が、静かに次の段階を見据えている。

 

それを支える科学者の眼差しもまた、同じ未来を見つめていた。




沙羅の作った重力室は、肉体に高重力の負荷をかける装置なのでマジックシアターが崩壊することはありません。

重力室内の床に亀裂が走っているのは結絆が踏ん張ったからですね。

ようするに結絆は化け物ということです。
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