「......結絆さん、一つお願いがございますの」
常盤台の学生寮の中庭。
木々が心地よい風に揺れる中、白井黒子が結絆の前に立っていた。
「んん?どうしたのかなあ、黒子?」
結絆は、興味深げに黒子を見た。
「単刀直入に申し上げますわ。組手をお願いいたしますの」
黒子はきっぱりと言い放ち、結絆を見つめる。
「組手ねえ......どうしてまた?」
「結絆さんがどれほどの実力を持っているのか、試してみたくなりましてよ」
「なるほどねえ、いいけどお......後悔しないかなあ?」
「わたくしのこと、甘く見ないでくださいまし!」
黒子は宣言するやいなや、一瞬で姿を消した。
「ほう?」
結絆は目を細める。
――空間移動(テレポート)。
黒子の能力を使えば、相手の死角に一瞬で回り込み、奇襲を仕掛けることが可能だ。
どんな能力者にとっても、それは厄介な能力である......普通の相手であればだが。
「――いただきましたわ!」
背後からの奇襲。
黒子は、ドロップキックを結絆に食らわせようとする。
しかし、
「遅いねえ」
「――ッ!?」
黒子の蹴りが結絆に届く前に、その足が掴まれていた。
「そんなの、見えてるんだよお」
結絆は余裕の笑みを浮かべたまま、黒子を軽く投げる。
黒子は驚きながらもすぐに次の手を打つため、再び空間移動を発動させた。
「......ならば、どうですの!」
四方八方からの攻撃。
黒子は移動しながら針を投げつけ、あらゆる方向から結絆を狙う。
だが、
「ふむふむ、やっぱり黒子は真面目だねえ」
結絆はその全てを、最小限の動きでかわし続けた。
まるで最初から黒子の攻撃を知っていたかのように、正確に一歩ずつ動いていく。
「なっ......!」
黒子は思わず息をのむ。
テレポートを使っている自分の方が圧倒的に速いはずなのに、結絆は完全に黒子の動きを先読みしている。
「黒子お、確かにいい動きをしてるけどお......ちょっと考え方が単純すぎるかなあ?」
「なっ......!?」
「例えばねえ」
結絆はその場でぴたりと動きを止める。
黒子は好機とばかりに、次の瞬間、真正面から奇襲を仕掛けた。
しかし、
「捕まえたよお」
結絆の手が、黒子の腕を掴んでいた。
「――ッ!?」
黒子は今度こそ完全に動きを封じられ、目を見開く。
「黒子、ちょっと能力に頼りすぎだよお」
「くっ......!」
黒子は歯を食いしばりながら、空間移動で距離を取ろうとする。
だが、結絆は黒子の演算を阻害するように握る手に力を入れる。
黒子は、痛みに顔をしかめて空間移動に失敗する。
「能力を使えば、そりゃ速く動けるし、トリッキーな戦い方もできるけどお......結局、相手を上回る戦闘能力がなければ、意味がないんじゃないかなあ?」
結絆は手の力だけで黒子を軽く持ち上げ、そのまま地面にそっと下ろす。
「うう......完敗ですの......」
黒子は膝をつき、悔しそうに顔を伏せた。
「ま、でもねえ、結構いい線いってたよお? 攻撃のバリエーションは豊富だし、瞬発力もある。強いて挙げるとすれば......相手をよく見て戦うことができるようになれば、もっと強くなれるんじゃないかなあ?」
「......なるほど、精進しますの」
黒子は悔しさを滲ませながらも、結絆の言葉をしっかりと受け止めた。
そして、改めて結絆の実力を思い知るのだった。
「黒子、せっかく組手をやったんだし、いい戦い方を教えてあげるよお」
結絆はそう言って、能力を発動させる。
「いい戦い方......ですの?」
「うんうん。例えばねえ......」
結絆が軽く右手を振ると、次の瞬間、彼の姿がふっと掻き消えた。
「なっ......!?」
驚愕する黒子の後ろから、優雅な声が響く。
「ねえ、黒子?」
振り向くと、そこには確かに結絆がいた。まるで黒子の能力『空間移動(テレポート)』を使ったかのように、一瞬で背後へと回り込んでいた。
「どういうことですの......!? 結絆さんの能力は別のものでは......!」
「まあ、俺の能力は自己制御(セルフマスター)だけど、それを使えば空間移動も再現できるんだよねえ。木山と戦った時にも見せたけどお、これは学園都市の禁忌に触れるものだから内緒にしといてほしいねえ。」
学園都市でも実現不可能と言われている多重能力(デュアルスキル)を、結絆は再現することができる。
結絆は軽く微笑みながら、今度は黒子の正面に再び現れた。
「簡単に言うと、自身の脳の構造を変えてAIM拡散力場を変化させてるんだけどねえ」
黒子は言葉を失っていた。
彼女の能力『空間移動』は学園都市でも希少なものとされており、その応用力は抜群に高い。
しかし、今の結絆の動きは、それと遜色ないどころか、むしろそれ以上の精度を持っていた。
「空間移動の能力者は、相手の視界を利用した奇襲が強みだけどお......実はそれに頼りすぎると、すぐに対策されちゃうんだよねえ」
結絆は黒子に向かって指を立てる。
「大事なのは、空間移動をどう戦いに組み込むか。例えば、こんな感じかなあ?」
結絆が再び能力を発動させる。
今度は、黒子の真上に、被っていた帽子を移動させる。
黒子は、咄嗟に上を見る。
「普通の相手なら、上を見るよねえ。でもお、その瞬間に次の移動を仕掛ければ......」
次の瞬間、結絆の姿が掻き消えた。
そして、黒子の背後から声がする。
「こうやって相手の認識をずらして、反応を遅らせることができるよお」
黒子の首元には、結絆の指が当てられていた。
黒子は息をのんだ。
結絆はまるで、黒子の能力を完全に理解しているかのように、彼女の理想的な立ち回りを実践してみせたのだ。
「空間移動は、ただの移動手段じゃないんだよお。心理戦と組み合わせれば、もっと強くなれる」
「......なるほど、勉強になりますの」
黒子は真剣な表情でうなずいた。
今まで彼女は、自身の能力を使いこなせていると思っていた。
しかし、結絆のように応用を考えれば、まだまだ伸びしろがあることを痛感した。
「それにねえ、黒子」
結絆は空間移動を使い、黒子の前に立つ。
「学園都市にはねえ、黒子よりも広範囲に、より多くのものを移動させられる能力者もいるんだよお」
結絆は、ショタコンの女を頭に思い浮かべながら、そう話す。
「......!」
黒子は思わず息をのんだ。
「例えばねえ、『物質転送』系の能力を極めたやつなら、一度に数百キロ先に大量の物資を送ることもできるし、理論上は都市ごと転移させることも可能かもしれないよお?」
「......そんなこと、可能なんですの?」
「可能だねえ。俺の情報網で得た限りだと、学園都市の深部ではすでにそれに近い研究がされてるみたいだよお」
暗部組織の一つである『アイテム』のリーダーの能力を使えばそのようなことができるということを、結絆は知っている。
黒子は思わず背筋を伸ばした。
自分の能力が特別だと思っていたが、学園都市にはさらに規格外の能力者が存在するのだ。
「ま、焦らなくてもいいよお。黒子は黒子らしく、まずは自分の能力の可能性をもっと追求すればいいんじゃないかなあ?能力と身体能力を鍛えれば、まだまだ強くなれるよお」
結絆は優しく微笑みながら、黒子の頭をぽんぽんと叩いた。
「......はい、本当にためになりましたわ!」
黒子はその手を払いのけることなく、静かに決意を固めた。
ある日の午後、学園都市では風紀委員(ジャッジメント)と警備員(アンチスキル)の合同訓練が行われることになった。
そして、その臨時講師として食蜂結絆が招かれることとなった。
「まさか、俺が推薦されるとはねえ。」
訓練場へ向かう道すがら、結絆は黒子にそう言いながら肩をすくめた。
黒子は得意げな表情で答える。
「ええ、私、以前の組手であなたの実力を改めて実感しましたの。それに、あなたほど適任な人材は他におりませんわよ。」
黒子の言葉に、結絆は苦笑しながらも「まあ、面白そうだし、いいけどねえ」と了承し、訓練場へと足を進めた。
合同訓練には、風紀委員と警備員のメンバーが数十人集まっていた。
彼らの前に立つと、結絆は軽く手を挙げて自己紹介を始める。
「はいはい、臨時講師の食蜂結絆だよお。今日は、相手を安全に制圧し、捕獲する方法について教えるから、しっかりついてきてねえ。」
最初に結絆が見せたのは、最低限の動きで相手の攻撃を無力化する技術だった。
徒手格闘の基本を押さえつつ、急所を避けて制圧する方法を実演していく。
「まずは、相手の動きを見極めることが大事だねえ。無理に力でねじ伏せると、こちらもケガするし、相手に余計なダメージを与えちゃうからねえ。」
続いて、風紀委員や警備員たちに実際に技を試させる。
結絆は彼らの動きを見て、一人一人に適切なアドバイスを送った。
訓練の後半では、模擬戦形式での実践訓練を行うことになった。
風紀委員と警備員がペアを組み、結絆が犯人役となって逃げ回る。
「さて、俺を捕まえてごらん?」
結絆は軽やかな動きで彼らの包囲網を突破し、逆に制圧する場面もあった。
だが、その都度技のポイントを説明し、どうすれば効率的に捕獲できるのかを丁寧に指導していく。
訓練が終わるころには、参加者たちはかなりの上達を見せていた。
黒子も満足げに頷きながら、「いい感じですわね」とつぶやいた。
「まあ、こんな感じでいいかなあ。」
結絆は最後に軽くストレッチをしながら言い、合同訓練は成功に終わったのだった。
訓練が終わった後、警備員の一人であり、結絆や当麻の通う高校の教師でもある黄泉川愛穂が結絆に歩み寄った。
「いやー、今日の訓練は本当に助かったじゃん。風紀委員も警備員も、実戦的な技術を学べたみたいだし、感謝してるじゃん。」
「まあ、黄泉川先生にはお世話になってるからねえ。俺にできることなら何でもやるよお。それと、俺を推薦したのは黒子だから、彼女にもお礼を言っておいてもらえると嬉しいよお。」
結絆は肩をすくめながら黒子の方を指さした。
黄泉川は「あいつは人を見る目があるじゃん」と呟き、満足げな表情を浮かべる。
「それにしても、お前、やっぱり凄いじゃん。あの動きを見て、改めて実感したよ。実力もそうだけど、指導の仕方も上手いじゃん。」
「ふふっ、俺の能力は自己制御(セルフマスター)だからねえ。指導だって最適な方法を考えながらやってるのさあ。」
結絆は冗談を交えつつ、軽く笑いながら答えた。
黄泉川は感心したように頷きつつ、「これからも機会があったら、また頼むじゃん」と言い、結絆も「まあ、その時はよろしく頼むよお」と軽く手を振って応じるのだった。
結絆が訓練を終えた後、黒子と共にファミレスへと足を運んだ。
二人は窓際の席に座り、それぞれ飲み物を注文した。
「本日は本当にありがとうございましたの。組手の件も、訓練の臨時講師も、感謝してもしきれませんわ。」
黒子は真剣な表情で頭を下げた。
「別にいいよお。黒子が頼んできたんだし、俺にできることなら協力するよお。」
結絆はストローをくわえながら、黒子の感謝の言葉に軽く応えた。
黒子は満足そうに頷くと、目の前のドリンクに口をつけた。
「ですが......やはり貴方はすごいですの。組手の際も、訓練の時も、余裕たっぷりでしたわね。」
「まあねえ。俺の能力なら、動きを先読みするのはたやすいし、何より経験が違うからねえ。」
結絆は微笑を浮かべながら、グラスの氷をかき混ぜる。
「それにしても、黒子の動きもなかなか良かったよお。しっかり鍛えてるみたいだねえ。」
「当然ですわ。私は風紀委員として、常に鍛錬を怠りませんの。」
黒子は胸を張って自信満々に言う。
結絆はその様子を見てクスリと笑った。
「これからも鍛えて、もっと強くなることだねえ。そうすれば、いざという時に大切な人を守れるはずだよお。」
その言葉に、黒子は真剣な表情になった。
「......ええ、そうですわね。守りたいものを守るために、私はもっと強くならなくてはいけませんの。」
二人の会話は続き、気づけばすっかり時間が経っていた。
こうして、結絆と黒子の交流はさらに深まっていくのだった。
今回は、結絆と黒子の絡みを書いてみました。
結絆の戦闘能力は、やはり高いですね。
次は、妹達編......ではなく、結絆と一方通行の絡みを書こうと思います。