食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回も結絆と美琴がイチャつく話です。


最終日の朝

 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。

 

ロサンゼルスの高級ホテルのスイートルーム。

 

優雅な装飾と静けさに包まれた空間で、ベッドにうつ伏せになっていた御坂美琴が、うっすらと目を開ける。

 

「う、うぅ......頭がガンガンする......」

 

低く呻きながら、額に手を当てた。

 

目の奥がズキズキと痛み、喉も渇いている。

 

明らかに、これは......

 

「二日酔い......か......っ」

 

そう呟いた瞬間、昨夜の出来事が、鮮明に蘇った。

 

バーのアルコールで酔ってしまったこと。

 

部屋に戻ってから結絆に対してべったり甘えていたこと。

 

チーズを食べさせてもらって、しかもその指を......

 

「......ッ!!?」

 

美琴はバッとベッドから跳ね起き、顔を真っ赤に染めた。

 

「うそ......うそでしょう......!?わ、私......あんなこと......っ!」

 

羞恥が怒涛のように押し寄せ、頭を抱えながらベッドに顔をうずめる。

 

「し、死にたい......!」

 

その悲鳴のような叫びに続いて、ふと、扉の向こうから穏やかなノック音が響いた。

 

「おはよう、美琴。起きてるかなあ?」

 

その声に、さらに美琴の顔が真っ赤に染まる。

 

慌ててベッドのシーツを引っ張り、顔まで覆い隠した。

 

「......い、今は無理!お願いだから......忘れて......!」

 

「はは、何の話かなあ?」

 

扉がゆっくりと開き、朝の光を背にした結絆が、涼しげな笑みを浮かべて入ってきた。

 

手には冷えたミネラルウォーターや朝食が乗ったトレイを持っている。

 

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんだよお。酔ってる美琴、可愛かったからねえ」

 

「~~~っ!!!」

 

シーツの下で、顔を覆ったまま美琴が転がり回る。

 

悶絶の果てに、ふと水の音が聞こえた。

 

「こんな時のために、ちょっとした技も用意してあるからねえ」

 

結絆がベッドの脇に腰を下ろし、指を軽く鳴らす。

 

彼の手から、淡い水色の光がゆるやかに美琴へと流れ込んでいく。

 

「......これ、“水の原典”で酔いを抜いてあげてるんだよお。体のアルコール代謝を促して、体の不調も取ってあげてる。ほら、もう少しで楽になるからねえ」

 

十秒後、美琴は顔を少しだけシーツから覗かせた。

 

恥ずかしさのせいで頬はまだ紅潮していたが、思考はすっきりとしていた。

 

「......あれ、なんか......楽になってきた......」

 

「ほら、水飲もうかあ」

 

結絆が差し出したボトルを、少し躊躇いながらも受け取り、ちびちびと飲む美琴。

 

喉を潤しながらも、時折チラチラと結絆の顔を見ては、視線を逸らす。

 

「......昨日のこと......忘れていいから」

 

「うーん、それは無理かなあ。むしろ、ずっと覚えておきたいくらいだったよお。素直に甘えてくれる美琴、凄く......可愛かったし」

 

「~~~~っ!!」

 

再び、顔をシーツに埋める美琴。

 

そんな彼女の頭を、結絆は優しく撫でながら微笑んだ。

 

「まあ、俺だけの思い出にしとくよお。だから、安心してねえ」

 

その言葉に、美琴の背中がぴくりと震えた。

 

「......ばか」

 

しばらくの沈黙の後、かすかに聞こえた彼女の声は、どこか照れたような、安堵したような響きを帯びていた。

 

 

 

 ロサンゼルスの空は、早朝から穏やかな陽射しをホテルの窓辺に注いでいた。

 

部屋の一角、テーブルの上には朝食セットが並んでいる。

 

スクランブルエッグにトースト、サラダ、果物、そして昨晩に引き続きチーズが小皿に載せられていた。

 

「いやあ、朝ってのはやっぱり落ち着くよねえ」

 

結絆は湯気の立つ紅茶をひと口飲んでから、トーストの上にチーズを乗せてのんびりと朝食を味わっていた。

 

向かいに座る美琴はというと、フォークを手にしながらも、なぜか視線が結絆の手元から離せずにいた。

 

昨晩のことが、頭をよぎる。

 

結絆の指先にチーズがあって、それを無意識に自分が口に含んで──いや、指ごと......。

 

「~~~っ!」

 

改めて思い出すと、恥ずかしさのあまり、思わずスプーンを落としそうになり、美琴は顔を真っ赤に染めた。

 

「おやおや、美琴?どうしたのかなあ。そんなに顔赤くして。酔いがまだ抜けきってなかったかなあ?」

 

結絆が紅茶を置いて、いたずらっぽく目を細める。

 

「もしかして、昨晩のこと......まだ引きずってるのかい?」

 

「な、なな、なによっ!気にしてなんかないしっ!」

 

大慌てで否定する美琴だったが、彼女の動揺は見え透いていた。

 

彼女は耳の先まで赤くなっており、視線は定まらず、手元のパンにまで気を取られている様子。

 

結絆はにやりと笑い、そっとチーズの小皿から一片を摘まむと、指に乗せて、スッと美琴の前へ差し出した。

 

「じゃあ、思い出させてあげようかあ。ほら、美琴、チーズ......食べさせてあげるよお」

 

「~~~っっっ!!!」

 

顔が爆発しそうなほどに赤くなり、美琴は両手で自分の顔を覆った。

 

「い、いいからっ、自分で食べるからっ!」

 

「ほんとに?昨日は楽しそうに食べてたのにねえ」

 

「あ、あれは酔ってただけなんだからっ!」

 

「じゃあ俺がもらっちゃうよお」

 

結絆は悪戯好きの少年のように肩をすくめながら、代わりにそのチーズを自分の口にぽいっと放り込んだ。

 

「う、うるさい......ほんと、もう......!」

 

それでも、どこか微笑ましい空気が二人の間を満たしていた。

 

やがて、美琴も落ち着きを取り戻し、ゆっくりとトーストに手を伸ばす。

 

「......でも、うん。チーズ、美味しかったわよ。昨日も、今日も」

 

そうぽつりと呟く美琴に、結絆は少しだけ表情を和らげて、温かい紅茶を注ぎ直す。

 

「そっか。じゃあ、酔いが完全に醒めきってから、一緒に楽しもうかあ。酔った美琴も可愛かったけど、素のままの美琴も......俺は好きだよお」

 

紅茶の湯気の向こうで、美琴の目が一瞬見開かれ、すぐにまた赤く染まった。

 

「......ばか」

 

それはいつもの、少し照れ隠しの、でもどこか嬉しそうな“ばか”だった。

 

ロサンゼルスの朝は、そんなふたりの笑い声と、パンの焼ける香ばしい匂いで満たされていた。

 

 

 

 チェックアウトを終え、ホテルのロビーを出た二人は、朝の澄んだ空気を感じながらロサンゼルス郊外の展望台へと向かった。

 

車で少し走った小高い丘の上、そこには街を一望できる絶景が広がっていた。

 

海風が穏やかに吹き抜け、青空の下にはロサンゼルスの街並みと遠くに広がる太平洋の青が重なり合っていた。

 

「......すごい景色ね」

 

美琴がサングラスをかけながら、柵の前で立ち止まり、視線を遠くに向けた。

 

昨日までの騒動がまるで嘘のように思えるほど、そこには静かな時間が流れていた。

 

「うん、本当に綺麗だよねえ。爆発音も、銃声もない......平和が一番だよお」

 

隣に立つ結絆も同じように景色を見つめながら、ふっと息を吐く。

 

これまでの数日間、彼らにはあまりに慌ただしい時間が続いていた。

 

美琴はそんな彼の横顔をちらりと見て、ふっと笑った。

 

「やっと、落ち着いて一緒に旅行が楽しめるって感じよね」

 

その言葉には、安堵と僅かな寂しさが滲んでいた。

 

騒動が終わったという事実が、彼女にとっては終わりを意味しているようにも感じられたのだ。

 

結絆はそんな彼女の気持ちを感じ取ったのか、くすっと笑って小さく肩をすくめる。

 

「大丈夫だよお、美琴。俺の原典の力を使えば、一瞬で学園都市まで戻れるからねえ。だから、飛行機の時間は気にせずに楽しもう。」

 

「......あんたの力ってほんと、便利すぎるわよね。その気になれば、地球の裏側でも一瞬なんだから」

 

呆れたように笑いながらも、美琴の声はどこか柔らかかった。

 

二人はベンチに腰かけ、しばし沈黙したまま、ただ目の前の風景を眺めた。

 

観光客の話し声、遠くで飛ぶヘリの音、そして鳥のさえずり。

 

何もかもが穏やかで、静かで、心を洗うような時間。

 

「ねえ、結絆」

 

「ん?」

 

「あんたはさ、今回の旅行......楽しめた?」

 

「もちろん。ハプニングは多かったけどお、美琴と一緒だったから楽しめたよお。」

 

「基地壊滅とか、指しゃぶったとか、インパクトのありすぎる思い出ばっかりなんだから」

 

美琴は自ら墓穴を掘ったことに気付いてぷいっと顔を逸らすが、結絆はくすっと笑ってから、美琴の手を握ったのだった。

 

 

 

 展望台での絶景を堪能した後、結絆と美琴は市内の有名な庭園へと足を運んだ。

 

そこは四季折々の植物が咲き誇り、まるで時がゆっくりと流れているかのような静謐な空間だった。

 

入り口のアーチをくぐると、目の前には彩り豊かな花々が広がっていた。

 

薔薇、ラベンダー、ジャスミン......そのどれもが香りを放ち、心を優しく包み込む。

 

「......わぁ、すごく綺麗」

 

美琴が思わず声を漏らす。

 

これまでの数日間、騒動と戦闘の連続だった彼女にとって、この静かな景色はまさに癒しそのものだった。

 

「おや、噴水のまわりにリスがいるねえ」

 

結絆が指さした方向を見ると、小さなリスがひょこひょこと地面を駆け回っていた。

 

その姿に、美琴はくすりと笑う。

 

「可愛い......リスもこの庭園を気に入ってるのね」

 

結絆は美琴の隣に歩み寄り、自然とその手を取った。

 

指先に触れたぬくもりに、美琴は一瞬驚いたような顔をしたが、何も言わずその手を握り返す。

 

二人はゆっくりと並んで歩きながら、咲き乱れる草花の間を縫うようにして小道を進んでいった。

 

上空からは小鳥のさえずりが聞こえ、時折木の枝にとまった赤や青の鳥たちが姿を見せた。

 

「こんなに癒される場所、久しぶりかもしれない......」

 

美琴がぽつりと呟く。

 

「うん。学園都市じゃ、こういう景色ってあまり見られないもんねえ。」

 

「そうね。あのさ、こういう自然の中にいると......あんたのこと、少し違って見えるのよ」

 

「どんなふうにかなあ?」

 

美琴は少し顔を赤くしながら、結絆の手を握る力をほんの少しだけ強める。

 

「......なんていうか、いつもより落ち着いてて、大人っぽく見えるっていうか」

 

「おや?じゃあいつもは落ち着いてないってことかなあ?」

 

「ち、ちがっ......そういう意味じゃなくてっ」

 

焦る美琴の様子に、結絆はいたずらっぽく笑った。

 

そんなやり取りも、この穏やかな風景の中では微笑ましい一幕にすぎなかった。

 

庭園の中心には小さな池があり、水面には睡蓮が浮かび、風にそよぐ波紋がきらきらと輝いていた。

 

池の縁に腰を下ろした二人は、手をつないだまま静かに景色を見つめる。

 

「......こういう時間が、ずっと続けばいいのに」

 

美琴の呟きに、結絆は頷いた。

 

「本当だねえ。戦うことも守ることも大事だけど......こうして誰かと一緒に何も考えずに笑い合える時間って、何よりも貴重だと思うなあ」

 

「......やっぱり、あんたってずるいわ。こういうとき、ちゃんと言葉にしてくれるから」

 

「じゃあ、もっと言うことにするよお。美琴と一緒にいると、俺も自然に笑えるんだよお。美琴の笑顔が、俺の癒しだからねえ」

 

その一言に、美琴の顔は真っ赤になった。

 

それでも彼女は顔を背けず、まっすぐに結絆の瞳を見つめて、静かに微笑んだ。

 

小鳥のさえずりが再び木々の間から聞こえ、まるで二人を祝福しているかのようだった。

 

自然に囲まれたその場所で、何気ない言葉とぬくもりを分かち合いながら、結絆と美琴はまた一つ、心を近づけていった。




次回で超能力実演編はおしまいです。
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