水族館での楽しい時間を過ごした後、結絆は夜の学園都市を一人で歩いていた。
心地よい疲れと共に、帆風とのやり取りを思い返しながら、人気の少ない通りを進んでいると、遠くで爆発音が響く。
「......ん?」
目を向けた先には、紅蓮の炎が夜の闇を裂くように立ち昇り、その近くには、見覚えのある少年の姿があった。
「当麻、かい?」
その向かいに立つのは、長身の赤髪の青年——ステイル=マグヌス。
ローブをまとい、手には幾枚ものルーンカードを携えている。
その表情は冷徹で、今まさに次の一撃を放とうとしていた。
(......あれが、魔術師ってやつかい)
結絆は直感的にそう判断した。
今朝、当麻やインデックスの話に出てきた「魔術師」が、今まさに目の前にいるのだ。
「お前っ......!」
当麻がこちらに気付き、驚いた表情を浮かべる。
「どうやら面倒なところに遭遇したみたいだねえ」
結絆は軽く肩をすくめながら、ステイルを観察する。
巨大な炎を自在に操るその姿は、間違いなく科学サイドの能力者とは異質なものだった。
「......無関係な人間は引っ込んでいてもらおうか」
ステイルが低く呟く。
「これは『魔術師』同士の戦いだ」
どうやらステイルは当麻のことを魔術師だと思っているらしい。
あの右手の力を見たのなら勘違いするのも無理はないだろう。
「だけど、そいつは俺のクラスメイトなんだよお」
結絆は微笑を浮かべながら前へと踏み出す。
「そう簡単に見捨てるわけにはいかないねえ」
「好きにしろ。どうせ、すぐに燃え尽きることになるからね」
ステイルはそう言い放つと、再びルーンを掲げた。
次の瞬間——轟音と共に、巨大な炎の塊が結絆と当麻に向かって解き放たれる。
「当麻、右に避けろ!」
結絆は瞬時に判断し、当麻を押しのけながら自身も横に跳ぶ。
炎の塊はアスファルトを焼き焦がし、赤熱した跡を残した。
「ちっ......!」
当麻は立ち上がると、拳を握りしめる。
「幻想殺し(イマジンブレイカー)であいつをぶちのめばいいんだけどな、熱すぎて中々近づけねえ......!」
「なら、少しばかりサポートしようかあ」
結絆は微笑みながら、周囲に張り巡らされたルーンの書かれたカードに目を向けた。
(なるほどね......こいつはフィールド全体をカードで支配するタイプか)
結絆の能力は応用すれば間接的に相手の思考や心理を読み取ることができる。
相手の動き、そして痕跡など、戦いの中で得られる情報は思った以上に多いものである。
ステイルがどのように魔術を構築しているのかを探ることは、さほど難しくなかった。
「まずは......これからだねえ」
結絆は素早く地面に落ちたカードを拾い、破り捨てる。
「何っ!」
ステイルの目がわずかに揺らぐ。
「当麻、おそらく、やつの術式はこのカードを起点にしている。カードを全部壊せば、奴のフィールドは崩れるはずだよお」
「なるほどな!」
当麻は頷き、結絆と共に周囲に散らばるルーンを次々と破壊していく。
「......面倒なことを......!」
ステイルは舌打ちし、さらに炎を放とうとする。
しかし——
「遅いよお!」
結絆が先んじて動いた。
ステイルの放とうとした炎の軌道を読んで、最適な位置へと身を移し、当麻が殴りかかる時間を稼ぐ。
まるで彼の行動が全て見えているかのような動きだった。
「貴様......!」
ステイルが驚きの表情を見せた瞬間、当麻の拳がステイルの魔術を打ち消しながら、その顔面へと直撃した。
数分後——
ステイルは地面に倒れ込みながら、悔しげに結絆達を睨んだ。
「......なるほど、君はただの能力者じゃないね」
「さあ、どうだろうねえ?」結絆は軽く笑う。
「結絆......助かったぞ......」当麻が肩で息をしながら言う。
「まあ、君に死なれると困るからねえ」
結絆は肩をすくめる。
「それに、魔術師ってのがどういうものか、少しは理解できた気がするからいい収穫だったよお」
そう言いながら、結絆はステイルを見下ろした。
(魔術と超能力......やっぱり、相容れないものなのかねえ)
その疑問を胸に抱きながら、結絆は戦いの終わった夜の街を見上げた。
夜空には、何事もなかったかのように、静かな星が瞬いていた。
戦いが終わってからしばらく経ち、夜の静寂がようやく戻ってきた。
ステイルは地面に倒れたまま、荒い息をつきながら当麻と結絆を見上げていた。
その目には、敗北の悔しさだけでなく、どこか苦しげな感情が浮かんでいるように見える。
「さて、そろそろ説明してもらおうかあ」
結絆がステイルの近くにしゃがみ込み、じっと表情を観察する。
「お前がわざわざ当麻を襲った理由をねえ」
当麻も険しい表情で腕を組む。
「お前、何のつもりだ? 俺を狙うってことは、もしかして、インデックスが関係してたりするのか?」
ステイルはわずかに目を伏せ、息を整えながらゆっくりと立ち上がった。
「......ああ、その通りだ」
夜風が吹き抜ける中、ステイルは煙草を取り出し、ライターを手にする。
だが、何かを思い直したのか、火をつけずにそれをポケットにしまった。
そして静かに語り始めた。
「君はまだ何も知らないんだろうな、上条当麻」
「何の話だ?」当麻が眉をひそめる。
ステイルは冷たい目で当麻を見据えると、淡々と言葉を紡いだ。
「インデックスは、毎年記憶を消されている」
当麻は一瞬、言葉を失った。
結絆も顔をしかめる。
「......は?」
「彼女の頭には、十万三千冊の魔道書が詰め込まれている。その膨大な情報量のせいで、彼女の脳は一年ももたない。だから毎年、記憶を消去しなければならないんだ」
「......嘘だろ」
当麻は愕然とした。
彼にとって、インデックスは無邪気で、明るくて、どこか放っておけない存在だった。
しかし、その裏にそんな過酷な運命があったとは......
「それが、俺たち必要悪の教会(ネセサリウス)の役目だ」とステイルは続ける。
「インデックスの記憶を管理し、彼女が正常に機能するようにする。そして、そのために僕は君を排除しに来た」
「......なんで俺が?」当麻は困惑した様子でステイルを見た。
「君が無駄な希望を持たせるからだ」
ステイルの声には怒気と葛藤が滲んでいた。
「インデックスに、記憶を失わなくて済むかもしれないなどという幻想を抱かせたら、彼女はどうなると思う?」
結絆は黙ってそのやりとりを聞いていたが、そこで口を挟んだ。
「......つまり、君は彼女のために戦っているつもりってことかい?」
ステイルはその言葉に一瞬動きを止めた。
「......そうだ」
その返答には、微かな迷いがあった。
「待てよ......お前、インデックスのことをそんな風に言うけど、結局のところお前とあいつはどういう関係なんだ?」
当麻が核心を突くように問う。
ステイルは一瞬目を逸らし、口を固く結んだ。
「......僕はただの監視役だ」
「監視役......?」当麻が困惑する。
結絆はステイルの表情をじっと観察していたが、ふっと小さく笑った。
「そうは言っても、本当はそれだけじゃないんだろお?」
「......何が言いたい」
「お前はインデックスのことを"管理"しなきゃならないとか"記憶を消す"とか言ってるけど、心のどこかでそれを拒んでるように見えるよお」
ステイルは何も言わなかった。
ただ、結絆の言葉を噛みしめるように沈黙していた。
当麻はそんなステイルの態度を見て、ますます疑問を抱いた。
(こいつ......本当に"ただの監視役"なのか?)
「......もういい」
ステイルは深く息をつき、再び当麻を見た。
「お前に何を言っても、どうせ無駄だろう。インデックスはお前に懐いているし、お前はそれを拒めない」
「......あたりまえだろ」
当麻はきっぱりと言った。
「俺はアイツを助ける」
「......ならば、覚悟しておけ」
ステイルは当麻を睨みつける。
「お前がインデックスの側にいる限り、彼女の記憶消去の運命は避けられない。そして、お前がその事実に抗おうとするなら、僕達、必要悪の教会を敵に回すことになるぞ」
当麻は少しの間だけ黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「......敵に回したって関係ねえよ」
その言葉に、ステイルは目を見開いた。
「俺はインデックスを助ける。記憶を消される必要がない方法を見つけてやる。それがどんなに難しくたって、俺は絶対に諦めない」
当麻の言葉を聞いて、結絆も笑みを浮かべる。
「......なるほど、そうこなくちゃねえ」
ステイルは再び沈黙し、そして深く息をついた。
「......君は、本当に変わったやつだね、上条当麻」
「さて......今夜のところは、もう引き上げる」
ステイルはローブを翻し、夜の闇へと歩き出す。
「だが、お前は知るべきだ。インデックスの記憶消去の問題は、君が思っているほど単純じゃない。君が関わることで、余計に彼女を苦しめることになるかもしれない。それでも、君は......」
「関係ねえ」
当麻はきっぱりと言い放った。
「俺はアイツを苦しめたくないんだ。そのために、俺にできることをやるだけだ」
ステイルはその言葉にわずかに微笑み、そして夜の闇へと消えていった。
結絆は、そんな彼の背中を見送りながら静かに考えた。
(魔術サイドと科学サイド、そしてインデックスの記憶......これは、もっと深く知る必要がありそうだねえ)
結絆は夜空を見上げた。
星々が輝くその光は、彼がこれから向き合うことになる世界の広さを象徴しているように思えた。
結絆や当麻がステイルと戦う話を書きました。
ステイルもかなりの強さですが結絆と当麻が強すぎましたね。
これは余談ですが、結絆の機転により、魔女狩りの王(イノケンティウス)が出てくる前に戦いが終わりました。結絆は敵に回したくないですね。
今回は魔術の話でしたが、次回は科学の方に戻ります。