元春の見立てによれば、御使堕しの発動地点は当麻の実家のようである。
結絆達は当麻の実家に到着すると、すぐに周囲の様子を探り始めた。
表向きはどこにでもあるような住宅だが、魔術的な異常があるとすれば、それは目に見えない部分にあるはずだった。
「ふぅん......外を見た感じは、特に変な雰囲気はないみたいだけどぉ?どこかに特異力があるのかしらぁ?」
操祈は玄関をくぐりながら言った。
「パッと見でわかるようなら楽なんだけどにゃー」
元春は腕を組み、屋内に足を踏み入れると、部屋の奥を見回した。
「......さてと、まずはこいつを使わせてもらうぜ」
そう言って、彼は懐から羅盤(らばん)を取り出した。
それは風水で方角や気の流れを測る道具であり、魔術師である彼にとっては重要なアイテムだった。
「お前、本当に風水博士だったのか......?」
当麻が半信半疑で呟くと、元春は苦笑しながら頷いた。
過去に元春は当麻を占ったことが何度かあったが、全て悪い結果になっていたのは余談である。
「まぁな。俺はただの魔術師じゃない。陰陽師としては最高位の陰陽博士なんだぜい」
元春は羅盤を慎重に回しながら、家の中を歩き回る。
そして、ある一点で立ち止まった。
「......やっぱりな。この家は完全に『御使堕し』の発動地点だ」
「うそだろ......」
当麻が驚きの表情を浮かべる。
「ここの土地の"気"が不自然に歪んでる。通常、風水的にバランスが取れた家ならば、気の流れは穏やかで均等なはずだが......ここは違う。明らかにどこか一点に力が集中し、その影響で家全体が異常な気配を放っている」
元春は真剣な眼差しで説明した。
「つまり、この家のどこかに術式の核があるってことぉ?」
操祈が興味深そうに尋ねると、元春は頷いた。
「おそらくな。その"核"が何なのかはまだわからねぇが......」
そのとき、当麻が部屋の隅に置かれていた古びた置物に手を伸ばした。
「......この置物、まだ置いてあったのか!懐かしいな」
「待ちなよお、当麻」
結絆が鋭い声で当麻の手を止めた。
「......え?」
「嫌な予感がするねえ。無闇に触らないほうがいいんじゃないかい?」
結絆はじっと置物を見つめる。
そこには、どこかの部族を模した古い陶器の置物が鎮座していた。
一見するとただの置物だが、結絆の直感が警鐘を鳴らしていた。
「結絆......何かわかったのか?」
当麻が戸惑いながら尋ねる。
「はっきりとは言えないけどねえ、その置物......何か"支え"になってる感じがするんだよねえ」
「支え?」
「この家全体が歪んだ気を放ってるって、元春が言ってたよねえ? でも、その中でこの置物だけ、何か"特別な役割"があるように思えるんだよお」
結絆は慎重に距離を取りながら、置物を観察した。
「......そうだな、これは、結界の"錨"の役割を果たしてる可能性がある」
元春も結絆の言葉に同意するように頷いた。
「もしそうなら、これが御使堕しの発動のキーになってるかもしれないねえ」
「じゃあ、ぶっ壊せばいいのか?」
当麻が拳を握りしめるが、結絆は首を振る。
「下手に壊すと逆に何が起こるかわからないねえ。とりあえず、もう少し調べたほうがよさそうだよお」
「だな。ここが発動地点であることは間違いねぇ。慎重に対処したほうがいいぜよ」
元春の言葉に、当麻達は頷いた。
こうして、結絆達は御使堕しの謎を解明すべく、更なる調査を進めることになった。
当麻の実家の一室で、結絆達は慎重に状況を整理していた。
元春は風水の観点から「御使堕し」の影響について説明しながら、羅盤を手にしたまま厳しい表情を浮かべていた。
「ひとつ、確定したことがある」
元春は皆の視線を集めるように言った。
「さっきイギリスから仕入れた情報だが御使堕しを発動した術者自身は、他人の見た目に変わらないらしい。」
その言葉に、当麻が驚いたように顔を上げた。
「え、どういうことだ?」
「簡単な話だ。この術式は、世界全体を巻き込んだ椅子取りゲームみたいなもんだが、唯一、発動者本人はその影響を受けない。だから、術者だけは見た目が変わらず、術がかかった他人が入れ替わるってわけだな」
元春の説明を聞いて、結絆は少し考え込んだ。
そして、ゆっくりと顔を上げると、鋭い視線を当麻へと向けた。
「......ねえ、当麻?」
「え? なんだよ?」
「俺達がこの一日で会ってきた人の中で、見た目が変わってないのは、俺と当麻と操祈、そして刀夜さんだけだよねえ?」
その場が一瞬静まり返る。
「まさか......?」
当麻も、自分の考えが追いつくより先に、ある可能性を察していた。
「そう。御使堕しの術者は、おそらく当麻のお父さんである、上条刀夜さんだよお」
結絆の言葉に、皆の表情が険しくなる。
「いや、そんな......父さんが魔術なんて扱うわけが......!」
当麻は混乱した様子で否定しようとするが、元春が冷静に続ける。
「本人が魔術師じゃなくても、何らかの方法で術式を発動させることは可能だ。例えば、偶然にも術式の発動条件を満たしてしまった場合、とかな」
「偶然......?」
操祈が眉をひそめる。
「そうなってくると、そもそも御使堕しが意図的に発動されたものかどうかも怪しいってことになるねえ」
結絆もまた、元春の考えに同意するように頷いた。
「その通りだ。俺が調べた限り、この術式は発動条件が異常に厳しい。例えば、特定の地点に特定のアイテムを置くとか、特定の天候や環境が整うとか、そういった細かい条件が重ならないと発動しないはずだ」
「......まるで、天文学的な確率で起こったって感じか?」
当麻が半ば呆れたように言うと、元春は苦い顔で頷いた。
「まぁ、そんな感じだな。だが、問題はそこじゃない」
元春の声がさらに低くなる。
「偶然、御使堕しが発動したってことはだな......もし、ほんの少し条件が違っていたら、御使堕しじゃなくて"別の術式"が発動していた可能性があるんだ」
「......別の術式?」
操祈が怪訝そうに首を傾げると、元春は深く息を吐き出した。
「......考えてみろ。これほど大規模な現象を引き起こす術式が、単なる"入れ替わり"で済んでるってのが逆に異常なんだよ。もしも、ここに設置されていた"術式の核"が違う効果を持っていたら......例えば、日本中を壊滅させるレベルの地震を起こす術式だったら?」
「......っ!」
「あるいは、全国の火山を一斉に噴火させる術式だったら?」
一同の顔が凍りつく。
「そうなったら、もう学園都市どころか、この国ごと終わってたかもしれねぇな」
元春の言葉は重く、誰もすぐに反応することができなかった。
「......つまり、今回の御使堕しは、偶然発動したものでありながら、最悪の事態は回避できたってことかい?」
結絆が慎重に言葉を選びながら尋ねると、元春はゆっくりと頷いた。
「そうだ。だが、まだ油断はできねぇ。この家のどこかに、他にも術式の核となるものがあるかもしれない。俺達はそれらを探し出し、解除する必要がある」
結絆は静かに息を吐くと、当麻の方を見た。
「当麻......君の家は、思ってたよりずっとヤバいことになってるみたいだねえ」
「......はぁ。マジで勘弁してくれよ......」
当麻は頭を抱えながらも、諦めたように頷いた。
「よし、それじゃあ探索を続けるか」
こうして、結絆達は「御使堕し」の核を見つけ出すため、さらなる調査を開始するのだった——。
探索を続けていた結絆達の耳に、突如として奇怪な音が響き渡った。
「今の音......?」
当麻が周囲を警戒する中、結絆は直感的にただならぬ気配を感じ、原典の力を用いて空間を捻じ曲げ、外の様子を視認した。
そこには、禍々しいオーラをまとった存在が浮遊していた。
「天使......いや、これは違うなぁ」
人間の想像する天使とはかけ離れた異形の姿。
翼は黒いが身体は白く、ひたすら周囲の空間を歪ませている。
その存在が現れた瞬間、周囲の空気が弾けるような圧力を帯び、あたり一面が夜になった。
「まさか、御使堕しの影響でこんなモノが現れるとはな......」
元春が舌打ちしながら後退する。
天使のような存在は、まるで世界そのものを拒絶するかのように手をかざし、異常な重圧を放ち始めた。
「くっ......!」
結絆は即座に原典の力を発動させる。
空間の座標を調整し、自らの身体を圧迫する力場を無効化。
そして、次の瞬間には百メートル先の天使の背後に瞬間移動した。
「さて、どこまで通じるかねえ?」
結絆は、異世界の金属で作った銃を取り出し、魔術式によるエネルギー弾を放つ。
しかし、天使の周囲には不可視の障壁が存在し、弾丸は弾かれた。
「チッ、やっぱり簡単にはいかないねえ」
だが、結絆の手は止まらない。
次に空間そのものを歪める術を発動し、天使のいる座標を強制的に書き換えようとする。
しかし、相手もそれを察知し、空間の裂け目を瞬時に修復。
まるで次元そのものを支配しているかのような挙動だった。
「これは......厄介だねえ」
結絆が状況を分析する中、当麻が駆け寄る。
「結絆! アイツ、俺の右手で何とかできるかもしれねえ!」
「やるしかないか......頼んだよお、当麻!」
結絆はすぐに、当麻を天使の目の前にぶん投げた。
「うおっ!? 急に飛ばすなよ!」
「ごちゃごちゃ言ってる暇はないでしょお?」
当麻は驚きながらも、右手を振りかざし、天使のオーラに触れた。
すると、空間の歪みが弾けるように霧散し、天使の姿がわずかに揺らいだ。
しかしすぐに元に戻ってしまう。
「効いてるのか!?」
「いや......まだだ!」
天使は再び強烈な衝撃波を放つ。
だが、その瞬間には結絆がすでに動いていた。
原典の力を使い、天使の攻撃が届く寸前で空間を歪ませて、当麻と元春を後方へ退避させる。
「まさかここまでの相手とは、これは、油断できないねえ......!」
結絆は気を引き締め、さらに原典の知識を駆使して戦闘を続ける。
天使との激闘の幕は、今まさに切って落とされたのだった。
戦いが続く中......
結絆は荒れ狂う攻撃を避けながら、目の前に立ちはだかる異形の天使を睨みつけた。
その禍々しいオーラは相変わらず強大で、いくら攻撃を加えても決定打にはならない。
操祈が能力で意識を撹乱しようとしても、相手は精神の概念すら超越しているのか、まるで効果がなかった。
「......本当に厄介だねえ」
結絆は、血が出ている唇を舐め、すぐに次の策を巡らせた。
いくら攻撃しても再生するなら、発生源そのものを断つしかない。
そう考えた瞬間、背後から土御門元春の声が響いた。
「結絆! オレが御使堕しの発生源をぶっ壊す! 時間を稼げるか?」
「言われるまでもないねえ。頼んだよお、元春」
結絆は右手を上げると、原典の力を行使する。
彼の周囲に歪んだ空間が広がり、黄金に輝く魔法陣が浮かび上がった。
その瞬間、結絆の前に幾つもの黒い裂け目が開き、そこから未知の金属片が大量に出現する。
「さあ、遊ぼうか――」
結絆が指を鳴らすと、金属片が一斉に天使へと飛び掛かる。
しかし、天使は羽を広げると水の刃でそれを粉砕する。
まるでこちらの手の内をすべて見透かしているかのようだった。
「なら、もっと派手にいくよお!」
結絆は手をかざし、原典の力を更に解放する。
彼の足元に新たな魔法陣が浮かび上がると、次の瞬間には重力場が発生し、天使の動きを強制的に押さえつけた。
しかし、天使はすぐにそれを振りほどき、猛然と突進してくる。
(クソ......やっぱりしぶといねえ!)
天使の攻撃が振り下ろされる直前、結絆は驚異的な身体能力でそれを避ける。
しかし、徐々に押され始めていた。
一方、元春は御使堕しの発生源である当麻の実家の前に立っていた。
「しょうがないとはいっても、カミやん達には悪いことをしてしまうぜよ......」
彼はすでに術式を準備していた。
通常、能力者が魔術を使えば、身体に致命的な負担がかかる。
だが、それを承知の上でやるしかない。
「――『赤の式』ッ!!」
元春の近くから強大な力が放たれると同時に、家の基礎部分が揺れ始める。
次の瞬間、周囲に張り巡らされていた目に見えない力場が破壊され、建物が一気に崩壊し始めた。
「がッ......!」
術式の反動が元春の身体を襲う。
血を吐きながらも、彼は最後の一撃として再び魔力を込める。
すると、家全体が完全に消滅し、それと同時に天使が苦しむように叫び声を上げる。
しばらくして、天使の姿が消えると、空は晴れ渡り、異常現象もすべて収束していた。
結絆は、すぐに元春の元へ駆け寄った。
彼の身体はすでに限界で、全身から血を流しながら意識を失いかけている。
「......無茶しすぎだよお、元春」
結絆は静かに呟くと、手を元春の胸元にかざす。すると、原典の力が発動し、金色の輝きが彼の身体を包み込んだ。
「時間よ、巻き戻れ――」
その瞬間、元春の体に残るダメージがどんどん消えていく。
弾けた血管は元に戻り、体内の損傷も修復されていった。
やがて、元春はゆっくりと目を開けた。
「......結絆?そうか、うまくいったんだな」
「おかえり、元春。今度は自分の身体を大事にしなよ?」
元春は苦笑しながら起き上がると、結絆の肩をポンと叩いた。
「......世話焼きがすぎるぜ、お前は」
天使の消滅と御使堕しの終焉。
全世界を巻き込んだ事件は無事、解決できたのだった。
なんとか結絆達は、御使堕しを止めることができました。
流石の結絆でも、まだ天使を倒すことはできませんね。
次回で、御使堕し編はおしまいです。