食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回で、美琴と黒子編はおしまいです。


黒子の思い

 結絆が第七学区の倉庫街に足を踏み入れた瞬間、荒れ果てた戦場が視界に飛び込んできた。

 

夜の闇の中、瓦礫が散乱し、空間移動の影響で歪んだ地形がその凄惨さを物語っている。

 

そして、その中央には白井黒子がいた。

 

制服は破れ、無数の擦り傷と打撲痕が彼女の小柄な体を覆っている。

 

肩で息をしながらも、鋭い目つきで目の前の敵——結標淡希を睨みつけていた。

 

だが、黒子の足元はふらついている。

 

黒子が限界なのは明白だった。

 

結標が不敵に笑い、再び攻撃を仕掛けようとした——その瞬間。

 

「......そこまでだよお」

 

結絆の冷静な声が響いた。

 

次の瞬間、結標の視界が激しく揺らぐ。

 

彼女は反応する間もなく、意識を手放し、その場に崩れ落ちた。

 

「ゆ......結絆さん......?」

 

黒子は驚いたように結絆を見上げる。

 

しかし、その瞳には安堵の色も滲んでいた。

 

「よくやったねえ、黒子。もう十分だよお」

 

結絆は黒子の前に膝をつき、優しく彼女の体を支える。

 

「......もう喋らなくていい。病院に行くよお」

 

黒子は何かを話そうとしたが、すぐに力が抜け、結絆に身を預けた。

 

結絆は彼女をそっと抱え上げ、静かにその場を後にした。

 

まるで、何事もなかったかのように。

 

 

 

 黒子を病院に預けた結絆は、再び第七学区の倉庫街へと戻ってきた。

 

静寂の中に足音が響く。

 

先ほどの戦いの痕跡が生々しく残る中、倒れたままの結標淡希の姿があった。

 

彼女はまだ気を失っている。

 

その足元には、問題のスーツケースが転がっていた。

 

「さて、これが目的のブツってわけだねえ」

 

結絆はスーツケースを拾い上げる。

 

その表面には頑丈なロックが施されていたが、そんなものは関係ない。

 

指先で軽く触れた瞬間、ロックが音もなく解除される。

 

中を覗き込むと、そこにはぎっしりと詰まった書類とデータディスクが収められていた。

 

「俺の能力を利用して、多重能力者を作るつもりだったんだっけえ......?」

 

結絆の声は冷ややかだった。

 

紙束を手に取り、ざっと目を通す。

 

そこには人体実験の計画や能力開発の理論が詳細に記されていた。

 

彼は静かに息を吐くと、スーツケースを地面に置き、その上に手をかざした。

 

「これがある限り、また誰かが同じことをしようとする......なら、全部なくしちゃおうかあ」

 

次の瞬間、スーツケースが青白い光に包まれた。

 

そして、まるで存在そのものが消えるかのように、書類もデータも全て霧散していった。

 

跡形もなく消え去ったスーツケースを見下ろしながら、結絆は小さく呟く。

 

「これでおしまいだねえ」

 

彼は一度だけ、気絶したままの結標を見やると、踵を返し、その場を去っていった。

 

 

 

 結絆と美琴が病室の扉を開けると、ベッドの上で横になっていた黒子が、少しやつれた表情でこちらを見た。

 

「お姉様に結絆さん!」

 

「やあ、黒子。調子はどうかなあ?」

 

結絆が軽く片手を上げて挨拶すると、黒子はふんと鼻を鳴らした。

 

「まあまあですわ。あの女との戦いのせいで、少々身体が痛みますけれど」

 

「そりゃ大変だったねえ。無茶しちゃだめだよお」

 

結絆は苦笑しながら、病室の窓際の椅子に腰を下ろした。

 

一方で美琴は黒子のそばに寄り、少し安心したように息をつく。

 

「黒子、本当に大丈夫なの?もうちょっとゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」

 

「お姉様が心配してくださるのなら、いくらでも入院していたいですの......!」

 

「あんたねぇ......」

 

美琴が呆れた声をあげるが、黒子は無邪気な笑顔を浮かべたまま、隣の小さなテーブルを指さした。

 

「それより、お姉様。そこのリンゴ、剥いていただけませんこと?」

 

「え?」

 

美琴はテーブルに置かれたリンゴを見て、一瞬戸惑った。

 

「いいけど......。うまく剥けるかわかんないわよ?」

 

「お姉さまの剥いたリンゴなら、どんな形でも最高に美味しいに決まっていますの!」

 

「はいはい......」

 

 美琴は苦笑しながらリンゴを手に取り、ナイフを構えた。

 

結絆は興味深そうにそれを眺めながら、黒子のベッドに寄りかかる。

 

「おっ、美琴のリンゴ剥きタイムだねえ」

 

「実況しないでよ!」

 

美琴が文句を言いつつも、慎重にリンゴの皮を剥いていく。

 

結絆に見られているせいか、手元が少しぎこちない。

 

それでも、一生懸命に剥いていく姿に黒子は感動したように目を潤ませた。

 

「お姉様......!そのナイフさばき、なんて優雅で美しい......!」

 

「いや、あんたも実況しなくていいから!」

 

それでもなんとか剥き終えたリンゴを、黒子に差し出した。

 

「はい、できたわよ。あんたたちが茶化すから形は少し悪くなっちゃったけど......」

 

「いただきますの!」

 

黒子は嬉しそうにリンゴを口に運び、一口噛んだ。

 

「んんっ......! お姉さまの愛情が詰まったリンゴ、とても美味しいですわ!」

 

「はいはい、よかったわね......」

 

美琴が呆れつつも少し照れくさそうにしていると、結絆がくすくすと笑った。

 

「美琴、なかなかやるじゃないかあ」

 

「も、もう!いちいち茶化さないでよ!」

 

そんなやり取りをしながら、病室には穏やかな時間が流れていった。

 

 

 

 病室の窓の外には、学園都市の夜景が広がっていた。

 

照明が落とされた室内には、静けさとわずかな機械音だけが満ちている。

 

ベッドの上で横になっていた黒子は、結絆と美琴が帰ろうとするのを見て、少しだけ寂しそうな顔をした。

 

「......待ってくださいまし」

 

その声に、美琴が足を止める。

 

「どうしたの、黒子?」

 

「お姉様、今日はもう少し、一緒にいてくれませんの?」

 

黒子の声は、普段の茶化したような調子ではなく、どこか頼りなげだった。

 

いつもは強気な彼女のそんな姿に、美琴は少し驚いたように瞬きをした。

 

「うーん......でも、寮の門限があるし......」

 

「それなら、俺が黒子の面倒を見ておくよお」

 

結絆が微笑みながら言うと、美琴はほっとしたように頷いた。

 

「じゃあ、お願い。黒子、ゆっくり休むのよ?」

 

美琴はそう言うと、名残惜しそうにしながらも病室を後にした。

 

残された黒子と結絆。

 

室内は再び静寂に包まれる。

 

「......黒子、まだ痛むかい?」

 

「ええ、少しだけ。でも、私は大丈夫ですの」

 

黒子は強がって言うが、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。

 

体を動かすたびに微かな痛みを堪えるような仕草が見える。

 

結絆は椅子に腰掛け、軽く息をついた。

 

「黒子、眠れそうかい?」

 

「少し、落ち着けば......」

 

その言葉を聞いた結絆は、ふと目を伏せた。

 

そして、気づかれないように手を軽く動かし、淡い光を指先に宿す。

 

それは魔術――結絆が身につけた異端の力。

 

(気取られないようにしないとねえ......)

 

この学園都市では、魔術の存在は一般には知られていない。

 

特に能力者である黒子に知られるわけにはいかない。

 

結絆はゆっくりと黒子の肩に手をかざし、気づかれない程度に魔術を発動した。

 

傷ついた組織が僅かに再生し、体の奥からじんわりと温かさが広がる。

 

「......ん?」

 

黒子が小さく眉をひそめた。

 

「どうかしたかい?」

 

「いえ......なんだか、少し楽になったような......?」

 

結絆は変わらぬ表情で肩をすくめた。

 

「気のせいじゃないかなあ?」

 

黒子は不思議そうにしたが、それ以上は追及せず、目を閉じる。

 

「では、気のせいということにしておきますわ......おやすみなさい、結絆さん」

 

「ああ、おやすみ、黒子」

 

結絆は、穏やかな表情のまま黒子の寝顔を見つめた。

 

彼女の呼吸は落ち着き、静かに夢の世界へと誘われていく。

 

(これで少しは楽になるだろうねえ)

 

結絆はそっと立ち上がり、窓の外に視線を向ける。

 

夜の学園都市は相変わらず賑やかだった。

 

守るべきものが、そこにある。

 

結絆は、黒子の寝顔をもう一度見て、静かに微笑んだ。

 

 

 

 翌朝、白井黒子は目を覚ました瞬間、違和感を覚えた。

 

体が......軽い?

 

昨夜まで激しい痛みに苛まれていたはずの身体が、まるで何事もなかったかのように動かせる。

 

腕を軽く上げ、肩を回してみる。

 

痛みどころか、違和感すらない。

 

「......嘘ですわよね?」

 

黒子は布団を跳ね除け、傷のあったはずの場所を確かめる。

 

包帯は巻かれたままだが、中の肌はまるで何のダメージも受けていないかのようにすべすべとしている。

 

昨日の傷が夢だったのではないかと疑うほどだった。

 

「......いえ、確かに昨日まで痛かったはずですの......」

 

混乱しながらも、黒子は昨晩のことを思い出す。

 

自分のそばにいてくれたのは、結絆だった。

 

もしかして、彼が本当に何かしたのでは?

 

そう思い至ると同時に、黒子は病室のソファで眠っている結絆の姿を見つけた。

 

彼は腕を組んで仰向けになりながら、穏やかな寝息を立てている。

 

「結絆さん......?」

 

黒子はそっと結絆の肩を揺らした。

 

「ん......ああ、おはよう黒子......どうかしたかい?」

 

「どうしたのではありませんの!傷が......傷がすっかり治っていますのよ!」

 

黒子は驚きと困惑を込めた声で叫んだ。

 

それに対し、結絆は一瞬だけ目を細めると、口元に笑みを浮かべた。

 

「ふふ、おまじないをかけたんだよ」

 

「お、おまじない?」

 

黒子は怪訝そうな顔で結絆を見つめた。

 

「そう、おまじない。傷が早く治るようにってね」

 

結絆はさらりと答えたが、その態度にはどこか誤魔化している雰囲気があった。

 

黒子は疑いの眼差しを向けたものの、結絆の言葉以上の証拠があるわけではない。

 

「......結絆さん、何か隠していませんこと?」

 

「まさか。黒子が無事で良かったよ」

 

結絆は優しく微笑んだ。

 

それを見た黒子は、深くため息をつきつつも、それ以上追及することはやめた。

 

「まあ......結絆さんのおかげですのね」

 

黒子は納得しきれないままではあったが、それでも彼の優しさには感謝せずにはいられなかった。

 

「うん、元気になったなら、それが一番だねえ」

 

結絆は微笑みながら、そっと黒子の頭を撫でた。

 

 

 

 それから数日後、黒子は朝からそわそわしていた。

 

美琴には「頑張りなさいよ」と送り出され、結絆のいる場所へと向かう。

 

マジックシアターのラウンジ。

 

豪華なシャンデリアがきらめく中、結絆は優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「おや、黒子。今日はどうしたんだい?」

 

結絆が微笑みながら声をかける。

 

黒子は緊張しながらも、彼の前に立ち、深呼吸をした。

 

「......結絆さん、私......あなたのことが好きですの!」

 

ストレートな言葉に、結絆は一瞬驚いたが、すぐに落ち着いた表情を取り戻す。

 

「そっか。黒子が俺を好きになってくれるなんて、嬉しいねえ」

 

「......でも、わかっていますの。結絆さんには、すでにお付き合いしている方が複数いらっしゃることも......。それでも、私は気持ちを伝えたかったんですの」

 

結絆は少し考えるように黒子を見つめた。

 

「......黒子は、そういうの気にしないのかい?」

 

「気にしないとは言いませんわ。でも、私の気持ちは変わりませんの。結絆さんがどんな方とお付き合いしていても、私はあなたを愛していますの」

 

その瞬間、黒子は一歩前に出ると、躊躇いなく結絆の唇にそっと自分の唇を重ねた。

 

驚いたのは結絆の方だった。

 

普段から黒子が大胆な行動を取ることは知っていたが、これほど真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてくるとは。

 

数秒後、黒子はゆっくりと唇を離し、まっすぐに結絆を見つめる。

 

「......私、結絆さんがどんな方でも、受け入れますわ」

 

結絆は微笑み、黒子の頭を優しく撫でた。

 

「黒子は強いねえ......。うん、わかったよ。俺も、黒子の気持ち、ちゃんと受け止めるよお」

 

その言葉に、黒子の顔がぱあっと明るくなる。

 

「本当ですの!?」

 

「もちろん。ただ、俺も統括理事会の一員として、学園都市のルールを少し変えようとしているところなんだよお」

 

「ルール、ですの?」

 

結絆は少し笑いながら続けた。

 

「能力者の多重婚を認めるっていう案を、今出してるところなんだよねえ」

 

黒子は一瞬きょとんとした後、驚いた表情を浮かべた。

 

「な、なんてことを......!」

 

「黒子も賛成してくれるよね?」

 

「......もちろん、ですわ!」

 

二人は静かに微笑み合った。

 

 一方、常盤台の女子寮の一室で、美琴はベッドに腰掛けながら、ぼんやりと読書をしていた。

 

そこへ、勢いよく扉が開き、黒子が満面の笑みを浮かべながら飛び込んできた。

 

「お、お姉様ぁ!」

 

「うわっ!?な、なによ、黒子。そんなに慌てて」

 

美琴は驚きつつも、本を閉じて黒子の方を見た。黒子は自信満々の表情で胸を張る。

 

「私、結絆さんに告白いたしましたの!」

 

「......え?」

 

一瞬、美琴は耳を疑った。

 

だが、黒子の真剣な表情を見ると、それが冗談ではないことがわかった。

 

「ほ、本当に? それで、どうなったの!?」

 

「ふふん、それがですわね......結絆さんは、私の想いを受け止めてくださいましたの!」

 

黒子は誇らしげに胸を張る。

 

美琴は驚きながらも、どこか納得していた。

 

「へぇ......結絆もやっぱり黒子のこと、ちゃんと見てたんだね」

 

「ええ、ええ! これで私も、堂々と結絆さんとイチャイチャできますの!」

 

黒子はうっとりと目を閉じ、幸せそうに頬を染める。

 

美琴はその姿を見て、少し苦笑した。

 

「まあ、黒子が幸せなら、それでいいけどさ......」

 

「ふふふ、お姉様もこれで安心ですわね」

 

「な、何が?」

 

「だって、私が結絆さんと一緒にいるときに、お姉様もそばにいれば、違和感なく結絆さんとイチャイチャできますでしょう?」

 

「......は?」

 

 美琴は黒子の言葉を理解すると、顔を引きつらせた。

 

「いや、なんでそうなるのよ!?別に私は......」

 

「お姉様、そんな照れなくてもよろしいのですわよ? これからは私も公認の仲ですの。三人で一緒にいれば、自然とお姉様も結絆さんとスキンシップが取れますわ!」

 

「いやいやいや、意味がわかんない!それに、そんなこと言うなら黒子だって私と一緒にいるときに結絆とイチャイチャできないでしょ!」

 

「いえ、むしろそれがいいのですわ!お姉様と結絆さんが一緒にいるところに私が混ざれば、自然にお姉様とも距離が近くなりますでしょう?つまり、私も違和感なくお姉様にスキンシップができますの!」

 

「......はぁぁぁぁ」

 

美琴は深々とため息をついた。

 

「結局、黒子は私にもくっつきたいだけじゃん......」

 

「まあ、それはそれとして、結絆さんとの時間も楽しませていただきますわ♪」

 

「やれやれ......」

 

美琴は呆れつつも、黒子の嬉しそうな様子を見て、少し微笑んだ。

 

「ま、黒子が幸せなら、いっか......」

 

「ふふふ、お姉様も素直になればよろしいのですわよ?」

 

「はいはい、もう好きにしなさい......」

 

こうして、美琴は黒子の恋愛事情に振り回される日々が、また一歩進んでしまったのだった。




黒子も、結絆と引っ付けることにしました。

結絆はモテモテですね。
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