0930事件より前になりますが、話のつながりを考えてこっちに持ってきました。
旅立ちの前に
マジックシアター居住エリアのラウンジで、御坂美琴はくつろいでいた。
大きな窓の向こうには台風の影響で発生した鉛色の雲が見えるが、建物の中にいれば問題はない。
「はあ......やっぱここ、落ち着くわね」
学園都市でも屈指の豪華な施設だが、結絆と付き合うようになってからよく入り浸っているからか、美琴にとっては肩の力が抜ける空間になっている。
テーブルにはハーブティーと、栄養バランスを考えられた軽食が置かれている。
いかにも結絆が用意しそうなラインナップである。
そのとき、廊下の向こうから規則正しい足音が近づいてきた。
「お姉様、こちらにいたのですね、とミサカは声をかけます」
「あ、ミサカ。ちょうどいいところに来たじゃない」
ミサカ00000号は相変わらず整った姿勢で、美琴の向かいに腰かける。
落ち着いた所作、潤いのある肌、整った髪。
自分と同じ遺伝子の存在であるはずなのに、どこか“完成度”が違う気がしてしまう。
美琴はじっとミサカの顔を見つめた。
「......ねえ、ちょっと思ったんだけどさ」
「何でしょうか、とミサカは首を傾げます」
「アンタ、肌きれいすぎない?同じ遺伝子なのに、なんで私よりコンディション良さそうなのよ」
半ば冗談、半ば本気。
「それはお姉様の普段の食生活が悪いせいでは?とミサカは率直な見解を述べます」
ミサカは一瞬きょとんとした後、淡々と答えた。
「ぐはっ!」
見えない槍が胸に刺さった気がした。
美琴はソファに沈み込み、天井を仰ぐ。
「べ、別に悪くないわよ!ここにいる日はちゃんと野菜も魚も食べてるし、栄養バランスだって......」
「“ここにいる日は”という言葉がすでに問題では?、とミサカは指摘します」
「うっ......」
図星だった。
常盤台の寮にいる日は、つい手軽なハンバーガーやポテトで済ませてしまうことも多い。
炭酸飲料を片手にレポートを書き、眠るのは深夜。
思い当たる節がありすぎる。
「......まあ、否定はしないけど」
「結絆は食事の状況も把握しています。お姉様が一週間で何度ファストフードを利用したかについてもばれていますよ、とミサカは報告します」
「ちょっと待ちなさい、なんであいつそこまで知ってるのよ!?」
「お姉様の体調管理は結絆にとって重要事項ですから、とミサカは当然のように答えます」
美琴は頭を抱えた。
マジックシアターにいる日は確かに健康的だ。
結絆がやたらと気を配り、栄養士顔負けの献立を用意する。
けれど自室に戻れば、その反動で好き放題。
自覚はあったが、こうして改めて言葉にされるとダメージが大きい。
なお、結絆自身はいつも大量に食べているが、自己制御で体のバランスを完璧にしているので何も問題はない。
「......そりゃ、アンタの方がコンディション良くなるわよね」
「加えて、結絆と一緒にいる時間が長いのも理由かもしれません、とミサカは付け加えます」
「は?」
美琴の脳内で、何かが妙な方向へ回転し始めた。
一緒にいる時間が長い。
つまり、毎日顔を合わせて、至近距離で......いやいや、何を想像してるのよ私はっ!?
けれど肌がきれいになる理由と長時間一緒にいるということが変な形で結びつき、頬が熱くなる。
「ち、ちょっと待って。まさかアンタたち、そんな、毎日......」
「お姉様が何を考えているのかはわかりませんが、結絆は毎日私たちの体調をチェックしているというだけです、とミサカはお姉様が変なことを考えていることに内心気付きながら報告します」
「ぐはあっ!」
本日二度目のクリティカルヒット。
美琴はクッションに顔を埋めた。
「そ、そういう意味じゃないって言ってるでしょ!」
「しかし顔が赤いです、とミサカは冷静に観察します」
「うるさい!」
ミサカは淡々としているが、その目の奥にはわずかな愉快さが宿っている気がする。
結絆が日々、能力やら何やらでコンディションをチェックしているのは事実だろう。
水の原典だの自己制御だのよくわからないことは多いが、彼の能力を考えれば健康管理など朝飯前だ。
だが、それを毎日きちんと受けているミサカと、気まぐれにしか頼らない自分との差が、こうして肌という形で可視化されるのは、なんとも言えず悔しい。
「......分かったわよ。これからはもうちょっと気をつける」
「具体的には、とミサカは確認します」
「ファストフードは週一に減らす。野菜もちゃんと食べるし夜更かしも控える」
「良い傾向です、とミサカは頷きます」
なんだか妹に生活指導されている気分だ。
いや、実際そうなのだが。
ふと、美琴はミサカの横顔を見つめた。
同じ顔立ちのはずなのに、どこか柔らかい。
環境の違い、積み重ねた時間の違い。
それでもこうして隣に座り、他愛ない話をしていると、不思議な安心感がある。
「でもさ」
「はい、とミサカは応じます」
「アンタが元気で、ちゃんと結絆に大切にされてるなら......まあ、それはそれで安心するわ」
一瞬、ミサカの目がわずかに見開かれた。
「お姉様も十分お綺麗ですよ、とミサカは補足します」
「フォローが遅い!」
だが、その言葉に少しだけ胸が軽くなる。
ラウンジの外では、どこかで結絆の声がしていた。
きっと誰かの体調を確認しているのだろう。
「......後であいつにも言っておくわ。食生活、ちゃんと指導しなさいって」
「既に計画中だと思われます、とミサカは告げます」
「うっ!?」
今日三度目のダメージを受けながらも、美琴は苦笑した。
自分と同じ遺伝子を持つ少女と、こうして健康について話す日が来るなんて想像もしなかった。
とりあえず今夜は、出されたサラダを残さず食べよう。
そう心に決めながら、美琴は再びカップを手に取った。
ラウンジでの健康談義が一段落すると、美琴はふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ねえ、ミサカ」
「はい、とミサカは応じます」
「結絆が私たちのこと、ちゃんと見分けられるか試してみない?」
ミサカの目がわずかに輝く。
「興味深い提案です。面白そうですね、とミサカは賛同します」
「でしょ?あいつ、いつも“当然わかるよお”みたいな顔してるけど、今日こそギャフンと言わせてやるんだから!」
美琴はすぐさま携帯を取り出し、メッセージを打ち込む。
『私とミサカをちゃんと見分けられるか試しに行くわよ』
送信。
数秒後、既読がついたが返事はない。
「......既読スルー?」
「迎撃態勢を整えている可能性があります、とミサカは推測します」
「何よそれ、余計に燃えるじゃない」
二人は立ち上がり、廊下を並んで歩く。
途中で自室に寄って、クローゼットから同じデザインの服を取り出し髪型も髪飾りの位置も揃える。
鏡の前に並べば、そこには瓜二つの少女が二人。
「完璧ね」
「外見上の差異はほぼゼロです、とミサカは自己評価します」
そして二人は、マジックシアター居住エリアの一角にある結絆の部屋の前に立った。
「行くわよ。さあ、どっちが私でどっちがミサカか、当ててみなさい!」
ノックもそこそこにドアを開けると、ソファに腰掛けていた結絆が顔を上げた。
「いらっしゃい。さてさて、今日は双子コーデかあ」
黒と赤を基調とした室内。
机には資料が積まれており、結絆本人はペンを持ちながら、どこか余裕の笑みを浮かべている。
美琴が腕を組んで結絆の前に立つ。
ミサカも無表情で並び立つ。
結絆は二人を交互に見た。
そして、すぐさま
「俺から見て右が美琴、左がミサカだよお」
「はっや!?」
「正解です、とミサカは即答します」
美琴は思わず前のめりになった。
「ちょ、ちょっと!なんで!?今の一秒もなかったわよ!?」
「だって美琴、さっきからちょっとだけ肩に力が入ってるからねえ。あと、俺の部屋に入った瞬間、視線が本棚に向いてたよお。」
「そ、それは......!」
「ミサカは入室と同時に机の上の資料を確認したよねえ?」
「肯定します、とミサカは淡々と述べます」
「まあ、二人の癖から推測しなくても、恋人を見分けられないってことはないよお」
ぐうの音も出ない。
美琴は悔しそうに唇を噛んだ。
「もう一回!今度はもっと難しくするから!」
「望むところだねえ」
「目隠ししなさい!」
美琴はクローゼットからスカーフを引っ張り出し、結絆の目をぐるりと覆う。
「これで視覚は封じたわ。さあ、どうする?」
「ふふ、面白いねえ」
「今から私たちは片方ずつあんたの手を握るから、どっちが私か当てなさい」
「了解だよお」
美琴とミサカは目配せし、左右からそっと結絆の手を取った。
温かな掌。
どくん、と自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
(落ち着きなさい私......ただの判別テストよ)
だが、指先が触れた瞬間、結絆は小さく笑った。
「俺の右手を握ってるのが美琴だねえ」
「なっ......!?」
「正解です、とミサカは報告します」
美琴は思わず一瞬手を離してしまう。
「なんでよ!今度こそ分からないはずでしょ!」
「手の握り方だよお。美琴は無意識に力が入る。あと、ほんの少しだけ指先が震えてる」
「嘘っ!?」
「今も震えてるよお」
図星を刺され、美琴の顔が一気に熱くなる。
「ミサカは一定の力で、落ち着いてる感じがある。だけど美琴は感情がそのまま伝わってくるからねえ」
「......」
目隠しを外された結絆の瞳は、からかい半分、優しさ半分だった。
「俺は毎日ちゃんと見てるよお。能力を使わなくても、二人が全然違うことはわかる」
その言葉に、美琴は一瞬だけ言葉を失う。
あっさり見抜かれてしまったことで悔しさを感じる。
けれど同時に、胸の奥がじんわりと温かい。
外見が同じでも、ちゃんと自分たちを見てくれている。
その事実が、思いのほか嬉しい。
「......面白くない」
「どっちの意味でかなあ?」
「両方よ!」
美琴は頬を膨らませる。
ミサカはわずかに口元を緩めた。
「確かにお姉様はわかりやすいですね、とミサカは分析します」
「うるさい!」
結絆はくすくす笑いながら立ち上がった。
「でも、こういったゲームをするのは楽しいねえ。もっと難しいのでもいいよ?」
「次は絶対わからないようにするから覚悟しなさい!」
宣言しながらも、美琴の胸の内には確かな安心があった。
結絆は、美琴やミサカや妹達全員を見分けることができます。