食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回からは、本格的に0930事件の話になっていきます。


戦いの準備

 翌朝。

 

台風は上陸し、暴風雨が学園都市を打ち据えている。

 

マジックシアターの高層階にある結絆の執務室からは、灰色の空と横殴りの雨が見えた。

 

コンコン、と控えめなノックが響く。

 

「天城か、どうしたんだい」

 

入ってきたのは、結絆の右腕である天城だった。

 

結絆と共に数多の戦場を乗り越えてきた、念動能力者の青年だ。

 

天城は一礼した後に、淡々と告げる。

 

「結絆さん......神の右席の一人が、学園都市に侵入しようとしているようです」

 

室内の空気がわずかに変わる。

 

「......へえ、やっぱりねえ」

 

「学園都市外部の下部組織から連絡がありました。解析結果から見て、可能性が高いのは“前方のヴェント”です」

 

結絆は椅子にもたれ、指を組む。

 

「前方のヴェントかあ」

 

その名を口にしても、焦りはない。

 

「あいつは科学そのものに恨みを持っている。標的は学園都市全体。マジックシアターだけを狙うってことはないはずだよねえ」

 

「ということは......」

 

「マジックシアターへ侵入しようとしているのは、別の組織ってことになるねえ」

 

天城は静かに頷く。

 

「その件についてですが、電子部門からの報告によると、統括理事長が何かを企んでいるとのことです。」

 

「食えないやつだねえ、アレイスター......面白い......」

 

結絆の口元がわずかに吊り上がる。

 

前方のヴェント。

 

神の右席の一人であり、天使に近いその体は世界規模の破壊を可能とする術式を行使可能である。

 

だが......

 

「ちょうどいい駒だねえ」

 

「......駒、ですか」

 

天城の声は淡々としているが、目は鋭い。

 

「統括理事会の現状、どう思う?」

 

「腐ったゴミが多数。結絆さんの改革案には消極的です」

 

「そうだよねえ。足を引っ張る奴が多い」

 

結絆は窓の外を見た。

 

雷光が走る。

 

「前方のヴェントが本気で暴れれば、理事会の何人かは消える」

 

「......」

 

「マジックシアターへの侵入者への対応っていう名目でしばらく放置しておいても問題はないよねえ」

 

結絆の声は静かだ。

 

「そして、統括理事会のメンバーが消えた隙に、空いた席へ信頼できる人間を入れる」

 

「橘様と、一方通行ですか」

 

「うん」

 

天城は一瞬だけ目を細める。

 

「影響力を高めるおつもりですね」

 

「学園都市を守るためには、上から変える必要があるんだよお」

 

結絆の声に、冗談はない。

 

「俺はマジックシアターだけを守れればいいわけじゃない」

 

恋人や仲間たちが暮らす学園都市を変えるために結絆は常に考えを巡らせている。

 

「前方のヴェントには、ある程度“仕事”をしてもらおう。」

 

「マジックシアターへ侵入を試みる別組織については?」

 

「そっちは迎撃。レグルスたちにも頼んであるし、内部防衛網も万全だからねえ。ドリームやアイテムの主力メンバーと軍覇と美琴がいるから隙はないよお」

 

「了解しました」

 

「天城」

 

「はい」

 

「君は俺と一緒に世界を変える覚悟は、あるかい?」

 

「何を今更、私は何があろうと結絆さんについていきますよ」

 

即答だった。

 

「やっぱり君は頼もしいねえ」

 

結絆は小さく笑う。

 

再び雷鳴が鳴り響く。

 

嵐はまだ続いている。

 

「一方通行には俺から話すよお。あいつは表に出るのは嫌がるだろうけどねえ」

 

「ですが、力は必要です。以前結絆さんが話されていた妹達の社会的地位を向上のためにも協力を要請したいですね」

 

「そうだねえ」

 

結絆は立ち上がる。

 

窓に映る自分の姿。

 

「使える状況は利用しないとねえ」

 

台風、外敵、神の右席。

 

「混乱の後には、新しい秩序が生まれる」

 

その秩序を、誰が作るのか。

 

「俺がやるしかないよねえ」

 

静かな宣言。

 

天城は深く一礼した。

 

「戦闘準備を整えておきます」

 

「準備を整えるのと同時に状況も把握したいねえ。ヴェントの動きを詳細に追おう」

 

「了解」

 

天城が去る。

 

室内に一人残った結絆は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「前方のヴェント......」

 

その名をもう一度呟く。

 

「君の怒り、利用させてもらうよお」

 

窓の外、黒雲の向こうで稲光が走った。

 

嵐の中心で、結絆は静かに策を練っていた。

 

 

 

 執務室の空気が、わずかに張り詰める。

 

結絆は机上に展開した術式解析用の立体ホログラムを見つめていた。

 

学園都市外部の下部組織が回収した過去の神の右席の戦闘記録。

 

幾重にも重なる術式の残滓を、自己制御で強化された五感で分析する。

 

「......なるほどねえ」

 

精神の方向性に反応する構造。

 

「所謂、天罰術式かあ」

 

結絆は小さく呟いた。

 

天罰術式とは、前方のヴェントが持つとされる術式。

 

自らへ向けられた“敵意”をトリガーとして発動し、その感情を抱いた者を強制的に昏睡状態へ落とす魔術。

 

「敵意に反応する自動迎撃型......厄介だねえ」

 

コンソールの前に立つ天城が問う。

 

「解析は完了しましたか」

 

「大体わかったよお。発動条件は精神波長の指向性。ヴェント本人へ向けられた明確な敵対意思を検知して発動する」

 

「......こちらが戦意を持った瞬間に倒れる可能性があると」

 

「そういうこと」

 

結絆は椅子に腰を下ろし、指先で机を軽く叩く。

 

「面倒だねえ」

 

「対処法は......」

 

天城は冷静だが、僅かに警戒を強める。

 

「簡単だよお。敵意を持たなければいい」

 

「......なるほど」

 

「あるいは、敵意を“敵意として認識させない”」

 

結絆の瞳が淡く光る。

 

「これは精神に関して作用する術式だ。つまり、高レベルの精神系能力者なら干渉を防げる可能性が高いねえ」

 

「操祈さんと、蜜蟻さんですね」

 

蜜蟻愛愉。

 

精神操作を得意とする能力者であり、彼女の能力である心理穿孔(メンタルスティンガー)は目の前の相手だけではなくカメラのレンズに写った相手をも操作できるというもの。

 

操れる人数こそ操祈に劣るものの、射程では蜜蟻の方が勝るという特徴がある。

 

「操祈と愛愉なら、精神に干渉されることはないはずだよお。うちには他にも精神系能力者が多数いるけど、彼らが対抗できるかは怪しいねえ」

 

情報戦に重きを置いているドリームには多数の精神系能力者や電気系能力者が所属しており、情報の伝達という点においてはアレイスターをも上回る。

 

しかし、逆に言えば天罰術式はドリームの天敵とも言える。

 

「お二人なら大丈夫ですね、操祈さんはイタリアにいるのでそもそも関係ありませんが」

 

「でも君たちは危ないよお」

 

結絆は天城をまっすぐ見る。

 

「情報収集の段階で、無意識にでも警戒や敵意が生まれたらアウトだよお」

 

「......確かに」

 

天罰術式は“悪意の強さ”ではなく、“敵意を向けられているかどうか”という基準で反応する可能性が高い。

 

つまり、少しでも排除するべき存在と認識した瞬間に術式の対象となる。

 

「だから」

 

結絆は静かに言った。

 

「情報収集が終わった後は、愛愉にヴェントに関する記憶を消してもらった方がいい」

 

天城の目がわずかに細まる。

 

「記憶消去ですか」

 

「必要なデータは俺が保持する。君たちの脳内からは消す」

 

「合理的です」

 

「天罰術式に引っかかると面倒だからねえ」

 

結絆はホログラムを閉じる。

 

部屋の照明が通常光に戻る。

 

「理事会のゴミ共は、ヴェントに本気で敵意を向けるだろうねえ」

 

「そうなれば確実に昏睡しますね」

 

そこで隙が生まれるというわけだ。

 

「結絆さん」

 

「なにかなあ?」

 

「ご自身は大丈夫なのですか」

 

天城の問いは淡々としているが、そこにわずかな懸念が混じる。

 

「俺は平気だよお」

 

自己制御(セルフマスター)。

 

己の肉体や精神を自在に操る能力。

 

「敵意を“演算上の必要処理”として扱えばいい。感情じゃなく、現象としてねえ。まあ、そんなことをしなくても、精神干渉の類は俺には効かないから心配しなくて大丈夫だよお。君たちはマジックシアターへの侵入者を、俺はヴェントを叩けばいい。」

 

相手との戦闘中も敵意を向けない。

 

ただの事象。

 

ただの流れ。

 

「愛愉も同じことができると思うよお」

 

結絆は立ち上がる。

 

「天城、部下たちに通達を......ヴェント関連の情報は最小限の共有に留めること。そして、収集後は愛愉による記憶処理を受けるように。」

 

「了解」

 

「あと、ヴェントを敵と認識しないよう徹底」

 

「それができるのはあなただけです......」

 

「だからさっさと終わらせて記憶を消した方がいいねえ」

 

冗談を言い合った二人は穏やかに笑う。

 

外では風が唸っている。

 

大型台風もヴェントによるものだろうと、結絆は推測していた。

 

「天罰術式、かあ」

 

結絆は小さく呟く。

 

「面白いねえ。精神に干渉するなら、俺には効かない。存分に利用させてもらうよお」

 

その瞳に、揺らぎはない。

 

「さあ、どう料理してやろうかあ」

 

静かな声が、嵐の音に溶けていった。

 

 

 

 マジックシアターにある、ドリームの電子部門の管制室。

 

巨大なホログラムスクリーンに、学園都市全域の通信ログと監視網が立体的に映し出されている。

 

その中央に立つ少女――ミサカ00000号が、淡々とした声で報告を続けていた。

 

「結絆。緊急報告です、とミサカは告げます。今晩、猟犬部隊(ハウンドドッグ)が行動を開始する確率九八・七%。目標は妹達および打ち止めと推定されます」

 

結絆は椅子の背にもたれ、指を組んだまま目を細めた。

 

「......猟犬部隊かあ。木原数多が率いる、アレイスター直属の暗部だねえ」

 

「はい、とミサカは肯定します。侵入予定地点は二箇所。一方通行が勤務中の病院、およびマジックシアター。分散侵攻による撹乱作戦と見られます」

 

空中に投影されたルート図が赤く点滅する。

 

病院へ向かう複数のルート、そしてマジックシアター外周の警備網を抜けるための複雑な侵入経路。

 

マジックシアターを攻める部隊は複数あるようだ。

 

結絆の口元が、ゆるやかに吊り上がった。

 

「なるほどねえ。妹達と打ち止めを使って、俺と一方通行を揺さぶるつもりかあ。相変わらず、木原らしいえげつない手だねえ」

 

ミサカは一瞬だけ視線を伏せる。

 

「打ち止めの安全を最優先にすべきでは、とミサカは提案します」

 

「もちろん守るよお。俺の家族だからねえ」

 

その声音は柔らかいが、奥底に冷たい刃を隠している。

 

「そしてねえ、ミサカ。これは好機でもあるんだよお」

 

「......好機、ですか?」

 

結絆は立ち上がり、ホログラムに映る猟犬部隊の装備データを指先で拡大する。

 

「猟犬部隊の装備は最先端兵装。対能力者用拘束具、神経遮断弾、撹乱装置......どれも一級品だよお。壊滅させるだけじゃ、もったいないよねえ?」

 

ミサカの瞳がわずかに揺れる。

 

「装備の鹵獲を行うのですね、とミサカは理解します」

 

「そう。それから......」

 

結絆は、木原数多の個人データを呼び出した。

 

冷酷な笑みを浮かべる科学者の顔写真。

 

「木原数多の脳内にある“0次元の極点”の情報。あれは麦野の能力を次段階へ押し上げる鍵になるはずだよお」

 

アイテムのリーダーである麦野沈利。

 

原子崩し(メルトダウナー)の出力はすでに学園都市最高峰だが、結絆はさらにその先を見据えている。

 

「0次元の極点は、理論上すべてのベクトルが収束する演算概念。それを使いこなせば、理論上重量や距離に関係なく空間移動が行える。」

 

「しかし、木原数多は厳重な護衛下にあります、とミサカは警告します」

 

「だからこそ、猟犬部隊を泳がせるよお」

 

結絆は不敵に笑った。

 

「......?」

 

ホログラムに、マジックシアター内部構造が展開される。

 

水族館エリア、植物園、動物園、劇場区画、そして地下深部。

 

「マジックシアターの内部は俺の領域だからねえ。監視網も罠も全部俺の思い通り。閉じた箱の中で猟犬を狩る方が、楽しいと思わないかい?」

 

その声音には、圧倒的強者としての高揚すら滲んでいた。

 

「一方通行への連絡はどうしますか、とミサカは問います」

 

「必要最低限でいいよお。あいつは病院で検査を受けている妹達を守る。それだけで十分だからねえ」

 

結絆の目が光る。

 

「猟犬部隊はマジックシアターを制圧目標に設定している。つまり、妹達の一部はここにいると読んでいるわけだ。なら、その読みを利用するよお」

 

「具体的には?」

 

「表層の警備を、わざと薄く見せて侵入を成功させる。ただし、外部通信の遮断は完全に行う。奴らが内部に入った瞬間、檻は閉じる」

 

ミサカは数秒の沈黙の後、静かに頷いた。

 

「殲滅作戦、ですね」

 

「殲滅......まあ、そうだねえ。ただし木原数多だけは生かして捕らえる。脳内の情報は俺が直接抜き取るよお」

 

水の原典による幻術。

 

結絆にとって他者の記憶は開かれた書物のようなものだ。

 

「俺は恋人や仲間を守りたい。そのために使えるものは全部使う。麦野が強くなれば、こっちの戦力も跳ね上がるからねえ。統括理事会への影響力も、より強まる」

 

ミサカはゆっくりと息を吐いた。

 

「了解しました、とミサカは応答します。内部監視網を戦闘モードへ移行。ミサカ以外の妹達と打ち止めは安全区画へ退避させます」

 

「ありがとう、ミサカ」

 

結絆は優しく微笑む。

 

だが次の瞬間、その瞳は鋭く変わった。

 

「猟犬部隊には、マジックシアターが“甘い”場所だと思わせる。だが一歩踏み込んだ瞬間、奴らは地獄を見ることになる」

 

巨大スクリーンに、赤い警告ラインが幾重にも重なる。

 

「今夜は狩りの時間だよお。猟犬を、檻の中で解体しようじゃないかあ」

 

静かな管制室に、電子音が鳴り響く。

 

戦いのときは近い。




描写はしていませんが、マジックシアターには多数の能力者が所属していて、その中には常盤台中学の卒業生もいたりします。
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