放課後、学園都市の街並みをゆっくりと歩いていた食蜂結絆は、ふと足を止めた。
微かな歌声が、風に乗って届いたのだ。
透き通るような美しい歌声。
まるで心に直接語りかけるような旋律。
「......いい歌声だねえ」
結絆はその歌声に導かれるように、声の主のもとへと向かう。
たどり着いたのは、小さな公園の一角。
そこには、一人の少女がいた。
栗色の髪を左右に揺らしながら、鮮やかな瞳を輝かせて歌っている。
その姿はまるで、舞台の上で輝く歌姫のようだった。
結絆はしばらくその場で立ち止まり、歌を聴いていた。
心が洗われるような、不思議な感覚。
しばらくして歌い終えた少女は、ふと結絆の視線に気づき、少し驚いたように笑った。
「えへへ......聴いてました?」
「......うん、最高だったよお」
結絆が素直に感想を述べると、少女は少し照れくさそうに頬をかいた。
「ありがとうございます! えっと、私、鳴護アリサっていいます!」
「俺は食蜂結絆だよお。鳴護アリサ、かあ。いい名前だねえ」
結絆は微笑みながら、ゆっくりとアリサの隣に座る。
「その歌......もしかして、どこかでプロデビューとか考えてるのかい?」
「えっ!? い、いえっ! そんなことは......私は、ただ、歌うのが好きなだけで......」
「なるほどねえ。だったら、ちょっと頼みがあるんだけどお......」
結絆は優雅に微笑みながら、アリサに向き直る。
「うちの劇場で歌ってみないかい?」
「......えっ?」
アリサが驚いたように目を瞬かせる。
「マジックシアター。俺が経営してるんだけどねえ、君みたいな素敵な歌声が響いたら、きっと素晴らしい舞台になると思うんだよお」
結絆の言葉に、アリサは少し戸惑ったようだった。
「あそこって学園都市で最高のマジックシアターですよね。そんな......私なんかが、そんな場所で......」
「君だからこそ、だよお」
結絆は確信を込めた声で言う。
「君の歌には、人を惹きつける力があるよお。それに、歌うのが好きなんだろう? だったら、俺の劇場で、その歌を響かせてほしいなあ」
アリサはしばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。
「......私の歌でいいなら、ぜひ!」
「決まりだねえ。じゃあ、また連絡するよお」
そう言って結絆は微笑み、アリサと握手を交わした。
こうして、食蜂結絆と鳴護アリサの出会いは、新たな旋律を刻み始める。
鳴護アリサと別れた後、食蜂結絆は学園都市の街をのんびりと歩いていた。
夕暮れのオレンジ色が空を染め、アスファルトに映る影を長く伸ばしている。
そんな中、ふと見覚えのある白い髪が視界に入った。
「おやおやあ、こんなところで君と会うとはねえ」
結絆がにやりと笑いながら声をかけると、白い髪の少年――一方通行は振り返り、ムスッとした表情を見せた。
「チッ......今一番会いたくないやつに会っちまったなァ......」
「またずいぶんと素直な歓迎ぶりだねえ」
結絆が肩をすくめると、一方通行は舌打ちしながら、隣に立つ少女へと視線を向けた。
一方通行の隣に立っていたのは、金色の髪を持つ少女だった。
淡い水色のワンピースを身にまとい、端整な顔立ちをしている。
どこかふわふわした雰囲気を持ちつつも、人形のような静けさも感じさせる少女だった。
「へええ? そっちの子、君の新しいお友達かい?」
一方通行が打ち止めや妹達意外と一緒にいることは少ない。
結絆が興味深げに問いかけると、一方通行は露骨に嫌そうな顔をした。
「ハァ? こいつはエステル=ローゼンタールだ。余計な詮索はすんな」
「へええ、『ローゼンタール』ねえ......」
結絆は、ローゼンタールはネクロマンサーの一族であることをムルムルから聞いたことがあった。
結絆は意味ありげに呟きながら、エステルの顔をじっと見つめる。
エステルもまた、じっと結絆を見返していた。
「......貴方は?」
「俺は食蜂結絆。まあ、一方通行の友達だよお」
「一方通行の......?」
エステルは少しだけ考え込んだ後、静かに頷いた。
結絆はふと、一方通行とエステルの距離が妙に近いことに気づいた。
白い髪と金色の髪が、並んで夕日に照らされている。
――まるで、仲の良いカップルのようだった。
「ふぅん、なるほどねえ」
結絆はニヤリと笑い、腕を組んで一方通行を見つめる。
「それで? 君達、付き合ってるのかい?」
「......はァ?」
一方通行の表情が一瞬で険しくなる。
「はァ!? ンなわけねェだろがッ!! 何言ってンだテメェ!!」
「いやいや、そんなに必死に否定しなくてもいいじゃないかあ?」
「ち、違う......! 私と一方通行は、まだ、そんな関係では......!」
動揺した様子のエステルが、顔を赤らめながら慌てて否定する。
しかし、結絆はその様子を見てもニヤニヤと笑い続けていた。
「いやあ、でも君達、妙にお似合いなんじゃないかねえ?」
「うるせェ、殺すぞ!!」
「はいはい、そういうところがまさに“ツンデレ彼氏”って感じだよお」
「あァァ、クソがァァ!!」
結絆の笑い声と一方通行の叫び声が夕暮れの街に響き渡ったのだった。
夕暮れの風が静かに吹き抜ける中、エステル=ローゼンタールは食蜂結絆と一方通行を見つめていた。
彼女は冷静さを保っているように見えたが、微かに揺れる金色の髪と、握りしめられた指先が彼女の緊張を物語っている。
「......お願いがあるの」
エステルは静かに切り出した。
「......お願い?」
一方通行が訝しげに眉を寄せる。
「私がかつて携わっていた研究......〈プロデュース〉を止めてほしい」
「プロデュース......ねえ......」
結絆は意味深にその言葉を繰り返す。
「......一方通行は知ってるかい?」
「ンな研究、聞いたこともねェな」
一方通行が首を振ると、エステルは静かに語り始めた。
「プロデュースは自分だけの現実(パーソナルリアリティー)がどこに宿るのかを探る研究。能力者の能力がどのように形成され、どのように具現化されるのかを解明するためのものなの。」
「ほお......なかなかヤバそうな研究だねえ」
結絆は目を細める。
「つまり、能力者の個々の認識の違いを解析し、どこに力の源があるのかを解き明かそうとしたわけだねえ」
「ええ。その研究では、能力者の脳をスキャンし、思考パターンや精神構造を解析していたわ」
「......なるほどねえ。でもそんな研究、やり方次第では“人間を解体する”のと変わらないんじゃないのかい?」
結絆が鋭く指摘すると、エステルの表情が陰る。
「......そう。その通りよ」
エステルは苦しそうに目を伏せた。
「研究の目的は“能力の根源を可視化し、それを自在に操作すること”だった......。でも、実験は非人道的なものばかりで......私はそれに耐えられなかった」
「......だから逃げ出した、ってわけか」
一方通行が腕を組みながら呟く。
「ええ。でも、あの研究はまだ続いている。もし完成すれば......能力を人工的に植え付けたり、逆に奪ったりすることも可能になるわ」
「......成る程ねえ」
結絆はふっと目を細めた。
「それは確かに、止めた方が良さそうだ」
「それと......私は魔術師なの」
エステルがそう呟いた瞬間、場の空気が凍りついた。
「......ハァ?」
一方通行がよくわからないものを見たかのような顔をする。
「......ええと、今なんて言ったんだい?」
結絆も少し驚いた様子でエステルを見つめる。
まさか、一方通行が魔術師と付き合っているとは思ってもいなかったのである。
エステルは彼らの反応を見て、静かに頷いた。
「私は魔術師......死霊術師なの」
「......魔術師、ねえ」
結絆は興味深げにエステルを見つめた。
「なら、君も科学サイドと魔術サイドの狭間にいる人間ってことかい?」
「......そう言えるかもしれないわ」
エステルの声には、どこか苦悩が滲んでいた。
「......まあ、それはそれとして」
結絆はポケットに手を突っ込みながら、ふっと微笑んだ。
「俺も魔術に関するものを持ってるんだよねえ」
「......え?」
エステルの表情が一変する。
「......まさか」
結絆はポケットから、小さな指輪を取り出した。
「これは吸血鬼の王であるエルンストから貰った代物でねえ......水に関する魔術が刻まれた原典だよお」
「......!!」
エステルの瞳が驚愕に染まった。
「原典!?」
「そう。まさか、俺が魔術の秘宝を持ってるなんて思わなかったでしょお?」
エステルはしばらく絶句した後、震える声で言った。
「......それが本物なら......学園都市の人間が、そんなものを所持しているのは異常よ......!」
「まあねえ。こいつから得た魔術を使えば、島一つぐらいなら海の底に沈めたりできるからねえ、面白い物だよお?」
結絆はニヤリと笑いながら、指輪をくるくると回した。
一方通行は、あきれた表情でため息をつく。
「はァ......まァ、今更驚くことでもねェか、結絆だからなァ」
「俺にとっては力を得られるなら科学も魔術も関係ないんだよお」
「......本当に貴方は......不思議な人ね」
エステルは結絆を見つめながら、どこか呆れたような、それでいて興味深そうな表情を浮かべた。
こうして、魔術師エステルと結絆の関係は、新たな局面へと突入していくのだった。
エステルと結絆は、ネクロマンサーという点で属性が被っていたりします。
ムルムルはあまり話に出てきませんが、後の話で登場させる予定です。