食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回で、法の書の話はおしまいです。




法の書の真実

 夜の広場は静まり返っていた。

 

街灯の明かりが地面を照らし、広場中央にそびえ立つ結絆達の影を薄く伸ばしている。

 

結絆は広場の端で腕を組み、軽く背伸びをした。

 

「さて......そろそろ来る頃合いかねえ」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、静寂を切り裂くような足音が響いた。

 

「やはり先回りされていましたか」

 

柔らかな、それでいて力強い声が夜の広場に響く。

 

影の中から現れたのは、天草式の魔術師達。

 

その先頭に立つのは、リーダー格の男と、付き人の女性だった。

 

「オルソラを、あなたたちに渡すわけにはいきません!」

 

五和と名乗った女性は、結絆達を見据えながら、静かに告げた。

 

結絆は口元に手を当て、楽しげに笑う。

 

天草式の真意を探るために、神裂と話したことは一旦伏せるつもりだ。

 

「いやいや、いきなりそう言われても困るねえ」

 

「オルソラはローマ正教に捕らえられれば殺される運命です。ですが、私たち天草式は彼女を保護しようとしているだけです」

 

「......保護?」

 

ステイルが皮肉げに眉をひそめる。

 

「お前達がどんな意図を持っていようと、こっちにとっては何の関係もない」

 

「関係はあります」

 

五和の目が鋭く光る。

 

「あなたたちは、本当にローマ正教が正しいことをしていると思ってるんですか?」

 

「正しいかどうかなんて関係ない」

 

ステイルは煙草をくわえ、炎を指先に灯す。

 

「だが、俺達がそう簡単に引き下がると思わんことよな」

 

建宮と名乗ったリーダー格の男は、真剣な表情で結絆とステイルを見つめた。

 

緊張が走る。

 

その時——。

 

「......そうは言っちまっても」

 

まるで静けさを切り裂くかのように、別の方向からの声が響いた。

 

結絆は軽く肩をすくめると、そちらを見た。

 

「おやおや、賑やかになってきたねえ」

 

広場の反対側に現れたのは、ローマ正教のシスター部隊。

 

先頭に立つアニェーゼ=サンクティスが、冷たく笑みを浮かべながら言う。

 

「オルソラを保護?ふざけるのもいい加減にしてくださいよ」

 

アニェーゼの手には、霊装と思わしき杖が握られていた。

 

ローマ正教のシスターたちも、すでに戦闘態勢に入っている。

 

「異端者どもが、揃いも揃って何を勝手なことを言っちまってるんですかねぇ?」

 

アニェーゼは冷笑しながら、軽く手を振る。

 

その瞬間——シスター部隊の魔術が解き放たれた。

 

無数の鉄杭が空を裂き、結絆、ステイル、天草式の面々へと襲いかかる。

 

「ちっ......!」

 

ステイルが即座に炎を放ち、迫りくる杭を焼き尽くす。

 

しかし、それでも全てを防ぎきることはできない。

 

「こりゃあ派手にやってくれるねえ」

 

結絆は軽くため息をつき、片手をかざした。

 

「俺達ごと狙ってくるとはねえ。こうなってしまったら、俺は天草式の方に付くとするよお」

 

結絆の周囲に青白い光が瞬き、その力が爆発的に拡散する。

 

空中に飛び交う鉄杭が、一瞬にして全て逆方向に弾かれ、シスター部隊の頭上へと降り注いだ。

 

「なっ......!?」

 

アニェーゼが驚愕の声を上げるが、その直後——

 

「破ッ!!」

 

五和の槍が唸りを上げ、突風のように敵陣へと駆け抜けた。

 

シスター部隊が構える間もなく、五和の槍撃が彼女たちを吹き飛ばしていく。

 

「ま、君達の戦力じゃ、俺や天草式、それにステイル相手じゃ分が悪いだろうねえ。人数だけが全てじゃないってことが、よくわかったと思うんだけど......」

 

結絆は軽く肩をすくめながら、倒れたシスター達へと近づいた。

 

「さてと、もう少し穏便に話し合えないもんかねえ?」

 

アニェーゼは悔しそうに唇を噛みながら、それでも諦めきれない様子で結絆を睨みつける。

 

「......ふざけるな......この異端者......!」

 

「異端者ねえ、まあ悪魔を身に宿している以上、俺にぴったりな言葉かもしれないねえ」

 

結絆はアニェーゼの肩を軽く叩き、振り返った。

 

「さて、オルソラの処遇をどうするか......改めて話し合いといこうか」

 

静まり返った広場で、結絆の言葉だけが響く。

 

戦いが終わり、結絆達は人気のない場所に移動していた。

 

ローマ正教のシスター部隊は戦意を喪失し、天草式のメンバーも一時的に武器を収めている。

 

オルソラは疲れた様子ではあったが、何とか落ち着きを取り戻していた。

 

「それで、オルソラ」

 

ステイルが煙草をくわえながら、彼女に問いかける。

 

「君は本当に“法の書”の解読方法を知っているのかい?」

 

オルソラは静かに頷く。

 

「ええ、確かに私は解読方法を知っているのでございますよ」

 

「......なら、試してみるしかないな」

 

ステイルは懐から通信機を取り出し、ボタンを押す。

 

「インデックス、聞こえるか?」

 

『うん、ステイル? どうしたの?』

 

通信機越しに聞こえたのは、少女の澄んだ声だった。

 

「今、目の前に“法の書”の解読方法を知っているという人物がいる。実際にその方法を君に聞かせて、合っているかどうか確かめたい」

 

『ふぅん......面白いね。でも、法の書はローマ正教ですら解読できなかったのに、本当に分かるの?』

 

「どうやら本人はそう思っているらしい」

 

ステイルは肩をすくめながら、オルソラに通信機を手渡す。

 

「では、オルソラ。インデックスにその方法を伝えてみてくれ」

 

「......分かりました」

 

オルソラは受話器を耳に当て、静かに口を開いた。

 

「法の書を解読するためには......」

 

彼女は落ち着いた口調で、その方法を説明していく。

 

やがて、一通り説明を終えたところで、通信機越しにインデックスの声が返ってきた。

 

『......うん、それ間違ってるんだよ』

 

「......え?」

 

オルソラが困惑した表情を浮かべる。

 

『その方法じゃ、絶対に法の書は解読できないんだよ。それっぽい文章にはなるけど、正確な内容には辿り着けないんだよ。』

 

「そ、そんな......」

 

オルソラの顔から血の気が引く。

 

「まさか......私の解読方法は、間違っていたのですか?」

 

『うん。これでローマ正教もあなたを殺す理由はなくなったんじゃないかな?』

 

その言葉に、一同は沈黙する。

 

「......なるほどねえ」

 

結絆は腕を組みながら、考え込むように呟いた。

 

「つまり、ローマ正教はオルソラが“本当に正しい解読方法を知っている”と勘違いして、抹殺しようとしていたってことかねえ」

 

「そういうことになるな」

 

ステイルも眉間にシワを寄せながら、ため息をついた。

 

『まったく、ローマ正教はなんでそんなことに気づかなかったんだろうね?』

 

インデックスは呆れたように言った後、少し間を置いてから続けた。

 

『でも、“法の書”を解読する方法が広まるのはまずいのは確かだよ。だから、間違った方法を広めるのもある意味ではいいかもしれないね』

 

「なるほど、情報戦ってやつかねえ」

 

結絆は笑みを浮かべながら、通信機を受け取った。

 

「まあ、とりあえず助かったよ。ありがとねえ」

 

『うん! じゃあまたね!』

 

通信が切れ、場に沈黙が戻る。

 

「......それにしても、そもそも解読方法が間違っていたとは」

 

五和が眉をため息をつきながら呟く。

 

「ま、これでオルソラを狙う理由もなくなったわけだけどねえ」

 

結絆はそう言いながら、天草式のメンバーを見回した。

 

「それはそうと、君達は神裂火織のことは知っているのかい?」

 

「神裂火織......!?」

 

五和をはじめ、天草式のメンバーが一斉に顔を上げる。

 

「知っているも何も、神裂火織様は我々天草式の......」

 

「まあ、そうだろうねえ。なんたって、元・女教皇なんだから」

 

結絆は軽く笑いながら言った。

 

「......え? でも、なぜあなたが女教皇のことを?」

 

天草式のメンバーが驚いた表情を浮かべる。

 

「俺と神裂は知り合いだからねえ。ついさっきも彼女と話をしたところさ」

 

「......!!」

 

天草式のメンバーが一斉に驚愕の表情を浮かべる。

 

「そ、そんな......!まさか女教皇と、あなたが......?」

 

「ふふっ、意外だったかい?」

 

結絆は愉快そうに笑いながら、天草式の反応を眺めた。

 

「まあ、俺の情報網は学園都市でもトップクラスだからねえ」

 

「......とんでもないお方ですね」

 

五和がため息をつきながら、結絆を見つめる。

 

「それで、女教皇は今どこに?」

 

「さあねえ。彼女も色々忙しいみたいだからねえ。でも、君達のことを遠くから見守っているのは確かだよお。」

 

結絆は意味ありげに微笑んだ。

 

「さて、次はどう動こうかねえ」

 

締まらない終わり方になってしまったが、法の書事件は解決した。

 

夜の闇に包まれながら、結絆は次の一手を考え始めた。

 

 

 

 学園都市に戻った結絆は、いつものようにアレイスターのいる窓のないビルへと足を運んでいた。

 

結絆が空間移動でアレイスターの近くに移動すると、そこにはいつものように巨大な円筒の生命維持装置に逆さまに収まったアレイスター=クロウリーの姿があった。

 

「やあ、アレイスター。報告があるんだけどねえ」

 

結絆は軽く手を挙げながら装置の前に立つ。

 

「オルソラ=アクィナスの“法の書”の解読方法、あれは間違いだったよ」

 

アレイスターは表情一つ変えずに、ゆっくりと口を開いた。

 

「......そうか」

 

「あれ? もっと驚くかと思ったんだけどねえ?」

 

結絆は少し肩をすくめた。

 

「ローマ正教も大騒ぎしてたのに、君はずいぶん冷静じゃないかい?」

 

「驚く理由がない」

 

アレイスターの声は淡々としている。

 

「そもそも、法の書の解読が容易であるはずがない。故に、オルソラ=アクィナス程度の知識で解読できるとは、最初から考えていなかった」

 

「......ふぅん、そういうものかねえ」

 

結絆は顎に手を当てながら、興味深げにアレイスターを見上げる。

 

「だったら聞いてみたいねえ。そもそも法の書ってどうやって書かれたんだい?」

 

その問いに、アレイスターは静かに答えた。

 

「法の書は、エイワスによって書かれた」

 

「......エイワス?」

 

結絆の眉がピクリと動く。

 

「君が書いたんじゃないのかい?」

 

「正確には、私が”書いた”のではない」

 

アレイスターの声には、いつも以上に冷たい響きがあった。

 

「“法の書”は、私がエイワスから霊智を授かり、それを記した書物だ」

 

「......霊智、ねえ」

 

結絆は腕を組んで考え込む。

 

「君ほどの頭脳を持ってしても、自分の意志だけで書いたものじゃない......ってことかい?」

 

「そうだ」

 

アレイスターは淡々と頷いた。

 

「エイワスは人類の認識を超えた存在。奴は、現世における高次の霊的指導者であり、未来の指針を示す存在である」

 

「......まるで“天使”みたいな言い方だねえ」

 

結絆の言葉に、アレイスターは無言で答えた。

 

その沈黙が、逆に肯定の意味を持つ。

 

「へえ......ってことは、君は天使と対話して“法の書”を書いたってわけかい?」

 

「そう捉えてもらって構わんよ」

 

アレイスターはそう言った後、静かに続けた。

 

「エイワスの示した法則は、人類の意識を新たな段階へと導くものだった。ゆえに、それを正しく理解できる者は極めて限られる」

 

「なるほどねえ......だから、ローマ正教も解読できず、オルソラの解釈も間違っていたってことかい?」

 

「その通りだ」

 

結絆はしばらく考え込んでから、薄く笑みを浮かべた。

 

「......面白い話を聞かせてもらったよ」

 

アレイスターは無言で結絆を見下ろしていた。

 

「それで?これを知ったお前は、どう動く?」

 

結絆は口元に手を当てながら、ゆっくりと呟いた。

 

「俺は、法の書の中身には興味がないからねえ。俺は俺のやるべきことを進めるつもりだよお。」

 

アレイスターはそれ以上何も言わなかった。

 

静寂が支配する部屋の中で、結絆は一歩後ろに下がると、軽く手を振った。

 

「じゃあ、またねえ。アレイスター」

 

そう言い残し、結絆は部屋を後にした。




これで、法の書の話は終わりです。

少しわかりにくいですが、オルソラの解読法が間違っていたことがわかったので、ローマ正教側も戦う理由がなくなり、結絆が場を収めたという流れになってます。

次回からは、とある科学の一方通行の話になります。
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