ロサンゼルスの夜景が窓の外に広がるホテルの最上階レストラン。
天井にはきらめくシャンデリアが輝き、テーブルの上にはキャンドルの灯りが揺れていた。
結絆と美琴は、窓際の席に並んで腰掛けていた。
外の夜景は宝石のように光を放ち、眼下には活気ある街並みと広大な海が見渡せる。
軍との衝突があった一日が嘘のように、そこには静かで穏やかな時間が流れていた。
テーブルにはすでに前菜が運ばれ、ふたりはナイフとフォークを手にしていた。
「これは、ロブスターのカクテル仕立てかあ。ソースの香り、いい感じだねえ」
結絆がにこりと笑いながらフォークで海老の身を持ち上げる。
美琴も同じように料理を口に運び、思わず目を見開いた。
「うわ......ぷりっぷり。身が甘くて、すごく美味しい......!」
「うん、これは当たりだねえ」
しばらくして、メインディッシュの肉料理が運ばれてきた。
分厚くカットされたステーキに、トリュフソースがたっぷりとかかっている。
添えられた野菜は彩り豊かで、香ばしい香りが二人の鼻をくすぐった。
「......これ、絶対柔らかいやつでしょ」
美琴がナイフで肉を切ると、まるでバターのようにすっと刃が入る。
そして、切った肉を口に入れると、驚きの声を漏らした。
「なにこれ......とろける......」
「料理人の腕の良さがよくわかるねえ。肉が美味い!」
結絆もまた、満足そうに肉を頬張った。
続いて、海の幸のグリル盛り合わせが運ばれてくる。
帆立、サーモン、オマール海老、白身魚......香草バターとレモンが絶妙に調和したソースに、美琴は思わず「これ全部食べていいの?」と笑った。
「今日はご褒美ってことで、ねえ」
「そうね......色々あったし」
ふと、会話が落ち着く。
窓の外に目を向けると、遠くで花火が上がるのが見えた。
観光地のどこかでイベントでもあったのかもしれない。
夜空に咲いた光が、ほんのひととき、二人の時間に彩りを添えた。
そして、デザートが運ばれてくる頃。
結絆はフォークを置き、軽くワイングラスの水を揺らしながら、美琴の方を見つめた。
「......今日は、ほんといろんなことがあったよねえ。能力を皆に見せたり軍と衝突したり......でもさあ」
結絆はゆっくりと微笑んだ。
「美琴と一緒に過ごせて、俺は凄く楽しかったよお」
その言葉に美琴は不意を突かれたように目を見開き、次の瞬間、顔を真っ赤にして視線をそらした。
「な、なによ急に。そういうこと......さらっと言わないでよね......」
そう呟く美琴の声は小さく震えていたが、その表情にはほんのりと笑みが浮かんでいた。
「......そうね、私も楽しかったわよ。あんたと一緒だったから、全部乗り越えられたんだと思う」
結絆は、どこか嬉しそうに目を細めた。
「ありがとお、美琴。じゃあ、次はもっと穏やかな旅行にしよっか。たとえば温泉とか、田舎の古民家とか」
「......それ、すっごく平和でいいわね。」
そんな何気ない会話が、いつもよりずっと心に沁みる。
ふたりの間に流れる空気は、騒がしさもなく、静かで優しい。
豪華な料理も夜景も、そしてこの時間も、きっと、何物にも代えがたい思い出となるだろう。
ディナーを終え、結絆と美琴は立ち上がり、レストランを後にした。
肩を並べてエレベーターに向かうその姿は、どこか大人びて見えた。
だが、エレベーターの中で美琴がぽつりと呟く。
「......次はほんとに戦わないで済む旅行にしたいかな」
「まあできればねえ。でも俺と一緒だと......何が起きても不思議じゃないよお?」
「......まったくもう」
苦笑しながらも、どこか嬉しそうに美琴は結絆の肩に軽く寄りかかった。
夜も深まり、ホテルのロビーには静かな音楽が流れていた。
結絆と美琴はその奥にある落ち着いた雰囲気のバーへと足を運んでいた。
煌びやかなレストランの賑やかさとは対照的に、バーの中は照明が控えめで、静かに揺れるジャズが耳に心地よい。
ウイスキーのボトルが並ぶカウンターには数人の客が腰かけ、思い思いにグラスを傾けていた。
「へぇ......ここ、雰囲気いいじゃない」
美琴が革張りのバースツールに腰掛けながら、静かに息を吐く。
結絆もその隣に座り、足を組みながらバーの奥に立つマスターに軽く会釈をした。
マスターは四十代後半ほどの落ち着いた男で、白いシャツに黒のベストを身に着け、眼鏡の奥から穏やかな視線を向けてきた。
「ようこそ。お二人とも、本日はお疲れ様でした」
「おお......もしかして、俺たちのこと知ってるのかい?」
結絆がそう尋ねると、マスターはにこりと笑って頷いた。
「ええ。今日の能力実演、テレビで生中継されていましたよ。私はちょうどここで見ていたんです。......すごい迫力でした。特に......」
マスターは、美琴に視線を向けた。
「磁力で砂鉄を操る場面......あれは、まるで現実じゃないような光景でしたね。思わず息を呑みましたよ」
「そ、そう?見てた人がそう言ってくれると嬉しいわね......ちょっと恥ずかしいけど」
美琴が照れくさそうに頬をかくと、今度はマスターの視線が結絆へと向けられる。
「そしてあなた......戦車を片手で持ち上げたり、その後は複数台の戦車でジャグリング......正直、映画よりもずっと現実離れしてました。あれを目の当たりにした人は、誰もあなたに逆らおうとは思わないでしょうね」
「んー、でも実際は意外と皆、挑んでくるんだよねえ。今日も軍人さんに囲まれたりしたし」
結絆が肩をすくめて言うと、マスターは声を上げて笑った。
「はは、それは災難でしたね......それはともかく、お二人には素晴らしいものを見せていただきました」
そう言いながら、マスターはグラスを二つ取り出し、冷えたシェイカーに氷を入れて音を立てる。
「感謝の気持ちを込めて、今夜はこの店から一杯、サービスさせてください」
「え?いいのかい?」
「もちろんです。ノンアルコールのカクテルも用意してありますから、ご安心を」
マスターは手際よくシェイカーを振り、グラスに鮮やかな液体を注いでいく。
ライムとミントの香りが爽やかなモヒート風のドリンクだった。
「こちら、"スターライト・サンダー"。電撃姫へのオマージュとしてご用意しました」
「へえ......洒落てるじゃない」
美琴が目を輝かせてグラスを受け取ると、マスターはもう一方のグラスを結絆に差し出す。
「そしてこちらは"ブラックナイト"。強さと気高さを併せ持つ、あなたのイメージで」
「ふふ、なんだか照れちゃうねえ。ありがとお」
結絆が笑ってグラスを受け取ると、ふたりは軽く乾杯の仕草を交わした。
「こうして美琴とのんびり飲めるのもいいものだねえ」
「そうね。それにしても、撃たれたり、蹴ったり、基地真っ二つにしたり......あんたにはいつも驚かされるわ」
「人を驚かせるのが俺の十八番ってことで、ねえ?」
くすくすと笑い合いながら、グラスの中の氷が小さくカランと音を立てた。
バーの空気は静かで穏やかで、戦いの余韻も、任務の緊張も、ほんのひととき忘れられる時間だった。
「......マジックシアターのバーにも行ってみたくなったわ」
美琴がぽつりと呟いた。
結絆はその言葉に頷きながら、グラスを傾けた。
「その時は、何時間でも付き合うよお」
二人の笑い声が、やさしく静かな夜のバーに溶けていった。
夜の帳がロサンゼルスの空を包み、ホテルのスイートルームには静かな安らぎが広がっていた。
バーで軽く一杯楽しんだ後、結絆と美琴はエレベーターで自室に戻ってきていた。
重厚なソファに身を沈めた美琴は、クッションを抱きしめながら深く息を吐く。
「はぁ......やっと落ち着けた感じね」
「だねえ。こうやってゆっくり話せる時間って、意外と貴重かも」
テーブルにはルームサービスで頼んだミネラルウォーターと、小さなチーズの盛り合わせが置かれている。
テレビは消え、部屋の照明も少し暗め。
まるで、二人だけの世界に閉じ込められたような静寂があった。
「美琴、あのバーの雰囲気......結構気に入ったんじゃない?」
「うん、すごく良かった。カクテルもおいしかったし......あれ、名前なんだったっけ。スター......なんとか?」
「スターライト・サンダー。君のために用意されたカクテルだよお」
「ふふっ、なんかちょっと気恥ずかしいけど、嬉しかったな......」
そう言いながら、美琴はクッションに頬を押し付けて、身体をふにゃりと預けた。
結絆はふと、その様子に違和感を覚えた。
「......ねえ、美琴。ちょっと顔赤くないかい?」
「んぇ......そうかにゃぁ?」
返ってきた声はいつもより少し間延びしていて、言葉の節々にもどこか緩さがあった。
目元はとろんとしていて、さっきまでのきりっとした雰囲気は完全に消えていた。
「......まさか、酔ったのかい?」
「んー......たぶん、そうかも......?」
美琴はそう言って、ソファからずるずると身体を滑らせて、結絆の肩にもたれかかった。
「なんかね......すっごくぽかぽかしてて......眠くなる......」
「いやいや、ノンアルだったよねえ?まさか、近くに置いてあったお酒のアルコールで......」
結絆は困ったように苦笑しながら、美琴の頭をそっと支えた。
柔らかな髪が肩に触れ、温もりが直に伝わってくる。
「ゆはんって、さ......いつも冷静で、強くて、でも......ちゃんと優しいよね」
「んん?急にどうしたんだい、美琴」
「......んー、なんかね......言いたくなったの」
美琴は言葉を区切りながら、結絆の胸元に顔を埋めるようにして甘えてくる。
その姿は、いつもの凛々しい姿からは想像もつかないほど無防備で、可愛らしかった。
「さっきも、守ってくれてありがと。今日だって......いっぱい頑張ってたわよね」
「まあ......俺は俺のできることをしただけ、かなあ」
「......もっと褒めてほしいなって思ってる?」
「ちょ、ちょっと図星つかれたかなあ?」
結絆は照れくさそうに笑いながら、美琴の背中をそっと撫でた。
その手の動きが優しく、酔いに任せて甘えてくる美琴の頬をさらに赤く染めさせた。
「ねぇ、結絆......今日も一緒に寝てもいい?」
「お、おいおい。そりゃあ俺は......拒む理由なんてないけどさあ、美琴、大丈夫かい?」
「んー、大丈夫。なんかね......一緒にいたい気分なの」
結絆は少しの間、言葉に詰まりながらも、結局は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「......そっか。それなら、今日も一緒に寝よっかあ」
「うん......ありがと」
そう呟いた美琴は、結絆の膝に頭を乗せて、目を閉じた。
その寝顔はとても穏やかで、まるで戦いの日々が嘘だったかのようだった。
結絆はその姿を見守りながら、小さく肩をすくめた。
「......まったく、美琴がここまでアルコールに弱かったとはねえ。......でも、こういう時間も悪くないかあ」
窓の外には夜のロサンゼルスの街並みが広がっていた。
煌めくネオンと遠くから聞こえる波の音が、静かな夜の余韻を包み込む。
結絆はそっと微笑みながら、美琴の髪を優しく撫で続けていた。
静寂がスイートルームに満ちていた。
薄暗い間接照明の下、結絆は一人ソファに腰を下ろし、グラスに注いだ赤ワインをゆっくりと傾ける。
グラスの中で濃いルビー色の液体が揺れ、芳醇な香りが鼻をくすぐった。
目の前のテーブルには、小さくカットされたチーズが数種並んでいる。
カマンベール、チェダー、ゴルゴンゾーラ......どれも厳選された逸品で、ワインとの相性も抜群だった。
「ふぅ......やれやれ、今日はほんっとに色々あったねえ」
結絆はそう独り言を漏らしながら、ゆったりとグラスを回す。
視線の先には、ベッドで静かに眠る美琴の姿。
頬をほのかに紅潮させ、薄く開いた唇から寝息を立てている。
「まさか一杯も飲まずに酔うなんてねえ......意外だったなあ」
普段は凛としていて、どんな状況でも冷静な彼女が、酔った勢いで甘えてくる姿は新鮮で、少し危なっかしくもあった。
けれども、そんな一面もまた可愛らしい。
結絆は小さなカットチーズを一つ指でつまみ、口へと運ぶ。
チーズのまろやかさと、ワインの深みが舌の上で溶け合う。
すると......
「......んぅ......」
ベッドの方から小さな声がした。
結絆が視線をやると、美琴が目を細めながら身体を起こしかけていた。
「ん......結絆......まだ起きてたの?」
「おっと、お目覚めかなあ、美琴。しんどいなら、ゆっくり休んでていいんだよお」
「......でも......なんか、お腹空いちゃって......」
目をこすりながら、美琴はとろんとした目でこちらを見つめてくる。
その表情にはまだ酔いが残っており、どこか夢見心地な雰囲気を纏っていた。
「......ねえ、チーズ......ちょっとだけ、食べたいな」
「はいはい、しょうがないなあ。特別に、サービスしてあげようかあ」
そう言って笑った結絆は、ゴルゴンゾーラの一切れを指で摘み、美琴の方へと身を寄せた。
「ほら、あーん」
「......ん、ありがと......」
素直に口を開けた美琴に向かって、結絆はチーズを差し出す。
そのままチーズを口に入れるかと思ったその時
「......んっ......」
美琴の唇が、結絆の指をそっと咥えた。
「お、おい......!?」
くすぐるような吐息が指先にかかる。
酔いのせいか、美琴はそれに気付く様子もなく、まるでそれが当然かのように、指先を甘く咀嚼するようにチーズを舌で味わっていた。
「ん......おいしい......」
唇から指が離れた瞬間、結絆は小さく咳払いをしてワイングラスに手を伸ばした。
「......これは明日、正気に戻ったら顔真っ赤にするやつだねえ」
そう思いながらワインを口に含む。
そして、グラスの縁越しに見える美琴の無防備な笑顔を見て、結絆は表情を緩める。
「ま、そんな君も......俺は大好きだよお」
そう呟いて、再びチーズを一切れ、指でつまんだ。
後数話で、超能力実演編は終わりです。