食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

191 / 221
ようやく戦闘に入ります。


猟犬部隊その1

 夜の病院は、不気味なほど静まり返っていた。

 

外では台風の暴風が唸り、遠くではヴェントによる破壊の余波が空を赤く染めている。

 

だがこの一角だけは、嵐の目のように張り詰めた静寂に包まれていた。

 

その静寂を破ったのは、無音の侵入。

 

猟犬部隊――ハウンドドッグ。

 

木原数多率いる、アレイスター直属の暗部組織。

 

完全武装の隊員たちが、夜陰に紛れて病院内部へと雪崩れ込む。

 

ナイトビジョン、消音火器、対能力者用装備。

 

訓練された動きに無駄はない。

 

「目標は打ち止めだ。確保後、即時撤収しろ」

 

木原数多が低く言う。

 

その目は冷酷に冴えている。

 

「一方通行が出てきた場合は?」

 

「俺がやる。テメェらは目標の達成だけを考えとけばいい」

 

足音が廊下に響く。

 

だがその瞬間......

 

「......オイオイ」

 

階段の踊り場から、気だるげな声が落ちてきた。

 

一方通行。

 

白い髪を揺らし、ポケットに手を突っ込んだまま立っている。

 

「ずいぶん堂々と来るじゃねェか、木ィ原クンよォ」

 

猟犬部隊の銃口が一斉に向けられる。

 

だが木原は手で制した。

 

「待て」

 

そして薄く笑う。

 

「打ち止めを引き渡せば、見逃してやる。今回の目的はあくまであのガキだ。お前を殺すつもりはねぇよ」

 

静寂。

 

その言葉に、一方通行は数秒沈黙した。

 

やがて......

 

「......はァ」

 

深いため息。

 

「あいつの言った通りになっちまったなァ」

 

その顔に浮かんだのは、怒りではない。

 

憐れみ。

 

「残念だったな。あのガキはここにはいねェよ」

 

「あぁ?」

 

木原の眉がわずかに動く。

 

「マジックシアター......食蜂結絆が預かってるって言った方がわかりやすかったかァ?」

 

木原の表情が歪む。

 

木原は過去に結絆の逆鱗に触れてしまい、両腕を引きちぎられたことを思い出した。

 

一方通行は肩をすくめる。

 

「テメェらの動きなんざ、読まれてンだよ」

 

空気が変わった。

 

次の瞬間、多数の銃声。

 

だが弾丸は一方通行の能力によって、すべて反射される。

 

撃った本人の額へと、正確に返る。

 

血飛沫が舞い、猟犬部隊の隊員が次々に倒れていく。

 

「状況を立て直すぞ!」

 

隊員の叫び声が聞こえる。

 

しかし一方通行は一歩も動かない。

 

床を踏み鳴らしただけで、圧縮された空気が爆ぜ、隊員数名が壁へ叩きつけられる。

 

骨が砕ける鈍い音がする。

 

「能力を無効化する装置を!」

 

「遅ェ......」

 

一方通行の瞳が赤く光る。

 

摩擦、重力、空気の流れ。

 

すべてが彼の掌中。

 

隊員が投げた手榴弾が、起爆前に反転し、投擲者の足元で炸裂する。

 

悲鳴。

 

血と煙が廊下を満たす。

 

そして、一方通行の後ろに立つ少女。

 

エステル。

 

静かに両手を組み、呟く。

 

床に倒れた猟犬部隊の死体が、ぴくりと震えた。

 

白目を剥いたまま、ゆらりと起き上がる。

 

「な......!?」

 

生き残った隊員が後ずさる。

 

だが遅い。

 

死体が、銃を構えたままの隊員へと飛びかかる。

 

「どうなっているんだ、味方が......」

 

エステルの死霊術。

 

死者が、生者を襲う。

 

一方通行はそれを横目に、無表情で言う。

 

「自業自得だなァ」

 

次々と絶命していく猟犬部隊の隊員たち。

 

血の匂いが濃くなる。

 

木原数多の額に、冷や汗が滲んだ。

 

「......クソが」

 

それでも、彼は退かない。

 

「調子に乗るなよ、一方通行」

 

木原の目に狂気が宿る。

 

「テメェは俺が育てた実験動物だ。勝てると思うなよ」

 

床を蹴る。

 

凄まじい踏み込み。

 

常人離れした速度で、一方通行へと殴りかかる。

 

拳が唸りを上げ、空気を裂く。

 

一方通行は、その拳を無表情で見つめていた。

 

血と硝煙の匂いの中。

 

二人の衝突が、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 木原数多の拳が唸る。

 

その踏み込みは鋭く、無駄がない。

 

猟犬部隊の隊員とは比較にならない速度と重さ。

 

研究者とは思えぬ実戦的な動きだった。

 

「死ね、一方通行!」

 

拳が一直線に一方通行の顔面へ向かう。

 

だが木原は、ただの力任せではない。

 

接触寸前に、ほんの数センチ手前で拳をわずかに“引いた”。

 

一方通行の能力の一部である反射は、触れた瞬間のベクトルを計算し、逆向きへ返す。

 

それを逆手にとって、当たる直前に拳を引き、遠ざかるベクトルとして認識させることによって、衝撃を通す。

 

理論上可能ではある。

 

だが、できる人間はそう多くない。

 

かつての一方通行なら、対応できなかったかもしれない。

 

木原の口元が歪む。

 

「これがテメェの......」

 

木原が自らの勝ちを確信しかけた瞬間、ゴキリ、と嫌な音が廊下に響いた。

 

木原の表情が凍る。

 

機械でできた腕が、あり得ない方向へ曲がっていた。

 

「......はぁ!?」

 

拳は、一方通行に触れていない。

 

むしろ、引いた瞬間に、逆向きの圧縮が発生していた。

 

腕全体が、自らの力で内側へ叩き潰されたかのように。

 

一方通行は、冷めた目で見下ろす。

 

「甘ェンだよ」

 

「な......!」

 

木原が呻く。

 

「その手は、もう知ってンだ」

 

脳裏に浮かぶのは、あの男の顔。

 

食蜂結絆。

 

学園都市一の身体能力を持つ彼から何気なく言われた言葉。

 

『遠ざかるベクトルを反射すると、自分が食らう可能性があるよお。あとねえ、演算に組み込んでいない概念は、完全に無効化するはできない。こんな感じにねえ』

 

反射を複数の方法で破られた衝撃は、今でも忘れられない。

 

結絆は、反射の“穴”を的確に示してくれた。

 

「確かに反射は万能じゃねェ。でもよォ、見つけた穴をそのままにするわけがねェだろうがよォ」

 

一方通行の瞳が赤く光る。

 

「引きの動きも、遠ざかるベクトルも、全部演算対象に組み込ンでンだよ」

 

木原の腕が、さらに軋む。

 

反射が、わずかな動きも逃さず解析し、最適な圧力へ変換する。

 

「テメェの見るに堪えねェ体術は......通用しねェ」

 

一方通行が一歩踏み出す。

 

床がひび割れ、拳が振るわれる。

 

空気の塊が木原の腹部へ叩き込まれ、身体が廊下の壁へ激突した。

 

コンクリートが砕け、粉塵が舞う。

 

木原が血を吐く。

 

「ゴホっ......!」

 

木原は立ち上がろうとするが、その頭上から、重力がのしかかる。

 

膝が床に沈む。

 

「テメェは俺を実験動物にした」

 

無表情のまま、一方通行は木原の顔面を蹴り上げる。

 

骨が砕ける音。

 

「だがなァ、俺は......もう、その檻の中にはいねェ」

 

さらに拳。

 

さらに蹴り。

 

木原の身体が何度も床を転がる。

 

血と埃にまみれた研究者は、それでも歯を食いしばる。

 

一方通行の脳裏に、結絆の笑顔が浮かぶ。

 

打ち止めを預かる時の、あの余裕の表情。

 

“任せていいよお”

 

その一言。

 

「......チッ、全部お見通しってことかよォ」

 

一方通行は木原の胸倉を掴み、壁へ叩きつける。

 

「テメェらの計画は全部読まれてンだ。打ち止めも、妹達も、俺たちが守る」

 

圧縮された空気が、木原の身体を締め上げる。

 

骨が軋む。

 

呼吸が奪われる。

 

「終わりだなァ......」

 

廊下には、猟犬部隊の死体と、エステルの操る死者たちが転がっている。

 

嵐の音が窓を叩く。

 

その中心で、一方通行は静かに立っていた。

 

もはや実験体ではなく、守る側の怪物として。

 

 

 

 時を同じくして......

 

暴風雨の中、マジックシアターの正面広場に黒い影が集結していた。

 

猟犬部隊。

 

病院へ向かったものとは別の分隊。

 

目標はマジックシアター内部の妹達。

 

「突入と同時に確保を急げ。ドリームの能力者が出てくる前に終わらせるぞ」

 

隊長格の男が低く告げる。

 

巨大な建造物は、嵐の中でも揺るがない。

 

外壁は淡く光り、どこか異質な気配を放っている。

 

「......不気味だな」

 

「ビビるな。相手は人間だ」

 

隊員たちは覚悟を決め、突入体勢に入る。

 

その瞬間......

 

重厚な正面扉が、音もなく内側へ開いた。

 

明るいロビーの光が、雨の闇を裂く。

 

現れたのは、二人の女性。

 

白衣を身に纏った沙羅。

 

そして、艶やかな黒髪を揺らす白羽。

 

「......いらっしゃい、歓迎するつもりはないけれど」

 

二人は静かに微笑む。

 

猟犬部隊は即座に銃口を向けた。

 

「動くな!両手を上げろ!」

 

だが。

 

引き金にかけた指が、動かない。

 

「なっ......!?」

 

隊員たちの身体が、ぴたりと止まる。

 

呼吸はできる。視線も動く。

 

だが筋肉が、体が動かない。

 

白羽が一歩、前へ出る。

 

「暴力は......いけませんよ」

 

その声は優しい。

 

だが、周囲の空気が凍る。

 

九尾の力。

 

白羽の背後に数えきれないほどの妖怪たちが見えた気がした。

 

「か、体が......!」

 

「安心してください。命までは取りません。私たちは......」

 

白羽が微笑む。

 

その隣で、沙羅が小さく息をついた。

 

「さて」

 

彼女の指先がわずかに動く。

 

空間が歪む。

 

次の瞬間。

 

猟犬部隊の装備――銃火器、ナイフ、爆薬、通信機、対能力者拘束具――すべてが、忽然と消えた。

 

「......は?」

 

手にあったはずの銃がない。

 

背負っていた装備も、腰のホルスターも、空だ。

 

沙羅は淡々と説明する。

 

「地下の技術部門に送っておいたわ。良いサンプルになりそうね」

 

隊員たちの顔が青ざめる。

 

丸腰。

 

そして身体はまだ動かない。

 

白羽が、そっと金縛りを緩めた。

 

体が動くようになった。

 

だが、武器はない。

 

沙羅は優雅に一歩近づき、皮肉っぽく微笑んだ。

 

「頑張って生き延びなさい、すぐに死んだら面白くないもの」

 

「......?」

 

その言葉の意味を理解する前に。

 

視界がぐにゃりと歪み、足元の感覚が消える。

 

次の瞬間。

 

猟犬部隊は、別の場所へ立っていた。

 

湿った土の匂いと安全柵。

 

いたるところから低く唸る声が響く。

 

「......ここは」

 

猛獣ゾーン。

 

目の前で大きな瞳が光る。

 

レグルス。

 

天衣装着を扱う巨大なトラが、ゆっくりと首を傾げる。

 

その背後には、ライオン、オオカミ、そしてグリズリー。

 

他にも筋肉の塊のような猛獣たちが、静かに彼らを見下ろしている。

 

「お、おい......冗談だろ......」

 

隊員の一人が後ずさる。

 

だが柵の外側から、白羽の声が届く。

 

「直ぐに殺してはいけませんよ、レグルス」

 

「そうだな、いきなり食ってしまっては面白くない」

 

レグルスはそう言って、後ろに控える猛獣たちに目配せする。

 

「逃げ道は自分たちで探しなさい。運が良ければ助かるかもしれないわね」

 

沙羅の皮肉混じりの声を合図に、猛獣たちが一歩、前へ出る。

 

猟犬部隊は完全に丸腰。

 

訓練された兵士たちの顔に恐怖が浮かぶ。

 

レグルスが大きく口を開き、咆哮する。

 

夜の嵐に、獣の声が混ざる。

 

沙羅は静かに踵を返す。

 

白羽も微笑みながら続く。

 

背後で、悲鳴と猛獣の唸り声が響いた。




沙羅と白羽の本格的な戦闘シーンは、結構後に書く予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。