食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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恐竜事件は今回で終わりです。


恐竜事件その3

 夜の帳が、復興途中の学園都市に静かに降りていた。

 

マジックシアターの出入口では、ここしばらく避難生活を送っていた子供たちが、名残惜しそうに手を振っていた。

 

先日の騒動で孤児院の建物が損壊し、一時的にマジックシアターで保護されていた彼らだったが、ようやく再建工事が完了し、今夜から元の孤児院へ戻ることになったのだ。

 

「ほんとに帰っちゃうのー?」

 

「もっとおっきい水槽見たかったー!」

 

イルミネーションに照らされた広場で、子供たちが口々にそう言う。

 

その前に立つ上条当麻は、苦笑しながら頭をかいた。

 

「じゃあ、また遊びに来ればいいぞ。マジックシアターがなくなるわけじゃないんだからな」

 

「そうよぉ。今度はちゃんと、お兄様たちにお願いして、もっとゆっくり案内してもらいなさぁい」

 

食蜂操祈が柔らかな笑みを浮かべて言うと、子供たちはぱっと表情を明るくした。

 

操祈の隣では、孤児院の女性職員が深く頭を下げる。

 

「本当にありがとうございました。子供たちも、こちらで過ごせてとても安心できたみたいで......」

 

「いえいえ。こいつらと遊ぶの、意外と楽しかったですから」

 

当麻が照れ隠しのように笑う。

 

実際、この数日の間に当麻と操祈は何度も子供たちの相手をしていた。

 

水族館を案内したり、劇場で簡単なマジックショーを見せたり、食事を一緒にしたりと、二人は子供たちとの絆を深めていたのである。

 

「とうまおにーちゃん、また来る?」

 

「みさきおねーちゃんも!」

 

「もちろんよぉ」

 

「まあ、予定が合えばな」

 

そんな穏やかなやり取りの最中だった。

 

ドォンッ!!

 

地面が、唐突に震えた。

 

「......え?」

 

最初に異変に気づいたのは、操祈だった。

 

広場の照明の向こう、街路樹の影が大きく揺れる。

 

次の瞬間、茂みを突き破るようにして、巨大な影が飛び出した。

 

「きゃあああああっ!?」

 

職員が悲鳴を上げ、子供たちの目が、一斉に見開かれた。

 

鋭い牙が並んだ大きな顎や筋肉質な後ろ脚、そして、長くしなる尾を持つ、明らかに現代の生物ではない存在。

 

「......恐竜!?」

 

当麻が思わず叫ぶ。

 

一体だけではない。

 

左右の道路、建物の陰、公園のフェンスの向こうから、次々と大型・中型の恐竜たちが姿を現した。

 

肉食種らしき個体が唸り声を上げ、地面を蹴る。

 

草食種らしき巨体がパニックを起こし、周囲を踏み荒らす。

 

「い、いやぁぁぁっ!!」

 

「たすけてー!!」

 

子供たちは一斉に泣き叫び、広場は瞬く間に混乱に包まれた。

 

「みんな、落ち着いて!!」

 

職員が声を張り上げるが、幼い子供たちがそんな一言で冷静になれるはずもない。

 

恐怖で足がすくみ、その場に座り込んでしまう子もいる。

 

その時、操祈の瞳が鋭く細められた。

 

「仕方ないわねぇ」

 

ピッ

 

彼女のリモコンが軽やかな音を立てる。

 

瞬間、泣き叫んでいた子供たちの動きがぴたりと揃った。

 

「助かった、操祈」

 

当麻が横目で見る。

 

「子供たちを逃がすわよぉ」

 

操祈の精神操作を受けた子供たちは、まるで訓練されたように近くの建物の陰や防護壁の裏へと素早く移動していく。

 

職員もまた、操祈の補助を受けながら、泣き出した子を抱えて避難誘導を開始した。

 

「時間稼ぎは任せろ!」

 

当麻は一番近くまで迫っていた肉食恐竜の前へ飛び出した。

 

ギャアアアアッ!!

 

猛然と突っ込んでくる巨体。

 

鋭い爪が街灯をなぎ倒し、顎が当麻の頭上めがけて振り下ろされる。

 

「うおっ......!」

 

紙一重で身をかわしながら、当麻は右手を突き出した。

 

その瞬間、巨大な恐竜の体が、まるで砂像が崩れるように一瞬で輪郭を失い、眩い光を放って縮んでいく。

 

「なっ......!?」

 

ドサリ、と地面に落ちたのは、恐竜ではなかった。

 

手のひらに収まるほどの、赤黒く輝く小さな宝石。

 

当麻は目を見開いた。

 

「......やっぱりそうか」

 

以前、学園都市で起きた不可解な現象を何度も潜り抜けてきた勘が告げる。

 

これは単なる幻覚ではない。

 

だが、本物の恐竜をそのまま出しているわけでもない。

 

「能力か......あるいは、もっと厄介な何かか」

 

右手で触れた瞬間に“異能”が消え、元の物体に戻った。

 

つまり、誰かが宝石を恐竜へ変換している。

 

「操祈!こいつら、元は宝石だ!誰かが変な細工をしてるかもしれない!」

 

「そうみたいねぇ。お兄様に連絡しておくわぁ」

 

操祈の声と同時に、別の中型恐竜が横合いから飛びかかってきた。

 

当麻は咄嗟に操祈の前へ滑り込み、その肩を抱き寄せる。

 

「危ねえっ!」

 

ガキィン!!

 

恐竜の牙が、背後の金属フェンスに突き刺さる。

 

「ちょ、ちょっとぉ......っ」

 

「大丈夫か、操祈!」

 

「だ、大丈夫よぉ......」

 

当麻は震える操祈を守るように片腕で抱えたまま、右手で恐竜の鼻先に触れた。

 

また一体、光となって小さな宝石へ変わる。

 

だが、敵の数が多すぎた。

 

前方に三体。

 

右手側に二体。

 

背後では、草食種の巨体が暴れ、地面を揺らしている。

 

「くそっ、キリがねえじゃねえか......!」

 

当麻の額に汗がにじむ。

 

右手に触れさえすれば無力化できる。

 

だが、すべてを一度に相手にできるわけではない。

 

操祈を庇いながら後退したその時。

 

一体の素早い肉食恐竜が、死角から低く滑り込むように飛び込んできた。

 

「っ!?」

 

気づいた時には遅かった。

 

ガツン、と鈍い衝撃が左肩に走る。

 

鋭い牙が制服の肩口を裂き、そのまま当麻の身体を強く弾き飛ばした。

 

「当麻ぁっ!!」

 

地面を転がった当麻は、左肩を押さえて顔をしかめた。

 

制服の布地が裂け、傷口からじわりと血が滲む。

 

腕を動かすたび、焼けるような痛みが走った。

 

「っ......ぐ、ぅ......!」

 

息が詰まり、視界が揺れる。

 

それでも当麻は歯を食いしばり、右手を前に出して立ち上がろうとした。

 

「まだ......っ、終わってねえ......!」

 

だが、複数の恐竜が一斉に距離を詰めてくる。

 

操祈は能力を使って子供たちの避難を維持しながら、当麻の元へ駆け寄ろうとしていたが、近くにいた草食恐竜の巨体がその進路を塞いだ。

 

しかし、絶体絶命のその瞬間、空間が、裂けた。

 

「遅くなってごめんねえ」

 

聞き慣れた、どこか間延びした青年の声。

 

次の刹那、恐竜たちの身体が一斉に止まった。

 

まるで見えない刃が何十、何百と駆け抜けたかのように、巨体が細かな断片へと分かれ、光の粒となって崩れていく。

 

地面に残ったのは、無数の小さな宝石だけだった。

 

「お兄様!!」

 

操祈が安堵に満ちた声を上げる。

 

空間の裂け目から現れたのは、食蜂結絆の分身体。

 

そしてその隣には、黒子、初春、蜜蟻、さらに数名のマジックシアターの警備スタッフの姿があった。

 

結絆は周囲を一瞥し、当麻の左肩の傷を見た瞬間、表情を変える。

 

「当麻!その傷はちょっとやばそうだねえ」

 

「......来るの、ちょっと遅えぞ......」

 

痛みを堪えながら、当麻が無理やり笑う。

 

その様子に、結絆の瞳が鋭く細まった。

 

「意識があるなら、ひとまずは安心だねえ。でも、これは放っておけないねえ」

 

結絆は一歩で当麻の傍らへ移動し、片膝をつく。

 

傷口を確認した蜜蟻が、珍しく真剣な声で言った。

 

「噛創よ。深くはないけど、出血と衝撃が大きいわあ。早く治療した方がいい」

 

「了解だよお」

 

結絆はすぐに当麻の身体を抱え上げた。

 

その動きは驚くほど自然で、負傷者に余計な負担をかけない絶妙なものだった。

 

「操祈、子供たちは?」

 

「全員、無事に隠れてるわぁ。職員も無事よぉ」

 

「よかった」

 

結絆はほっと息をつくと、黒子たちに視線を向ける。

 

「ここはスタッフに任せるよお。残った宝石は全部回収して。犯人捜しの手掛かりになるかもしれないからねえ」

 

「お任せください!」

 

結絆の部下たちは結絆に対して敬礼をする。

 

「初春、周囲の状況を確認しますわよ!」

 

「はい!」

 

黒子と初春は、宝石の回収やデータの収集を始める。

 

一方、操祈は当麻のそばに寄り添い、その手をぎゅっと握った。

 

「当麻、しっかりしなさいよぉ」

 

「お、おう......。ちょっと肩が、いてえだけ......」

 

「その“ちょっと”が信用ならないのよぉ」

 

いつもの調子を保とうとする当麻に、操祈は泣きそうな顔で言う。

 

結絆はそんな二人を見て、少しだけ柔らかく笑った。

 

「大丈夫だよお。マジックシアターの集中治療室なら、すぐに処置できるからねえ」

 

 

 

 残された黒子たちは、無数に散らばる宝石と、先ほどまで恐竜が暴れていたとは思えない静まり返った広場を見回しながら、息を呑む。

 

「......本当に、とんでもない事件ですの」

 

初春も青ざめた顔で頷いた。

 

「しかも、今の恐竜......全部、宝石だったなんて......」

 

蜜蟻は足元に転がる一つの宝石を拾い上げ、月明かりにかざした。

 

その表面には、どこか不気味な光が揺れている。

 

「犯人は、かなり悪趣味ねぇ。こんなものを街中にばらまいて......」

 

黒子は拳を握りしめた。

 

「ですが、これで確定しましたの。恐竜騒ぎの正体は、“宝石を恐竜へ変える何者か”......ですわね」

 

そして彼女たちは、さらに大きな嵐が学園都市に迫っていることを、まだ完全には理解していなかった。

 

 

 

 当麻をマジックシアターの集中治療室へ送り届けた直後、結絆は医療スタッフに処置を任せ、操祈に「当麻のそばにいてあげてねえ」と一言だけ告げると、すぐさま廊下へと出た。

 

夜の研究棟は、先ほどまでの騒動の余波で慌ただしい。

 

研究員やスタッフたちが無線を飛ばし合い、各地の安全確認と恐竜の出現地点の情報整理に追われている。

 

そんな中、結絆の端末が短く震えた。

 

「......来たねえ」

 

画面に映ったのは、部下からの緊急連絡だった。

 

『結絆様、恐竜を発生させている犯人の位置を特定しました。これまでの目撃地点と、先ほど回収された宝石の流通ルートを照合した結果、第三学区外れの小規模宝石店“アルカディア・ジュエル”が最有力です』

 

「やっぱり宝石そのものに細工をしてたんだねえ」

 

結絆の声色が静かに冷える。

 

『店主の男は、先ほどから店内に立てこもっているようです。店内の宝石からも微弱な異常波形を検知しています』

 

「なるほどお。なら、警備員だけじゃ危ないかなあ」

 

結絆は端末を閉じると、すぐ近くで待機していた帆風潤子へ視線を向けた。

 

「潤子、ちょっと付き合ってくれるかなあ?」

 

すぐに察した帆風は、乱れ一つない姿勢で振り返る。

 

「もちろんです、結絆さん。」

 

「犯人の確保に向かうよお。相手は宝石を恐竜に変える能力......あるいは、それに近い何かを使ってる。宝石店なら、大量の恐竜と遭遇する可能性も高いねえ」

 

帆風は静かに頷いた。

 

「でしたら、私が恐竜をひきつけます。結絆さんは犯人の確保を」

 

「助かるよお」

 

 

 

 第三学区の外れ。

 

国際展示ホールの近くに、その小さな宝石店はひっそりと佇んでいた。

 

古びたレンガ造りの外壁に、控えめな看板。

 

一見すれば、どこにでもある老舗の個人店だ。

 

だが、店の周囲には妙な静けさが漂っていた。

 

街灯の光が鈍く反射し、ショーウィンドウに並ぶ宝石たちが、不気味なほど鮮やかに輝いている。

 

近くに移動した結絆と帆風は、店の正面から数十メートル離れた路地に降り立った。

 

「反応は多めかなあ」

 

「はい、かなり濃いですね。宝石一つ一つから、異様な圧を感じます」

 

帆風がわずかに目を細める。

 

戦闘経験の豊富な彼女だからこそ、普通の人間には分からない危険の気配を察していた。

 

「店ごと吹き飛ばすのは簡単だけどお、証拠が欲しいからねえ」

 

「でしたら、制圧優先で」

 

結絆が軽く頷き、二人は正面入口へ歩き出した。

 

自動ドアはすでに電源が落ちているのか、半開きのまま止まっている。

 

中は薄暗く、非常灯だけがぼんやりとショーケースを照らしていた。

 

「こんばんはあ。閉店後に悪いけど、ちょっとお話いいかなあ?」

 

結絆がいつもの調子で声をかける。

 

すると、カウンターの向こうから、一人の中年の男が姿を現した。

 

痩せこけた体つきで、目が異様にぎらついている。

 

まさに、黒子たちが監視カメラで確認した“怪しい男”そのものだった。

 

「......何者だ」

 

「学園都市の治安維持に協力してる者だよお。君に、恐竜騒ぎについて聞きたいことがあってねえ」

 

結絆が一歩踏み出した瞬間、男の口元が歪んだ。

 

「来ると思っていたよ......マジックシアターの連中がな」

 

男の指先が、カウンター上のルビーに触れる。

 

カチリ、と何かが弾けるような音。

 

次の瞬間――

 

ショーケースの中に並んでいた色とりどりの宝石が、一斉に眩い光を放った。

 

「結絆さん、来ます!」

 

帆風が叫ぶ。

 

ガシャァァン!!

 

ガラスが砕け散り、エメラルド、サファイア、ダイヤモンド、オパールなどの大小さまざまな宝石が宙に舞い、そのまま次々と異形の姿へ変わっていく。

 

小型の素早い恐竜や鋭い爪を持つ中型の恐竜。

 

天井に頭をぶつけそうなほど大きな肉食恐竜まで、狭い店内に一気にあふれ出した。

 

「やれぇ!!」

 

男が叫ぶと同時に、恐竜たちが一斉に襲いかかってくる。

 

帆風は、能力を発動させると微笑を浮かべた。

 

「雑兵は私が任せてください。どうぞ本命を」

 

「頼んだよお」

 

次の瞬間、帆風の姿が消えた。

 

ドンッ!!

 

床板がひしゃげるほどの踏み込み。

 

最初に飛びかかってきた小型恐竜の胴体を、帆風の回し蹴りがまとめて吹き飛ばした。

 

宝石へ戻った破片が、店内にきらきらと散る。

 

「はあっ!」

 

続けざまに放たれた掌打が、中型恐竜の顎を跳ね上げる。

 

そのまま体勢を崩した個体を掴み、別の恐竜へ叩きつける。

 

天衣装着を使いこなす帆風の姿は、さながら暴風のようだった。

 

「な、なんだこの女は!?」

 

男が目を見開く。

 

その隙を、結絆は見逃さない。

 

「余所見はだめだよお」

 

「っ!?」

 

結絆は空間移動で男のすぐ背後に回り込んだ。

 

だが男もまた、ただの小物ではなかった。

 

カウンターの下から宝石を何個も掴み取り、奥の扉へと飛び込む。

 

「逃がさないよお」

 

結絆はそのまま追う。

 

店の奥は、小さな加工室と倉庫になっていた。

 

棚には未加工の宝石や工具が並び、床には輸送用のケースが積まれている。

 

追い詰められた男は、振り返りざまに嗤った。

 

「ここまで来るとはな......だが、貴様も終わりだ!」

 

男は握っていた複数の宝石を、躊躇なく口へ放り込んだ。

 

「おや......?」

 

結絆が眉をひそめる。

 

男の喉が不自然に脈打ち、全身の骨格がみしみしと軋み始めた。

 

皮膚が膨れ上がり、筋肉が異常に肥大し、腕が短く縮み、脚が太く長く変形していく。

 

「グ、ガアアアアアアアアッ!!」

 

倉庫の壁を突き破るほどの巨体。

 

天井に頭を擦りつけながら、男は巨大な肉食恐竜へと変貌していた。

 

先ほどまでの個体とは比べ物にならない、異様に禍々しい姿だ。

 

「自分自身まで変えるなんて、ずいぶん無茶するねえ」

 

結絆が呆れたように言う。

 

巨大恐竜は答えず、咆哮と共に一直線に突進した。

 

ゴォッ!!

 

鋭い牙が、結絆の上半身へ噛みつく。

 

だが。

 

「......え?」

 

恐竜になった男の目が、間抜けなほど見開かれた。

 

噛み砕いたはずの感触が、ない。

 

結絆の身体は霧のように揺らぎ、そのまま牙の間をすり抜けていた。

 

「そうそう、俺、分身体なんだよねえ」

 

男が呆気に取られた、その一瞬。

 

結絆は、恐竜の懐へ潜り込む。

 

「まずは、逃げられないようにしようかあ」

 

ドゴンッ!!

 

結絆の蹴りが、巨体を支える後ろ脚の関節へ正確に叩き込まれた。

 

鈍く重い破砕音。

 

巨大恐竜の脚が不自然な方向へ折れ、バランスを失った巨体が轟音と共に床へ崩れ落ちる。

 

「ガアアアアッ!?」

 

「うるさいねえ」

 

さらにもう片方の脚にも、容赦のない二撃目。

 

こちらも同じように砕かれ、男は完全に動きを奪われた。

 

そこへ、結絆はどこからともなくマスターソードを抜き放つ。

 

黄金に輝く刃が、倉庫の薄闇に鋭く光る。

 

「じゃあ、少しお話しようかあ」

 

ザシュッと、必要最低限の力で。

 

結絆は剣先を巨大恐竜の首元へ突き立て、動けばさらに深く入る位置で止めた。

 

男は苦悶に呻きながらも、もはや身じろぎ一つできない。

 

「ひ、ひぃ......!」

 

そこへ、店内の恐竜をほぼ片付け終えた帆風が、粉塵を払いながら倉庫へ入ってきた。

 

「結絆さん、表は制圧できました。そちらは......予想通りですね」

 

「潤子もお疲れ様、ちょうど今から尋問するところだよお」

 

結絆はにこりと笑う。

 

だがその笑顔は、男にとっては悪魔のようにしか見えなかった。

 

「さて。君は何者かなあ?誰の指示でこんなことをしたんだい?」

 

「し、指示じゃない......!俺の、俺の計画だ......!」

 

「へえ?」

 

結絆が剣先をほんの少しだけ押し込む。

 

男は慌てて叫んだ。

 

「や、やめろ!話す、話すから!」

 

「最初からそうしてくれると助かるんだけどねえ」

 

男は荒い息を吐きながら、恐怖に濁った目で二人を見上げた。

 

「学園都市は今、復興の混乱で警備が手薄だ......!恐竜を街中に放てば、人も組織も右往左往する......その隙に、俺の勢力を広げるつもりだった......!」

 

「勢力、ねえ。どこかの裏組織でも作るつもりだったのかなあ?」

 

「......そうだ。宝石を使った“奇跡”を見せれば、いくらでも人は集まる。恐怖でも、金でも、力でも......!」

 

帆風が冷たい目で見下ろす。

 

「くだらない野望ですね」

 

男はなおも必死に言葉を継いだ。

 

「そ、それだけじゃない!マジックシアターにも、狙いはあった!あそこには避難民も、金持ちの客も、研究設備も、宝石も、美術品も......金になるものが山ほどある!混乱させて、内部に手を伸ばせば......」

 

その言葉を聞いた瞬間、結絆の笑顔が消えた。

 

「......ああ、なるほどお」

 

空気が、ひやりと冷える。

 

「俺の大事な場所に、手を出すつもりだったんだねえ」

 

男の顔から血の気が引いた。

 

結絆は静かに、だが確実に怒っていた。

 

「当麻を傷つけて、子供たちを怖がらせて、マジックシアターまで狙ってた......。うん、十分だねえ」

 

「ひっ......!」

 

帆風がそっと結絆の横に立つ。

 

「結絆さん、これから先は博士たちに任せましょう。」

 

「そうだねえ、恐竜を生み出す技術は欲しいからねえ」

 

結絆はマスターソードを引き抜き、男の変身が暴走しないよう、空間の拘束を何重にも重ねていく。

 

恐竜の身体は逃げることも、暴れることもできず、その場に完全に封じられた。

 

「よし、犯人確保だよお。さてと......楽に死ねると思うなよ」

 

結絆の静かな宣告に、男はただ震えることしかできなかった。

 

こうして、学園都市を恐怖に陥れた“恐竜事件”の首謀者は捕らえられたのだった。

 

だが、この男がどうやって宝石を恐竜に変える力を手に入れたのか、その背後にまだ別の存在がいるのか。

 

事件は解決に向かいながらも、なお最後の謎を残していた。

 

 

 

 宝石店での制圧から数十分後。

 

巨大な肉食恐竜へと変貌していた男は、結絆と帆風によって完全に拘束され、マジックシアター地下の研究エリアへと移送されていた。

 

店内に残されていた大量の宝石も、帆風の指揮で部下たちが次々と回収し、厳重な封印容器へと収められていく。

 

だが、首謀者を無力化できたものの、学園都市の各地では先ほどまで男がばらまいていた恐竜の残党がなおも断続的に出現していた。

 

犯人本人を確保したことで新たな大規模発生は止まったが、すでに変換されていた個体や、暴走状態のまま残っていたものがまだあちこちに潜んでいる。

 

完全な収束には、もうひと押し必要だった。

 

そんな中、結絆は宝石店前の規制線の外で、部下たちへの指示を飛ばしながら端末を確認していた。

 

その画面に、見慣れた名前が表示される。

 

「沙羅からだねえ」

 

通信を繋ぐと、端末の向こうに映った橘沙羅は、研究用の白衣のまま、どこか珍しく機嫌が良さそうだった。

 

『結絆君、ちょっと面白いことが分かったわ』

 

「面白いこと、ねえ?」

 

結絆は肩をすくめる。

 

沙羅が面白いと言う時は、だいたいロクでもないか、あるいは非常に有益な時のどちらかだ。

 

『あの男の能力、正確には、宝石に特殊な変質を起こして生物的構造を一時的に付与する技術ね。完全に再現可能とまではいかないけれど、かなり応用が利きそうよ』

 

「へえ。例えば?」

 

すると、沙羅の口元が、研究者らしい悪戯っぽい笑みに変わった。

 

『上手く調整すれば、恐竜の軍隊をこちらで制御下に置いて運用できるかもしれないわ。戦力としても使えるし......何より、ドリームの構成員たちの実戦訓練に最適ね』

 

「......あはは」

 

一瞬の沈黙の後、結絆は思わず吹き出した。

 

『なによ』

 

「いやあ、さすが沙羅だなあって思ってねえ。普通は“危険だから封印しましょう”って話になるのに、真っ先に“使える”って判断するあたりが」

 

『危険だからこそ、管理下に置くべきでしょう?敵に回るより、こちらの手札にした方が有益だもの』

 

ごく当然のように言い切る沙羅に、結絆はくすくすと笑う。

 

「うん、同感だよお。恐竜の軍隊かあ......戦闘訓練ならレグルスたちも喜びそうだねえ」

 

『ええ。特に訓練用に量産可能って点が素晴らしいわ。蜜蟻さんあたりも、面白がりそうね』

 

「絶対ノリノリになるやつだねえ」

 

結絆は端末越しの沙羅を思い浮かべながら、自然と口元に笑みを浮かべた。

 

犯人のくだらない野望から生まれた異常技術すら、こうして自分たちの力へと変えてしまう。まさにマジックシアターとドリームらしい結末だった。

 

『ただし、まずは街中の残党処理が先よ。まだ各地に反応が残ってる』

 

「そうだねえ、こっちは俺がまとめる。沙羅は解析と、当麻の様子見を頼むよお」

 

『当麻君は処置中だけど、命に別状はないわ。操祈ちゃんがずっとついてるから、むしろ過保護なくらいに守られてるわね』

 

「それはそれで、当麻が大変そうだねえ」

 

少しだけ安堵したように笑ってから、結絆は通信を切った。

 

その直後、別回線で黒子から連絡が入る。

 

『結絆さん!第七学区南側の商店街に中型個体が三体出現しましたわ!警備員が包囲しておりますが、一般人の避難がまだ完了しておりませんの!』

 

「了解だよお。初春は?」

 

『周辺監視カメラと警備システムから進路予測を出してます!このままだと二分後に商店街の交差点へ......』

 

「なら、警備員は東側へ誘導。西側は黒子が空間移動で障害物を配置して進路を絞って。一般人は北側へ逃がしてねえ」

 

『は、はい!』

 

『承知しましたの!』

 

結絆は一切迷わず指示を飛ばす。

 

「それと、愛愉は北ブロックの小型群れの制圧を。潤子は黒子達のサポートをよろしく、別部隊は草食大型種を転倒させて動きを止めてねえ。警備員は恐竜の脚部を狙って機動力を奪ってねえ」

 

次々と送られてくる情報を、結絆はまるで盤上の駒を動かすように整理していく。

 

頭上には、彼が水脈と意識共有で展開した簡易マップが立体映像のように浮かび上がり、学園都市各所の出現地点が光点となって表示されていた。

 

 

 

 第七学区南側商店街。

 

「一般人の避難を急いでください!!」

 

初春が携帯端末を片手に、警備員たちへ大声で呼びかける。

 

その横で黒子が、迫ってくる中型肉食恐竜の進路上から自転車ラックや金属看板を次々と転移させ、即席の障害物を構築していた。

 

「こちらへ来なさいな!」

 

ギャアアアッ!!

 

恐竜が咆哮し、障害物を飛び越えようとしたその瞬間

 

「今ですの!」

 

黒子のテレポートで、恐竜のすぐ足元に大型の配送コンテナが転移される。

不意を突かれた一体が足を取られて転倒し、そのまま地面を滑った。

 

「警備員さん、ネットですの!」

 

「了解!」

 

待機していた警備員たちが一斉にスタンネットを撃ち込み、転倒した個体を包み込む。

 

電撃が走り、恐竜は激しく暴れたが、すぐに動きが鈍った。

 

別の一体は店のシャッターに飛びかかったが、黒子がその前に転移し、冷や汗を浮かべながらも不敵に笑う。

 

「まったく......厄介な相手ですけれど、結絆さんのサポートがあれば問題ないですの!」

 

シュン、と姿が消えた黒子は、次の瞬間には恐竜の背後に回っており、地面に落ちていた鉄骨の破片を転移させて脚へ叩き込み、バランスを崩させる。

 

そこへ警備員の電撃槍が突き刺さり、二体目も制圧された。

 

「残り一体、交差点へ向かってます!」

 

初春の報告。

 

だが、その時にはすでに、上空から影が落ちていた。

 

「お待たせしましたわ」

 

帆風潤子が、屋上から飛び降りるようにして現れる。

着地と同時に繰り出された鋭い一撃が、最後の個体の側頭部を正確に打ち抜いた。

 

ドォン、と重い音を立てて恐竜が倒れる。

 

周囲が、一瞬静まり返った。

 

「......す、すごい......」

 

初春が思わず呟く。

帆風は優雅にスカートの裾を整え、通信機へ向かって告げた。

 

「第七学区南側、制圧完了です」

 

 

 

 一方、その頃。

 

第十学区の外れでは、蜜蟻愛愉が楽しそうに笑っていた。

 

「ふふっ、ちっちゃいのがいっぱいねぇ!」

 

小型恐竜の群れが路地裏を駆け回る中、蜜蟻はひらりと身を翻し、周囲の空気を凍らせて恐竜たちの動きを封じていく。

 

混乱した小型種たちは互いにぶつかり合い、そこへ待機していた警備員が麻酔弾を撃ち込む。

 

「はぁい、そのままおねんねしてなさあい♪」

 

 

 

 そして学園都市のあちこちで、同様の制圧が続く。

 

暴走する草食大型種は、帆風やドリームの戦闘員たちが転倒・拘束。

 

狭い路地の小型種は、黒子や警備員の連携で包囲・捕獲。

 

中型の肉食種は、結絆の分身体が空間移動で急行し、宝石へ戻すか、動きを止めて確保する。

 

結絆自身は前線を飛び回りながら、同時に全体の指揮も執っていた。

 

「橋上個体、右側へ誘導して。落とすんじゃなくて欄干ごと包んで固定だよお」

 

「地下街は照明を落として、熱源で誘導してねえ」

 

「黒子、次は西ブロック。初春のマップを見れば最短で行けるよお」

 

その声が飛ぶたびに、戦況はみるみる整理されていく。

 

恐竜たちは確かに厄介だった。

 

だが、統率者を失い、さらに結絆という圧倒的な司令塔を相手にした時点で、もはや勝ち目はなかった。

 

やがて、深夜を回る頃。

 

初春の端末に表示された最後の赤点が、静かに消えた。

 

「......結絆さん!」

 

通信越しの初春の声が、安堵で少し震えていた。

 

「全地点、反応消失です!恐竜による被害を食い止めることができました!」

 

その報告を聞いた瞬間、各所で小さな歓声が上がった。

 

警備員たちがガッツポーズをし、風紀委員たちがほっと息をつく。

 

黒子もまた、道路脇に手をついて深く息を吐いた。

 

「はぁ......ようやく、終わりましたのね......」

 

「はい......本当に、大事件でした......」

 

初春が苦笑する。

 

マジックシアターの屋上へ戻った結絆は、夜風に髪を揺らしながら、復興途中の学園都市を見下ろした。

 

先日の襲撃で傷ついた街。

 

だが、それでも灯りは消えていない。

 

人々は恐怖に怯えながらも、また明日へ向かって動き出している。

 

「......うん。これでひとまず、平和かなあ」

 

結絆がぽつりと呟く。

 

その隣に、いつの間にか帆風が立っていた。

 

「見事な指揮でした、結絆さん」

 

「ありがとう。でも、ここまで早く終わったのは、皆が頑張ってくれたからだよお。風紀委員や警備員、そして、潤子のおかげだねえ」

 

帆風の言葉に、結絆は少しだけ照れたように笑う。

 

そして、夜空を見上げた。

 

さっきまで恐竜の咆哮が響いていたはずの学園都市には、もう静かな風の音しかない。

 

恐竜事件は終わった。

 

犯人は捕らえられ、残党は全て制圧され、街には再び平穏が戻った。

 

もっとも、地下の研究エリアでは沙羅がすでに“訓練用恐竜軍団計画”に目を輝かせており、レグルスたちは「次はもっと大きいのを寄越せ」と鼻息を荒くしている。

 

そしてドリームの面々は、近いうちに恐竜相手の実戦訓練をさせられる未来がほぼ確定している。

 

それでも今だけは。

 

結絆は穏やかな笑みを浮かべ、静かに呟いた。

 

「さて......書類作業が終わったら、当麻のお見舞いにでも行こうかなあ」

 

学園都市に、平和が戻る。

 

騒がしく、けれど確かに前へ進むその夜は、こうして幕を閉じたのだった。




次回は、当麻のお見舞いの話です。
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