夜のロサンゼルス。
窓の外に広がる街の灯りはまるで星の海のようで、美琴はその景色をソファに寝転びながら眺めていた。
室内には静かな空気が流れており、ただ時折部屋の空調が小さく唸る音だけが響く。
そのとき、ドアがノックされた。
「あれ?誰だろ......」
美琴が体を起こしかけたが、それより先に結絆が立ち上がる。
「俺が出るよお」
ゆっくりとドアを開けると、そこに立っていたのは、昼間にも顔を合わせたアメリカ大統領、ロベルト=カッツェだった。
白いシャツにジャケットを羽織り、ノーネクタイでラフな姿。
上品さは一切感じられないが、やはり只者ではないオーラが漂っている。
「よお、結絆。今、ちょっと時間あるか?軽く一杯付き合ってほしくてな」
「もちろんだよお。美琴、ちょっと喋ってくるねえ」
「わかったわ、行ってらっしゃい」
美琴はソファに座ったまま頷き、軽く手を振った。
結絆は彼女に微笑んで頷き返すと、ロベルトと共に廊下へ出て、エレベーターに乗り込む。
向かった先はホテルの最上階にあるバーだった。
天井は高く、静かにジャズが流れており、落ち着いた照明が空間に陰影を与えている。
窓際の席に案内されると、眼下に夜景が広がっていた。
「おお、これは良い場所だねえ」
「ここは外交官や各国の要人がよく使うラウンジでな。酒も景色も最高だ」
ロベルトはウイスキーを、結絆は赤ワインを頼んだ。
二人はグラスを手にしながら、しばらく他愛のない話を交わす。
大統領としての仕事の愚痴、結絆の近況、昔の共闘話など......
だが、ロベルトの目がふと鋭さを帯びた瞬間、話題は変わった。
「今朝の空港の件......だがな」
「ん?」
「お前達が、あのテロリスト共を鎮圧したんだろう?」
静かに、だが核心を突く言葉だった。
ロベルトの視線はグラス越しに鋭く、だが敵意はない。
むしろ、それは真実を知る者の確信に満ちた目だった。
結絆は、ふっと口元を緩めて応じる。
「......まあ、バレてるなら隠す意味もないかなあ。うん、俺たちだよお。美琴と二人で無力化したよお」
「やっぱりな」
ロベルトは大きく息を吐き、苦笑した。
「CIAやFBIの情報網でも、犯人の制圧者は不明だった。だが、俺には分かる。あの規模のテロリストを、迅速かつ無傷で鎮圧できる奴なんて、世界中探してもそういない。」
「ありがとう。けど、俺たちにとっては“日常”みたいなもんだよお。ああいうの、慣れちゃってるからねえ」
「慣れていいもんじゃねえぞ......ったく、さすがは学園都市だ。世界から見れば、お前らはまるで人型の兵器みたいなもんだな」
冗談めかして笑うロベルトに、結絆も苦笑で返す。
だが、ロベルトの顔はすぐに引き締まり、グラスを机に置いた。
「......俺はな、明日が楽しみなんだ」
「明日?」
「ああ。お前と美琴嬢が披露する、“奇跡のような力”だ。超能力。それは皆のあこがれであり、人類の可能性そのものだ。人々は驚き、怖れ、そして希望を抱くだろう」
その言葉には、ロベルトの思いがこもっていた。
結絆は真剣なまなざしで彼を見つめ、静かに頷いた。
「俺たちは、ただ力を見せるんじゃない。“何のために、その力を使うのか”を見せるよお。美琴と一緒にねえ」
「......それでこそだな」
ロベルトは再びグラスを持ち上げ、結絆と静かに乾杯した。
「明日、お前らの力が、この国にも新しい風を吹かせてくれることを願ってるよ」
「お任せあれ、大統領さん。最高のステージにしてみせるからねえ」
「よし、そうと決まれば今晩は前祝だな。好きなだけ飲んでいってくれ!」
月明かりとビル群の灯りが交錯する夜のバーで、二人の男たちは静かに語り合いながら、明日という日を見据えていた。
1時間後、ホテルの廊下はしんと静まり返っていた。
天井の間接照明だけが優しく足元を照らす中、結絆は静かに部屋の扉を開ける。
「ただいまー、っと」
中では美琴がソファに座りながらテレビをぼんやりと眺めていた。
彼女は振り向き、小さく手を振る。
「おかえり。随分楽しそうだったじゃない」
「まあねえ。ロベルトと世間話とかしていたら、あっという間だったよお」
結絆はそう言いながら、手に提げていた小さな紙袋をテーブルに置く。
中から取り出したのは、丸いガラス瓶に入った琥珀色のジュース。
ラベルには手書き風の英語で「Apple Juice」と記されていた。
「これ、ロベルトがくれたんだ。自分の実家の農園で作ってるジュースらしいよお」
「へえ、意外と家庭的な一面あるのね、大統領って」
美琴がくすっと笑いながら瓶を覗き込む。
結絆はグラスを二つ用意し、ジュースを注いだ。
とたんに、爽やかな林檎の香りがふわりと広がる。
「......いい香りね。おいしそう」
二人は同時にグラスを口に運ぶ。
口当たりはまろやかで、果実の甘みと酸味が絶妙に調和していた。
「......なにこれ、美味しすぎる」
「でしょお?こっちの果物ってたまに信じられないくらいおいしかったりするよねえ」
グラスを片手に、二人は窓際へと移動する。
街の夜景は相変わらず美しく、遠くの通りでは車のライトがちらちらと流れていく。
そんな中、美琴がふと呟くように言った。
「明日は......事件とか、起こらないといいんだけどね」
その言葉には、今日の空港での一件がまだ記憶に新しいことが滲んでいた。
あの時は、美琴も結絆も一切躊躇せずに動いたが、あれが一般人だったら恐怖で体が動かなかっただろう。
結絆は少しだけ肩をすくめて、冗談めかして答える。
「まあ、起きたら起きたで......その分アメリカから“お詫びの品”がもらえるかもしれないよお?」
「はぁ?」
美琴が一瞬目を丸くし、それから呆れたように吹き出した。
「......あんたってほんと抜け目ないわよね」
「そうかなあ?外交の一環として損害賠償の交渉も立派な作戦だよお?」
「はいはい、だったら私はジュースもう一本ってことで交渉しといて」
二人はくすくすと笑い合い、自然と肩が並んだ。
ジュースをもう一口飲み、美琴はふっと息を吐く。
「でも......私は、ただ皆に楽しんでほしいだけなのよね。学園都市の力が、誰かを傷つけるものじゃないって」
「......それは俺も同じ気持ちだよお」
結絆は空になったグラスを手に、ゆっくりと窓の外を見やる。
ビル群の隙間から、わずかに星が覗いていた。
「たとえばこのジュースみたいにさ、力の“本当の味”を知ってもらえたらいいなあって思うんだ。見た目以上に甘くて、ちゃんと心を癒すような、そんな風にねえ」
「......なにそれ、名言っぽいじゃん」
「でしょお?録音しといてくれてもいいよお?」
「それは遠慮しとく」
美琴は笑いながら軽く肘で突っつき、結絆も笑って肩を揺らす。
夜のホテルの一室には、まるで遠足前夜のような静かな高揚感と、心地よい疲れが漂っていた。
「さてと......そろそろ寝よっか」
「そうだねえ。明日は早起きだし......」
二人はグラスを片づけ、並んでベッドへ向かった。
明日、世界の前に立つその時まで、あとわずか──
静寂に包まれたホテルの部屋。
窓の外では、夜のニューヨークの街並みがネオンの光をばらまいていた。
結絆と美琴は同じベッドに横になっていた。
照れてはいたものの、美琴は結絆の横が一番落ち着くようである。
薄暗い照明の中、室内は空調の静かな音だけが微かに響いている。
毛布を首元まで引き上げながら、美琴がごそごそと身をよじった。
「......なんか、眠れないわね」
小さく呟いたその声には、わずかな苛立ちと戸惑いが滲んでいた。
結絆は横目で彼女を見つめたまま、柔らかく問いかける。
「時差ボケかなあ?」
「多分、そう......昼夜が逆って、思ってたより体にくるわ」
美琴は天井を見上げながら、ぼんやりとした目でため息をつく。
日本とロサンゼルスの時差は17時間もある。
彼女の表情は眠気と疲労の狭間で揺れていた。
それでも、どこか落ち着ききれないその雰囲気を察した結絆は、黙って体を少しずらし、美琴の背中に手を伸ばした。
そっと、優しく撫でるように背をさすっていく。
「なっ、ちょ、ちょっと何して......」
突然の行動に、美琴が肩を震わせたが、すぐに抵抗するのをやめた。
むしろ、戸惑いと同時に、どこか安心したようなため息が漏れる。
結絆は手の動きを止めず、穏やかな声で呟いた。
「ほらあ、眠れないときって、誰かに背中さすってもらうと落ち着くでしょお。小さい頃とか、そうだったんじゃない?」
「確かに、ママによくやってもらってたかも......」
美琴の声がどんどんと柔らかくなっていく。
瞼は半ば閉じられ、身体の緊張も少しずつ解けていくのが伝わってきた。
しばらく撫で続けていると、美琴の呼吸がゆっくりと安定し始める。
彼女の唇から、かすかな寝息が漏れた。
「......ふふ、よく頑張ったねえ、今日は」
結絆はそう小さく呟きながら、美琴の背に手を添えたまま、静かに目を閉じる。
空港での戦い、ロベルトとの再会、アメリカという異国の空気
今日一日で得たものも、感じたことも、数えきれないほどあった。
けれど今、隣で安らかに眠る美琴の存在が、全てを柔らかく包み込んでくれている気がした。
「......おやすみ、美琴」
小さな声でそう告げ、結絆も静かに深呼吸をする。
心地よい眠気が意識を覆っていく。
そして二人は、夜の静けさの中へと、ゆっくりと沈んでいった。
結絆とロベルトの出会いは気が向いたら書こうと思います。