食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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ちょっと展開を変えてみました。


恐竜事件その1

 復興の槌音が、学園都市のあちこちに響いていた。

 

倒壊したビルの外壁は新しい資材で覆われ、道路脇には工事用の柵が並び、その隙間を縫うようにして学生たちが行き交う。

 

瓦礫の山はすでにほとんど片付き、仮設店舗だった場所にも少しずつ本来の店が戻り始めていた。

 

そんな街の一角、風紀委員第一七七支部で、白井黒子は机を叩いていた。

 

「......恐竜、ですの?」

 

黒子の目の前には、初春飾利が端末に表示した報告書がいくつも並んでいる。

 

「はい。ここ二日で六件です。場所は第七学区と第十一学区を中心にばらばらですが、共通している点がいくつかあります」

 

初春は真剣な顔でスクロールしながら説明した。

 

「まず、目撃時間は夕方から夜にかけて。次に、恐竜らしきものは十分から二十分ほどで突然いなくなっている。そして......」

 

「証拠映像がまともに残っていない、ですわね」

 

「はい......。防犯カメラにも、写っているようで写っていないんです。ノイズみたいになっていて......」

 

黒子は眉をひそめた。

 

学園都市において恐竜という単語は、あまりにも荒唐無稽だ。

 

だが、だからといって放置していい話でもない。

 

パニックが起きれば復興の妨げになる。

 

「まずは聞き込みですの。目撃者の証言を集めれば、何かわかるはずですわ」

 

「はい!」

 

二人はすぐに支部を飛び出した。

 

 

 

 一人目の目撃者は、工事現場で働く男性だった。

 

「いや、間違いねえって!でっけえ肉食のやつだよ!こう、口が長くて歯がギザギザしてて......あれだ、ティラノサウルスってやつだな!」

 

「ティラノサウルス、ですのね」

 

黒子がメモを取る。

 

「現れたのは?」

 

「夕方六時くらいだ。道路の向こうをドシンドシン歩いててよ、ビビっちまって皆で逃げたんだ。でも、しばらくしたら急にいなくなってたからなぁ......」

 

二人目は、買い物帰りの主婦だった。

 

「私が見たのは首の長い子よ。すごく大きくて、工事用クレーンより高かったわ。家に帰ってから調べたんだけど、ブラキオサウルスっていうのかしら?」

 

「......先ほどとはまったく違いますわね」

 

黒子が小声でつぶやく。

 

「ええ、しかもこの人は“穏やかだった”って言ってます」

 

三人目は小学生の男の子だった。

 

「ぼく、空飛ぶやつ見た!翼がばさーってして、ぎゃーって鳴いてた!」

 

「翼竜......プテラノドンの類でしょうか」

 

「でも恐竜じゃないですよね、厳密には」

 

「それは今は置いておきますの」

 

さらに聞き込みを進めても、証言は一致しなかった。

 

分厚い戦車のような三本角の恐竜。

 

背中に板のような突起を持つ恐竜。

 

小型で群れをなして走っていた恐竜。

 

しかし、共通点もある。

 

「全員、“本物みたいだった”と言っていますね」

 

初春が端末を見ながら言う。

 

「ええ。それに、一定時間が経つとふっと姿を消す。移動して見失った、というより......」

 

「最初から実体がなかった、みたいな感じです」

 

夕暮れの公園脇で、黒子は腕を組んだ。

 

「防犯カメラにまともに残らず、目撃者ごとに見ているものが違う......」

 

「精神に干渉する能力、でしょうか」

 

初春の言葉に、黒子はゆっくりとうなずく。

 

「その可能性が高いですの。視覚認識への介入、あるいは集団催眠に近いもの。しかも、対象によってイメージが変化しているなら、受け手の知識や印象を読み取って映像を作っているのかもしれませんわ」

 

「恐竜映画とか図鑑のイメージを読み取ってる、ってことですか?」

 

「十分あり得ますの」

 

初春は少し顔を曇らせた。

 

「でも、そうなると私達だけで追うのは難しいですよね......」

 

「ですわね。精神系能力者の知見が必要ですの」

 

黒子は少し考えた後、はっきりと言った。

 

「マジックシアターに協力を要請しますわ」

 

学園都市最大級の娯楽複合施設にして、精神系・幻惑系能力者の人材も多く抱える場所。

 

そして、暗部「ドリーム」の拠点でもある。

 

「結絆さんなら、こういう案件に詳しそうですけど......」

 

初春が言いかけて、すぐに思い出したように端末を見た。

 

「あっ、そうでした。今、御坂さんと一緒にアメリカで超能力を披露しているんでしたよね」

 

「ええ。ニュースにもなっていましたわ。『学園都市のエース二人、米国で能力デモンストレーション』とか何とか」

 

黒子は肩をすくめる。

 

「本人がいらっしゃらなければ、分身体の方に頼めばいいですの」

 

「ぶ、分身体ですか!?」

 

 

 

 マジックシアターの応接室は、復興中の街の空気とは別世界のように優雅だった。

 

ガラス張りの壁の向こうには、巨大水槽を泳ぐ魚たちの姿が見える。

 

初春は思わず「わあ......」と声を漏らしたが、黒子は咳払いして姿勢を正した。

 

やがて、扉が開く。

 

「やあやあ、二人ともいらっしゃい」

 

入ってきたのは、食蜂結絆だった。

 

だが、黒子はすぐにそれが分身体だと察する。

 

「本体はアメリカで美琴と派手にやってるからねえ。今回は俺が代理だよお」

 

黒子達は、結絆と美琴がアメリカで反学園都市勢力を潰していることを知る余地はない。

 

そして、その後ろから、艶やかな笑みを浮かべた蜜蟻愛愉も姿を見せた。

 

「ふふっ、興味深い事件じゃなあい。恐竜なんて、子どもははしゃぎそうだけど、放っておいたら厄介になるわよねえ」

 

「お忙しいところ、恐縮ですの」

 

黒子が言うと、結絆の分身体はひらひらと手を振った。

 

「構わないよお。精神干渉っぽいなら、こっちの専門分野だからねえ。詳しい話を聞かせて欲しいなあ」

 

初春が端末を操作し、集めた証言や防犯カメラ映像を表示する。

 

ノイズの混じる映像、ばらばらな目撃証言、消失までの時間。

 

それを見た蜜蟻が、すぐに口元に指を当てた。

 

「ふぅん......単純な幻覚じゃないわねえ。個人ごとに違う像を見せてるのに、全員“そこにいた”って確信してる。かなり精密よお」

 

「精神に干渉する類は、基本的には監視カメラ越しだと効果を発揮しないんだけどねえ」

 

結絆の分身体が椅子にもたれた。

 

「精神干渉だけじゃなく、電子機器への軽いノイズ誘導か、あるいは見る側の認識だけをズラしてるか......どっちにしても、能力者はかなり器用だと思うよお」

 

黒子が身を乗り出す。

 

「犯人の見当はつきますの?」

 

「まだ断定はできないけどお。こういう“目立つけど被害が薄い”見せ方をするタイプはねえ、大抵自分の力を試してる段階なんだよお。本番の前に、どこまで通じるか実験している」

 

その言葉に、応接室の空気が少しだけ冷えた。

 

初春がごくりと喉を鳴らす。

 

「じゃあ、次はもっと大きな騒ぎを起こすかもしれない......ということですか?」

 

「その可能性は高いと思うわよお」

 

蜜蟻が微笑みを消して答えた。

 

「だからこそ、追加で調査を進めていくべきだと思うよお」

 

黒子は力強くうなずいた。

 

「もちろんですの。風紀委員として、これ以上好き勝手はさせませんわ」

 

初春も端末を握りしめる。

 

「わ、私も頑張ります!」

 

結絆の分身体は満足そうに立ち上がった。

 

「よし、それじゃあ合同捜査開始だねえ。恐竜ハンターといこうかあ」

 

復興の最中に現れた、あり得ないはずの恐竜たち。

 

その正体を暴くため、風紀委員とマジックシアターの合同捜査が、いま幕を開けようとしていた。

 

 

 

 その夜、復興工事の明かりが落ち着きを見せ始めた頃。

 

マジックシアターの外周部では、黒子、初春、そして結絆と蜜蟻の四人が、夜風の中を歩いていた。

 

巨大な施設の周囲には、搬入口や資材置き場、整備用通路がいくつもあり、表側の華やかな景観とは違って、人目につきにくい暗がりも多い。

 

こうした場所は、怪しい動きをするにはうってつけだった。

 

「恐竜の目撃情報が、この周辺でも何件かありましたの」

 

黒子が端末を確認しながら言う。

 

「はい。特に西側の資材搬入口付近です。時間帯もだいたい一致してます」

 

初春が答えると、結絆は片手をポケットに突っ込みながら、周囲を見回した。

 

「ふぅん......確かに、こういう場所なら派手なものが出ても、見失いやすいねえ」

 

蜜蟻は、夜の闇に溶けるような微笑みを浮かべていた。

 

「でも、もし本当に精神干渉系なら、ここまでわざわざ現場を絞ってくるのは少し妙ねぇ。もっと人通りの多い場所でもよさそうなのに」

 

「つまり、現場そのものに何かあるかもしれない......ということですの?」

 

「そういうこと」

 

四人は足を止め、資材置き場の周辺を慎重に調べ始めた。

 

工事用の大型コンテナ、鉄骨の束、ブルーシートで覆われた資材の山。

 

地面は一部が土のままで、昼間の工事車両のタイヤ痕がいくつも刻まれている。

 

その中で、ふと初春が声を上げた。

 

「あっ......!白井さん、これ!」

 

黒子と結絆たちが駆け寄る。

 

初春が指差した先、柔らかい土の上には、明らかに重機や人間のものではない痕跡が残っていた。

 

「これは......」

 

黒子がしゃがみ込む。

 

そこには、三本の鋭い爪を思わせる、巨大な足跡がくっきりと刻まれていた。

 

左右交互に続くその痕跡は、まるで二本足の大型生物が歩いたかのように、規則正しく並んでいる。

 

「本当に......恐竜みたいです」

 

初春の声は、興奮と緊張が入り混じっていた。

 

「サイズは、ざっと三十センチ以上かしら。重さもかなりあるわねえ」

 

蜜蟻が指先で土をなぞる。

 

結絆はしゃがんだまま、足跡の縁を軽く触れた。

 

「......おや、これは不思議だねえ。幻覚なら、足跡までは残せないはずだ」

 

その言葉に、黒子は目を見開いた。

 

「では、まさか......」

 

「まだ断定はしないけどお、少なくとも“実体を伴った何か”がここを通ったのは確かだねえ」

 

結絆は立ち上がると、足跡の続く方向へ視線を向けた。

 

痕跡は、資材置き場の奥――工事中で立ち入り制限のかかっている裏手の通路へと続いていた。

 

「追いますの」

 

黒子が即座に言う。

 

「はい!」

 

初春も端末を握り直し、四人は足跡をたどって進み始めた。

 

 

 

 裏手の通路は、昼間なら作業員が行き交う場所だが、この時間はひどく静かだった。

 

仮設照明が等間隔に灯ってはいるものの、その光は心許なく、鉄骨やコンテナの影が不気味に伸びている。

 

遠くで機械の低い駆動音が響き、どこか湿った土の匂いが漂っていた。

 

足跡は途切れない。

 

「ここまで明確に残るなんて......本当に信じられませんの」

 

黒子が周囲を警戒しながらつぶやく。

 

「もし誰かの能力だとしても、かなり特殊ですね......」

 

初春も小声で返す。

 

そのときだった。

 

ガシャッと、前方のコンテナの陰で金属が弾かれるような音がした。

 

四人が一斉に足を止める。

 

「......来るよお」

 

結絆が、いつもの軽い調子のまま、しかしわずかに目を細めた。

 

次の瞬間。

 

コンテナの影から、巨大な影が飛び出した。

 

「きゃあっ!?」

 

初春が悲鳴を上げる。

 

現れたのは、全長五メートルほどはあるだろうか。

 

二本足で地面を蹴り、長い尾でバランスを取り、口を大きく開く姿は、まさしく肉食恐竜だった。

 

濃い緑色の鱗のような皮膚。

 

黄色くぎらつく目。

 

唸り声とともに、口から生臭い息が漏れる。

 

「グルルルルルッ!!」

 

「なっ......本当に出ましたの!?」

 

黒子が反射的に初春の前に出る。

 

恐竜は躊躇なく地面を蹴り、四人へ突進してきた。

 

「いったん様子を見ますわよ、初春!」

 

「は、はいっ!」

 

黒子が初春を抱えるようにして横へ飛ぶ。

 

恐竜の爪が、つい先ほどまで二人がいた地面を抉り、土が派手に舞い上がった。

 

「う、嘘ですよね!?これ、当たったら大怪我どころじゃ」

 

初春が叫ぶのと同時に、蜜蟻が冷静に前へ出た。

 

「黒子ちゃん、初春ちゃん、気をつけて。これは幻覚じゃないわあ。ちゃんと質量がある。空気の揺れも、地面の沈み方も、本物よお」

 

彼女は恐竜の動きを見据え、断言した。

 

「実体あり、ってことかあ」

 

結絆はむしろ納得したように、肩を軽く回した。

 

「なら、話は早いねえ」

 

恐竜は再び咆哮し、今度は結絆へと飛びかかった。

 

大きく開かれた顎が、彼の上半身を丸ごと噛み砕こうと迫る。

 

「結絆さん!!」

 

初春が叫ぶ。

 

だが、次の瞬間。

 

結絆は、まるで散歩中の犬をいなすような気軽さで、一歩だけ踏み込んだ。

 

「よっと」

 

そして、恐竜の下顎の付け根へ――

 

ドゴォッ

 

結絆の拳が、肉食恐竜の頭部を正確に打ち抜いた。

 

「ギャウッ!?」

 

巨体が不自然に浮き上がり、そのまま横向きに吹き飛び、数メートル先の地面に転がり、土煙を上げた。

 

恐竜は二、三度ぴくりと痙攣すると、そのまま白目をむいて動かなくなった。

 

「............」

 

「............」

 

黒子と初春は、そろって口を開けたまま固まっていた。

 

蜜蟻だけが、くすりと笑う。

 

「結絆クン、かっこよかったわよお」

 

「いやあ、分身体でもこのくらいはできないとねえ」

 

結絆は、まるで肩こりをほぐした後のように手首を振る。

 

「き、気絶......していますの?」

 

黒子が恐る恐る尋ねる。

 

「してるよお。頭蓋骨は割ってないし、脳震盪くらいかなあ」

 

「くらい、って......」

 

初春は思わず脱力した声を漏らした。

 

あれほど巨大で凶暴な肉食恐竜を、たった一発のパンチで無力化。

 

しかも、本人は本当に大したことをしたつもりがなさそうだった。

 

黒子は改めて、自分の彼氏がただの精神系能力者ではなく、学園都市の最上位クラスの怪物であることを痛感する。

 

(やはり、この方は規格外ですの......!)

 

初春もまた、内心で同じことを思っていた。

 

(御坂さんや白井さんたちと普通に仲良くしてるから感覚が麻痺してましたけど......結絆さん、やっぱりすごすぎます......!)

 

結絆は倒れた恐竜のそばにしゃがみ込み、興味深そうに頬をつついた。

 

「うーん、皮膚の質感も筋肉のつき方も、かなりしっかりしてるねえ。これ、ちゃんと調べた方がいいんじゃないかなあ」

 

「持ち帰るの?」

 

蜜蟻が尋ねると、結絆はにっこり笑った。

 

「もちろんだよお。現場に置いとくわけにもいかないし、調査用に回収しよう」

 

「でも、こんな大きなもの、どうやって......」

 

初春が言いかけた、その瞬間。

 

結絆は無造作に恐竜の胴体へ手を置いた。

 

すると、空間が水面のようにゆらりと歪んで、恐竜の巨体がみるみるうちに縮み始めた。

 

五メートル近い肉食恐竜は、四メートル、二メートル、一メートル......と、信じられない速度で小型化していき、やがて手のひらに乗るほどのサイズになった。

 

「ええええええっ!?」

 

初春が素っ頓狂な声を上げる。

 

「対象を小さくする能力!?そういえば、マジックシアターには、そのような能力を使える方がいらっしゃいましたわね」

 

黒子が驚愕の声を漏らす。

 

「まあ、そんな感じだねえ。生き物にやる時はちょっと丁寧にしないと危ないけどお」

 

結絆は、すっかり小さくなった気絶中の肉食恐竜をひょいとつまみ上げると、上着のポケットへぽんと入れた。

 

「よし、これでオッケー」

 

「ポケットに入れましたわよ、この人......」

 

「ペットみたいになってます......」

 

黒子と初春は、そろって遠い目をした。

 

蜜蟻は肩をすくめる。

 

「まあ、運搬効率はいいわねえ」

 

結絆は立ち上がり、二人に向き直った。

 

「さて、現場検証はひとまず十分かなあ。実体ありの恐竜が確認できた以上、マジックシアターに戻って、詳しく解析した方がいいからねえ」

 

黒子はすぐに気持ちを切り替え、うなずいた。

 

「ですわね。ここで長居して、二体目三体目に出てこられても厄介ですし」

 

「私も、回収した足跡のデータを整理します!」

 

初春が端末を抱え直す。

 

そして四人は、マジックシアターへと歩き出した。

 

夜風の中、黒子はちらりと結絆の横顔を見る。

 

巨大な肉食恐竜を一撃で沈め、平然とポケットにしまってしまうその姿は、やはり常識の外側にあった。

 

(頼もしいのは確かですけれど......とんでもない方ですの)

 

初春もまた、隣で何度もうなずいていた。

 

(これなら、どんな恐竜が出ても何とかなりそうです......でも、犯人はもっと厄介かも)

 

復興の夜に現れた、実体を持つ謎の恐竜。

 

その正体を暴くための調査は、ここからさらに深まっていくことになるのだった。




久々に合計文字数を確認してみたところ、100万文字を超えていました。

これからも、思いついた話を気ままに書いていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。
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