食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回と次回で0930事件編はおしまいです。


事件の後処理

 温泉でたっぷりと旅の疲れを癒した当麻と操祈は、すっかり上機嫌だった。

 

「やっぱり温泉は別格ねぇ、旅の疲れが吹っ飛んだわぁ」

 

髪をタオルで拭きながら操祈が言う。

 

当麻は頷きながら、ふと思い出したようにスーツケースを開いた。

 

「そうだ、操祈。あれ出そうぜ」

 

「ちょうどいいタイミングねぇ」

 

二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。

 

 

 

 その頃、マジックシアターの執務室。

 

結絆は机に向かい、山積みになった書類と格闘していた。

 

「復旧関連の申請、予算振り分け、各方面への報告......多いねえ」

 

ペンを走らせながら、軽く肩を回す。

 

向かいの席では、看取が淡々と書類を整理している。

 

「結絆さんが派手にやったからでしょ」

 

「派手にやった覚えはないんだけどなあ」

 

「結果が派手なの」

 

ぴしゃり。

 

とはいえ、その声はどこか柔らかい。

 

そこへ。

 

「おーい、結絆!今ちょっといいか?」

 

当麻が扉を開けて顔を出した。

 

「どうしたんだい、当麻?」

 

操祈も後ろから現れる。

 

「お兄様、お土産持ってきたわよぉ」

 

「お土産!?」

 

結絆の目がきらりと光る。

 

「イタリアの?」

 

「お兄様と別れた後にヴェネツィアで買ったのよぉ」

 

操祈が差し出したのは、丁寧に包まれた箱。

 

結絆は嬉しそうに受け取る。

 

「開けていいかい?」

 

「もちろん」

 

包みをほどくと、中から現れたのは豪奢なヴェネツィアンマスクだった。

 

白を基調に、金の装飾。

 

繊細な模様と羽根飾りが施され、どこか妖艶な雰囲気を漂わせている。

 

「おお......!これはいいデザインだねえ」

 

結絆は目を輝かせる。

 

「ヴェネツィアの仮面祭りの店で見つけたのよぉ。お兄様、こういうの似合うわよねぇ?」

 

「絶対似合うと思うぞ!」

 

当麻も頷く。

 

結絆は立ち上がり、早速マスクを顔に当てた。

 

「どうかなあ?」

 

次の瞬間。

 

室内の空気がわずかに変わる。

 

きれいな金髪とスタイルのいい細マッチョな肉体、そしてこの仮面。

 

まるで舞踏会から抜け出してきた貴公子のようだった。

 

「......やっぱ似合うよな」

 

当麻が目を見開く。

 

「思った通りねぇ」

 

操祈も満足げに微笑む。

 

そして

 

書類から顔を上げた看取が、結絆の方を見る。

 

「......なにそれ」

 

「どう?似合う?」

 

結絆がくるりと回る。

 

マスクの羽根が揺れる。

 

看取はしばらく見つめたあと、小さく息を吐いた。

 

「......似合いすぎ」

 

「お」

 

「正直、腹立つくらい様になってる、結絆さん」

 

その頬は、ほんのり赤い。

 

結絆はさらに調子に乗る。

 

すっと看取の前に歩み寄り、その手を取った。

 

「お嬢様、今夜は一緒に過ごしませんか」

 

声色までそれらしく変える。

 

「ヴェネツィアの夜のように、優雅なひとときを」

 

「ノリノリじゃねえか!」

 

当麻が吹き出す。

 

操祈は楽しそうに眺めている。

 

看取は一瞬固まり、それから視線を逸らす。

 

「書類が......片付いてからね......」

 

ぽつり。

 

だが、耳まで赤い。

 

「楽しみだねえ、よし、じゃあ急いで終わらせようかあ」

 

結絆はぱっと笑う。

 

「急いで雑にやったら許さないから」

 

「ちゃんとやるよお」

 

当麻は腕を組む。

 

「なんだこの執務室、舞踏会会場みたいになってるぞ」

 

「お兄様がいるとそうなるわよねぇ......」

 

操祈が肩をすくめる。

 

結絆は席に戻り、マスクをつけたまま書類に向かう。

 

「この格好で事務作業ってシュールだよな」

 

「集中できるのかしらぁ?」

 

「むしろテンション上がるよお」

 

「結絆さん、ここ、サインして」

 

看取は小さく笑いをこらえながら、書類を差し出す。

 

「お任せあれ、お嬢様」

 

「その呼び方はやめて」

 

とはいえ、看取は嫌がってはいないようだ。

 

当麻と操祈は顔を見合わせ、満足げに頷いた。

 

「いい土産になったな」

 

「ええ。正解だったわぁ」

 

結絆はペンを走らせながら、ちらりと二人を見る。

 

「ありがとねえ。最高のプレゼントだよお」

 

ヴェネツィアの仮面は、学園都市の執務室でも違和感なく輝いていた。

 

 

 

 本格的に仕事モードに戻った結絆は、椅子に腰を下ろしたまま軽く指を鳴らした。

 

「さてと......ちょっと本気出そうかあ」

 

次の瞬間、空気が揺らぐ。

 

水面に波紋が広がるように、結絆の周囲から同じ姿が次々と現れた。

 

現れた分身体たちは、それぞれ無駄のない動きで机に向かう。

 

ペンを走らせ、書類を仕分け、電子端末を操作する。

 

「結絆さん、そこまでして......」

 

看取がぽつりと呟く。

 

「便利でしょお?」

 

「便利すぎて羨ましい......」

 

だがその口元は緩んでいる。

 

分身体の一人が書類を束ね、もう一人が捺印、さらに別の一人が連絡文を作成。

 

作業はまるで精密機械のように進んでいく。

 

「これなら今日中どころか......一時間もかからないよお」

 

結絆は余裕の笑みを浮かべた。

 

看取もすぐに流れを読み取り、最適な順番で書類を差し出していく。

 

無駄がない。

 

当麻と操祈はその光景を少し離れたところから眺めていた。

 

「なんか......すげえな」

 

「統括理事会の仕事って、こうやって回ってるのねぇ」

 

結絆や看取ががおかしいだけである......

 

やがて。

 

「はい、最後の一枚」

 

看取が差し出す。

 

結絆がサインを入れた瞬間、分身体たちは水に溶けるように消えていった。

 

机の上には、整然と片付いた書類の山。

 

「......終わったねえ」

 

時計を見ると、まだ一時間も経っていない。

 

「嘘っ、本当に終わっちゃった」

 

看取が感心する。

 

「約束だからねえ」

 

結絆は意味ありげに微笑む。

 

看取は一瞬だけ視線を逸らし、「少し席を外させて」とだけ言って部屋を出ていった。

 

 

 

 数分後。

 

扉が静かに開く。

 

「お待たせ」

 

振り向いた結絆は、思わず息を呑んだ。

 

そこに立っていたのは、先ほどまでのスーツ姿ではなく、深い紅を基調としたパーティー衣装を着た看取。

 

肩を優雅に露出させたドレスは、ヴェネツィアの舞踏会を思わせる華やかさだった。

 

「結絆さん」

 

くすっと笑う。

 

「ヴェネツィアの夜のように、優雅なひとときを過ごしたいんでしょ?」

 

からかうような声音。

 

「......看取」

 

結絆は立ち上がる。

 

「ずるすぎるよお......」

 

「何が?」

 

「似合いすぎてるからねえ」

 

看取の頬がほんのり染まる。

 

「言い出したのは結絆さんでしょう」

 

「うん、そうだねえ」

 

結絆は手を差し出す。

 

「じゃあ、お嬢様。こちらへ」

 

「......案内してくれるの?」

 

「もちろん」

 

 

 

 結絆の自室の扉が閉まる。

 

結絆は静かに目を閉じ、術式を発動した。

 

空間がわずかに歪み、壁紙が白い石壁に変わる。

 

アーチ状の窓。

 

外には夕焼け色の空と、遠くに見える水辺の街並み。

 

床には大理石風の模様が広がり、シャンデリアが柔らかな光を落とす。

 

「本当にやるんだ......」

 

看取が驚いたように周囲を見渡す。

 

「イタリア風内装、即席版」

 

「即席でここまで?」

 

「雰囲気作りは大事だからねえ」

 

結絆は近づき、看取の手を取る。

 

「どう?少しはヴェネツィアっぽいかなあ?」

 

「......悔しいけど、素敵」

 

看取は小さく笑う。

 

二人は窓辺へ歩く。

 

夕焼けの光がドレスと仮面に反射する。

 

結絆はまだヴェネツィアンマスクをつけたままだ。

 

余程気に入ったらしい。

 

「仕事も終わったし、ゆっくり休もうかあ」

 

結絆が優しく言う。

 

「......そうね」

 

看取は一歩近づく。

 

「今日は、頑張った自分たちを甘やかしてもいいよね」

 

「大賛成」

 

二人の距離が自然と縮まる。

 

指先が絡み、視線が重なる。

 

「結絆さん」

 

「どうしたんだい?」

 

「その仮面、外さないの?」

 

「どうしよっかなあ?」

 

いたずらっぽく笑いながら、ゆっくりと外す。

 

素顔が現れる。

 

看取はその顔を見つめ、柔らかく微笑んだ。

 

「やっぱり、こっちのほうが好き」

 

「嬉しいなあ」

 

結絆はそっと看取の腰に手を回す。

 

ドレス越しに温もりを感じる。

 

看取も腕を伸ばし、結絆の胸元に触れる。

 

「いつもありがとう、看取」

 

「こちらこそ」

 

額を軽く合わせる。

 

外の喧騒が遠のき、部屋には穏やかな時間だけが流れる。

 

ヴェネツィアの夜を模した空間の中で二人はゆっくりと寄り添い、静かな甘いひとときを重ねていった。




警策看取は、結絆の秘書という設定にしています。

原作でも頭の回転の速さが描写されていたので、戦闘も事務作業も完璧にこなすハイスペックなキャラとして書いています。
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