天草式と遭遇した直後、結絆はステイル達から興味深い情報を聞いた。
「......で、神裂火織とは連絡が取れない、と」
「そういうことだ」
ステイルが苛立った様子で答えた。
「天草式の元教皇なら何か知っているかもしれないけど、こっちからの呼びかけには応じない。どうやらまたどこかで単独行動をしているらしいね」
「まあ、この局面では立場上動きにくいよねえ......」
結絆は軽く笑ってみせたが、内心ではすぐに神裂を探すべきだと判断していた。
(ステイルたちが連絡できないのは、おそらく彼女が意図的に魔術的な干渉を断っているからかもしれないねえ......それでも、俺の能力なら探し出せる)
結絆は軽く肩を回し、深呼吸をする。
「じゃあ、俺が直接探してくるよお」
「......直接? どういう意味だい?」
ステイルが訝しげに聞き返したが、結絆は答えず、目を閉じた。
自己制御(セルフマスター)
結絆の能力は、己の肉体と精神を限界まで自在に操ることができる能力だ。
そして、彼はその能力を応用し、常人には感知できないものを感知することもできる。
さらに、結絆は聖人としての資質も持ち合わせている。
聖人の共鳴——つまり、会ったことのある聖人の存在を感知することができたりもする。
「見つけたよお」
目を開けた瞬間、結絆の脳内に明確な位置情報が浮かび上がった。
「神裂火織、ここからは少し遠いけど......東京湾の近くにいるねえ」
「なに......!? そんなことができるのか?」
ステイルが驚愕の表情を浮かべるが、結絆はそれを軽く受け流しながら立ち上がる。
「今から行って直接聞いてくるよお」
天草式との戦闘をステイル達に任せて、結絆は神裂の元へ移動した。
結絆がその場所にたどり着くと、神裂火織は人気のない場所で剣を研いでいた。
「やあ、1週間ぶりぐらいだねえ、神裂」
結絆の声に、神裂は静かに顔を上げる。
「......貴方がここに来るとは、少し驚きました」
「俺もまさか自分で探し出すことになるとは思わなかったけどねえ」
結絆は軽く笑いながら近づく。
「天草式について聞きたいことがあるんだけど、ちょっと付き合ってもらえるかい?」
神裂は剣を静かに鞘に収め、結絆を見つめた。
「......話をしましょう」
こうして、結絆は天草式の真意を探るべく、神裂火織から直接情報を聞き出すことになった。
空に浮かぶ月の光が、神裂火織の横顔を照らしていた。
結絆は腕を組みながら、彼女の話に耳を傾けていた。
「天草式十字凄教は、そもそも弱者を救うために動く組織です」
神裂の言葉は迷いなく、確信に満ちていた。
「彼らは、かつて過去に迫害され居場所を失った者たちの集まり......今は困っている人を助けるという信念のもとに動いています」
「......なるほどねえ」
結絆は顎に手を当て、考え込む。
(人助けをモットーに動いている組織が、いきなりオルソラを拉致しようとするかねえ......?)
「天草式は、オルソラに何か危害を加えようとしてるわけじゃないのかい?」
「それは、違うと断言できます」
神裂ははっきりと言い切った。
「彼らがオルソラ=アクィナスを狙ったのだとすれば、それは保護のためでしょう。オルソラを狙っている別の勢力がいる、と考えたほうが自然です」
「......なるほどねえ」
結絆は視線を横にそらしながら、ステイル達のことを思い出す。
(ステイル達はローマ正教のシスター部隊と一緒にいた......天草式はオルソラをさらおうとしてるんじゃなくて、ローマ正教から匿おうとしている......って考えるべきか)
結絆は小さく笑いながら、神裂を見た。
「神裂の言う通りなら、天草式はむしろオルソラを守ろうとしてるってことになるよねえ」
「ええ。ですが、結絆さん......何を考えているのですか?」
神裂は訝しげに問いかける。
結絆は口元に手を当て、笑みを深めた。
「いやねえ......もしも、オルソラを狙ってたのがローマ正教側だったとしたら、話が変わってくるよねえ」
「......!」
神裂の表情が険しくなる。
「天草式は、ローマ正教に追われているオルソラを救おうとした......もしそうなら、俺がすべきことは何か、考え直さないといけないねえ」
「......確かに、一理ありますね」
神裂は結絆の言葉を噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
「ローマ正教が何を考えているのか......もう少し慎重に調べた方がよさそうです」
結絆は、にやりと笑いながら歩きだす。
「じゃあ、さっそく天草式の動向を追ってみようかねえ」
そう言い残し、結絆は再びオルソラの行方を追うべく動き出した。
薄暗い路地裏、湿った空気が漂う中で、結絆はローマ正教のシスター部隊と対峙していた。
その先頭に立つのは、十代半ばの少女——アニェーゼ=サンクティス。
赤い髪を修道服のベールで隠し、鋭い瞳で結絆を睨みつけている。
「どうしたんですか?天草式と戦う前に逃げちまうとは、とんだ腰抜けなんですね」
「まあまあ、そんなに言わなくても......ちょっと聞きたいことがあってねえ」
結絆は軽く手を挙げながら歩み寄る。
だが、その一歩ごとに周囲のシスター達が結絆を取り囲むように動き、威圧感を増していく。
「......生憎ですけど、私は忙しいんですよ。質問なら他を当たっちまってくれた方が......」
「おっと」
結絆はひらりと手を振ると、次の瞬間——アニェーゼの足元に水が広がった。
「なっ——?」
シスター達が驚く間もなく、淡く青白い光が結絆の周囲を包む。
「悪いねえ。ちょっとの間、大人しくしてもらうよ」
結絆は、水の原典を利用した魔術を使った。
結絆が指を軽く弾くと、足元の水がアニェーゼの体を這うように包み込む。
「くっ......これ、は......!?」
アニェーゼの身体が一瞬硬直する。
水はまるでアニェーゼの記憶を覗き込むかのように、彼女の全身を伝い、過去の出来事を映し出していく。
結絆の脳裏に、鮮明な映像が流れ込んできた。
ローマ正教本部、秘密会議室。
ローマ正教の高位聖職者達が並ぶ中、アニェーゼとその部隊は命令を受けていた。
「オルソラ=アクィナスを保護せよ。ただし、それは形式上のものだ」
「形式上......?」
幼いながらも任務の重大さを理解しているアニェーゼの声が震える。
「彼女は『法の書』の解読法を知る危険人物だ。放置すれば、異端が世界に蔓延ることになる。我々ローマ正教としては......適切な処置を施さねばならん」
「......つまり、捕らえた後は?」
「処刑せよ。」
言葉を発した聖職者の顔には、一片の躊躇もなかった。
記憶の奔流が終わる。
結絆は目を開き、目の前のアニェーゼを見据えた。
「へえ......これはまた、穏やかじゃない話だねえ」
アニェーゼは肩で荒く息をしながら、悔しそうに歯を食いしばる。
「くっ......なぜ......?」
「俺の力だよお。まあ、便利なもんでねえ」
結絆は水を引き上げながら、呆れたように笑う。
「オルソラを守ろうとした天草式は正しかった。お前たちがやろうとしてたのは保護じゃない、『処刑』ってことだねえ」
「......っ!」
アニェーゼは何か言おうとしたが、言葉を詰まらせる。
結絆はふっと息を吐くと、アニェーゼの目を真っ直ぐに見つめた。
「さて、どうする? 俺にバレたからには、お前たちのやり方も少しは変える気はあるかい?」
アニェーゼは拳を握りしめながら、沈黙した。
ローマ正教の命令には逆らえない——だが、目の前の少年は確かに何かを変えようとしていた。
結絆は静かに告げる。
「俺は、オルソラをローマ正教に渡すつもりはないよお」
夜の闇が深まる中、シスター部隊と結絆の間に緊迫した空気が漂っていた。
夜の静寂が降りる学園都市の一角。
結絆は、アニェーゼと話し終わった後に、ステイルと話をしていた。
薄暗い路地裏、煙草の煙がゆっくりと宙を漂う。
「......法の書について聞きたいんだけどねえ」
結絆が切り出すと、ステイルは煙草を指で弾きながら、小さくため息をついた。
「......今回の事件の肝だね。」
「オルソラの件を調べてたら、どうにも気になる単語が出てきたもんでねえ、どんなものか教えてほしいんだよお」
ステイルは少しだけ目を細めた後、低い声で言った。
「法の書——それは、世界中の魔術師が解読法を探し求める魔導書のことだ。」
「ほう」
「だが、それを書いたのは誰か知っているかい?」
結絆は眉を上げる。
「誰が書いたって......ローマ正教の誰かじゃないのかねえ?」
「違う。書いたのはアレイスター=クロウリーだ」
結絆の表情がわずかに強張った。
「......へえ、そう来るか」
「今から百年以上前、アレイスターが遺した魔術理論の結晶。それが法の書だ。しかし、その内容は人間の理解を超えている。完全に解読されれば、この世界は終わると言われている」
「世界が終わる、ねえ......」
結絆は顎に手を当て、考え込んだ。
確かにそれほどの代物なら、ローマ正教がオルソラを始末しようとするのも筋が通る。
「でも、結局のところ、オルソラは法の書を解読できるんだろう? なら、その方法を聞いた後で......アレイスター本人に確認すればいいんじゃないかねえ?間違ってる可能性も高いと思うんだけどねえ。」
結絆がそう提案すると、ステイルの表情が曇った。
「......それは不可能だ」
「どういうことだい?」
「アレイスターは、もう死んでいるんだよ」
結絆は一瞬、無表情になった。
「......いやいや、学園都市の統括理事長は、アレイスター=クロウリーのはずだろう?」
「確かにそう言われている。だが、それは君達学園都市側の話だ。魔術側では、アレイスターはとうの昔に死亡していると考えられている」
「はあ......」
結絆はため息をつく。
(こいつら、まさか本気で信じてるのかい?)
アレイスターが生きていることは、結絆にとって疑いようのない事実だった。
むしろ、あの男がいなければ、学園都市そのものが文字通り存在すらしないともいえるだろう。
(......こっち側の情報と、魔術サイドの認識には、ずいぶんズレがあるみたいだねえ)
「つまり、アレイスターに聞くって案は却下ってことかい?」
「そういうことだ」
ステイルは煙草を消しながら言い放つ。
「僕達にとって、アレイスターは歴史の中の亡霊でしかない。仮に彼が生きていたとしたら、イギリス清教の霊装が感知するはずだからね。」
結絆は口元に笑みを浮かべながら、ふっと視線をそらした。
(そうかねえ......?)
結絆は学園都市の最奥で、今も生き続ける存在を知っている。
(アレイスターに直接聞けば、法の書の真偽も、世界の終焉とやらもハッキリするってのに......)
結絆はポケットに手を突っ込み、夜空を見上げる。
「......まあ、わかったよ。この事件が解決した後は、俺は俺で調べるとするよお」
「科学サイドの目線から得られるものもあるかもしれないからね、期待してるよ」
ステイルはそう言うと、踵を返して去っていく。
その背中を見送りながら、結絆は静かに呟いた。
「......アレイスター、世界が終わるねえ。そっちの意見も、聞いてみたいもんだねえ」
夜の風が、結絆の髪を揺らしていた。
結絆はステイルやローマ正教のシスター達と共に仮設テントの中にいた。
結絆が先ほど神裂と話している間に、オルソラは天草式にさらわれてしまったらしい。
「さて、天草式はどう動くんだい?」
結絆が肩をすくめながら問うと、ステイルは苛立たしげに煙草をくわえた。
「......天草式の奴らは、独特の移動術式を持っている。日本中どこにでも移動可能な、トリッキーな手法だ」
「ふうん、それはまた厄介そうだねえ」
「だが、それを逆手に取ることもできる」
ステイルは懐から通信機を取り出し、通話を始める。
『インデックス、天草式の移動に関する術式について詳しく聞かせてくれ』
通信の向こうで、少女の声が響く。
『天草式の移動術式? それはね、地形を利用することで効果的に行える特殊な転移術のことなんだよ。日本中にいくつもある渦みたいなものを使って、遠くに移動できたりするんだよ』
「なるほど、地形を利用する術式ということか」
結絆は腕を組んで考え込む。
「要するに、彼らの動きは万能なワープじゃない。となると......移動の始点か終点を予測できれば、先回りして待ち伏せすることも可能ってことかねえ」
「そうだね」
ステイルは煙を吐きながら静かに頷いた。
「天草式の行動パターンと、この都市の構造を照らし合わせれば、奴らの移動先はほぼ確定する」
結絆は、ポケットから周辺の地図を取り出し、ステイル達に見せる。
「......インデックスが教えてくれた渦の場所と、この辺の地形を考えたら......大体のポイントは絞れそうだね」
ステイルはそう呟く。
「じゃあ、決まりだねえ。天草式が向かっているのはここだから、先回りすればいいねえ」
「中々頭の回転が速いんですね」
アニェーゼは、結絆を睨みながらそう言った。
まだ、結絆のことを警戒しているらしい。
ステイルは携帯型の通信機を閉じ、結絆達の方を見る。
「また戦闘になるかもしれない、注意して向かうよ」
「はいはい、了解したよお」
結絆は軽く肩をすくめながら答えた。
(さて、天草式の連中......どう出てくるかねえ)
夜の闇が、戦いの幕開けを静かに告げていた。
インデックスはイギリスに帰っているので、結絆達とは一緒に行動していません。
原作でもそうでしたが、まさかオルソラが解読した方法がダミーだったとは、誰も思っていなかったでしょうね。