食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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ちょっと長くなっちゃったので、戦闘シーンは次回からです。


神の右席、侵入

 正午を過ぎた頃。

 

マジックシアターの大会議室。

 

雷が鳴り響く中、結絆は静かに仲間や部下たちを見渡していた。

 

天城、ミサカ、警策、弓箭姉妹、愛愉などの幹部たちが整列している。

 

麦野率いるアイテムのメンバーたちも、そこにいた。

 

「今晩は猟犬部隊が動く。戦場はここになる可能性が高いねえ」

 

穏やかな声。

 

しかし、その場にいる全員が事態の重大さを理解していた。

 

「一般人やVIPを今晩の戦いに巻き込むわけにはいかないから、地下空間に避難させるよお」

 

結絆の言葉を受けて、即座に天城が動いた。

 

「開発の進んでいる地下第三・第四区画を解放しましょう。生活設備は十分整っています」

 

「水族館エリアと植物園エリアの来場者は自然な形で誘導してねえ。“設備点検のため一時閉館”って名目でいい。パニックは起こさせないこと」

 

「すぐに取り掛かります」

 

結絆はゆっくりと歩きながら続ける。

 

「VIPラウンジの面々にも個別に説明しておいてねえ。あくまで“安全確保のための予防措置”。不安を煽らないようにねえ」

 

部下たちは迅速に散っていった。

 

 

 

 それからしばらくして、館内アナウンスが柔らかく響く。

 

『本日は大型台風の影響により設備点検を行うため、一部エリアを順次クローズいたします。お客様はスタッフの案内に従って地下特設エリアへご移動ください』

 

最初は軽いざわめき程度だった。

 

しかし、普段は解放されない地下空間へ案内されると、人々の間に不安が広がり始める。

 

「何かあったのかしら......?」

 

「テロとかじゃないよな?」

 

「怖いわ......」

 

その様子を、上階モニターで見つめる結絆。

 

「......不安は伝染するからねえ」

 

「どうするのお、結絆クン?」

 

愛愉が隣に立つ。

 

「もう手は打ってあるよお」

 

地下第三区画――そこは本来、非常時の避難シェルターだが、マジックシアターの名に恥じぬ豪奢な空間だった。

 

第三区画にある円形ホールの中央には巨大なステージがあり、照明、音響、座席すべてが一級品。

 

照明が落ちる。

 

スポットライトの中に現れたのは、艶やかなドレスをまとった女性。

 

「皆さま、こんにちは!エスメラルダです!」

 

マジックシアターお抱えのマジシャンであり魔術師でもあるエスメラルダが優雅に一礼する。

 

彼女の指が軽く鳴る。

 

次の瞬間、空中に無数の光の蝶が舞い上がった。

 

「わあっ......!」

 

子供たちの歓声が上がる。

 

蝶は花びらへ、花びらは鳥へ、鳥は虹へと変化する。

 

幻想的な光景がホール全体を包み込む。

 

「今日は特別公演です!不安を忘れて楽しんでいってね!」

 

人々の表情が少しずつ和らいでいく。

 

そこへ、澄んだ歌声が重なった。

 

ステージの奥から歩み出たのは、衣装に身を包んだ少女――鳴護アリサ。

 

マジックシアターの歌姫である彼女の登場によって、会場の期待がさらに高まる。

 

「今日は、みんなに元気を届けにきました」

 

マイクを握り、静かに歌い始める。

 

優しく、透き通るような声。

 

地下空間の閉塞感を溶かすように、旋律が広がっていく。

 

大人たちの緊張した表情がほどけ、子供たちは手を叩き、リズムに合わせて体を揺らす。

 

エスメラルダのマジックと、アリサの歌が融合する。

 

星空が天井いっぱいに広がり、流星が降り注ぐ。

 

「やるではないか......」

 

「こんな状況なのに、まるでお祭りみたいだな」

 

VIP席に座る企業幹部たちも、グラスを手に穏やかな笑みを浮かべている。

 

その様子をモニター越しに見ながら、結絆は小さく息を吐いた。

 

天城が戻ってくる。

 

「地下への避難、ほぼ完了しました。残るは我々関係者のみです」

 

「うん、いい感じだねえ」

 

「結絆クンって、ほんと抜け目ないわよねえ」

 

愛愉が軽く笑う。

 

「当たり前だよお。ここは“マジックシアター”だからねえ」

 

彼はステンドグラス越しに空を見上げる。

 

「戦いが始まっても、ここは夢と幻想の場所でなくちゃいけない。恐怖じゃなくて、希望を見せる場所だよお」

 

地下から歓声が響く。

 

アリサの歌が高らかに響き渡り、観客が総立ちになる。

 

その光景を見つめる結絆の瞳は、優しくも、どこか冷たい。

 

「さあて......舞台は整ったよお」

 

地下では夢のようなショー。

 

地上では、静かに迫る猟犬。

 

「今夜は二つの公演が同時進行だよお」

 

一つは、人々を楽しませる幻想。

 

そしてもう一つは――

 

「殺戮ショー、開幕だよお」

 

厚い雲の奥で陽が沈み始める。

 

静寂の中、嵐は確実に近づいていた。

 

 

 

 夜

 

静まり返った学園都市の外縁部、巨大なゲートの前に、一人の女性が立っていた。

 

前方のヴェント。

 

風に揺れる修道服。

 

顔にいくつもついたピアス。

 

その表情は、怒りとも憎悪ともつかない静かな熱を帯びている。

 

「......腐りきった街ね」

 

次の瞬間、空気が裂けた。

 

轟音と共に、強固なゲートが爆ぜるように歪む。

 

目に見えない圧力が一点に集中し、分厚い壁がひしゃげ、吹き飛んだ。

 

「侵入者だ!総員、警戒態勢に!」

 

警備員(アンチスキル)が一斉に駆け出す。

 

装甲車が横付けされ、銃口が向けられる。

 

「止まれ!それ以上進めば発砲する!」

 

ヴェントは歩みを止めない。

 

「撃て!」

 

銃声が夜空に響く。

 

しかし弾丸は、彼女の数十センチ手前で不可視の力に弾かれ、地面へと散った。

 

「な......能力者か!?」

 

混乱が広がる。

 

その時だった。

 

最前列にいた警備員が、ふらりと揺れた。

 

「おい、どうした?」

 

返事はない。

 

そのまま崩れ落ちる。

 

「意識がない!外傷は......ない......だと!?」

 

一人、また一人と、銃を構えていた警備員たちが次々に倒れていく。

 

「なんだこれは!?毒ガスか!?」

 

「違う、何も検知されていない!」

 

ヴェントは冷ややかに呟く。

 

「敵意を向けた者から裁かれるのよ。それが“天罰”」

 

天罰術式。

 

敵意という感情に反応し、対象を昏睡状態にする魔術。

 

魔術の存在を知らない警備員たちにとって、それは理解不能の現象だった。

 

敵意、警戒、恐怖――そのすべてが術式の引き金となる。

 

次々と倒れていく仲間たち。

 

「まずい、医療班を......」

 

叫び声も途中で途切れ、地面に崩れ落ちる。

 

通信網が混乱し、パニックが広がる。

 

『原因不明の集団昏睡発生!』

 

『能力か!?いや、能力測定に反応なし!』

 

ヴェントはその光景を一瞥すると、都市内部へと歩みを進めた。

 

彼女の標的は明確だ。

 

学園都市を潰す。

 

それならば、指揮系統である統括理事会のメンバーを叩くのが効率的である。

 

都市を支配する中枢。

 

最初に標的にされたビルが、上階から吹き飛ぶ。

 

不可視の衝撃が建物内部を蹂躙し、ガラスが雨のように降り注ぐ。

 

悲鳴が夜を裂いた。

 

「これが......神の裁きよ」

 

第二、第三の施設が破壊される。

 

重力をねじ曲げるような圧壊。

 

圧縮された空気は高層ビルをいとも容易く粉砕する。

 

学園都市の各所で火災報知器が鳴り響き、救急車両が走る。

 

しかし接近した警備員は、敵意を向けた瞬間に倒れていく。

 

圧倒的な理不尽。

 

学園都市は混乱の渦に包まれていった。

 

一方、その光景を、マジックシアターから見下ろす影がある。

 

食蜂結絆。

 

彼の瞳は、常人の視力を遥かに超えていた。

 

かなり先の爆炎、倒れ伏す警備員の様子、ヴェントの術式による微細な魔力の流れ、その全てを克明に捉えている。

 

「......始まったねえ」

 

吹き荒れる暴風が各地を襲う。

 

「天罰術式。敵意への自動反応型......やっぱり厄介だねえ」

 

統括理事会のビルがまた一つ、崩れ落ちる。

 

「邪魔者が二人、消えたかあ。ちょうどいい」

 

その声音は冷静だった。

 

「ヴェント、科学への復讐のつもりだろうけど......」

 

彼の瞳が細まる。

 

「そんなことをしても君の心は晴れるのかなあ......」

 

遠くで再び爆発。

 

赤い炎が夜空を焦がす。

 

地下では、まだエスメラルダの幻影とアリサの歌が続いている。

 

地下にいる人々は地上の様子を知らず、笑顔で手を振っている。

 

地上では地獄。

 

地下では天国。

 

「さあて......どこまで壊してくれるかなあ」

 

結絆は静かに踵を返す。

 

それと同時に結絆は複数の人間の気配を捉える。

 

マジックシアターへ向かう、別の影。

 

猟犬部隊。

 

「今夜は忙しくなるねえ」

 

学園都市は炎に包まれながらも、まだ崩壊していない。

 

だがその均衡は、音もなく崩れ始めていた。

 

 

 

 炎と崩壊の連鎖の中で、前方のヴェントはふと足を止めた。

 

破壊したビルの瓦礫越しに、なおも夜空へ聳え立つ巨大な建造物がある。

 

マジックシアター。

 

水族館、植物園、動物園、劇場、商業区画――あらゆる娯楽と経済を内包する、学園都市の象徴の一つ。

 

今夜の混乱の中でも、ひときわ存在感を放つ光の塔。

 

「......目障りね」

 

ヴェントの瞳が細められる。

 

突風が巻き起こる。

 

空気そのものを刃へと変える術式。

 

地面の瓦礫を巻き上げ、ビルの窓ガラスを粉砕してきた圧縮気流が、一直線にマジックシアターへと叩きつけられる。

 

轟音。

 

巨大な衝撃波が正面外壁に直撃する。

 

普通の建造物ならば、まとめて吹き飛ぶ威力。

 

だが......

 

キィン、と金属とも水晶ともつかぬ澄んだ音が夜空に響いた。

 

外壁の一部に、細い亀裂が走る。

 

しかし、衝撃は内部へは伝播しない。

 

ヴェントの眉が動く。

 

「......?」

 

亀裂は、まるで時間を巻き戻すかのように、ゆっくりと縮み始めた。

 

崩れかけた装甲材が逆再生のように元の位置へ戻り、表面が滑らかに再構築されていく。

 

数秒後、そこには傷一つない外壁があった。

 

「......自動で修復された?」

 

ヴェントはさらに魔力を高める。

 

今度は突風だけではない。

 

圧縮と拡散を同時に行う乱流術式。

 

内部構造を共振破壊するための振動波を混ぜ込む。

 

第二撃。

 

第三撃。

 

夜空が唸り、周囲の建物が根こそぎ吹き飛ぶ。

 

しかしマジックシアターは揺らがない。

 

外壁に生じたわずかな傷は、再び即座に修復される。

 

「......ふざけた建物ね」

 

ヴェントの視線が鋭くなる。

 

 

 

 同時刻。

 

マジックシアターの巨大なモニター群に、外壁へ叩きつけられる突風の様子が映し出されている。

 

結絆は静かにそれを眺めていた。

 

「うんうん、なかなかの威力だねえ」

 

余裕の笑み。

 

外壁を走る光の回路が、淡く輝いている。

 

それは単なる装甲ではない。

 

結絆が時空間の原典の力を全域に組み込んだ、空間再構築型の防御機構。

 

損傷が発生すると同時に、建物を元の状態に修復する。

 

正確には修復ではなく、損傷が起こる前の状態に巻き戻すといったものだ。

 

「マジックシアター全域を一つの時間で固定してるからねえ。改修工事もいらないから楽だよお」

 

外壁が再生する様子を見ながら、結絆は小さく呟く。

 

「そんな攻撃じゃ中に衝撃を通すのは無理だねえ」

 

突風は、建物の表面で受け止められ、内部の劇場や水族館には一切影響を与えていない。

 

地下では、まだ人々が音楽を楽しんでいる。

 

打ち止めも、妹達(シスターズ)たちも、安全だ。

 

「内部に干渉したいなら、時空間そのものを裂くレベルじゃないとねえ。さて......どうする、ヴェント」

 

モニター越しに、遠くに立つ女性の姿が見える。

 

彼女は苛立ちを隠さず、風をさらに集束させている。

 

「君の目的は学園都市を潰すことだろう?ここを本気で壊しに来るなら、それ相応の覚悟が必要だよお」

 

結絆の瞳が、わずかに光る。

 

マジックシアターの壁面に走る不可視の紋様が、より強く輝き始めた。

 

「まあ......」

 

柔らかな声。

 

「今夜は君にも猟犬にも、掌の上で踊ってもらうけどねえ」

 

外では再び突風が炸裂する。

 

だが結果は同じ。

 

わずかな傷。

 

そして時は巻き戻る。

 

ヴェントはその様子を睨みつけながら、ゆっくりと視線を逸らした。

 

「クソッ......後回しにするしかないか」

 

統括理事会の残存施設へと歩き出す。

 

マジックシアターは、無傷のまま夜空に輝き続けていた。

 

内部でそれを見届けた結絆は、静かに笑う。

 

「いい判断だよお」

 

夜は、まだ終わらない。




エンデュミオンがなくなったので、マジックシアターが学園都市で一番高い建物になっています。
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