食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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猟犬部隊との戦闘の続きです。


猟犬部隊その2

 マジックシアター水族館エリアにつながっている、一般客の目には決して触れない搬入用の地下水路。

 

外海とつながるその暗い水路を、黒装束の影が静かに進んでいた。

 

猟犬部隊、別動隊。

 

「本隊が正面で陽動している間に、地下から侵入する」

 

無線の囁き。

 

「本隊と挟み撃ちにして一気に叩く」

 

水面を割らぬように進むゴムボート。

 

だが......

 

天井の照明が、ふっと明滅した。

 

「......?」

 

次の瞬間。

 

地下水路に設置された照明の光が、直線のまま止まった。

 

いや、止まったのではない。

 

固定された。

 

弓箭入鹿が、通路の奥から静かに歩み出る。

 

「招かれざるお客様が、来てしまいましたわね」

 

彼女の瞳が淡く輝く。

 

波動操作(ウェイブコンダクター)

 

彼女は光や音といった波を自在に操ることができる。

 

照明から放たれていた光が、鋭い槍のように空間に留まる。

 

「っ!?」

 

猟犬部隊が気付いた瞬間。

 

光の線が、隊員たちの胸部を貫いた。

 

血が、水路のコンクリートを濡らす。

 

「照明を撃て!」

 

叫び声。

 

だが弾丸は光の壁に阻まれ、弾かれる。

 

入鹿は静かに能力を発動し続ける。

 

天井、壁、足元。

 

あらゆる照明の光が固定され、幾重にも交差する。

 

光の檻。

 

そこへ踏み込んだ隊員の身体が、次々と貫かれていく。

 

悲鳴が響く。

 

だが、もう一つの影が動いていた。

 

弓箭猟虎。

 

彼女の気配は、完全に消えている。

 

音も、体温も、殺気すらも。

 

隊員の一瞬の隙をついて、喉元に刃が走る。

 

「どこだ!?どこにいる!?」

 

匂いを探知する装備で探っても反応はない。

 

ただ、次の瞬間には別の隊員が首から血を噴き出して倒れている。

 

猟虎は水面すれすれを滑るように移動し、確実に急所だけを狙う。

 

猟犬部隊の呼吸が荒くなる。

 

「退け!一旦水路に潜る!」

 

隊長格が叫ぶ。

 

地上は弓箭姉妹のテリトリー。

 

ならば水中へ。

 

生き残った隊員たちが水へ飛び込み、暗い水面が波立つ。

 

だがその下で、巨大な影が動いた。

 

水中から浮かび上がる、しなやかな影。

 

アトラス。

 

マジックシアター所属のイルカであり、水族館エリアの王者である。

 

天衣装着を発動したアトラスは、水中に潜った隊員の腹部へ音速に近い体当たりを食らわせる。

 

隊員の一人は原形を留めることなく粉々になり、水が赤く染まる。

 

さらに別の方向から、鈍重な巨体が迫る。

 

セイウチ。

 

牙が水中で閃き、装備ごと腕を噛み砕く。

 

「う、うわあああ!」

 

水中で暴れる隊員。

 

だがさらに深部から、冷たい視線。

 

ホオジロザメ。

 

白い腹が翻り、鋭い歯列が開く。

 

水面が大きく跳ね、赤い泡が広がる。

 

再び水路に上がろうとした隊員は地獄に引きずり込まれる。

 

叫びは水中に消えた。

 

岸に残った最後の数名が、戦意を完全に喪失する。

 

「もう、嫌だ......」

 

逃げ出そうとした瞬間。

 

猟虎が背後に立っていた。

 

彼女は静かに刃を振るう。

 

その動きは無駄がなく、洗練されていた。

 

誰一人として猟虎の存在に気付かないまま、最後の一人が崩れ落ちる。

 

水路は再び静寂に包まれた。

 

赤く染まった水面に、アトラスがゆっくりと浮上する。

 

入鹿が光の固定を解き、照明が通常の輝きを取り戻す。

 

「終わりましたわ!お姉ちゃんもアトラスたちも、ありがとうございます!」

 

「結絆さんに褒めてもらいましょう」

 

姉妹は仲良くハイタッチし、アトラスたちも得意げな表情で水路から各々の水槽へ戻っていった。

 

入鹿の携帯が鳴る。

 

『私たちのところと、看取ちゃんやミサカちゃんのところは被害0で終わったわ。天城君の方も一人で全員倒したみたい。入鹿ちゃん、そっちは大丈夫?』

 

「はい!こちらも被害0です!博士もお疲れ様です。」

 

マジックシアターへ侵入した猟犬部隊は、これで全滅。

 

水路は、再び穏やかな流れを取り戻していた。

 

 

 

 沙羅が入鹿に電話をかける少し前のこと

 

マジックシアター動物園エリアの猛獣ゾーン。

 

丸腰の猟犬部隊の隊員たちに猛獣たちが襲い掛かる。

 

「敵の数を確認する!一旦隠れるぞ!」

 

号令と同時に、藪へ、岩陰へ、倒木の裏へと散る。

 

だが。

 

闇の奥で、黄金の瞳がゆらりと光った。

 

レグルス。

 

天衣装着を纏う巨大なトラが、静かに一歩を踏み出す。

 

反対側では狼の群れが音もなく円を描くように広がり、さらに奥ではライオンの鬣が風に揺れ、グリズリーが重い息を吐く。

 

完全に囲まれている。

 

「動くな......動くな......」

 

藪に伏せた隊員の額から汗が滴る。

 

だが、次の瞬間。

 

狼の一頭が鼻を鳴らした。

 

姿は隠せても匂いは隠せない。

 

獣の視線が一斉に動いた。

 

「や、やめ......」

 

咆哮が鳴り響く。

 

結絆たちに喧嘩を売ったものは、死よりも恐ろしい苦しみを味わうことになるのである。

 

 

 

 地下深部、VIP避難区画。

 

重厚なソファに腰掛けた男たちが、ワイングラスを揺らしながら巨大モニターを見上げる。

 

「ほう......これは面白そうだ」

 

映像は動物園エリア各所に設置された監視カメラの中継。

 

暗視映像の中、岩陰から必死に移動する影。

 

だが背後には、ぴたりと寄り添う巨大な影。

 

レグルスたちの攻撃は重く、動くたびにカメラも揺れる。

 

「三番が長く持ちそうだな」

 

「いや、あの状況なら五番だろう」

 

誰かがチップをテーブルに置く。

 

電子ボードに数字が表示される。

 

賭け。

 

”誰が長く逃げ続けられるか”。

 

その時、別のモニターに映ったのは、フェンスを乗り越えて必死に走る数人の隊員。

 

「いいぞ!登れ!」

 

「おい、それはルール違反だぞ!」

 

VIP避難区画は盛り上がりを見せる。

 

だが。

 

ぬう、と画面上に現れたのは、十メートル級の巨大ナマケモノであるテリー。

 

その巨躯が、のそりと立ち上がる。

 

「な、なんだあれは」

 

巨大な掌が画面いっぱいに広がり......

 

カメラに数秒ノイズが走る。

 

そして映像は静まり返った地面だけを映す。

 

VIP席の空気が一瞬凍る。

 

しかし、すぐに笑いが広がる。

 

「......ハハハ、これは予想外だ」

 

「まだ誰が残るかわからんな?」

 

「しばらく楽しめそうだ」

 

モニターの端に、小さく動く影。

 

一人が、必死に水辺へ向かっている。

 

しかし、水面が揺れた。

 

暗い水中で、何かが巨大な影となって動く。

 

巨大なワニが獲物を捕らえて体を回す。

 

「これで残りは一人、私の勝利だな」

 

スーツを着た成金が勝利の笑みを浮かべる。

 

VIP達は学園都市の危機を感じることのないまま、結絆の掌の上で踊り続ける。

 

 

 

 雷鳴が遠ざかり、嵐の雨音だけが静かに屋根を打つ。

 

結絆は窓辺から離れ、ゆっくりと端末を耳に当てた。

 

『動物園エリア、鎮圧完了よ』

 

『地下水路も制圧しました!』

 

恋人たちから良い報告が重なる。

 

結絆は一瞬だけ目を閉じ、静かに頷いた。

 

「皆お疲れ様。怪我人の確認と、奪った装備の解析をよろしくねえ」

 

結絆は笑みを浮かべた後に、通信を切り替える。

 

今度は、荒い息遣い。

 

『......そっちも終わったみてェだな』

 

一方通行の声だ。

 

背後では救急搬送のサイレンが遠く響いている。

 

「こっちは被害0だよお。そっちは?」

 

数秒の沈黙。

 

そして、低く押し殺した声。

 

『木原数多を殺した』

 

空気が止まる。

 

結絆は一瞬焦りの表情を見せる。

 

情報を取る前に殺してしまったのはまずい。

 

しかし、一方通行の近くにはエステルがいたことを思い出し、ほっと息をつく。

 

まずは一方通行たちを労うのが先だ。

 

「そうかあ、奴の攻撃は食らわなかったかなあ?」

 

『結局アイツは俺に触れることすらできなかった。あの時のアドバイス助かったぞ、結絆』

 

「流石だねえ」

 

人を殺したというのに二人は何とも思っていないのか、普通の友人同士の会話を続ける。

 

レベル5は何かしら狂っている部分があるのである。

 

結絆は椅子に腰を下ろし、指先で机を軽く叩く。

 

「エステルに伝えておいてくれるかなあ。魔術で木原数多の死体から情報を抜き取れる状態にしてほしいって。壊れきる前にねえ」

 

『......大丈夫なのかァ?』

 

「安心してよお。蘇らせるわけじゃない。ただ、記憶を読むだけだからねえ。」

 

『分かった。伝えておく』

 

「ありがとお。一方通行」

 

通話が切れる。

 

結絆は立ち上がった。

 

 

 

 それから少しして、結絆は一方通行たちがいる場所へ移動した。

 

エステルが準備を整えて木原数多の死体の腐食を止めていた。

 

「......さてと」

 

手を伸ばす。

 

木原数多に刻まれていた情報の痕跡を、ムルムルの死者に干渉する力で読み取る。

 

膨大なデータが洪水のように流れ込む。

 

「やっぱりかあ......欲しい情報が手に入ってよかったよお」

 

呟きながら、不要な情報を切り落とし、必要なものだけを抽出する。

 

同時に、結絆は時空間の原典を使用する。

 

一方通行のいる病院は返り血や攻撃の余波によって、暫くの間営業することができないような状況だった。

 

結絆は目を閉じる。

 

「時よ戻れ」

 

崩れた機材は元の位置へ戻される。

 

数分もかからない。

 

まるで何も起きなかったかのように、病院は静けさを取り戻す。

 

「これで、ひとまず安心かなあ」

 

「ありがとう、結絆!君には何度もお世話になってしまって......」

 

「気にすることはないよお、それよりもこの店、一方通行のお気に入りだから二人で行ってみるといいよお」

 

結絆が一方通行のお気に入りの店リストを渡すと、エステルは目を輝かせると共に、一方通行は隣でため息をつく。

 

その後、結絆は二人と別れた後に外へ出た。

 

街の空気が震えている。

 

巨大な圧。

 

神の右席、前方のヴェント。

 

暴風が渦巻き、街を軋ませる。

 

黒雲が裂け、稲光が走る。

 

「......まだ終わってないねえ」

 

嵐の中心へ。

 

瓦礫が舞い、電柱が軋む通りの上空に、彼は静かに立つ。

 

遠く、街灯の上に立つ一人の女。

 

前方のヴェント。

 

「じゃあそろそろ止めるとしようかあ」

 

嵐の中、結絆は不敵な笑みを浮かべたのだった。




能力者のいない猟犬部隊は結絆たちの相手にはなりませんね。

次回は結絆とヴェントの戦いです。
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