結絆と帆風は、杖を持ったシルクハットとマントだけの異形のマジシャンと対峙していた。
氷の城の地下に現れたこの奇妙な存在は、敵意を見せることなく、杖でシルクハットを叩き、美味しそうな料理を取り出してみせたのだった。
結絆達が次の場所に向かおうとすると、マジシャンは静かにシルクハットを持ち上げた。
その中から、鏡の破片が浮かび上がる。
「これは君達が探しているものだろう?」
その言葉に、結絆と帆風は驚きの表情を浮かべた。
これまで何度も手にしてきた鏡の破片と同じ輝きを放っている。
しかし、なぜこのマジシャンがそれを持っているのか。
「なぜ、これを俺達に?」
結絆の問いに、マジシャンは静かに微笑みながら答えた。
「君達はこの世界を正すために旅をしているのだろう? ならば、この破片も必要になるはずだ。」
結絆は一瞬考えたが、やがて意を決して鏡の破片を受け取った。
破片を手にした瞬間、どこからか新たな鏡が現れ、淡い光を放ちながら揺らめいている。
「どうやら、次の目的地へと進む時のようですね。」
帆風がそう言うと、結絆は鏡の奥へと視線を向けた。
「......行こうか。」
二人は鏡の中へと飛び込んだ。
眩しい光に包まれた後、結絆と帆風が目を開けると、そこはまるで別世界だった。
「......ここは?」
辺りを見渡すと、朽ち果てた石造りの建造物が無数に立ち並んでいる。
地面にはツタが絡まり、石畳はひび割れて崩れかけていた。
「古代遺跡......といったところでしょうか。」
帆風が慎重に周囲を観察しながら言った。
見るからに長い時を経た場所であり、風が吹き抜けるたびに、建物の一部が静かに崩れていく。
「ここにも何かあるんだろうな。」
結絆は手にした鏡の破片を見つめながら呟いた。
これまでの旅と同じように、この場所にも何か重要なものがあるはずだ。
「とにかく、奥へ進んでみましょう。」
帆風が頷き、二人は慎重に遺跡の奥へと歩を進めた。
どこからか、水が滴る音が聞こえる。
遠くで鳥の鳴き声もするが、それ以外には人の気配は感じられない。
「静かすぎる......少し、嫌な感じがしますね。」
帆風が警戒を強める。
結絆も同じ感覚を抱いていた。
まるで何者かがこの場所を見張っているような、そんな違和感。
「気を引き締めて進もうかあ。」
結絆は帆風と共に、古代遺跡の奥へと足を踏み入れるのだった。
結絆と帆風は、広大な砂漠にそびえ立つ古代遺跡の中を慎重に進んでいた。
城のように壮大な石造りの建物は、長い年月を経ているにもかかわらず、どこか荘厳な雰囲気を漂わせていた。
壁には古代文字が刻まれ、天井の高い回廊にはかすかに光が差し込んでいる。
「これは......?」
二人が歩を進めると、遺跡の奥まった場所に大きな石碑が立っていた。
その表面には、風化しながらもはっきりと判読できる文字が刻まれている。
『試練を乗り越えよ。さすれば先へ進む道が開かれる』
「試練、か......」
結絆が呟いた瞬間、遺跡全体が震え始めた。
足元の地面がひび割れ、天井から砂や小石が落ちてくる。
二人が身構えると、石碑の背後の巨大な扉が軋みながら開かれた。
扉の向こうから現れたのは、圧倒的な威圧感を放つ巨大な象と、甲羅が岩のように分厚い大亀だった。
象の鋭い牙は剣のように輝き、亀の甲羅はまるで要塞のように硬そうだった。
「なるほど、これが第一の試練ってわけだね」
結絆は冷静に呟きながら、帆風と並んで構えた。
「気をつけてください、結絆さん!」
帆風が叫ぶのと同時に、象が咆哮を上げ、前足を振り上げて地面を叩きつけた。
その衝撃で地面が砕け、砂埃が舞い上がる。
その隙をついて、亀が巨体を跳ね上げ、強靭な足を振り下ろしてきた。
「くっ......!」
結絆は帆風の手を取り、瞬時に側転するようにして攻撃をかわす。
亀の一撃が地面を砕き、大きな亀裂が走る。
「こいつら、ただの巨大生物ってわけじゃなさそうだねえ......」
結絆は冷静に分析しながら、象と亀の動きを見極める。
すると、象の牙が淡く光を帯びていることに気付いた。
「帆風、まずは象から狙おうかあ」
「了解です!」
帆風が地面を蹴り、一気に象の足元へと駆け寄る。
象は大きな鼻を振り回し、帆風を吹き飛ばそうとするが、彼女は素早く跳躍して回避した。
そのまま拳に力を込め、象の前足へと打ち込む。
「はあぁっ!」
帆風の拳が象の足に命中すると、衝撃波が広がり、象がバランスを崩した。
「いいねえ、今だ!」
結絆は即座に距離を詰め、象の牙へ向かって拳を振り上げる。
結絆の一撃が象の牙を貫き、その光が一瞬揺らいだ。
象が苦しげに咆哮を上げる。
しかし、すぐさま亀が突進してきた。
分厚い甲羅を活かし、まるで鉄塊のような勢いで二人へ迫る。
「やばっ......!」
帆風が防御の構えを取るが、その瞬間、結絆が素早く前に出た。
「こっちは俺がやるよお!」
結絆は両手を合わせ、足元に水を発生させた。
そして、その水を瞬時に凍らせ、滑るようにして側面へと移動。
亀の突進を回避すると同時に、足元の氷を割り、氷の破片を無数に飛ばした。
「帆風、今のうちに!」
「はいっ!」
帆風が渾身の力を込めて、拳を亀の頭部へと叩き込む。
鋼鉄のように硬い甲羅の下の肉体にダメージが入り、亀が苦しげにのけぞる。
「......あともう少し!」
結絆は手を掲げ、空間を歪ませるようにして魔術を発動させた。
「水圧で潰れろ!」
上空に出現した水の塊が急速に圧縮され、象と亀を同時に押し潰すように襲いかかる。
圧倒的な水圧により、二体はついに力尽きたように地面へと崩れ落ちた。
「......やりましたね!」
帆風が息を整えながら安堵の表情を浮かべた。
「いやあ、なかなか手強かったねえ」
結絆も軽く息を吐き、倒れた象と亀を見下ろす。
すると、石碑の文字が淡く光を帯び、新たな扉が開かれた。
「......これが試練ってことかい」
二人は顔を見合わせ、先へ進むために扉の向こうへと歩みを進めた。
新たな試練が待つ遺跡の奥へと、二人の冒険は続いていく。
古代遺跡の奥へと足を進めていく結絆と帆風。
石碑に刻まれた「試練を乗り越えよ」の文字が、なおさらこの遺跡の危険性を際立たせていた。
第一の試練である巨大な象と亀を倒した二人だったが、試練はそれだけでは終わらなかった。
先へ進む道が薄暗くなり、突然、濃霧が足元から立ち上って視界を奪っていく。
「......霧?」
帆風が周囲を警戒しながら呟いた。
結絆もすぐに異変を察知する。
空気が重い。
耳鳴りのような低い音が響き、まるで何かに引き裂かれるような感覚が襲った。
「帆風! 俺のそばから離れるなよ!」
そう声をかけた瞬間、霧が一層濃くなり、まるで生きているかのように二人の間に入り込む。
結絆は帆風の手を掴もうとしたが、間に合わなかった。
霧が晴れると、そこはまるで別世界のように変わっていた。
結絆の目の前に広がるのは、見覚えのある研究所のような空間だった。
壁には無機質なガラスケースが並び、部屋の中には見覚えのある人影がいくつも立っている。
「......まさか」
結絆の胸がざわめく。
そこにいたのは、才人工房時代に助けられなかった仲間達だった。
彼らは静かに佇み、虚ろな目をこちらに向けている。
「助けてくれ......」
「お前なら、俺達を......」
「どうして......見捨てた......?」
声が聞こえる。
彼らは結絆に手を伸ばし、まるで責めるような目で見つめていた。
そして、最後に部屋の中から現れたのは、御坂美琴と瓜二つな少女――ドリーだった。
「お兄ちゃん......どうして......?」
彼女の声が震えていた。
その姿だけは、結絆の記憶の中にあるドリーと変わらない。
「ねえ、答えて......」
だが、結絆は目を細め、冷静に状況を見極める。
「......残念だが、俺はそんな安っぽい幻に騙されるほど甘くねえんだよ」
結絆は指を鳴らした。
すると、周囲の景色が揺らぎ、まるでガラスが砕けるように幻想が崩れていく。
「偽物っていうのは、いつも肝心なところが抜け落ちてる。俺が毎日どんな思いで生きているか、貴様らのようなクズにはわからないだろうな」
幻影は苦しげに歪みながら霧へと還っていく。
そして、遺跡の本来の景色が戻った。
「さて......帆風の方はどうなってるかなあ」
一方、帆風は遺跡の別の空間にいた。
彼女の前には結絆の姿をした何者かが立っていた。
「帆風、大丈夫だったかい?」
優しげな声で問いかける結絆を名乗る人物。
しかし、彼女は本能的に違和感を覚えていた。
「あなたは、本当に結絆さんですか?」
「なに言ってるのさ、俺だよお?」
偽りの結絆は笑みを浮かべながら、そっと帆風の肩に触れる。
しかし、その手には冷たい殺意が宿っていた。
帆風は咄嗟に後ろへ飛びのき、構えを取る。
「あなたは結絆さんじゃない......!」
その瞬間、偽物の表情が歪み、不気味な笑いを浮かべた。
「おお、気づいたか。でも、遅かったな」
偽りの結絆は腕を振り上げ、鋭い爪を帆風に向けて振り下ろす。
しかし、その攻撃が届く前に――
「そこまでだよお」
空間が裂けるような勢いで、結絆が割り込んだ。
彼は無造作に手を伸ばし、偽りの自分の首を掴む。
「お前、俺のフリして何してくれてんのかなあ?」
そのまま、結絆は偽物を持ち上げ、凍てつくような声で言い放つ。
「帆風は俺のものだからねえ、気安く触ってんじゃねえよ!」
次の瞬間、彼は力を込めて相手の体を引き裂いた。
肉ではなく霧が千切れるように、偽物は悲鳴を上げながら霧へと溶けていく。
全てが終わり、静寂が戻る。
帆風は少し驚いたように結絆を見つめていた。
「結絆さん......」
「大丈夫だったかい?」
帆風はゆっくりと頷いた。
「......ありがとうございます、助けてくれて」
結絆は少しだけ微笑み、彼女の頭を軽く撫でる。
「まったく、こんな試練ばっかりで気が滅入るねえ。でも、あと一つってところかな?」
二人は互いの無事を確認し、再び試練の道を進んでいく。
結絆と帆風は遺跡の奥深くへと進んでいった。
試練を乗り越えるたびに、遺跡の空気は次第に重くなり、まるで二人の行く手を阻もうとしているかのようだった。
やがて、目の前にまたしても石碑が現れる。
そこには、古代文字でこう記されていた。
「最後の試練——正しき道を選べ」
石碑の先には二つの道があった。
どちらも巨大な水流が流れており、一見するとどちらに進んでも飲み込まれてしまいそうだった。
「これは......まさか、水の試練?」
帆風が警戒しながら水流を見つめる。
水は激しく渦巻き、どちらも等しく恐ろしい勢いで流れていた。
「どっちを選んでも、一度入ったら戻れなさそうだねえ......」
結絆は腕を組み、目を細めた。
左か、右か——それが正しき道を選ぶ試練の意味なのだろう。
しかし、どちらも見た目では違いが分からない。
「......どうしますか?」
帆風が不安げに尋ねる。
結絆は深く息を吸い、能力を発動させた。
自己制御《セルフマスター》
結絆は、自身の感覚を極限まで研ぎ澄まし、直感を研ぎ澄ませる。
微かな水流の変化、空気の流れ、周囲の気配。
そういった、あらゆる要素を分析し、冷静に判断を下す。
(......右だな)
結絆は静かに確信した。
「帆風、こっちに来て」
彼は帆風の手を取り、優しく抱き寄せる。
帆風は少し驚いたが、すぐに結絆の意図を察した。
「右に行くよお。しっかり掴まっててねえ」
帆風は小さく頷いた。
結絆は躊躇なく右側の水流へと飛び込んだ。
二人は水の中へと飲み込まれる。
激しい流れが全身を押し流し、まるで意思を持った生き物のように二人を弄ぶ。
だが、結絆は帆風をしっかりと抱きしめ、流れの向きを見極めながら体勢を調整した。
「ひゃっ......!」
帆風の声が響くが、結絆は冷静だった。
「大丈夫、俺がいるからねえ」
水流は激しさを増したが、突然、流れが緩やかになり、光が差し込んできた。
「出口だ......!」
二人はそのまま水の勢いに乗り、光の向こうへと放り出された。
気がつくと、二人は広大な空間の中に立っていた。
水流の出口から落ちた先は、まるで異世界のような広間だった。
天井は高く、壁には無数の古代文字が刻まれている。
中心には大きな円形の石床が広がり、そこに一人の人物が立っていた。
その人物は、マントを纏った騎士だった。
騎士は無言のまま剣を構える。
顔は兜に覆われており、正体は分からない。
しかし、ただならぬ気配を放っていた。
「......どうやら、この遺跡の番人ってところかな?」
結絆は警戒しながら帆風を守るように前に出る。
「ここを通る者よ......最後の戦いに備えよ」
低く響く声が広間に響き渡る。
そして、静寂の中で剣が煌めき、決戦の幕が上がろうとしていた——。
マントを纏った騎士が、鋭い眼光を兜の奥から覗かせながら、結絆をじっと見つめていた。
「ここを通るには、私を倒す必要がある」
低く響く声が堂々とした威厳を帯びる。
騎士は腰に差した剣を引き抜き、結絆の前に突き立てた。
「剣を取れ」
結絆はその言葉に小さく笑った。
「......随分と紳士的だねえ。剣術の試験でも始めるつもりかい?」
「問答は不要。力を示せ」
結絆は軽く肩をすくめると、騎士が差し出した剣を手に取った。
ずっしりとした重量感があり、剣身には古代文字が刻まれている。
(なるほど、ただの剣じゃないねえ......)
結絆は試しに軽く振ってみる。
結絆は刀の扱いには慣れていたが、西洋の剣はあまり使ったことがなかった。
それでも、自己制御(セルフマスター)をもってすれば、最適な動きを瞬時に導き出せる。
騎士が無言で構えを取る。
それを見た結絆も、剣をゆっくりと構えた。
「行くよお」
次の瞬間——
金属が激しくぶつかり合う音が広間に響き渡った。
騎士の剣が鋭く振り下ろされる。
結絆は紙一重でかわしつつ、即座に反撃の突きを放った。
しかし、騎士は剣を軽々と捌き、まるで結絆の動きを見切っているかのように回避する。
——ガキン!
再び剣と剣がぶつかる。
火花が散り、衝撃が結絆の腕に伝わる。
「......フフ、なかなかやるねえ」
騎士は言葉を発さず、ただ無言で次の攻撃を繰り出す。
その剣撃は一撃ごとに重く、無駄のない動きだった。
結絆は防戦一方になりながらも、相手の癖や動きの傾向を見極めていく。
(この騎士、無駄な動きが一切ない......本当に熟練の剣士だねえ)
結絆は剣のリズムを変え、わざと隙を見せながら攻めに転じた。
「はっ!」
彼の剣が鋭く閃き、騎士の胴に浅く切り込んだ。
鎧がキィンと音を立て、騎士が初めてわずかに後退する。
「......ほう」
騎士の口調に、わずかな驚きが混じった。
しかし、それでも騎士は剣を降ろさず、再び猛攻を仕掛ける。
しかし、今度は結絆の方が優勢だった。
相手の癖を完全に見抜いた結絆は、攻撃の流れを先読みし、最適なカウンターを叩き込む。
最後の一撃——結絆の剣が騎士の肩を貫いた。
騎士は剣を地面に突き立て、息を整えた。
「......見事だ」
彼は静かに結絆を見つめ、剣を収めた。
「貴様の力、確かに見届けた」
そう言うと、騎士は腰の袋から何かを取り出し、結絆に差し出した。
鏡の破片、それはこれまで結絆達が集めてきたものと同じ、この世界の鍵となるものだった。
「これは......」
「貴殿は試練を乗り越えた。次なる旅へ進むがいい」
騎士は手を翻し、広間の奥へと向かう。
そこには、一枚の巨大な鏡があった。
「この鏡が次の場所へつながっている......というわけだねえ」
結絆は帆風と顔を見合わせた。
騎士は静かに頷いた。
「貴殿の進む道に、幸運を」
そう言うと、騎士の姿は薄れ、やがて光となって消えていった。
「......ありがとう、騎士さん」
結絆は鏡の破片を握りしめ、帆風と共に鏡の中へと歩みを進めた。
鏡の国の冒険も、終盤ですね。
察している人もいそうですが、次は宇宙が舞台です。