食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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当麻と操祈がイチャイチャする話です。


当麻のお見舞い

 結絆は、片手に紙袋を提げてマジックシアターの医療棟を歩いていた。

 

「いやあ、今回も当麻も大変だったねえ」

 

紙袋の中には、高級栄養ドリンク、食べやすく切られたフルーツ、それにゼリー飲料。

 

見舞いとしてはなかなか気の利いた内容だ。

 

「まあでも、操祈がついてるなら退屈はしなさそうかなあ」

 

そう呟いて、結絆は当麻の病室の前で立ち止まった。

 

適切な治療によって命に別状はなく、既に個室へ移されていると聞いている。

 

軽くノックしようとした、その時だった。

 

「ほら、当麻。ちゃんとお水飲まなきゃダメでしょぉ?」

 

「いや、飲むけど!飲むけど近いって、操祈!」

 

「近くしないと、またこぼしちゃいそうじゃなぁい?」

 

「うっ......そ、それはさっきたまたまで......!」

 

「ふふっ、言い訳してる時点で怪しいわねぇ」

 

扉越しに聞こえてきたのは、予想以上に甘ったるい空気だった。

 

結絆はしばし無言になる。

 

「......これは入るタイミング、ちょっと悩むねえ」

 

だが、数秒後には面白そうだと判断したらしく、結局そのままコンコンと軽くノックした。

 

「お邪魔するよお」

 

扉を開けた先にあったのは、いかにも“恋人の看病”という光景だった。

 

ベッドの上に上半身を起こした当麻。

 

左肩から左腕にかけてはしっかり固定され、まだ包帯も痛々しいが、顔色はかなり戻っている。

 

そして、そのすぐ横にぴったりと寄り添うように座っている操祈は、片手にコップを持ち、もう片方の手で当麻の背をそっと支えていた。

 

距離が近い。

 

近すぎる。

 

「あらぁ、お兄様」

 

操祈が振り返り、少し驚いたように目を瞬かせたあと、すぐにふわりと笑った。

 

「お見舞いに来てくれたのねぇ」

 

「差し入れ持ってきたよお」

 

結絆は紙袋を軽く掲げる。

 

「栄養ドリンクにフルーツ、あとゼリーが入ってるよお。沙羅からもしばらく安静って言われてるみたいだから、ちゃんと休むんだよお」

 

「悪いな、結絆。助かる......」

 

当麻が少し気まずそうに右手で頭をかく。

 

左腕が使えないぶん、いつもより動きがぎこちない。

 

その様子を見た操祈が、すぐにむっとしたように頬をふくらませた。

 

「まだ無理な動きしちゃダメって言われてるでしょぉ?」

 

「いや、これくらい」

 

「これくらい、じゃないの。左肩、かなりひどかったんだからぁ」

 

操祈はそう言いながら、当麻の枕の位置を整え、掛け布団をそっと直し、額にかかった前髪まで指先で払ってやる。

 

その一連の動作があまりにも自然で、まるで長年連れ添った夫婦のようだった。

 

結絆はその様子を見て、くすっと笑う。

 

「その様子だと、数日後には治ってそうだねえ」

 

「え?」

 

「いやあ、だってさあ。こんなに手厚く看病されてたら、回復も早そうでしょお?」

 

「なっ......!」

 

当麻の顔が一気に赤くなる。

 

操祈は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに楽しそうに口元へ指を当てた。

 

「ふふっ、そうかもしれないわねぇ。私がちゃんと面倒見てあげてるんだもの」

 

「操祈っ!」

 

「事実よねぇ?」

 

「そ、それは......そうだけど、そういう言い方をするなって!」

 

ベッドの上で慌てる当麻。

 

左腕が使えないせいで身振りも小さく、余計に狼狽えて見える。

 

結絆は楽しそうに肩を揺らした。

 

「いやあ、仲良しだねえ。見ていて微笑ましいよお」

 

「お兄様ったら、からかってるのかしらぁ?」

 

「そりゃあ、少しはねえ」

 

「もう......」

 

そう言いながらも、操祈は嫌そうではなく、むしろ少し嬉しそうに当麻の肩へ寄り添った。

 

「でもぉ、実際しばらくは私がついてないとダメなのよねぇ」

 

「......おや?」

 

結絆がわざとらしく首を傾げる。

 

当麻は嫌な予感がしたのか、顔を引きつらせた。

 

操祈はほんのり頬を赤らめながらも、どこか覚悟を決めたように言った。

 

「だってぇ、今は左腕が使えないんだもの。着替えだって大変だし......その......」

 

そこで少しだけ視線を逸らし、もじもじと指先を絡める。

 

「トイレとか、お風呂とかも......手伝ってあげないといけないでしょお?」

 

「ぶっ!?」

 

当麻が盛大にむせた。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待て!!」

 

「どうしたのよぉ?」

 

「どうしたのじゃねえよ!操祈、そんなサラッと何言ってんだ!?」

 

「だって本当のことじゃなぁい?左腕が上がらないんだから、一人じゃ不便よねぇ」

 

「それはそうだけど!そうだけど、そこは看護師さんとか色々あるだろ!?」

 

「恋人がいるのに他の人に任せるなんてぇ、もっと頼ってくれてもいいのよぉ」

 

操祈はそう言って、少し拗ねたように唇を尖らせる。

 

だがその耳までほんのり赤く染まっているあたり、本人も相当恥ずかしいのだろう。

 

「わ、私だって......その、恥ずかしくないわけじゃないのよぉ......?」

 

小さな声でそう付け足した操祈に、当麻は一瞬言葉を失う。

 

「......っ」

 

見る見るうちに、当麻の顔が耳まで真っ赤になっていく。

 

「だ、だからって......!い、いくらなんでもそれは......!」

 

「ふふっ、そんなに赤くなっちゃってぇ。可愛いわねぇ、当麻」

 

「うるせえ!」

 

完全に操祈のペースである。

 

結絆はもう堪えきれず、声を立てて笑ってしまった。

 

「あははっ!いやあ、当麻、しっかり世話してもらうんだよお?」

 

「結絆まで乗るなよ!?」

 

「だって、ここまで言ってくれる恋人なんてそうそういないよお?ありがたく甘えなきゃねえ」

 

「甘えられるか!!」

 

「えぇ?でもぉ」

 

操祈はにっこり笑いながら、そっと当麻の右手を両手で包み込んだ。

 

「私は、いっぱい甘えてほしいんだゾ☆」

 

「~~~~っ!!」

 

当麻はついに言葉にならない声を漏らし、そのまま顔を背ける。

 

だが、握られた右手を振りほどくことはしなかった。

 

結絆はそんな二人を見て、満足げに頷く。

 

「うんうん。これはもう、俺が長居するのは野暮だねえ」

 

「あらぁ、もう帰っちゃうのぉ?」

 

「さすがに恋人同士の時間を邪魔し続けるのはねえ。差し入れはそこに置いておくから、二人で仲良く食べなよお」

 

「お兄様ったら......もう」

 

操祈は少しだけ照れたように笑いながらも、当麻の手を離さない。

 

当麻はまだ真っ赤な顔のまま、うめくように言った。

 

「......結絆、お前、絶対楽しんでるだろ」

 

「もちろんだよお」

 

「即答すんな!」

 

結絆はくすくす笑いながら、病室の扉へ向かう。

 

そして、最後に振り返って二人を見た。

 

ベッドの上で赤面する当麻。

 

その隣で、そんな彼を愛おしそうに見つめる操祈。

 

事件の最中は命の危険すらあった。

 

だが、今はこうして二人がいつものように言い合い、寄り添っている。

 

その光景に、結絆は心の底から安堵していた。

 

「じゃあ、俺は行くねえ。当麻、無茶はなしだよお。操祈も程々にねえ」

 

「ほどほどって何のことかしらぁ?」

 

「おい、そこで意味深に返すな!?」

 

「ふふっ♪」

 

結絆は最後に軽く手を振ると、そのまま病室を後にした。

 

扉が閉まる直前、背後からまだ二人のやり取りが聞こえてくる。

 

「当麻、もう少しお水飲むぅ?」

 

「だ、だから近いって......!」

 

「じゃあ、今度はフルーツ食べさせてあげるわぁ」

 

「自分で食えるって!!」

 

「片手で?」

 

「うっ......!」

 

「ふふっ、素直じゃないんだからぁ」

 

廊下に出た結絆は、思わず吹き出した。

 

「いやあ......本当に仲がいいねえ」

 

そう呟きながら、彼は静かに歩き出す。

 

恐竜騒動は終わった。

 

街には平和が戻り、傷ついた者たちも少しずつ日常を取り戻していく。

 

そして、あの二人もまた、騒がしく甘ったるく、けれど確かに幸せそうに、いつもの日々へ戻っていくのだろう。

 

結絆はそんな未来を思い浮かべながら、柔らかな笑みを浮かべたまま夜の医療棟を後にした。

 

 

 

 結絆が病室を出て扉が閉まると、部屋の中にはふっと静けさが戻った。

 

......いや、正確には静かになったのは一瞬だけだった。

 

「さて、と」

 

操祈がにこりと微笑みながら、ぱんっと軽く手を打つ。

 

その声音に、当麻の背筋がぴくりと震えた。

 

「......な、何だよ」

 

操祈はベッドの横に置かれていた荷物袋へと手を伸ばし、中から当麻の着替えを取り出した。

 

病院用の前開きシャツと、ゆったりしたズボン。

 

いかにも“怪我人用”といった感じの衣類だ。

 

「そろそろ着替えの時間でしょお?」

 

「......あ」

 

当麻は間の抜けた声を漏らす。

 

そういえば、診察のあとそのまま処置や検査が続き、今もまだ簡易的な病衣のままだった。

 

そろそろ着替えたほうがいいのは確かだ。

 

......だが。

 

「いや、うん。着替えなきゃいけないのは分かる。だけどな」

 

「うんうん」

 

「何で操祈がそんな当然みたいな顔して持ってるんだ、その着替え」

 

操祈はきょとんとした顔をしたあと、くすっと笑った。

 

「だってぇ、私が手伝うからに決まってるじゃなぁい」

 

「決まってねえよ!?」

 

当麻が思わずベッドの上で身を乗り出す。

 

しかし左肩にぴりっと痛みが走り、すぐに顔をしかめた。

 

「いてっ......!」

 

「ほらぁ、無理しちゃダメって言ったでしょぉ?」

 

操祈はすぐにベッドの脇へ戻り、当麻の肩にそっと手を添える。

 

そのまま優しく背を支えながら、半ば呆れたように頬を膨らませた。

 

「もう、そんな状態で一人で着替えられるわけないじゃなぁい」

 

「い、いや、そこは何とかなるだろ。右手は使えるんだし」

 

「本気で言ってるぅ?」

 

「......た、多分」

 

「ふふっ、そのの時点でダメそうなんだけど」

 

操祈は楽しそうに笑いながら、当麻の前でシャツをひらひらさせた。

 

「はい、観念しなさぁい。」

 

「観念って何だよ!そんな犯罪者みたいに言うな!」

 

「だってぇ、当麻ったら、すっごく警戒してるんだもの」

 

「そりゃ警戒もするだろ!?恋人に着替え手伝われるって、普通にハードル高いんだからな!?」

 

「へぇ?」

 

操祈はわざとらしく首を傾げる。

 

「私は、当麻のことなら全然気にしないのにぃ」

 

「お前が気にしなくても俺が気にするんだよ!!」

 

病室に当麻の悲鳴めいた声が響く。

 

操祈はその反応が面白くてたまらないらしく、肩を震わせて笑った。

 

「ふふっ、そんなに真っ赤になっちゃってぇ」

 

「うるさい!」

 

「じゃあ、こうしましょ」

 

操祈はベッドの脇に腰を下ろし、にっこりと微笑んだ。

 

「まずは、当麻が一人でやってみる。どうしても無理そうだったら、私が手伝う。それなら文句ないわよねぇ?」

 

「......分かったよ」

 

当麻は深く息を吐くと、右手だけで病衣のボタンに手をかけた。

 

まずは上から順に外していく。

 

ここまではいい。

 

問題は脱ぐ時だ。

 

「......よし」

 

右手で襟元をつかみ、慎重に右腕側から抜く。

 

そこまではなんとかいけた。

 

だが、左腕側に差しかかった瞬間、動きが止まる。

 

「......あれ」

 

「どうしたのぉ?」

 

「いや、えっと......」

 

左腕は固定されているため、大きく動かせない。

 

服を引っ張ろうにも、腕を抜く角度が取れない。

 

無理にやれば傷に響くのは明らかだった。

 

「............」

 

「ふふっ」

 

「まだだ。まだいける」

 

当麻は必死に言い張ると、今度は体を少しひねってみる。

 

だがひねった瞬間、また左肩に痛みが走った。

 

「っっ......!」

 

「はい、ストップ」

 

操祈の声が急に真面目になる。

 

次の瞬間、彼女はすっと当麻のすぐそばに膝立ちになり、その右手をそっと押さえた。

 

「それ以上はダメ。傷に障るわぁ」

 

「で、でも......」

 

「でも、じゃない」

 

操祈は少しだけ眉を寄せながら、当麻をまっすぐ見つめる。

 

「変に意地張って悪化させたら、もっと長引くのよぉ?それでもいいの?」

 

「うっ......」

 

それを言われると弱い。

 

当麻はしばらく口をぱくぱくさせたあと、ついに観念したように肩を落とした。

 

「......分かったよ」

 

「最初からそう言えばいいのに」

 

「言えるか......!」

 

操祈はくすくす笑いながら、当麻の病衣の襟元にそっと手をかける。

 

「じゃあ、じっとしてるのよぉ。左腕に触る時はゆっくりやるから」

 

その声は、さっきまでのからかい混じりのものより、ずっと柔らかく優しかった。

 

「まず右側から外して......うん、いい子いい子」

 

「子供扱いするなって」

 

「はいはい、強がらないの」

 

そう言いながら、操祈は器用に病衣をずらし、当麻の右腕を抜く。

 

それから左腕の固定具に引っかからないよう細心の注意を払いながら、少しずつ布を滑らせていった。

 

当麻は顔を真っ赤にしたまま固まっている。

 

「......そんなに緊張しなくてもいいのにぃ」

 

「するだろ普通......!」

 

「ふふっ、可愛い」

 

「うるせえ......!」

 

ようやく上を脱がせ終えると、操祈は今度は前開きシャツを広げた。

 

「次はこれねぇ」

 

「ま、まだあるのか......」

 

「当たり前でしょお?裸のままで寝るつもりぃ?」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

再び悲鳴を上げる当麻をよそに、操祈は右腕から先に袖を通し、次に左腕側をそっと通していく。

 

やはり一人では難しかっただろう。

 

操祈の手つきは慎重で、痛みが出ないよう何度も確認しながら進めてくれた。

 

「痛くない?」

 

「......ああ、大丈夫だ」

 

「よかったぁ」

 

その一言と微笑みに、当麻は少しだけ毒気を抜かれたように黙る。

 

結局、シャツのボタンまで全部留めてもらい、下も補助されながらどうにか着替え終える頃には、当麻はもうぐったりしていた。

 

「......なあ」

 

「なぁに?」

 

「何か、戦闘より疲れた気がするんだけど......」

 

「ふふっ、当麻ったら大げさねぇ」

 

操祈はそう言いながら、満足げに仕上がりを眺める。

 

「でも、ちゃんと着替えられてよかったでしょお?」

 

「......まあ、それは」

 

「でもぉ」

 

操祈はそこで、にこぉっと意味深に笑った。

 

嫌な予感しかしない。

 

「この後は、お風呂も控えているのよねぇ」

 

「は?」

 

当麻の表情が固まる。

 

「さっきも言ったでしょぉ?左腕が使えないんだから、一人じゃ大変じゃなぁい」

 

「い、いやいやいやいや」

 

「お風呂、どうするのぉ?」

 

「看護師さん!看護師さんを呼ぼう!今すぐ!」

 

「だめよぉ♪」

 

「即答!?」

 

操祈は楽しそうに身を乗り出し、当麻の目の前で指を一本立てる。

 

「安心してぇ。拭くだけにするか、お風呂にするか、当麻の様子を見て決めるわぁ」

 

顔をひきつらせる当麻。

 

その様子を見て、操祈はとうとう声を上げて笑い出した。

 

「もう、そんなに慌てなくても、ちゃんと優しくしてあげるのにぃ」

 

「そういう問題じゃないんだよ操祈ぃぃぃ!!」

 

夜の病室に、当麻の情けない叫びが響く。

 

だが、その叫びとは裏腹に、操祈の手がそっと当麻の右手を包むと、彼はそれを振り払わなかった。

 

「......ほんと、無茶しないでよねぇ、当麻」

 

からかいの奥に滲む、心からの心配。

 

それに気づいた当麻は、赤い顔のまま少しだけ視線を逸らし、

 

「......悪かったな」

 

ぼそりとそう呟いた。

 

操祈は満足そうに微笑む。

 

「じゃあ次は、お風呂の作戦会議ねぇ」

 

「まだ続くのかよ!?」

 

「もちろんよぉ?」

 

こうして、恐竜騒動を生き延びた上条当麻の本当の試練は、どうやらここから始まるらしかった。

 

 

 

 それから、数時間後。

 

恐竜騒動の事後処理を完全に終えた結絆は、ようやく一息ついたところで、ふと思い出したように医療棟の廊下を歩いていた。

 

「さてさて、当麻は無事に生き延びてるかなあ」

 

口調こそ軽いが、実際には心配していたのだろう。

 

結絆は手に小さな紙袋を提げている。

 

今度は冷えたフルーツジュースや、追加のゼリー、それにちょっとした夜食用のサンドイッチまで入っていた。

 

「まあ、操祈がついてるなら命の危険はないだろうけど......別の意味で大変そうではあるねえ」

 

くすりと笑いながら、結絆は当麻の病室の前にたどり着いた。

 

軽くノックしようとした、その時。

 

ちょうど内側から扉が開いた。

 

「あらぁ、お兄様」

 

最初に顔を出したのは操祈だった。

 

ふわりとした淡い色の部屋着に着替え、髪も少しだけしっとりしている。

 

どうやら、ついさっきまで風呂場にいたらしい。

 

そしてその後ろから、のそのそと姿を見せた当麻を見た瞬間――結絆は思わず吹き出した。

 

「......ぶっ」

 

「何だよその反応!?」

 

そこに立っていた当麻は、確かに無事だった。

無事ではあったのだが。

 

病院用のゆったりしたパジャマ姿で、髪はまだ少し湿っている。

 

だが問題はそこではない。

 

顔が赤い。

 

耳まで赤い。

 

しかも、妙にぐったりしている。

 

まるで激戦を終えた直後のような、あるいは精神的に何かを削り取られた後のような、何とも言えない疲労感が全身から漂っていた。

 

「いやあ......」

 

結絆はにやにやしながら当麻を上から下まで眺める。

 

「しっかり世話してもらってるみたいだねえ」

 

「うっ......!」

 

当麻の肩がびくっと跳ねた。

 

その横で、操祈はにこにこと機嫌よく頷く。

 

「ええ、もちろんよぉ♪ちゃんと、すみずみまで面倒見てあげたわぁ」

 

「操祈ぃぃぃ!?」

 

「何か間違ってるぅ?」

 

「言い方!!言い方が完全に誤解を招くだろ!?」

 

当麻が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

だがその反応が、かえって色々と想像させる。

 

結絆はついに堪えきれず、声を立てて笑った。

 

「あははっ!いやあ、これはもう、当麻がげっそりしてる理由がよーく分かるねえ」

 

「分かるな!分からなくていい!」

 

「でもぉ、当麻、ちゃんと最後まで大人しくしてくれたのよぉ?」

 

「大人しくって、あの状況で暴れられるか!!左腕使えないんだぞ!?」

 

「ふふっ、でも途中から観念してたじゃなぁい」

 

「観念するしかなかったんだよ!」

 

操祈は楽しそうに当麻の右腕に軽く抱きついた。

 

その仕草だけでもう、彼女がご機嫌なのは明らかだった。

 

「当麻ったら、最初はあんなに抵抗してたのにねぇ。髪もちゃんと乾かしてあげたし、着替えも手伝ったし、お風呂でも」

 

「わーっ!わーっ!!そこから先は言うな!!」

 

当麻が慌てて右手をぶんぶん振る。

 

だが、左腕が使えないせいで迫力は半減。

 

しかも必死すぎて、余計に面白い。

 

結絆は口元を押さえながら、しばらく笑いをこらえていたが、やがてふと表情を少しだけ落ち着けた。

 

「......でも」

 

「え?」

 

「ん?」

 

当麻と操祈が同時に首を傾げる。

 

結絆は笑みを残しつつも、今度は少し真面目な目で当麻を見た。

 

「当麻、ちょっと左手貸して」

 

「え、ああ」

 

言われるまま、当麻が左手を差し出す。

 

結絆はその手首を軽くつかみ、次に左肩から左腕にかけての気配をじっと探るように視線を向けた。

 

「ふーん......」

 

「な、何だよ。そんな顔して」

 

「いやあ、思ったよりずっと治りが早いなあって」

 

結絆はぱっと手を離し、にやりと笑った。

 

「俺がさっき置いていった栄養ドリンク、予想以上に効いてるみたいだねえ」

 

「......は?」

 

当麻がぽかんとする。

 

操祈も少し驚いたように瞬きをした。

 

「え、お兄様、あの栄養ドリンクって普通のじゃないのぉ?」

 

「普通の栄養ドリンク“風”ではあるねえ」

 

結絆は悪戯っぽく片目をつぶる。

 

「沙羅に調整してもらった特製のやつで、回復促進用の栄養補助剤がかなり強めに入ってるんだよお。もちろん、人体に安全な範囲でねえ」

 

「おい待て、そんな大事なことを今さら言うなよ!?てか、前もあった展開じゃねえか!!」

 

「言わなくても飲むでしょお?」

 

「そりゃ飲むけど!」

 

当麻がツッコミを入れるが、結絆はまるで気にしない。

 

「で、実際その効果がかなり出てる。痛みもだいぶ引いてるでしょお?」

 

そう言われて、当麻は少しだけ目を見開いた。

 

「......あ」

 

確かに。

 

風呂に入る前までは、左肩を少し動かすだけでも嫌な痛みが走っていた。

 

だが今は、無理に動かせはしないものの、ズキズキとした鈍痛はかなり薄れている。

 

「そういえば......さっきより全然マシかも」

 

「でしょお?」

 

結絆は満足そうに頷いた。

 

「沙羅の治療と、俺の栄養ドリンクと、あと操祈の看病の相乗効果だねえ」

 

「私の看病が一番効いてるんじゃなぁい?」

 

操祈が楽しそうに胸を張る。

 

「それは否定しないよお」

 

「ふふっ♪」

 

「看病を通り越して試練なんだよな......」

 

当麻はげんなりした顔で呟いたが、その表情にはさっきまでより明らかに生気が戻っていた。

 

結絆はそんな当麻を見て、さらに言葉を続ける。

 

「この調子なら」

 

わざと少し間を置く。

 

「明日には腕、完治してそうだねえ」

 

「......え?」

 

一瞬、当麻が固まった。

 

「ほ、本当か!?」

 

「うん。少なくとも、今の回復速度ならかなり高い確率でねえ。朝に沙羅が最終確認するだろうけど、普通に動かせるところまで戻ると思うよお」

 

「マジか......!」

 

当麻の顔が、ぱっと明るくなる。

 

さっきまでのげっそりした様子が嘘のように、目に力が戻った。

 

「よっしゃ......!助かった......!」

 

「そんなに嬉しいのぉ?」

 

操祈が少しだけ唇を尖らせる。

 

「もっとお世話してあげてもいいのにぃ」

 

「いや、そこは治ってくれたほうが嬉しいだろ普通!?」

 

「えぇー?ちょっと残念かもぉ」

 

「残念がるな!」

 

いつもの調子で言い合う二人。

 

そのやり取りを見て、結絆はくすっと笑った。

 

「まあ、完治したらしたで、今度は普通にデートでもすればいいんじゃないかなあ」

 

「お兄様ったら♪」

 

「そ、それは......まあ......そうだな」

 

当麻が少し照れくさそうに視線を逸らす。

 

操祈はそんな彼の腕に、さらにぴったりと寄り添った。

 

「じゃあ、明日治ったら、その埋め合わせもしてもらわなきゃねぇ、当麻♪」

 

「埋め合わせって何のだよ......」

 

「ふふっ、色々よぉ?」

 

「な、なんか怖くなってきたんだが......」

 

結絆はまた笑いながら、持ってきた紙袋をベッド脇のテーブルに置いた。

 

「追加の差し入れ置いとくねえ。夜食にでもどうぞ」

 

「お、サンキュー」

 

「ありがとう、お兄様ぁ」

 

「じゃあ今度こそ、俺は本当に帰るよお。流石にこれ以上いると、また当麻が変な汗かきそうだし」

 

「すでに十分かいてるわよぉ?」

 

「もうやめてくれぇ!!」

 

病室に当麻の悲鳴が響く。

 

その声を背に、結絆は楽しそうに手をひらひら振った。

 

「じゃ、お大事にねえ。当麻、明日はちゃんと元気な顔見せてよお」

 

「ああ......!ちゃんと治すからな!」

 

「ふふっ、期待してるねえ」

 

そうして結絆は病室を後にする。

 

扉が閉まる直前、まだ中から二人のやり取りが聞こえてきた。

 

「ねぇ、当麻。腕が治る前に、もっとお世話してあげてもいいのよぉ?」

 

「だから何で追加しようとするんだよ!?」

 

「だってぇ、今しかできないもの♪」

 

「その言い方やめろぉぉぉ!!」

 

廊下に出た結絆は、とうとう吹き出した。

 

「いやあ......いつも思ってはいるけど、本当に仲良しだねえ」

 

そう呟きながら、彼は夜の医療棟を後にしたのだった。

 

 

 

 翌朝。

 

マジックシアター医療棟の個室には、朝のやわらかな陽射しが差し込んでいた。

 

窓の外には、恐竜騒動などまるで最初からなかったかのように穏やかな空が広がっている。

 

昨夜の大騒ぎが嘘のような静けさの中で、上条当麻はベッドの上でゆっくりと目を覚ました。

 

「......ん」

 

寝起きのままぼんやりと瞬きをして、まず最初に感じたのは......

 

「......あれ?」

 

痛みが、ない。

 

昨夜まで確かにあった左肩の鈍い痛み。

 

動かそうとするたびに走っていた不快感。

 

それが、綺麗さっぱり消えていた。

 

「え......?」

 

半信半疑のまま、当麻はそっと左肩をぐるりと慎重に回してみる。

 

痛まない。

 

さらに腕を持ち上げて、肘を曲げ、肩をひねり、拳を握って開く。

 

「うおっ......!」

 

完全に動く。

 

しかも違和感すらほとんどない。

 

「マジかよ......!」

 

思わず声を上げた、その瞬間。

 

「......んぅ......どうしたのぉ、当麻......?」

 

すぐ隣から、まだ少し眠たげな声が聞こえた。

 

見ると、ベッド脇に置かれた簡易ソファをくっつけて作った仮眠スペースで、操祈が薄い毛布にくるまったまま身を起こしていた。

 

どうやら昨夜は、そのまま病室で付き添っていたらしい。

 

ふわりと乱れた金髪に、寝ぼけ眼。

 

それでも十分すぎるほど可愛い。

 

「操祈......起こしたか、悪いな」

 

「ううん......それより、何かあったのぉ?」

 

操祈が目をこすりながら立ち上がり、当麻のベッドへ近づく。

 

そして、左腕が動いているのを見た瞬間

 

「えっ」

 

ぱちり、と大きな目が見開かれた。

 

「当麻......それ......」

 

「見てみろよ!」

 

当麻は子供みたいな顔で笑いながら、左腕をぶんぶんと軽く振ってみせる。

 

「もう痛くねえ!普通に動くぞ!」

 

「ほんとにぃ!?」

 

操祈は一気に眠気が吹き飛んだようで、ぱっとベッドに身を乗り出した。

 

「ちょ、ちょっと待って、無理してない?本当に痛くないのぉ?」

 

「痛くないって!ほら、ここも、こうしても――」

 

「わっ、急に動かしすぎないでぇ!」

 

操祈は慌てて当麻の左腕に触れたが、次の瞬間にはその表情をぱあっと明るくした。

 

「......ほんとみたいねぇ」

 

指先で肩の辺りをそっと確かめながら、操祈は嬉しそうに笑う。

 

「腫れもほとんど引いてる......よかったじゃなぁい!」

 

「だろ!?結絆の言ってた通りだ!」

 

「ふふっ、当麻ったら、そんなにはしゃいじゃってぇ」

 

そう言いながらも、操祈自身もかなり嬉しそうだった。

 

そのまま勢いのままに、ぎゅっと当麻へ抱きつく。

 

「お、おう......心配かけたな」

 

当麻は少し照れながらも、今度は左腕も使って、そっと操祈の背中に手を回した。

 

その瞬間、操祈がぴくっと反応する。

 

「......あ」

 

「ん?」

 

「左腕で抱き返されたの......嬉しいわぁ」

 

頬を赤らめながらそう呟く操祈に、当麻もつられて顔が熱くなる。

 

「そ、そういう言い方すんなよ......」

 

「ふふっ♪」

 

そこへ、ちょうどタイミングを見計らったように病室の扉がノックされた。

 

「おはよう、二人とも。調子はどうかなあ?」

 

入ってきたのは、もちろん結絆だった。

 

扉を開けた瞬間、抱き合っている二人を見て、結絆はにやりと笑う。

 

「朝から仲良しだねえ」

 

「なっ......!」

 

当麻が慌てて少し離れようとするが、操祈はむしろ離れるどころか、にこにこしながら当麻に抱きついたままだ。

 

「お兄様、おはよう♪」

 

「で、どうやら本当に治ったみたいだねえ」

 

「ああ!ほら見ろよ、もう普通に動く!」

 

当麻は嬉しそうに左腕を上げて見せる。

 

結絆は満足そうに頷いた。

 

「うんうん、完璧だねえ。さすが沙羅の治療と特製栄養ドリンクと、操祈の献身的な看病の合わせ技だよお」

 

その後、しばらく3人が喋っていると、再び扉が開いた。

 

「失礼するわ」

 

白衣姿の橘沙羅が、カルテを片手に病室へ入ってくる。

 

いつもの冷静な表情のまま、まずは当麻の左肩に視線を向けた。

 

「もう動かしているのね」

 

「お、おう。痛みもほとんどないぞ」

 

沙羅は、どこか安堵したように頷くと、当麻の肩や腕の可動域をいくつか確認していく。

 

「腕を上げて」

 

「こうか?」

 

「そのまま。次は肘を曲げて......いいわ。反対側へ回して」

 

簡単なチェックを終えたあと、沙羅は小さく息をついた。

 

「問題なし。傷は完全に治っているわ」

 

「よっしゃ!」

 

当麻が思わずガッツポーズをする。

 

「やったぁ♪」

 

操祈も嬉しそうに拍手する。

 

結絆もにこにこと頷いていた。

 

だが、沙羅はそんな三人を見回したあと、きっぱりと釘を刺した。

 

「ただし」

 

「......はい?」

 

当麻の顔が引きつる。

 

「傷が治ったのと、体調が万全なのは別の話よ」

 

「うっ」

 

「昨日、あなたはそれなりに出血もしているし、戦闘の負荷も大きかった。表面上は治っていても、全身の疲労はまだ抜け切っていないわ」

 

沙羅はカルテを閉じ、まっすぐ当麻を見る。

 

「だから今日は、外出禁止」

 

「ええっ!?」

 

「部屋に戻って、おとなしくしていなさい」

 

「......」

 

「暴れたり、出歩いたり、妙な事件に首を突っ込んだりは厳禁。いいわね?」

 

あまりにも的確すぎる指摘に、当麻はぐうの音も出ない。

 

「......しょ、承知致しました」

 

「よろしい」

 

その横で、操祈がぱっと花が咲いたような笑顔になる。

 

「じゃあ今日は、当麻とお部屋でゆっくりできるのねぇ♪」

 

「ちょ、何でそんな嬉しそうなんだよ」

 

「だってぇ、二人きりでのんびりできるんだもの」

 

そう言って、操祈はするりと当麻の腕に抱きつく。

 

「いっぱい甘やかしてあげるわぁ」

 

「そ、それは......まあ......」

 

「ふふっ、照れてるぅ?」

 

「うるせえ」

 

結絆はその様子を見て、肩をすくめた。

 

「いやあ、当麻。この後はお楽しみモードだねえ」

 

「お兄様、ちゃんと送り届けてくれるでしょぉ?」

 

「もちろんだよお。途中で逃げられたら困るからねえ」

 

「逃げねえよ!」

 

「本当かしらぁ?」

 

「その疑いの目は何なんだよ!?」

 

病室にまた笑い声が広がる。

 

その後、当麻は退院扱いではなく“医療棟から居住エリアへの移動”という形で、操祈と一緒に自分たちの部屋へ戻ることになった。

 

部屋に入ると、見慣れた空間が妙に落ち着く。

 

ふかふかのソファに整えられたベッド。

 

そして、カーテン越しの穏やかな昼前の光。

 

操祈は靴を脱ぐなり、くるりと振り返って笑った。

 

「さぁ、今日は一日、楽しみましょぉ、当麻♪」

 

「......何か、言い方がちょっと怖いんだけど」

 

「優しく看病するわよぉ?」

 

「昨日の流れがあるから信用しきれねえ......」

 

「ふふっ♪」

 

そう言いながら、操祈はそっと当麻の隣に座り、肩に頭を預けてきた。

 

そのぬくもりに、当麻は少しだけ目を細める。

 

「......平和だな」

 

ぽつりと漏らすと、操祈が顔を上げた。

 

「ん?」

 

「いや......昨日まであんな大騒ぎだったのにさ。こうして、お前と部屋でのんびりしてられるの、なんか......ありがたいなって」

 

当麻が少し照れくさそうに笑う。

 

操祈は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふわりと優しく微笑んだ。

 

「......そうねぇ」

 

そして、当麻の肩にもう一度頭を預けながら、小さく囁く。

 

「今日は、その平和をちゃんと噛みしめましょぉ?」

 

「......そうだな」

 

当麻はそう答え、今度は自分から操祈の肩を抱き寄せた。

 

昨日まで死線の中にいたとは思えないほど、穏やかな時間。

 

温かくて少しくすぐったくて、でも確かに幸せな平和を、上条当麻は静かに噛みしめていたのだった。




ストックがなくなってきたので、今後は更新の頻度が落ちます。
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