静まり返ったテーブル。
「それじゃあ、ショーダウンね」
麦野が先にカードを開いた。
「Kのワンペアよ」
「おー、悪くないですね」
絹旗が頷く。
次はフレンダ。
「ふっふっふ......スリーカード!7が三枚ってわけよ!」
「へえ、強いじゃない」
「結局、読み勝ったってこと!」
得意げに胸を張る。
滝壺は静かにカードを表にした。
「......ツーペア。10と4」
「堅実だねえ」
結絆が微笑む。
最後に絹旗。
「私は......ストレートです」
場がざわつく。
「え、ちょっと待って、強くない?」
「超勝ったかもしれません」
フレンダが焦った顔で結絆を見る。
「結絆、まさか変なの出さないよね?」
「どうだろうねえ」
結絆はようやく自分のカードを手に取る。
「じゃあ、俺も開けようかあ」
一枚ずつ、ゆっくりとめくっていく。
♣の9。
♦の9。
「......ペアね」
♥の9。
「ちょっと待って」
♠の9。
場が凍りつく。
「え?」
最後の一枚は関係ない数字。
「フォーカードだねえ」
にこりと微笑む。
数秒、誰も言葉を発しない。
「......は?」
「ちょっと待ってちょっと待って!」
「超ありえません!」
「何で交換なしでフォーカードなのよ!」
フレンダが机を叩く。
「しかも自分のカード最後まで見てなかったよね!?」
「見てなかったねえ」
「意味分かんないってわけよ!」
麦野も呆れ顔だ。
「本当に運がバグってるわね......」
「結絆、怖い」
滝壺がぽつりと呟く。
絹旗は両手を上げた。
「これは超どうしようもないです」
結絆は困ったように笑う。
「いやあ、偶然だよお」
「偶然でフォーカード引く人初めて見た」
「結局、主人公補正ってやつ?」
「運はあるからねえ」
ひとしきりツッコミが飛び交った後、結絆は指を軽く鳴らした。
「じゃあ命令権、もらうねえ」
「はいはい、どうぞ」
「変なのやめてよね?」
「安心して」
結絆はゆっくりと滝壺の方を見る。
「滝壺。前に王様ゲームをやった時みたいに、耳元で俺が驚くような話をしてほしいなあ」
「......驚く話?」
「うん。びっくりするやつ」
フレンダがにやにやする。
「何それ面白そう!」
「超気になります」
滝壺は少しだけ視線を落とし、そして立ち上がった。
「......分かった」
結絆の隣に移動し、そっと身をかがめる。
滝壺の唇が、結絆の耳元に近づく。
小さな声。
「......麦野は、ひそかに結絆に好意を抱いてる」
「......え?」
結絆の目が見開かれる。
テーブルの向こうで麦野が嫌な予感を感じ取り、何か言おうとするが、滝壺は続ける。
「......気づいてないみたいだけど」
そして、ほんの一拍置いて。
「......それと、私も」
「え?」
「結絆のこと、好き」
空気が止まる。
結絆の思考が一瞬、真っ白になる。
滝壺は静かに離れ、元の席へ戻った。
数秒の沈黙。
「......今、何て?」
結絆がゆっくりと滝壺を見る。
「本当」
静かな瞳。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ滝壺!何言ったのよ!?」
麦野が珍しく狼狽える。
「私は事実を伝えただけ」
「え、え、え!?何言っちゃったの!?」
フレンダは口をぱくぱくさせる。
「超爆弾発言みたいですね」
結絆は額に手を当て、深く息を吐いた。
「......この一週間で一番の衝撃だねえ」
その頬はわずかに赤い。
滝壺は静かに微笑む。
「......驚いた?」
「うん、ものすごくねえ」
部屋の空気は、先ほどまでのカードゲームの熱とはまったく別の熱を帯び始めていた。
ポーカーの勝者が得た“驚き”は、想像以上に強烈なものだったのだった。
滝壺の爆弾発言から数分。
空気はまだどこか落ち着かない。
麦野はずっとそわそわしており、フレンダと絹旗はにやにやと結絆を観察し、滝壺はいつも通り静かに座っている。
そして当の結絆は、珍しく取り乱していた。
「いやあ......うん......すごいねえ......」
「顔真っ赤ってわけよ」
「うるさいよお」
耳をさすりながら咳払いを一つ。
「......さてと!次は何しようかあ」
強引な話題転換だった。
絹旗がすぐに手を挙げる。
「七並べをしたいです。超王道ですが、駆け引きが楽しいです」
「いいね、それ!」
「頭も使うし、今の空気を整理するにはちょうどいいわ」
麦野が頷く。
滝壺もこくりと首を縦に振った。
「じゃあ五ゲーム目は七並べで決まりってわけよ」
フレンダがトランプを集める。
「今度は私がシャッフルするから。結絆は触らないで」
「信用ないなあ」
「あるわけないでしょ!」
手際よくカードを切り、丁寧に配っていく。
1人につき10枚程度。
結絆は配られたカードを扇状に広げた。
――次の瞬間、思わず口元が緩む。
(......これは)
♠7、♥7、♦7、♣7。
7が4枚すべて揃っている。
さらに。
6、8が複数枚。
5や9も混ざっている。
(勝ったねえ)
内心で確信する。
七並べは7を起点に広げていくゲーム。
7付近のカードを多く持つ者が主導権を握る。
やはり、結絆に隙はない。
「......何その顔」
フレンダがじとっと見る。
「いやあ、普通だよお?」
「絶対なんかある」
「超怪しいです」
麦野がため息をつく。
「とにかく始めるわよ」
七並べ開始。
「え?」
「ちょっと待って」
「まさか」
中央に四枚同時に置かれる。
♠7、♥7、♦7、♣7。
縦に並ぶ4枚の7。
完全なスタートライン。
「はあああ!?」
「超全部持ってたんですか!?」
「何それ!」
「......すごい」
結絆はにこりと笑う。
「これで全スート開通だねえ」
「開通だねえ、じゃないってわけよ!」
「確率どうなってるのよ!」
麦野が机を叩く。
場は一気に騒然。
だが結絆の手は止まらない。
「じゃあ次は......」
♠6。
「さらに......」
次のターンには♠8。
「ちょっと!全然出せないんだけど!」
「俺が持ってるからねえ」
♥6、♥8。
あっという間に7を中心に左右が広がっていく。
「待って待って待って!」
「超独走状態です!」
フレンダは慌てて自分の手札を見る。
「私、端っこのカードばっかなんだけど!」
「私もよ!」
麦野はKや2を握りしめている。
滝壺は静かに4を出すが、まだ遠い。
結絆の手札はみるみる減っていく。
「いやあ、気持ちいいねえ」
「腹立つ!」
「超腹立ちます!」
フレンダが叫ぶ。
「結絆、絶対裏で何かしてると思う」
「何もしてないよお」
事実、シャッフルをしたのも配ったのもフレンダだ。
純粋な豪運である。
結絆はさらにカードを置く。
「5も少しはあるよお」
盤面が一気に中央寄りに充実する。
「ちょっと、私たち何もできないんだけど!」
「超展開が早すぎます」
「......結絆、楽しそう」
「うん、ちょっとねえ」
フレンダたちはただ翻弄されるだけだった。
「もう!何なの今日!」
「結絆の日ってわけ!?」
「超主人公補正継続中です!」
結絆は笑いながら最後の数枚を整える。
「さあて......このゲームもどうなるかなあ」
七並べはまだ始まったばかりだが、流れは完全に結絆に傾いていた。
四枚の7が並んだ瞬間から、この勝負の主導権は、彼の手の中にあったのだった。
盤面の中央には四枚の7が十字に広がり、その左右には6と8が並んでいる。
残り手札も少ない彼は、事実上この場の“支配者”である。
結絆は指先でカードをくるくると回しながら、わざとらしく言った。
「いやあ......これさあ」
四人が一斉に視線を向ける。
「俺が出すカードによって、誰が2位になるか変わるよねえ。どれ出そうかなあ?」
「うわ出た」
「超ラスボス発言です」
「性格悪くなってない?」
麦野が呆れた声を出す。
実際その通りだった。
今、5や9を出せば中央付近がさらに広がる。
だが4や10を出せば、別の誰かの道を開通させることにもなる。
結絆は完全に生殺与奪の権を握っている。
その時。
「......ゆはん?」
甘い声。
フレンダがそっと椅子を引き、結絆の隣に寄ってくる。
「何かなあ」
結絆の視界には、上目遣いのフレンダ。
わざとらしく潤んだ瞳。
「ねえ......ちょっとだけでいいから、私に有利なカード出してくれない?」
「うん?」
「ほら、さっきフォーカードで勝ったし?逆立ちもやらされたし?ここは恋人サービス的な?」
両手を胸の前で合わせ、くいっと小首を傾げる。
「お願い、ゆはん?」
「ちょっとフレンダ!」
「露骨すぎるでしょ!」
「超あざといです!」
他の三人が総ツッコミ。
だがフレンダは気にしない。
「いいじゃない。交渉も戦術のうちってわけよ」
結絆は一瞬考えるふりをする。
「ふーん......」
「ね?ね?」
結絆はゆっくりとカードを一枚持ち上げた。
「出すのはいいけどお」
「うん!」
「端の方のカードって、他の人にも近くのカードを出してもらわないと出せないよねえ」
「......え?」
結絆は盤面を指差す。
「例えばさあ、俺が♠の10出しても、その先のJやQ持ってる人が出してくれないと、結局フレンダのKは出せないよねえ?」
「......あ」
「つまり俺一人じゃどうにもならない部分もあるんだよお」
「......じゃあ、私が有利になる保証は?」
「ないねえ」
「............」
しばし固まる。
そして。
「現実は残酷ってわけよ......」
がくりと項垂れた。
机に額をつける。
その様子を見て、麦野が吹き出す。
「作戦失敗!撤退!撤退!」
「早いねえ、まあでも、完全に意地悪する気はないよお」
結絆は肩をすくめる。
「ほんと?」
即座に顔を上げるフレンダ。
「超立ち直り早いです」
結絆は盤面を眺める。
「バランス取れるように出すつもりだからねえ。とはいってももう終わっちゃうけど」
再び場が騒がしくなる。
結絆はくすくす笑いながらカードを選ぶ。
「さあて......誰の運命が動くかなあ」
指先が一枚を弾く。
四人は固唾を呑む。
七並べは、単なる数字の並びではない。
今やそれは、結絆の気分一つで左右される心理戦へと変貌していた。
そしてフレンダは心の中で誓う。
(次こそは、絶対主導権を握ってやるってわけよ......!)
だが今この瞬間、盤面の王は間違いなく結絆だった。
結絆の独壇場となった七並べは、その後も流れが変わることはなかった。
「じゃあ、これで最後だねえ」
結絆が一枚を置く。
ぱちん、と軽い音。
手札がゼロになる。
「......はい、上がり」
「早っ!」
「超圧勝です!」
「結局、全部持っていったじゃない!」
結絆は肩をすくめる。
「いやあ、7が四枚はさすがに強かったねえ」
「それ自分で言う!?」
圧倒的な一位。
そして、二位争いは静かに決着する。
「......これで、私も終わり」
滝壺が最後の一枚を置いた。
「お、滝壺が二位か」
「超健闘です」
麦野が小さく息を吐く。
「まあ、今回は仕方ないわね」
フレンダが首を振る。
そして全員の視線が、滝壺に集まった。
今回の特別ルールでは、すでに命令権を得ている者が一位になった場合、次点が命令権を得る。
結絆は先ほどのゲームで命令権を使っている。
つまり......
「滝壺、命令権ゲットだねえ」
「......うん」
静かな声。
だがその瞳はどこか決意を秘めている。
「何お願いするの?」
「怖いのはやめてよ?」
フレンダが身構える。
滝壺は、まっすぐ結絆を見た。
「......さっき、フレンダと絹旗はハグしてもらった」
「超そうでしたね」
滝壺は続ける。
「......私と麦野は、まだしてもらってない」
麦野がぴくりと肩を揺らす。
「ちょ、ちょっと滝壺?」
「だから」
ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。
「私たちにも、ハグしてほしい」
一瞬の沈黙。
フレンダはにやりと笑った。
「いいじゃない。公平ってわけよ」
「超同意します」
絹旗も頷く。
「まあ......別に異論はないわ」
麦野は視線を逸らしながらも否定しない。
結絆は少しだけ目を丸くし、それから優しく笑った。
「なるほどねえ。了解」
立ち上がり、まずは滝壺の前に立つ。
「じゃあ、滝壺から」
「......うん」
滝壺も立ち上がる。
距離が縮まる。
そっと腕を回し、静かに抱きしめる。
滝壺は一瞬だけ目を閉じる。
結絆の体温、鼓動、腕の力。
ほんの数秒。
やがてゆっくりと離れる。
「......どうだったかなあ?」
結絆が微笑む。
滝壺は少しだけ頬を赤くして、小さく言った。
「......ちょっと、ドキドキした」
それを聞いたフレンダが茶化すように口笛を吹く。
滝壺は視線を逸らしながらも、どこか嬉しそうだった。
次は麦野。
「べ、別に変な意味じゃないから?」
「分かってるよお」
「念のためよ」
強気な口調だが、耳は赤い。
結絆は一歩近づく。
麦野は一瞬だけためらい、それから覚悟を決めたように腕を広げた。
「......さっさとしなさい」
「はいはい」
軽く笑いながら、包み込むように抱き寄せる。
麦野の体がわずかに強張る。
だが数秒後、その力が抜けた。
普段は強気で堂々としている彼女が、今だけは静かに身を委ねている。
結絆がそっと離れると、麦野の表情から、いつもの鋭さが消えていた。
頬が赤く、目元がどこか柔らかい。
年相応の、少女のような顔。
「......な、何よ」
「いやあ、麦野もそんな表情をするんだなあって」
「うるさい!」
慌ててそっぽを向く。
フレンダが笑い転げる。
「今の麦野めちゃくちゃ可愛かった!」
「フレンダ!?」
「超レアな表情でしたね」
部屋は一気に賑やかになる。
結絆はその様子を見ながら、どこか穏やかに微笑んだ。
七並べの勝敗は決した。
だが、それ以上に五人の距離はまた少しだけ近づいたようだった。
トランプの話は次で終わりです。