3話ぐらい続きます。
結絆と帆風達との関係が変わったのは、つい最近のことだ。
それまでは結絆は彼女達の思いには気付いてはいたものの、信頼できる仲間であり、組織「ドリーム」の一員として互いに助け合う間柄だった。
しかし、いつの間にか関係は一歩先へと進んでいた。
彼女達の想いを受け止めることを決めた結絆は、一人ひとりとしっかり向き合いたいと考えていた。
「......でも、俺の時間は限られてるんだよねえ」
組織のトップとしての仕事、統括理事会の会合、そして学校生活。
物理的に考えても、全員と十分に向き合う時間を確保するのは難しい。
なら、分身を作ればいい。
結絆は魔術の原典を複数持っている。
その力を応用すれば、自分の分身を作ることも不可能ではないはずだ。
そう考えた結絆は、さっそく実験に取りかかった。
最初の試みは、アウレオルスから得た「時空間の原典」を応用したものだった。
自らの姿を映し出し、物理的な干渉はできないが視覚的に存在する「幻影」の分身を生み出した。
しかし、これでは会話すら成り立たない。
「......これじゃただのホログラムなんだよねえ」
次に試したのは、「水の原典」の力を使い、水の粒子を操って自分の姿を模した実体のある分身を作る方法だった。
これは一応の成功を見せた。
分身は周囲の物体と接触でき、視覚的にも違和感がない。
しかし、致命的な問題があった。
分身と本体の間で情報共有ができない。
分身を作った時点で、もう一人の「食蜂結絆」がそこにいるのだが、思考は完全に独立しており、本体が見聞きしたことを分身は知らず、逆もまた然りだった。
「うーん......これじゃダメだねえ」
結絆は何度も試行錯誤を重ねた。
分身を作る際に自身の意識を完全にコピーしようと試みたが、それでは分身が勝手に動きすぎるという問題が発生した。
逆に単なる命令に従うだけの存在では、向き合うべき相手との関係は築けない。
理想は、一つの意識を共有することである。
それができれば、分身と本体が同時に異なる場所で異なる相手と向き合いながら、互いの経験を即座に共有できる。
「......なら、『水』を媒介にしてみようか」
結絆は「水の原典」を用い、自身の意識を分割するのではなく、水を通して「ネットワーク」を構築する方法を考えた。
そして、意識を完全に共有するわけではなく、分身が見たもの・感じたことが一定間隔で本体に流れ込むように調整した。
その結果......
「......おお、これは......!」
視界が二重になったかのような奇妙な感覚。
しかし、分身が遠くにいても情報が流れ込んでくる。
少し慣れが必要だが、実用には十分だった。
最初にこの分身を試したのは帆風だった。
「......え? どういうことですか? 結絆さんは今、こちらにいますのに......?」
「んー、まあ、分身の練習だよお。これなら、ちゃんと向き合えるかなって思ってさ」
帆風は少し驚いた顔をしたが、やがて微笑んだ。
「......そうですね。確かに、結絆さんらしい方法ですね」
こうして、結絆の「分身の魔術」は完成した。
それは、彼が大切な人達としっかり向き合うための、小さな一歩だった。
分身の魔術がある程度の完成を見せたことで、結絆は以前よりも帆風達としっかり向き合う時間を確保できるようになった。
しかし、いざ実践で使ってみると、思わぬ欠点が浮かび上がった。
「......脆いんだよねえ」
分身は確かに意識を共有でき、本体とは別行動を取ることができる。
しかし、物理的な衝撃に対する耐性が極めて低かった。
例えば、軽い打撃や強い風圧を受けるだけで崩れかけてしまい、ダメージが一定以上蓄積すると消滅してしまう。
「これじゃ、あまり実用的じゃないねえ......」
何度か試行錯誤してみたものの、分身の素材が「水」である以上、外部からの影響を受けやすいのは避けられない問題だった。
補強しようにも、単に水の密度を上げるだけでは限界がある。
それなら、専門家に聞けばいい。
結絆の頭に思い浮かんだのは、ある少女の顔だった。
インデックス──必要悪の教会(ネセサリウス)に所属する10万3千冊の魔道書を記憶するシスター。
彼女なら、魔術に関する知識が豊富で、何か解決策を見つけられるかもしれない。
そう考えた結絆は、すぐにインデックスへと連絡を取った。
「なるほどね、それで分身の耐久力を上げたいんだね?」
「そうそう。今のままだと、ちょっとした攻撃で壊れちゃうからねえ」
数時間後、イギリスの某所。
結絆の分身体は、インデックスと向かい合って座っていた。
彼女は興味深そうに結絆の説明を聞くと、小さく首をかしげた。
「そもそも、なんで水を使ってるの?」
「んー、水の原典があるし、意識のネットワークを構築するのに便利だったからねえ」
「確かに、それはいい考えかも。でも、問題は水そのものの特性だね。分身が簡単に壊れちゃうのは、エネルギーの供給がないからだよ」
「エネルギーの供給......?」
「そう!普通の魔術師は、体内の魔力とか霊装を使って魔術を維持するんだけど、水を媒体にするなら別のエネルギー源を考えたほうがいいかも!」
インデックスは小さな手を頬に当て、しばらく考え込んだ。
そして、ぱっと顔を上げる。
「そうだ!地脈や水脈からエネルギーを引っ張ってくればどうかな?」
「......地脈や水脈かい?」
「うん。地脈っていうのは、地球上を流れる魔力の流れみたいなもの。それを利用すれば、分身がダメージを受けても即座に修復できるよ! 水脈も同じように使えると思うけど、流動性があるぶん、安定性がちょっと落ちるかもね」
「なるほどお......地脈や水脈を通して、エネルギーを供給し続けるってことだねえ」
「そう! そうすれば、分身が崩れても、すぐに再生できるはずなんだよ!」
インデックスの言葉に、結絆は深く頷いた。
「いいねえ、それなら分身が長持ちしそうだ」
「でもね、注意しないといけないこともあるんだよ」
「注意?」
「うん。地脈は場所によって魔力の流れが違うし、場合によっては逆に魔術が不安定になることもあるんだよ。だから、ちゃんと調整しながら使わないと危ないかも」
「なるほどお......じゃあ、まずは水脈から試してみるのがいいかなあ?」
「うん、それが無難かも!」
インデックスの助言を受け、結絆の頭の中には新たな計画が浮かび上がった。
水脈を利用してエネルギーを供給し、分身を常に修復可能な状態にする。
「ふふっ、やることが決まったねえ。ありがとう、インデックス」
「えへへ、役に立てたなら嬉しいかも!」
こうして、結絆は分身の耐久力を向上させるための新たな実験を始めることになった。
それは、彼の魔術をさらなる高みに導くための、新たな挑戦だった。
インデックスからの助言を受けた結絆は、早速分身の耐久力を強化するための実験に取り掛かった。
「水脈を利用してエネルギー供給か......まずは水脈に繋げる方法を確立しないとねえ」
学園都市には人工的に作られた水脈が多く存在している。
学園都市のインフラは、亡本裏蔵から奪い取った権限を使って結絆が完全に掌握している。
地下に広がるパイプラインや貯水システムを魔術的に接続し、それを媒介にエネルギーを流し込めば、分身の補強に使えるはずだった。
「さて、試してみようかあ」
結絆はまず、自らの魔術を通じて地面に手を当てる。
水の原典を活用し、地下に流れる水脈と繋がるルートを探る。
数分の試行錯誤の末、彼は水脈から直接エネルギーを引き込むことに成功した。
「おお、これはいい感じだねえ」
そのエネルギーを自身の分身体へと送り込みながら、結絆は試しに軽く拳を打ち込んでみる。
以前ならば簡単に崩れてしまったはずの分身が、今度は揺らぐことすらなかった。
「いいねえ、これなら実戦でも使えそうだ」
数日後、結絆はこの新たに強化した分身を暗部の仕事で実際に運用することにした。
「さて、どれくらい持つか試してみようかあ」
今回の仕事は、学園都市のとある施設に潜入し、内部のデータを回収するというものだった。
相手は武装したボディーガードと能力者達。
真正面から戦うのは得策ではなかったが、分身を囮に使いながら進むことで、より安全に任務を遂行できる。
「頼んだよお」
結絆は分身を前方へと送り出した。
暗がりの中を進んでいく分身体。
ほどなくして、警備の一人に発見された。
「何だ!? 侵入者か!」
銃口が向けられ、鋭い銃声が響く。
しかし、次の瞬間、その銃弾が分身に当たるも、水の波紋のように表面が揺れるだけで、すぐに元の形へと戻った。
「......すごいねえ、ちゃんと機能してるねえ」
驚愕する警備員達を尻目に、結絆は影に紛れながら目的の端末へとたどり着いた。
分身体が囮となり、敵の意識を引き付けてくれているおかげで、結絆は無傷でデータの回収を終えることができた。
「よし、そろそろ退散しよっかあ」
分身体は最後に意図的に大きく動き回り、警備の注意を完全に引きつけた。
その隙を突いて結絆は悠々と施設を脱出する。
「ふぅ......大成功だねえ」
安全圏に戻った結絆は、夜風に吹かれながら満足そうに微笑んだ。
「実戦で使ってみても問題なし......いい魔術を作れたねえ」
水脈を利用したエネルギー供給システムのおかげで、分身体は敵の攻撃を受けても即座に回復し、囮としての役割を完璧に果たした。
以前までの脆弱な分身とは比べものにならないほど、実用的なものへと進化していた。
「インデックスの助言のおかげだねえ......また何かあったら相談してみようかなあ」
そう呟きながら、結絆は夜の学園都市を歩き出した。
彼の新たな魔術は、着実に進化し続けているのである。
放課後の公園。
結絆は操祈と当麻を連れてきていた。
「それで、今日は何を見せてくれるのかしらぁ?」
操祈が首を傾げながら問いかけると、結絆は得意げな笑みを浮かべた。
「まあまあ、びっくりする準備はいいかなあ? いくよお」
そう言うと、結絆はゆっくりと手をかざし、魔術を発動させる。
瞬間、彼の隣にもう一人の結絆が現れた。
「......へぇ、すごいじゃなぁい」
操祈は驚きながらも、二人の結絆を交互に見つめる。
「いや、待てよ......どっちが本物?」
当麻も目を丸くして分身体と結絆を見比べるが、その見た目は完全に一致していた。
微妙な癖や仕草までそっくりで、見分けがつかない。
「どうだい?区別は、つくかなあ?」
「うーん......ちょっと喋ってみてくれる?」
「俺は結絆だよお」「俺も結絆だよお」
二人の声が同時に重なる。
操祈は顎に手を当て、じっくりと観察するが、どちらが本物か判断がつかない。
「......全然わからないわねぇ」
「俺もさっぱりだ......」
当麻も頭をかきながら呟く。
「だろお? これ、最近開発した分身体の魔術なんだよねえ」
「まさかここまで精巧だとは思わなかったわぁ......」
操祈が感心したように言うと、結絆は満足そうに頷いた。
「じゃあ、実際に触ってみるかい?」
「おっ、それなら俺が......」
当麻が軽い気持ちで分身体の肩に手を伸ばした、その瞬間——。
幻想殺しが発動し、分身体が一瞬で霧散する。
「うわっ!!?」
同時に、大量の水が空中に弾け飛び、当麻を直撃した。
「......ぶはっ!?」
びしょ濡れになった当麻は呆然と立ち尽くす。
「......ははっ、やっぱりそうなるんだねえ」
結絆は口元を押さえながら笑い、操祈もくすくすと微笑んだ。
「もぉ......当麻ったらぁ、大丈夫?」
「いや、大丈夫じゃねえ! なんで俺だけこんな目に!?」
当麻が抗議するも、結絆は肩をすくめる。
「幻想殺しって、こういう時ほんと容赦ないよねえ」
「ったく......もう少し優しく発動してくれよ......」
当麻は頭を振って水を飛ばしながらため息をついた。
「まあまあ、それだけ俺の分身体が本物に近かったってことじゃないかなあ?」
「それは認めるけどさ......次は俺が濡れない方法で試してくれよ......」
「考えとくよお」
そう言って結絆が笑うと、操祈もくすくすと楽しそうに笑った。
こうして、結絆の分身体のお披露目は、大成功(?)に終わったのだった。
次は、放課後の常盤台中学の校門前。
結絆は、美琴と黒子を呼び出していた。
「それで、わざわざ呼び出したのは何なのよ?」
美琴が腕を組みながら問いかけると、結絆はにやりと笑った。
「まあまあ、驚く準備はできてるかなあ?」
そう言うと、結絆は軽く手を振り、魔術を発動させた。
瞬間、彼の隣にもう一人の結絆が現れる。
「えっ......」
美琴と黒子の目が大きく見開かれる。
「どう? 俺の新しい力だよお」
結絆と分身体が同時に喋る。
その様子に、黒子はしばらく呆然としていたが、やがて目を輝かせた。
「......こ、これはっ!つまりいつでも結絆さんと一緒にいられるということではなくて!?なんと素晴らしい力ですの!」
黒子は興奮気味に結絆の手を取る。
「おっ、察しがいいねえ」
「ふふっ、これからは結絆さんと四六時中ご一緒できますのね!」
黒子が満面の笑みを浮かべると、美琴は顔を赤らめながらも頷いた。
「ま、まあ......そういうのも、悪くない......のかもね......」
「美琴もそんなこと言うんだねえ?」
結絆がにやりと笑うと、美琴はさらに頬を染め、そっぽを向いた。
「ち、違うわよ! ただ、こういうのって......その......便利だし......」
「まあまあ、そういうことにしておこうかなあ」
結絆が軽く肩をすくめると、黒子がさらに熱心に分身体を見つめる。
「ちなみに、この分身体はどれくらい持続するのですの?」
「基本的には俺の気分次第だけど、普通に使えば一日中維持できるよお」
「それは素晴らしいですの!では、これからは私と結絆さんで、お姉様をダブルでお守りできますわね!」
「ちょ、黒子!?」
「ふふっ、美琴の安全は俺が保証するよお」
結絆が冗談めかして言うと、美琴はさらに顔を赤くしながら電撃をちらつかせた。
「......あんまり調子に乗ると、感電させるわよ」
「おお、怖いねえ」
結絆は笑いながら手をひらひらと振った。
こうして、美琴と黒子への分身体のお披露目も、無事に(?)成功したのだった。
結絆が、分身の魔術を覚えました。
これで、結絆を色んなキャラと関わらせやすくなりましたね。