ロサンゼルスの午後の空は、まるでどこまでも広がるキャンバスのように青く、白い雲が静かに流れていた。
能力実演を無事に終えた結絆と美琴は、ホテルから車で移動し、太平洋を望むビーチへと足を運んでいた。
柔らかな白砂が二人の足元を包み、潮風が髪を優しく撫でる。
美琴は靴を脱いで、裸足で波打ち際を歩きながら、何度も海に目を向けていた。
「やっぱり、こっちの海って日本と雰囲気が全然違うわね。なんだか空まで大きく感じるっていうか」
「開放感ってやつだねえ。俺も好きだよお、こういう景色」
結絆も同じように海を眺めていたが、次の瞬間、その眼差しが僅かに鋭さを帯びた。
何かがおかしい。
彼の驚異的な視力は、水平線の遥か先、通常の人間には到底見えないような一点に集中していた。
まるで、空気の歪みのように、そこだけ違和感がある。
「......あーあ。せっかくの休息モードだったのに」
ぽつりと呟いた結絆に、美琴が首を傾げる。
「どうかしたの?」
「美琴。あのねえ、海の向こう......たぶん数百キロ先に軍艦が浮かんでるよお。備え付けられたミサイルがこっちを向いてる。......間違いなく狙ってるよお」
その言葉に、美琴はわずかに表情を曇らせたが、すぐに落ち着いた笑みを浮かべた。
「ふぅん、......でも、何かあっても結絆が私のこと守ってくれるんでしょ?」
いたずらっぽく微笑みながら、彼女は結絆の顔を覗き込む。
「頼りにしてるわよ」
結絆は目を細めて、少し苦笑いを漏らす。
「ほんとお、美琴ってそういうとこ強いよねえ......。危機的状況なのに、安心されちゃうと逆にプレッシャーだよお」
だがその言葉とは裏腹に、結絆の目は再び海の向こうを鋭く見据えた。
その時だった。
空気が一瞬、張りつめた。
「来た」
海の彼方から、閃光が走る。
軍艦から放たれたミサイルが、轟音と共に一直線にビーチを目指して飛来していた。
「美琴、少し下がってて」
静かにそう言い残すと、結絆は地面を軽く蹴って飛び上がり、砲弾との交差点へと向かっていった。
彼の動きは風を切り、波を裂く。
「早めに返しておくよお」
風を砕くような蹴りが砲弾に炸裂した。
ドンッという重低音と共に、ミサイルは軌道を反転させ、まるで操られたかのように発射元の軍艦へと向かって戻っていく。
そして、次の瞬間
ドオォォォン!!!
爆音が海上を揺らし、軍艦の艦橋部分が大きく吹き飛んだ。
黒煙が立ち上り、海面に破片が降り注ぐ。
浜辺に残った美琴は、その一部始終を黙って見つめていたが、やがてため息をついた。
「......やるとは思ってたけど、本当にやるとはね。ったく、あんたって本当、容赦ないっていうか」
波打ち際に戻ってきた結絆は、申し訳なさそうに肩をすくめる。
「あれを放っといたら美琴が傷ついたかもしれないからねえ」
「......ふぅん」
美琴は鼻を鳴らしてみせると、すぐにその表情を和らげた。
「ま、ありがと。助かったわよ」
「うん。君の“頼り”は......ほんと、重たいけど、嬉しいよお」
二人の背後で、太陽は海に近づきつつあった。
夕陽が水平線を赤く染め、砕けた波の先に、世界の緊張と希望が交錯する。
ロサンゼルスの夕暮れが静かに街を包み込む頃、結絆と美琴はホテルのスイートルームに戻っていた。
豪華な内装に身を委ね、二人はソファでゆったりとくつろいでいた。
「今日はさすがに疲れたぁ......でも、思ったより楽しかったかも」
美琴はグラスの水を口にしながら微笑んだ。
「うんうん。軍艦の攻撃は想定外だったけどお、こうして無事に戻ってこれたからねえ」
結絆もソファにもたれかかり、気の抜けたような声で答えた。
その穏やかな時間は、突然の音で打ち破られた。
ガンッ!!
扉が激しく開かれ、重武装のアメリカ軍兵士が十人程、部屋に突入してきた。
顔を隠すヘルメット、全身を覆う装甲、そしてその手には光学式のライフルが握られている。
「動くな!!」
怒号と共に、兵士たちは結絆と美琴に銃口を向けた。
まるで時間が止まったかのような空気が流れる。
「学園都市の能力者、食蜂結絆、御坂美琴。アメリカ政府の命令により、貴様らを基地まで連行する。抵抗すれば、痛い目を見ることになるぞ」
その声には冷徹な意思が込められていた。
「......ったく、これで連行って......やり方が雑すぎるわよ」
美琴は立ち上がりかけるが、結絆が片手で制した。
彼は静かに目を閉じ、テレパスで美琴の意識に語りかける。
《美琴、今は従っておこう。このまま連れてってもらって、向こうの基地を直接ぶっ壊しちゃえば早いからねえ》
美琴は一瞬目を見開いたが、すぐに口角を上げて微笑んだ。
そして、ほんの少し頷いて返事をした。
《了解。......って言っても、あんたのそういうとこ、やっぱりぶっ飛んでるわね》
《お褒めに預かり光栄だよお》
二人のやり取りなど知る由もない兵士たちは、すぐに二人を拘束した。
廊下を歩くたびに、ホテルのスタッフたちが驚きと恐怖に顔を強張らせていく。
だが結絆と美琴は、まるで観光バスにでも乗るかのような余裕のある表情を崩さなかった。
「どこに連れていくつもりかしらね」
「まあ、俺たちを見て焦ってるだろうし、きっと“特別なおもてなし”があるんじゃないかなあ」
車両に押し込まれた二人は、そのまま軍用ヘリへと移され、数十分の飛行の後、厚い塀と鋼鉄の扉に囲まれたアメリカ軍の秘密基地へと降り立った。
照明の届かない灰色の通路、無表情の兵士たちの視線、ピリピリと張りつめる空気。
だが、嵐の中心にいる者たちは、あくまで静かだった。
「じゃあ、美琴」
結絆は背後に立つ兵士をちらりと振り返ることもなく、呟いた。
「そろそろ、暴れようかあ」
そして、美琴もまた唇の端をつり上げて言った。
「そうね、ちょうど退屈してたとこだったのよ」
嵐は、ここから始まる。
鋼鉄の扉が軋みを上げて閉まると同時に、アメリカ軍基地内部の空気が一気に緊張に包まれた。
「収容完了。監視カメラ、セーフティロック、すべて作動中。逃走は不可能です」
モニター越しに映る美琴と結絆の姿を見て、司令官は不敵な笑みを浮かべていた。
「さて......この“お客様”には、どれほどの価値があるか試してやるか」
だが、その言葉は数分も持たなかった。
収容区画にいた美琴は、壁の端に手を当てると、ゆっくりと目を閉じた。
彼女の身体から微かな帯電が発生し、それが瞬く間に基地全体へと拡がっていく。
「はあっ......セキュリティが杜撰すぎるんじゃない?」
次の瞬間、基地内のモニターが次々とノイズを発し、映像が乱れ始めた。
各兵器の制御パネルが一斉にバグを起こし、砲台が勝手に回転を始め、戦闘機の発着システムが誤作動を起こす。
「何が......起きている!?機器が、兵器が......勝手に動いているだとッ!?」
制御室の兵士たちは慌てて端末に指を走らせるが、すべてのアクセスは凍結されていた。
そこに、美琴の声がスピーカーから響く。
「あんた達の兵器、全部私が預かっておいたわ。これでも一応、学園都市最強の電気系能力者だから」
続けて、兵器の砲口がすべて味方へと向けられる。
戦車は自走を開始し、無人のドローンは低空でホバリングしながら兵士たちの周囲を威嚇する。
一方、結絆は背後にいた兵士を振り払うと、緩やかに前へと歩み出した。
「じゃあ、俺の出番だねえ」
結絆が軽く地面を踏みしめるだけで、床が軋む。
立ち塞がる兵士たちが臨戦態勢に入るが、すでに遅い。
結絆は兵士たちが銃を構える前に銃器を全て砕いた。
「命までは取らないけど、二度とケンカを売れないようにしてあげる!」
美琴がハッキングで動かす兵器群と連携しながら、基地内を制圧していく。
ドローンが兵士の逃走ルートを塞ぎ戦車が逃げ場を破壊し、美琴の動きに合わせて結絆が要所を叩いて士気を削っていく。
「う、動くな!撃つぞ!」
銃を突きつける兵士に対して、結絆はまったく動じなかった。
「撃ってもいいよお。でも、俺が動く方が早いと思うけどねえ」
その一言で、兵士の指は引き金にかかることすらできなかった。
やがて基地のほぼ全域が沈黙し、静寂が支配した。
そして......
「じゃあ、仕上げといこっか」
結絆はマスターソードを取り出し、ゆっくりと水平に振った。
その瞬間、轟音が空間を裂き、目には見えない衝撃波が周囲を駆け抜ける。
コンクリートの床が軋み、鋼鉄の壁がひしゃげる。
そして、巨大な基地の中央に一直線の裂け目が走った。
――ドォンッ!!!
それはまるで天地が分かたれたかのような一閃だった。
轟音の後、基地は信じられないほど静かだった。
だが次の瞬間、建物は断裂し、左右にぐらりと傾き始め――
ズズズ......ゴゴゴゴ......
真っ二つに割れた基地の構造物が音を立てて崩れ落ちる。
「ま、こんなもんでいいかなあ」
マスターソードを肩に担いで結絆が振り返ると、兵士たちは床に膝をつき、誰もがその光景を呆然と見上げていた。
「な、なんだあいつは......あれが、本当に人間なのか......?」
「バケモノだ......俺たちが、敵う相手じゃない......!」
圧倒的な力を目の当たりにし、兵士たちの表情には恐怖と絶望が浮かんでいた。
その場にいた兵士たちの心から、戦意は完全に失われていた。
そして、美琴は呆れたように小声で呟く。
「......やりすぎ。ほんと、やりすぎよ、あんた」
結絆は苦笑しながら返す。
「どうせ壊すなら派手にやった方が気持ちいいからねえ。」
軍事基地は、今や見る影もない瓦礫と化していた。
ロサンゼルスの空は、夕日が沈むにつれてやわらかな橙色に染まり、街の喧騒も少しずつ静まり始めていた。
その日、結絆と美琴はアメリカ軍の地下基地を壊滅させたにもかかわらず、何事もなかったかのようにホテルのスイートルームでくつろいでいた。
分厚いソファに腰を下ろし、温かい紅茶を片手にテレビをぼんやりと眺めている美琴の隣で、結絆は足を組みながらタブレットで海外ニュースを流し見していた。
「お、やっぱ報道されてるねえ。『原因不明の爆発事故でアメリカ軍基地が崩壊』って......まあ、原因不明ってことにしといてあげよっか」
「ふふ......優しいのね、あんたって」
美琴が紅茶を一口啜りながら肩をすくめると、そのとき――
コンコン
ドアを叩く軽快なノック音が室内に響いた。
「ん?誰かなあ」
結絆が立ち上がってドアを開けると、そこにはロベルトが立っていた。
彼は薄手のジャケットを脱ぎつつ、ひょいと室内に足を踏み入れる。
「いやあ、お二人ともお疲れ様。どうやら軍の連中も、ようやく現実を理解したらしい」
ロベルトはそう言って、ソファにどかっと腰を下ろすと、テーブルの上のミネラルウォーターを勝手に開けて飲み始める。
「ふーん、じゃあさあ」
結絆は片眉を上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
「壊しちゃった基地、直してあげようか?最近は時間を戻すのにも慣れてきたから、すぐにできるよお」
「ははっ、やめてくれ。そんなことをすれば、あの軍人たちのプライドは粉々どころか、宇宙の塵になっちまう」
ロベルトは豪快に笑いながら、頭を掻いた。
「“壊せる”という事実だけでも衝撃だったのに、今度は“直せる”ってか。ほんと、あの連中の常識がいくつ消えたか数えきれんよ」
「......それって、本気なの?」
それまで紅茶を楽しんでいた美琴が、ぽつりと呟くように口を開いた。
「何がかい?」
「基地を、直せるって話」
「うん、できるよお。コイツを使えば、一分もかからずに元通りだねえ」
結絆は胸ポケットに入れている手帳(時空間の原典)を軽く撫でる。
「......なんか、私が兵器を乗っ取らなくてもどうにかなったんじゃない?」
「いやいや、美琴だってすごいよお。電子系の制御なら、君に勝てる奴はいないからねえ」
ロベルトも頷く。
結絆の言葉に、美琴はほんの少しだけ頬を赤らめながらも、彼の方に視線を向けた。
基地を真っ二つにした剣撃、銃弾を無傷で受け止める肉体、そして圧倒的な余裕。
隣にいるこの男が、どれだけ人間離れした存在なのか。
改めて、身近にいながらその凄さを実感せざるを得なかった。
「......あんたってさ、いったいどこまでいくつもりなのよ」
そう言った美琴の声は、どこか尊敬と呆れが入り混じっていた。
「俺は、守りたいものがあるから強くなっただけだよお。まだまだ強くならないとねえ」
結絆は肩をすくめ、ソファに深く座り直すと、いつもの優しそうな表情で答えた。
「その気分が世界を救うことも、壊すこともある......と。ますます恐ろしい男だ」
ロベルトは水を一口飲むと、にやりとした笑みを浮かべた。
「ともかく、今回は君たちの勝利だ。いや、これはもう......戦争を回避した英雄と呼ぶべきかな」
「ふふ......表彰状でも出るかなあ?」
「残念ながら、表沙汰にはできないんでな。秘密裏に、心の中で勲章を贈っておくよ」
そう言って立ち上がったロベルトは、「後処理は任せてくれ」と言いながら二人に軽く手を振ると部屋を後にした。
再び静けさが戻ったスイートルーム。
美琴は背もたれに体を預けながら、ぽつりと呟いた。
「......ほんと、退屈しないわね。あんたと一緒にいると」
結絆はその言葉に、心底嬉しそうに微笑んだ。
「それは光栄だねえ、美琴」
結絆たちのアメリカ訪問は、反学園都市勢力への牽制も兼ねています。