食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回で0930事件編はおしまいです。


警策看取とのお家デート

 ヴェネツィア風に整えられた室内で、しばらく寄り添っていた二人。

 

夕焼け色の光がゆっくりと夜へ移り変わる中、結絆は看取のことを抱きしめたまま、小さく息をついた。

 

「......はあ」

 

「なに、そのため息」

 

看取がくすっと笑う。

 

「幸せすぎて現実に戻れなくなりそうだねえ」

 

「それは流石に言いすぎ」

 

そう言いながらも、看取の指先は結絆の髪を優しく梳いている。

 

ふと、その手が止まった。

 

「......結絆さん」

 

「うん?」

 

「お腹、鳴ったわよ」

 

一瞬の沈黙。

 

そして。

 

「おっと」

 

結絆はきょとんとする。

 

次の瞬間、ぐう、と遠慮のない音が静かな室内に響いた。

 

「......」

 

「......」

 

看取は堪えきれずに笑い出す。

 

「ロマンチックな空間が台無し」

 

「今日は朝からいっぱい働いたし、書類も片付けたからねえ......」

 

「はいはい」

 

看取は一歩離れ、腕を組む。

 

「昼食、ちゃんと食べてないんでしょ?」

 

「まあ......朝食の味噌汁以降は......」

 

「やっぱり」

 

少し呆れたように、それでもどこか嬉しそうにため息をつく。

 

「トンカツ、作ってあげる」

 

「え?」

 

結絆の目がぱっと輝く。

 

「本当に?」

 

「ちゃんと全部食べること!」

 

「約束するよお」

 

 

 

 魔術で整えたイタリア風の内装は一旦解かれ、結絆の自室はいつものマジックシアター仕様に戻る。

 

看取はドレスから着替え、代わりにシンプルなエプロン姿になる。

 

白いエプロンをきゅっと結ぶ仕草が、妙に様になっている。

 

その姿を見た瞬間、結絆の胸に温かなものが広がった。

 

「......どうしたの、結絆さん?」

 

視線に気づいた看取が振り返る。

 

「いやあ」

 

結絆は頬を緩める。

 

「幸せだなあって思って」

 

「急にどうしたの?」

 

「さっきまで舞踏会みたいだったのに、今はエプロン姿でご飯作ってくれるんだよお?」

 

「落差が激しいって言いたいの?」

 

「俺はどっちも好きだよお」

 

即答。

 

看取の耳がほんのり赤くなる。

 

「......調子いいわね」

 

豚ロースに塩胡椒を振り、小麦粉をまぶす。

 

卵液、そしてパン粉へ。

 

結絆はその動きをじっと見守っている。

 

「パン粉、もう少し足すかい?」

 

「お願い」

 

すっと差し出されるボウル。

 

「トング持ってこないと......」

 

「はい」

 

結絆は的確なタイミングで、看取に調理器具などを渡す。

 

「......なんでそんなにタイミングいいの」

 

「長い付き合いだからねえ」

 

「怖いくらい読まれてる気がする」

 

油に入れた瞬間、じゅわっと音が広がる。

 

香ばしい匂いがキッチンを満たす。

 

結絆はコンロの火加減を微調整する。

 

「温度、ちょっと上げたほうがいいかも」

 

「ちょうど言おうと思ってた」

 

二人は顔を見合わせ、小さく笑う。

 

揚げ時間を計り、きつね色に変わったところで引き上げる。

 

サクッという音が期待を高める。

 

「キャベツ、もう切ってあるよお」

 

「いつの間に」

 

「さっきのうちに」

 

「本当に抜け目ないんだから」

 

包丁を洗い、皿を並べ、ソースを用意。

 

まるで長年連れ添った料理人コンビのような息の合い方だ。

 

やがて。

 

「できた」

 

黄金色に輝くトンカツ。

 

湯気が立ちのぼり、香りが食欲を刺激する。

 

結絆は手を合わせる。

 

「いただきます!」

 

一口。

 

サクッという軽快な音。

 

肉汁がじゅわっと広がる。

 

「おおぉ......美味しいねえ」

 

思わず目を細める。

 

「本当に?」

 

「うん。最高だよお」

 

看取は少し照れたように視線を逸らす。

 

「ちゃんと噛んで食べなさいよ」

 

「わかってるよお」

 

向かいに座った看取も、自分の分を口にする。

 

結絆は夢中で食べながら、ふと顔を上げる。

 

「ヴェネツィアの夜も素敵だったけどお......今の方が好きかなあ」

 

看取がきょとんとする。

 

「どうして?」

 

「こうやって、エプロン姿でトンカツ作ってくれて、一緒に食べる時間のほうが、ずっと贅沢だからねえ」

 

看取はしばらく何も言わなかった。

 

やがて、ふっと笑う。

 

「......本当にずるい人」

 

「褒めてるのかい?」

 

「褒め言葉よ」

 

外ではまだ復旧作業の音が響いている。

 

街は完全には戻っていない。

 

けれど、このキッチンには温かな日常がある。

 

サクサクとした音と、穏やかな会話。

 

結絆は満たされた表情で、もう一切れを口に運んだ。

 

「やっぱり、看取のトンカツは最高だねえ」

 

「ありがと。おかわりいる?」

 

「もちろん!」

 

笑い声が、夜のマジックシアターに優しく広がっていった。

 

 

 

 トンカツの皿が空になり、湯呑みの中身も飲み干した頃。

 

結絆は満足げに背もたれへ身を預けた。

 

「はあ......幸せ」

 

「大げさね」

 

看取は食器を片付けながら微笑む。

 

「でも、いい顔してる」

 

「看取のご飯の効果だよお」

 

「はいはい」

 

その後、洗い物を終えた看取は、ふと結絆を見る。

 

「結絆さん......まだ時間ある?」

 

「大丈夫だよお。今日は完全オフだし」

 

「じゃあ」

 

看取は小さく笑った。

 

「バー、開けましょうか」

 

 

 

 マジックシアター最上階。

 

大きなガラス窓から学園都市の夜景を一望できるバーラウンジ。

 

結絆がソファに腰を下ろした頃、奥の扉が開く。

 

「お待たせ」

 

現れた看取は、先ほどのエプロン姿とはまるで違っていた。

 

黒を基調としたバーテンダー衣装。

 

細身のベストに白いシャツ、蝶ネクタイ。

 

髪もきちんとまとめられ、洗練された雰囲気を纏っている。

 

「......」

 

結絆は一瞬言葉を失う。

 

「どう?」

 

「完璧だねえ!」

 

即答だった。

 

「さっきは家庭的で、今はプロのバーテンダーって......振れ幅すごいねえ」

 

「今日はサービスデーだから」

 

看取はカウンターの内側に立ち、氷をグラスへ落とす。

 

カラン、と澄んだ音が響く。

 

「結絆さんは何にする?」

 

「看取に任せるよお」

 

「逆に困っちゃうんだけど......」

 

シェイカーに氷とリキュールを注ぎ、軽やかに振る。

 

リズミカルな音が夜の空間に溶けていく。

 

結絆はその姿を、うっとりと眺めていた。

 

「本当に何でもできるねえ」

 

「あなたが無茶振りするから鍛えられたのよ、趣味もあるけど」

 

看取は元々コスプレが趣味だったが、結絆と接しているうちに様々なことができるようになっていた。

 

シェイカーを開け、グラスに注ぐ。

 

淡い琥珀色のカクテルが、光を受けてきらめく。

 

「これは?」

 

「少し甘めのやつ。今日みたいな夜向け」

 

もう一つのグラスには、看取自身の分。

 

透明感のあるドリンクが氷の間で静かに揺れる。

 

カウンター越しに、二人は向かい合う。

 

「それじゃ」

 

看取がグラスを持ち上げる。

 

「今日一日、お疲れさま」

 

「お疲れさま」

 

カチン、と軽く触れ合う音。

 

二人はゆっくりと口をつける。

 

「......この場所の雰囲気とマッチしてて最高だねえ」

 

「よかった」

 

窓の外に目を向ける。

 

壊れたビルの周囲にはすでに足場が組まれ、新しい外壁パネルが運び込まれている。

 

道路の穴も半分以上は埋め戻され、交通整理の光が整然と並んでいた。

 

「早いよねえ」

 

結絆が呟く。

 

「昨日まで瓦礫だらけだったのに」

 

「学園都市の本気はすごいわ」

 

看取も頷く。

 

「結絆さんの指示が的確だったから、一週間後には元通りになってそう」

 

「そんなに?」

 

「資材の優先順位も、人員配置も、無駄がなかったから」

 

結絆は少し照れたように視線を逸らす。

 

「みんなが動いてくれたからだよお。俺一人じゃ無理だねえ」

 

「でも、方向性を示したから早く進んでるのよ」

 

看取は穏やかに言う。

 

夜景が二人の横顔を照らす。

 

傷跡はまだある。

 

だが、そこには再生の光が確かに宿っていた。

 

「街も、僕たちも、結構タフだよねえ」

 

結絆がグラスを回す。

 

「ボロボロになっても、ちゃんと立ち上がる。そういう場所を選んで、私たちはここにいるんでしょ?」

 

「そうかもねえ」

 

結絆は微笑む。

 

「......でも」

 

看取がカウンター越しに身を乗り出す。

 

「うん?」

 

「無理はしないで、結絆さんが倒れたら、意味ないんだから」

 

真っ直ぐな視線。

 

「わかってるよお」

 

結絆は立ち上がり、カウンターを回り込む。

 

看取の隣に立ち、同じ夜景を見る。

 

「だから最近はこうやって休む時間も増やしてるよお」

 

「ならいいわ」

 

二人は肩を並べる。

 

グラスの中の氷が静かに溶ける。

 

遠くでクレーンが動き、新しい外壁が取り付けられていく。

 

「本当に、一週間後には元通りかもねえ」

 

「ええ。きっと」

 

結絆はそっと看取の手に触れる。

 

「そのときは、またここで乾杯しようかあ」

 

「復興祝い?」

 

看取は微笑む。

 

「約束ね」

 

夜景の向こうで、学園都市は着実に再生していた。

 

その光を眺めながら、二人は静かにグラスを傾け続けた。

 

 

 

 結絆と看取は、並んでグラスを傾けていた。

 

氷が溶ける音が、小さく響く。

 

「......結絆さん」

 

看取が、ふと視線を落とした。

 

「どうしたんだい?」

 

「明日から、アメリカなんでしょ」

 

その声は、いつもより少しだけ静かだった。

 

「美琴と一緒に超能力の実演をやってくるよお。」

 

結絆は頷く。

 

「一週間くらいかなあ。向こうのスポンサー向けデモと、技術交流会も兼ねてるからねえ」

 

看取はグラスの縁を指でなぞる。

 

「忙しそうね」

 

「まあ、それなりに」

 

沈黙が落ちる。

 

外では作業用のライトが動き、クレーンの先端がゆっくりと回転する。

 

「少しだけ......寂しいわね......」

 

看取は小さく息を吐く。

 

その横顔は、いつもの凛とした表情よりも柔らかく、どこか心細そうだった。

 

結絆はその変化にすぐ気づく。

 

「看取」

 

「なに?」

 

「分身体の維持は問題ないから、寂しい思いはさせないよお」

 

穏やかな声。

 

「向こうで本体が動いてても、こっちに分身体を常駐させておける。感覚も共有できるし、会話もできる」

 

正直な言葉だった。

 

結絆はグラスを置き、看取のほうへ向き直る。

 

「確かに、物理的には離れる。でも......」

 

そっと看取の頬に手を伸ばす。

 

「俺はどこにいても、看取のことを考えてるよお」

 

視線が重なる。

 

夜景の光が二人の瞳に映る。

 

「だから」

 

結絆は優しく微笑む。

 

「寂しくさせない」

 

そして、そのままそっと唇を重ねた。

 

不意打ちのようでいて、どこまでも自然な動き。

 

看取の肩がわずかに震え、やがて力が抜ける。

 

唇が離れたあと、看取は結絆を見つめた。

 

「......ずるい」

 

「何が?」

 

「そういうこと、さらっと言って」

 

けれど、その表情は先ほどよりも明らかに柔らかい。

 

不安の影は薄れ、代わりに安堵が宿っている。

 

「安心したかい?」

 

「少しはね」

 

看取は小さく笑う。

 

「分身体がいるなら、ちゃんと様子も見られるし」

 

「わかったわ。そうそう、向こうで無茶しないこと!御坂さんを困らせないように!」

 

「善処するよお」

 

「“善処”じゃなくて、ちゃんと守りなさい!」

 

「わかったよお」

 

素直な返事に、看取はくすっと笑った。

 

二人は再びグラスを持ち上げる。

 

今度は軽く触れ合わせず、それぞれ静かに口をつける。

 

「帰ってきたら、また唐揚げとトンカツ作ってあげるから」

 

「本当かい!?」

 

「アメリカで頑張ってきたご褒美として」

 

結絆の目が輝く。

 

「頑張る理由が増えたねえ」

 

「結絆さんってそういうところが単純なんだから」

 

でも、どこか嬉しそうだ。

 

しばらく二人は、他愛のない話を続ける。

 

アメリカの気候のこと。

 

お土産は何がいいかという話。

 

復旧が進む街の未来。

 

「戻ってくる頃には、きっと、もっと景色が変わってるわね」

 

「そうだねえ」

 

「そのとき、またここで乾杯しましょう」

 

「約束だねえ」

 

結絆はそっと看取の肩を抱く。

 

看取も自然に寄り添う。

 

夜景の向こうで、学園都市は静かに再生を続けている。

 

そしてこのバーラウンジでは、二人の時間が穏やかに流れていた。

 

「行ってらっしゃいは、明日言うから」

 

「うん」

 

「今日はまだ、隣にいて」

 

「もちろん」

 

グラスの中の氷が、最後に小さく音を立てた。

 

二人は寄り添ったまま、言葉を交わし続ける。

 

離れる前の夜は、静かで、温かかった。




次回からは番外編を少し挟んで、結絆と美琴がアメリカに行く話を書こうと思っています。

どちらもオリジナルストーリーです。
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