ポーカーの勝負は、結絆の勝利に終わった。
「う......嘘......」
「これで勝負あり、だねえ」
結絆は微笑みながら、テーブルにカードを置いた。
しかし、その瞬間——。
「......ふざけないで!」
エスメラルダが叫び、手元のトランプを宙に放り投げた。
次の瞬間、カードは空中で煌めき、鋭利な刃のような光を帯びながら結絆へと飛んでいく。
「負けるわけない!私の魔術が、こんなことで否定されるはずがないのよ!」
彼女の叫びとともに、無数のカードが結絆へと襲いかかった。
——ヒュンッ!
カードの一枚一枚が空気を切り裂き、壁に突き刺さるほどの鋭さを持っていた。
だが、結絆は微動だにせず、その場に立ち続けた。
顔にかすり傷ひとつつかない。
「......な、なんで......!?」
エスメラルダは目を見開く。
今の魔術は、普通の人間であれば防ぐことはおろか、掠っただけでも深い傷を負うようなものだった。
しかし、結絆はまるで何も感じていないかのように、悠然と佇んでいる。
「本当に俺に勝てると思ったのかい?」
結絆がゆっくりと一歩前に踏み出す。
その一歩だけで、エスメラルダは息をのんだ。
背筋が凍るような感覚。
まるで、絶対に勝てない相手を前にした時の本能的な恐怖。
——ゾクリ。
エスメラルダは震えた。
「......う、嘘よ......こんなの、嘘よ!」
彼女は再びカードを操り、今度はさらなる魔術を込めて放つ。
「これならっ!?《エース・オブ・デストラクション》!」
彼女の手の中で、エースのカードが燃え上がり、強烈な爆発を伴いながら結絆へと飛んでいく。
——ドォンッ!!
轟音とともに、爆発の煙が広がる。
しかし——。
「おーおー、派手だねえ」
煙の中から、結絆の声が響いた。
煙が晴れると、そこには傷ひとつない結絆が立っていた。
エスメラルダの顔から血の気が引く。
「な、なんで......!?」
「うーん、なんでだろうねえ? でも、こういうのって力の差って言うんじゃないかい?」
結絆は首を傾げながら、軽く手を振る。
「俺はねえ、ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷つかないんだよお。さっきの爆発なんて、そよ風みたいなものだからねえ」
「そ......そよ風......?」
エスメラルダの膝が震え始める。
「魔術ってのは、確かに便利だし、強力な技もある。でもねえ......」
結絆はゆっくりと彼女の前に歩み寄り、その瞳を覗き込む。
「自分の力を過信しすぎると、足をすくわれるもんだよお」
エスメラルダは何も言えず、ただ震えることしかできなかった。
勝負は、もうとっくに決まっていたのだ。
エスメラルダは、まだ震えながらも、ゆっくりと息を吐き出した。
「......私の、負けよ」
彼女の声には、敗北を認めた悔しさがにじんでいた。
「正々堂々と勝負していれば、違った結果になったかもしれないよお」
結絆は軽く肩をすくめながらそう言って、微笑んだ。
「さて、俺の言うことを聞いてもらうよお。まずは、これからドリームの構成員の身の回りの世話をしてもらおうかねえ」
「......世話?」
エスメラルダが顔を上げると、結絆はニヤリと笑った。
「まあ、みんな優秀だけどねえ、君みたいな"優秀な"マジシャンなら、色々と役に立つんじゃないかい?」
「......くっ......」
エスメラルダは唇を噛みしめたが、反論はしなかった。
「それと——」
結絆の声が一段と低くなる。
「君がいた魔術結社について、詳しく教えてもらおうか」
その言葉に、エスメラルダの表情が一瞬で強張った。
「......それを、話したら......私は......」
「大丈夫だよお、君だけは生かしておいてあげる。追手も全部消すからねえ。ただ、俺に情報を渡してもらうだけでいい」
結絆の目が鋭く光る。
エスメラルダはしばらく迷った後、諦めたように溜め息をついた。
「......わかったわ。話すわよ......」
彼女はゆっくりと語り始めた。
彼女が所属していた魔術結社——《水鏡の教団》。
その名の通り、水を操る魔術に長けた結社であり、学園都市の技術を狙い、密かにスパイを送り込んでいたという。
「拠点はどこにあるのかい?」
「......フランスの、とある湖のほとりよ。魔術を隠す結界が張られているけど......座標を教えるわ」
エスメラルダは、細かい座標を伝えた。
結絆は静かにそれを聞き、ゆっくりと目を閉じる。
「......なるほどねえ」
次の瞬間——。
結絆の周囲に、淡い光が揺らめいた。
エルンストから貰った《水の原典》の力が発動する。
空間がねじれ、水の奔流が呼び寄せられる。
「......何を......?」
エスメラルダは息をのんだ。
結絆は片手を軽く振るうと、遥か彼方の地——魔術結社《水鏡の教団》が存在するその土地へと、大洪水が押し寄せていくのを感じ取る。
「——これで終わりだねえ」
フランスの湖のほとり。
突如として、天から凄まじい水流が降り注ぎ、湖が決壊するほどの洪水が発生した。
魔術結社の拠点は、一瞬のうちに濁流に飲み込まれ、跡形もなく消えていく。
エスメラルダは、震えながら結絆を見た。
「......あなた、何を......したの......?」
「ちょっとお仕置きをしただけだよお」
結絆は微笑んだ。
「これで、君のいた魔術結社はなくなったわけだけど......どうする? ドリームで新しい居場所を見つけるのも悪くないんじゃないかい?」
エスメラルダは呆然としながら、結絆を見つめ続けた。
彼の力の前では、どんな魔術も、どんな組織も無意味だった。
——この男には、逆らえない。
それを理解した瞬間、彼女の中にあった抵抗心は完全に砕かれた。
「......わかったわよ。従うわ」
彼女の声には、先ほどまでの気高さはなかった。
結絆は満足そうに頷いた。
「よし、これからよろしくねえ」
こうして、エスメラルダは完全に結絆の支配下に置かれることになったのだった。
エスメラルダは深いため息をつきながら、結絆の部屋の掃除をしていた。
「まさか、こんなことになるなんてね......」
最初は学園都市にスパイとして潜入し、ドリームを調査するはずだった。
しかし今では、そのドリームのリーダーである食蜂結絆や他の構成員の身の回りの世話をする羽目になっている。
「それにしても、どうしてこんなに散らかってるのよ......」
結絆の部屋は意外にも本や書類が多く、整然としているわけではないが、それなりに生活感があった。
「やっぱり、暗部組織のリーダーともなると、色々と忙しいんでしょうね」
ぼやきながら掃除を進めるうちに、扉が開いた。
「おやおや、仕事熱心だねえ」
結絆が微笑みながら部屋に入ってきた。
「当然よ。あなたに従うって決めたんだから、手を抜くわけにはいかないでしょ」
「いい心がけだねえ。君は頑張ってくれてるみたいだし、ちょっと気分転換にでも行こうかあ」
「気分転換?」
「そう、マジックシアターの上にある動物園を案内してあげるよお」
エスメラルダは驚いたように結絆を見た。
「動物園?」
「そうだよお。うちの組織には、ちょっと変わった連中がいるからねえ」
結絆に連れられ、エスメラルダは動物園へと向かった。
そこには、普通の動物園では到底見られないような、珍しい動物が数多く飼育されていた。
勿論、ゾウやウマやウシやナマケモノのような、普通の動物も数多く飼育されている。
「すごい......。これ、本当に動物園なの?」
「まあねえ。特にこいつは、見ものだよお」
結絆が指さした先にいたのは——。
「......えっ?」
広大なスペースの中にいたのは、威圧感のある巨大なトラだった。
しかし、その体にはどこか異様な気配が漂っている。
「こいつはレグルス。天衣装着(ランペイジドレス)を使うトラだよお」
「超能力......? そんなの、動物が使えるはずないじゃない!」
「普通ならねえ。でもこいつは違うよお」
結絆がレグルスに合図を出すと、レグルスの体が輝きを放ち、周囲の空気が変わった。
「な、なに......!?」
エスメラルダは思わず後ずさる。
まるで、トラが戦士へと変貌したかのような圧倒的な存在感。
「レグルスはドリームの大事なメンバーの一員だよお。君も仲良くしておくといいんじゃないかい?」
結絆が笑いながら言う。
エスメラルダは目を見開きながら、目の前の獣をじっと見つめていた。
「......私、本当にとんでもないところに来ちゃったのね......」
エスメラルダは、動物園から戻った後も、レグルスの威圧感に驚きを隠せなかった。
「......結絆って、一体何者なのかしら」
元々はスパイとして送り込まれたはずの彼女だったが、今ではその目的すら曖昧になっている。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えたまま歩いていると、ある女性と鉢合わせた。
「まあ? あなたは最近ドリームに加わったエスメラルダさんですね?」
柔らかな微笑みと共に、帆風潤子が声をかけてきた。
「ああ、あなたは......確か、帆風潤子さん?」
「はい、結絆さんとは長い付き合いですよ。」
エスメラルダは少し警戒しながらも、興味があった質問をぶつけてみた。
「......ねえ、あなたから見て、食蜂結絆ってどんな人なの?」
その問いに、帆風は目を輝かせながら答えた。
「結絆さんは、とても素晴らしいお方です!」
「......素晴らしい?」
「ええ! まず第一に、結絆さんは、とても強いです。どんな敵でも怯まず、正面から堂々と立ち向かう凄い人なんですよ。」
確かに、エスメラルダ自身も結絆と戦い、その圧倒的な実力を目の当たりにしていた。
「......まあ、それは認めるわ」
「それだけではないですよ。結絆さんは、とても優しいお方です。仲間を大切にしていて、どんな小さなことでも見逃さずに気にかけてくれます」
帆風は微笑みながら続ける。
「以前に私が落ち込んでいた時も、何も言わずに美味しいクレープを一緒に食べに連れて行ってくれたりしました。ふふっ、結絆さんについて話し出すと、やっぱり長くなっちゃいますね。」
エスメラルダは驚いた。
確かに、結絆は戦いの最中でも余裕を崩さず、飄々とした態度を取る。
しかし、それが単なる強者の余裕ではなく、仲間を気遣う一面から来ているのだとしたら......
「......そんなにすごい人なのかしらね」
心の中で抱えていた結絆への評価が、少しずつ変わっていくのを感じながら、エスメラルダは小さく息をついた。
夜の学園都市。
薄暗い路地裏で、エスメラルダは息を切らしながら背後を振り返った。
「くそっ......しつこいわね......!」
彼女を追い詰めているのは、別の暗部組織の構成員達。
黒ずくめの装束に身を包み、無機質な視線を向けてくる。
「学園都市外のスパイ風情が......我々に尻尾を掴まれた時点で終わりだ」
冷酷な声とともに、男達は包囲を狭めてくる。
エスメラルダは震える手でトランプを構えたが、息が上がり、指先に力が入らない。
彼女はすでに何度も攻撃を受け、体力も限界に近かった。
「......もう、ダメかも」
笑みを浮かべながらも、心の中では絶望が広がる。
目の前に迫る敵、逃げ場はない。
死がすぐそこまで迫っている——。
「おやおや、ずいぶんと楽しそうじゃないかい?」
突然、夜の静寂を破る軽やかな声が響いた。
次の瞬間、暗部の構成員の一人が吹き飛ばされ、壁のシミになる。
「なっ......!?」
エスメラルダが目を向けると、そこには余裕の表情を浮かべた結絆が立っていた。
その背後には、帆風潤子、警策看取、弓箭入鹿の姿もある。
「エスメラルダ、遅れてごめんねえ」
彼の飄々とした態度に、エスメラルダは思わず目を見開いた。
「......なんで、助けに来てくれたの?」
「仲間を見捨てるほど、俺は冷たい男じゃないよお?」
結絆が片手を上げると、帆風が前に出て、鋭い視線を暗部構成員達に向けた。
「私達の仲間に手を出すのは許しません......この場で死にたくなければ、すぐに退きなさい」
しかし、暗部の男達は怯まない。
「......チッ、レベル5のバックアップが来たか。だが——」
男が動こうとした瞬間、彼の身体が突然宙に浮かび上がった。
「えっ......?」
「おっと、動かないでねえ」
結絆が腕を軽く振ると、男の体が空中で回転し、地面に叩きつけられる。
他の構成員達も次々と倒されていく。
「この程度かい? つまらないねえ」
結絆は肩をすくめると、エスメラルダに向かって手を差し出した。
「ほら、立てるかい?」
エスメラルダは少し躊躇ったが、その手を取った。
「......助けてくれて、ありがと」
結絆はにっこりと笑う。
「当たり前のことをしただけだからねえ、お礼はいらないよお。これからも、よろしく頼むよお?」
その言葉に、エスメラルダの胸が熱くなるのを感じた。
エスメラルダの怪我が治った後のこと、マジックシアターのステージに、煌びやかなスポットライトが降り注ぐ。
会場は満席で、観客達は期待に胸を膨らませながらステージを見つめていた。
「皆さん、今夜は私達のマジックショーへようこそ!」
エスメラルダがマイクを握り、華やかに笑う。
その姿はすっかりプロのマジシャンだった。
「さあ、まずはこのトランプを使ったマジックから!」
彼女がカードをシャッフルし、一人の観客をステージに招く。
そして、観客にカードを一枚引かせた。
「それでは、そのカードを皆さんには見せてください。でも、私には見せないでくださいね!」
観客がカードを掲げると、エスメラルダは背を向けていたが、不敵に微笑む。
「さて、それは......スペードのキングですね?」
観客が驚いてカードを確認し、会場全体がどよめいた。
そして、エスメラルダはウィンクしながら返されたカードを宙に放り投げる。
その瞬間、カードが炎をまとい、美しい蝶の形に変化した。
「マジックとは、想像力の翼! 皆さんも、一緒に楽しんでくださいね!」
観客達が拍手を送る中、次に蜜蟻愛愉がステージに登場する。
「それでは、ここからはドリームの仲間達と一緒に、さらなる奇跡をお見せしましょう!」
蜜蟻が両手を広げると、天井から無数の花びらが舞い落ち、会場を幻想的な空間に変えた。
続いて、弓箭入鹿が華麗なナイフ投げを披露し、空中で弾丸を撃ち落とすという離れ業をやってのける。
「まだまだ、終わりじゃないわよ!」
エスメラルダが宣言すると、巨大なトランプが舞台の中央に登場する。
そのトランプをひと振りすると、なんと結絆が現れた。
「どうも、みんな。楽しんでくれているかい?」
観客の驚きと歓声が響く。
結絆はエスメラルダに微笑みながら言った。
「やるねえ、エスメラルダ。見事なマジックショーだよお」
最後の演目として、エスメラルダは巨大なボックスの中に入り、結絆達が剣を次々と突き刺していく。しかし、扉を開けると中には誰もいない。
「......え? どこに?」
観客が驚いていると、エスメラルダの声が響く。
「ここよ!」
なんと、彼女は客席の中央に現れていたのだ。
観客達は大歓声を上げ、会場は興奮の渦に包まれた。
「今夜のマジックショー、楽しんでいただけましたか?」
会場は大きな拍手と歓声で満ちる。
エスメラルダは満足げに微笑みながら、ドリームの仲間達と視線を交わした。
「これからも、最高のショーを届けるわ!」
こうして、エスメラルダのマジックショーは大成功に終わったのだった。
久々に帆風達を出すことができました。