食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回で超能力実演編はおしまいです。


旅の終わり

 木漏れ日が揺れる並木道を抜けた先、ロサンゼルス郊外の静かな湖が二人を迎えていた。

 

澄んだ空気が肺の奥まで満ちていくようで、まるで都会の喧騒を忘れさせてくれるような場所だった。

 

「わあ......きれい。こんなところがあるなんて」

 

湖面は穏やかに波打ち、陽光がキラキラと反射して宝石のように輝いていた。

 

周囲の森には小鳥のさえずりが響き、遠くで水鳥たちがゆったりと羽を休めている。

 

「今日は風も穏やかだし、カヤック日和だねえ」

 

結絆は桟橋に並んだ二人乗りのカヤックを指さしながら、美琴に柔らかく微笑みかけた。

 

美琴は少し緊張した様子で艇を見つめたが、すぐに笑顔を取り戻す。

 

「うん、やってみたいかも。ちょっと緊張するけど......結絆が一緒なら大丈夫そうだし」

 

ライフジャケットを身につけ、二人は慎重にカヤックに乗り込む。

 

結絆が後部、美琴が前部に座り、静かにパドルを漕ぎ出すと、ゆっくりと湖の中心へと滑り出していった。

 

「......思ったより、安定してるのね」

 

「美琴のバランス感覚がいいからだよお。流石、常に電撃戦してるだけのことはあるねえ」

 

「うるさいわね。ほら、さっさと漕ぎなさい」

 

二人で息を合わせながらパドルを漕いでいくうちに、湖の周囲の景色がじわじわと変わっていく。

 

岸辺の緑が後ろに遠ざかり、水面をすべるように進んでいくその感覚が、どこか浮遊しているようで心地よかった。

 

「......風、気持ちいいわ」

 

美琴の髪がそよ風に揺れ、太陽の光を受けてやさしく輝いていた。

 

「うん。水面に映る空も綺麗だし、なんだか空を散歩してるみたいだよお」

 

その言葉に、美琴は少し顔を向けてふわりと笑った。

 

普段の喧騒とは無縁のこの空間で、結絆と二人きりで過ごす時間が、彼女にとってかけがえのないものになっていた。

 

「見て。あそこ、水鳥たちがいる」

 

美琴が指さす方向には、白い羽を広げてゆっくりと湖面を漂う鴨の群れがいた。

 

小さな雛たちが母鳥の後を追い、ぴたりと列をなして泳ぐ姿に、二人は思わず頬を緩ませる。

 

「平和だねえ......。なんだか、世界に自分たちだけしかいないみたいな気分になるよお」

 

美琴は、パドルを漕ぐ手を止めて、ゆっくりと振り返る。

 

その瞳は真っ直ぐで、でもどこか柔らかく、結絆の心を静かに揺らす。

 

「結絆、ありがとう。いろんなところに連れて行ってくれて。......ほんとに、楽しかったわ」

 

「俺もだよお。美琴と一緒じゃなきゃ、ここまで楽しめなかったからねえ」

 

二人の言葉は水面を滑る風に乗って、静かに湖へと溶けていった。

 

しばらくパドルを止めたまま、二人は湖の中心でただ風と水の音を聞いていた。

 

時折小鳥が水面すれすれに飛び、陽の光がその羽にきらめきを添える。

 

何も喋らずとも通じ合う静寂の中、二人の距離はますます近づいていく。

 

「......帰るの、惜しくなってきたわね」

 

「大丈夫、帰るときは原典の力で一瞬だし、もう少しだけ、ここにいよう」

 

結絆のその軽やかな声に、美琴は思わず吹き出してしまった。

 

「ほんと、あんたって便利......いや、頼りになるわ。」

 

カヤックが岸へと向かう頃、日差しは少しずつ傾き始めていた。

 

湖面を優しく照らす午後の光の中、二人の笑顔はゆっくりと揺れながら、その幸せな時間を心に刻んでいた。

 

 

 

 夕暮れがロサンゼルスの空を黄金色に染めていた。

 

都市の喧騒も、どこか穏やかに包まれ、まるで時間の流れが少しだけゆるやかになったように感じられる。

 

そんな中、二人は観覧車の前に立っていた。

 

「......観覧車って、久しぶりかも」

 

美琴が少し照れくさそうに言うと、結絆はにこりと笑いながらチケットを差し出す。

 

「だったら、最後の仕上げにちょうどいいねえ。あそこから見る夕日は、きっと忘れられない思い出になるよお」

 

観覧車のゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと回転が始まり、地上から徐々に高みへと昇っていく。

 

ガラス越しに見える街並みは、夕日に照らされてオレンジ色に輝き、遠くには海が、やさしく光を反射していた。

 

「わ......綺麗......」

 

美琴の目が自然と細くなる。

 

その瞳には、夕日とともに広がる街の光景が映っていた。

 

陽が沈むに連れて、空は濃い茜色へと染まり、雲の輪郭が金色に縁取られていく。

 

「......今日まで、本当にいろんなことがあったけど......こうしてると、全部が夢みたいに感じるわね」

 

美琴の声は静かで、どこか名残惜しさを含んでいた。

 

結絆は、彼女の横顔をそっと見つめながら、少しだけ身体を寄せた。

 

「帰るの、惜しいな......」

 

その言葉に、結絆はゆっくりと微笑み、彼女の手をそっと握った。

 

「だったら、また来よう。アメリカだけじゃなくて......これからも一緒に、いろんなところへ行こう」

 

その言葉は、ただの約束ではなかった。

 

結絆の目には、これから先の未来を真っ直ぐに見据える強い意志と、そして隣にいる彼女への深い想いが宿っていた。

 

美琴は少し驚いたように結絆を見返し――やがて、ふっと頬をゆるませる。

 

「......どこへだって行けそうね。あんたとなら」

 

夕日がゴンドラの中を優しく照らす。

 

二人の手はつながれたまま、その光に染まっていた。

 

観覧車の頂点に差し掛かると、風が少し強くなり、ゴンドラがわずかに揺れた。

 

しかし、それさえも特別な演出のように感じられた。

 

下を見下ろせば、街の灯がひとつ、またひとつと灯り始め、ロサンゼルスの夜がゆっくりと目覚めようとしていた。

 

「......あの時、あんたとここに来てなかったら、私はきっと......」

 

「後悔してた?」

 

「うん。たぶんね。......でも、今は心から思える。来てよかったって」

 

その言葉を聞いた結絆は、美琴の手を少しだけ強く握りしめた。

 

「ありがと、美琴。俺もね、美琴と一緒にいる時間が......本当に楽しいんだよお」

 

 

 

 観覧車がゆっくりと地上へと降りていく頃、空は星の気配を帯び始めていた。

 

遠くの地平線に、ほんのわずかに名残惜しげな陽の光が残り、それを背にして街の灯がますます鮮やかに輝きを増していく。

 

扉が開き、夜の空気が二人を迎える。

 

「そろそろ......帰らないと......」

 

「なら、次に行く場所のことでも考えようかあ。パリ?イタリア?それとも、またどこかでのんびり温泉につかるのもいいかもねえ?」

 

「それ......全部魅力的すぎて悩むじゃない」

 

「ふふ、そうやって悩む時間も、旅の醍醐味ってやつじゃないかい?」

 

笑い合いながら歩く二人の背に、観覧車がゆっくりと回り続けていた。

 

夕暮れが終わり、夜が始まるその狭間で、ふたりの心はより深く、しっかりと結ばれていくのだった。

 

 

 

 夕日がビル群の合間を照らす中で、結絆と美琴は最後の景色を見渡していた。

 

スーツケースのキャスターが静かに転がる音が、街の喧騒に紛れて小さく響く。

 

「......楽しかったわね、ほんとに」

 

美琴はやや名残惜しそうに空を見上げた。

 

空には薄雲が漂い、澄んだ空気に柔らかく溶け込んでいる。

 

旅の締めくくりにふさわしい、穏やかな夕日だった。

 

「うんうん。いろんなとこ行けたし、美琴の新しい顔もいっぱい見れたよお」

 

結絆はにやけた笑みを浮かべながら、美琴の頬をつつく。

 

美琴はその手を払いのけるようにしながらも、頬をほんのり赤らめた。

 

「......で、帰りは“例のアレ”でしょ?」

 

「もちろん。飛行機なんか使ってられないよお。」

 

結絆が片手を掲げると、その周囲に青白い光がゆらめき、空間に薄い亀裂のようなものが走る。

 

その中心が渦を巻くように展開し、次の瞬間、結絆と美琴の身体は掻き消えた。

 

そして......

 

 

 

 まばたきする間もなく、二人はマジックシアターの結絆の部屋に現れた。

 

「......ほんっとに一瞬ね、これ」

 

目をぱちくりさせながら辺りを見回す美琴。

 

つい数秒前までロサンゼルスの空気に包まれていたというのに、今や外の景色は見慣れた学園都市の風景。

 

結絆の部屋の窓からは、昼下がりの学園都市が見渡せる。

 

「時差の関係でこっちは昼だけど......なんだか、すごく疲れたわ......」

 

「だよねえ。向こうでは夕方だったから、体内時計は完全にズレてるはずだし」

 

美琴は少しふらついた様子で、結絆の部屋のソファに深く腰を下ろす。

 

旅の荷物を隅に置いた結絆が、彼女の隣に座りながら言った。

 

「今日はもう無理に動かなくていいよお。このまま俺の部屋で休んでいったらいいよお」

 

「......いいの?」

 

「もちろん。ベッドも使っていいよお。ふかふかで寝心地がいいからねえ」

 

「......ありがと。ちょっとだけ......借りるわね」

 

美琴は微笑み、スニーカーを脱ぎ捨てると、結絆の部屋奥にある寝室へと歩いていった。

 

その背中からは、どこか安心した雰囲気が漂っていた。

 

寝室のベッドに体を沈めると、ふかふかのマットレスが心地よく背中を包み込み、すぐにまぶたが重くなる。

 

「......結絆」

 

ベッドに横たわったまま、美琴が小さくつぶやく。

 

「どうしたんだい?」

 

「......ありがとうね。いろんなとこ連れてってくれて......」

 

「お礼なんていいよお。俺が行きたかったからだし、美琴と一緒ならどこへ行っても楽しいからねえ」

 

ベッドの中で、美琴はふっと微笑んだまま目を閉じた。

 

「またどこか、行こう......ね......」

 

「うん。また行こう。次はどこにしようかなあ......」

 

静かな午後の陽射しが、カーテン越しに部屋の中をやわらかく照らしている。

 

結絆はラウンジに戻り、お湯を沸かしながら、美琴がぐっすり眠っていることを想像して、口元をゆるめた。

 

「疲れたんだねえ......あんだけはしゃいでたもんねえ」

 

ティーカップを手に持ち、ソファに腰を下ろす。

 

久しぶりの学園都市の空気はどこか懐かしく、また旅の終わりを実感させるものだった。

 

けれども、その胸には確かなものが残っていた。

 

楽しい旅、そして、美琴との絆。

 

「......次はもっと、ゆったりとした旅にしたいねえ」

 

そうつぶやいた結絆の声は、どこか心地よい眠気を誘うような響きをしていたのだった。




次回からは、結絆とアイテムのメンバーのやり取りの話を書こうと思います。
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