マジックシアター内は、静寂に包まれていた。
志藤、滝本、坂城、そして先ほどの爆発から生き延びた構成員達は、慎重に足を進めながら内部の構造を確認していた。
「......本当に誰もいないの?」
滝本が低く呟いた。
それぞれの部屋を覗いても、人の気配はない。
警備員もいなければ、ドリームのメンバーの姿もない。
「静かすぎる......妙だな」
坂城も周囲を警戒しながら、拳を握りしめる。
その時だった。
ピリリリリ——
突然、志藤のポケットから携帯電話が鳴った。
「......なんだ?」
このタイミングでの着信に違和感を覚えながらも、志藤は慎重に端末を取り出し、画面を確認する。
発信者は表示されていない。
「......チッ」
警戒しながらも通話ボタンを押す。
『やあ、れんじ君。探索は順調かい?』
馴染みのある、しかしどこか冷たさを感じさせる声。
食蜂結絆だ。
「テメェ......!」
志藤は歯噛みする。
『俺としては、忠告するためにハッキングしたんだけどねえ......。そうだ、君が後ろを向いたとき、君は死ぬよお』
結絆の声は、まるで戯れを楽しむような調子だった。
「ふざけんな、そんな脅しが通じるかよ!」
志藤は苛立ちながら、後ろを振り返った。
その瞬間だった。
ズシャアッ!!
目の前に、巨大な影が現れた。
「——ッ!?」
黒と白の毛並みを持つ獣。
鋭い牙、獰猛な目。
そして、空間を圧倒するような巨躯。
天衣装着(ランペイジドレス)をまとった、ドリームの番人——レグルス。
一応補足だが、レグルスはトラである。
結絆のネーミングセンスがおかしいだけである。
次の瞬間、志藤の叫びが響く。
「ギャアアアアアッ!!」
レグルスの巨大な顎が志藤の肩に喰らいつく。肉が裂け、血が吹き出す。
辺りに鮮血が飛び散った。
「クソッ!逃げるわよ!」
滝本が叫び、坂城と共に狭い通路へと駆け出す。
だが、他の構成員達の中には逃げ遅れた者もいた。
「待ってくれ!まだ——」
言葉が終わる前に、レグルスが唸り声を上げた。
ドシュッ!
レグルスの巨大な前脚が振り下ろされ、構成員の一人が叩き潰される。
「ぎゃあああ!!」
次々に襲いかかるレグルスの猛威。
血が飛び、肉が裂け、逃げ遅れた者達は次々とその餌食になっていった。
「くそっ......!!」
滝本と坂城は息を切らしながら狭い通路を駆け抜ける。
「追ってきてる!?」
「わかんねぇ!だが......あの化け物に見つかったら終わりだ!」
背後では、仲間達の断末魔が響き渡っていた——。
マジックシアターの奥まった部屋に設置されたモニターには、血まみれになりながら逃げ惑う滝本朱音と坂城豪、そして生き残った数人の構成員達の姿が映し出されていた。
「ひぃっ......!どこに逃げればいいんだよ!!」
「くそっ、この施設って迷路になってるの!? こんなところで死にたくない!!」
カメラ越しにも、彼らの恐怖が手に取るように伝わってくる。
そんな映像を見つめながら、食蜂結絆はワイングラスを片手にゆったりと微笑んでいた。
「ふふっ、なかなかいいリアクションだねえ」
その隣で麦野沈利もモニターを見ながら、くつくつと笑っている。
「お前も相変わらず容赦ないわね。まあ、あいつらがバカなのは確かだけど」
麦野は手元のグラスをくいっと傾けながら、結絆を見た。
「だってねえ、せっかくのショーなんだから、最後まで楽しませてあげないとねえ?」
結絆はいたずらっぽく笑い、指を鳴らした。
その瞬間、モニターの映像が切り替わり、次々と開閉する通路や、天井から突如落下する鉄柵、吹き出す蒸気など、まるで仕掛けられたトラップが動き始めるのが映し出される。
滝本達は完全に迷路に閉じ込められ、右往左往していた。
「こ、こっちだ!!」
「違う!!そっちは——!!」
ドゴォンッ!!
爆発音とともに、画面の一部が砂嵐になった。
麦野は椅子にもたれかかりながら、満足そうに笑う。
「ははっ、ホント悪趣味ね、結絆」
「そんなことないよお、俺はただ彼らに相応しい舞台を用意しただけだからねえ」
結絆はそう言いながら、シャンデリアの輝くテーブルに視線を移した。
そこには、ドリームとアイテムのメンバー達が集まり、美食を楽しんでいた。
「これ、めっちゃうまいんだけど!」
フレンダが大きな肉の塊にかぶりつき、目を輝かせる。
「このスープも超濃厚ですね」
絹旗も満足げに頷いた。
「......ふぅ」
滝壺は静かにお茶を啜りながら、モニターの映像を一瞥した。
「まあ、こうなることはわかってたよね」
彼女の言葉に、食卓の皆が頷く。
「さてさて、まだまだショーは終わらないよお?」
結絆は愉快そうに微笑み、ナイフとフォークを手に取った。
モニターからは、まだ恐怖の迷宮を彷徨う者達の絶叫が響いていた。
マジックシアターの暗い通路を必死に駆ける滝本朱音(たきもと あかね)と坂城豪(さかしろ ごう)、そして生き残った数名の構成員達。
彼らの顔には焦燥と恐怖が張り付いていた。
「くそっ......! なんなんだよここは......!」
坂城が荒い息を吐きながら呟く。
「もうどれだけ走ったかわからない......。このままじゃ、まるで迷路だよ......」
滝本も歯を食いしばりながら、必死に冷静さを保とうとする。そんな彼らの前に、不意に人影が現れた。
「おやおやあ、随分と慌ただしいねえ?」
ゆったりとした声とともに、通路の先に立っていたのは、食蜂結絆。
「......お前っ!!」
滝本が反射的に拳銃を構えたが、結絆はまるで気にも留めていないかのように微笑を浮かべる。
「そんなおもちゃ、俺に向けても意味がないよお?」
「チッ......」
坂城は警戒を強めながらも、考える。
ここで撃ち合うのは得策ではない。
そもそも、今の状況が異常すぎる。
この男が何を考えているのかわからないが......少なくとも、この場で正面からやり合うのは最悪の手だ。
「お前、何のつもりだ......?」
滝本が慎重に問いかけると、結絆は笑顔のまま、指を立てて軽く左右に振った。
「そんな怖い顔しないでほしいねえ。君達、出口を探してるんでしょ? だったら、俺が案内してあげるよお?」
「......は?」
坂城と滝本は思わず顔を見合わせた。
「このままじゃ、君達は本当に迷子になっちゃうからねえ。これ以上何もしないなら見逃してあげてもいいんだけどねえ?」
結絆は軽やかに踵を返し、奥の通路へと進み始める。
「......どうする?」
坂城が小声で滝本に尋ねる。
「そうね、これは逆に食蜂結絆を倒すチャンスよ......。奴が油断している隙に......一気に決めましょう」
滝本は慎重に結絆の後を追い始めた。
坂城と生き残った数名の構成員も、それに続く。
結絆は一定の速度で歩き続け、彼らを深く深く導いていく。
どれくらい進んだだろうか。次第に空気が変わっていくのを感じた。
「......? なんだ、この空間......?」
通路の先に広がっていたのは、巨大な円形の闘技場。
コロシアムのような構造を持つその場所は、まるで戦うためだけに設計されたかのように無機質で、冷たい空気が漂っていた。
「ここは......?」
滝本が警戒しながら辺りを見回す。
「君達からの敵意が消えたなら、見逃してあげるつもりだったんだけどねえ。はあ、ここまで馬鹿だとは......救いようがないねえ」
結絆はため息をつきながら、彼らを見つめる。
「......おい、テメエ、何か企んでるな?」
坂城が鋭い目で問い詰めると、結絆はふっと笑いを深めた。
「もう話すのも馬鹿らしくなったからねえ。そして、君達はもうここから逃げられないよお?」
「なっ......!?」
突然、周囲の扉が一斉に閉まり、鉄格子が落ちる。
「しまったっ!!」
滝本達は慌てて出口へ駆け寄るが、すでに時遅し。
「......さて、俺の仲間に手を出そうとしたケジメ、ちゃんとつけなよお」
結絆がニヤリと笑った瞬間、その身体が水のように消えた。
「な、なんだ......?」
滝本達は呆然としながら、その場に立ち尽くした。
そう、彼らは気づかなかった。
目の前にいた結絆が、分身体であったことに。
そして、アイテムのアジトや結絆のマジックシアターに襲撃をかけた彼らを、結絆が許すはずがないということを......
滝本朱音と坂城豪、そして生き残った数人の構成員達は、闘技場の中央で立ち尽くしていた。
周囲の暗闇から、何かが蠢く音が響き渡る。冷たい汗が滝本の額を伝った。
「......おい、これってマジでやばいんじゃねえのか?」
坂城が警戒しながら囁く。
闇の奥からぬるりとした音が響き、何かが這い出てきた。
現れたのは、白く光る異形の生物だった。
粘液に覆われた体、無数の触手、そして巨大な口。
人間とは到底相容れない存在。
「なんだよ......こいつ......!」
構成員の一人が震えた声を漏らす。
その瞬間、謎の生物が音もなく跳びかかり、彼の体を触手で絡め取った。
次の瞬間には、生物の口が大きく裂け、一瞬で構成員を飲み込んでしまう。
「嘘っ......あいつはヤバイ!」
滝本が叫びながら銃を構え、坂城もすかさずグレネードを投げつけた。
爆風が生物を包み込むが、煙が晴れると、そこには無傷の怪物が立っていた。
「嘘......でしょ......?」
滝本の顔が青ざめる。謎の生物は傷一つ負っていないどころか、攻撃を受けた部分がわずかに輝いていた。
「まさか......こいつ、攻撃を吸収してるのか?」
構成員の一人が震える声で言った。
しかし、その言葉が終わる前に、別の構成員が触手に捕らえられ、叫び声を上げる間もなく喰われた。
「やべえぞ......逃げるしかねえ!」
坂城がそう叫び、出口を探すが、闘技場の扉はすでに閉ざされていた。
結絆の分身体が彼らをここに誘導した時点で、すでに道は塞がれていたのだ。
『俺は、仲間に手を出したやつがこの世で一番嫌いなんだよねえ。』
突然、場内に結絆の声が響いた。
彼はどこにいるのか分からないが、監視カメラ越しに状況を把握していることは明らかだった。
『こいつは、俺が海外のとある場所で見つけた子でねえ。俺にはすごく懐いてるんだよお。だけどねえ、君達はエサにしか見えないみたいだねえ。』
結絆の声が楽しげに響く中、また一人、構成員が触手に捕まり、悲鳴を上げながら怪物の口へと消えていった。
滝本と坂城は互いに顔を見合わせた。
もはや逃げ場はない。
どうにかして、この怪物を倒す方法を見つけなければならない。
だが、果たしてそれが可能なのか、二人の心に絶望が広がっていった。
マジックシアターのラウンジには、ドリームとアイテムのメンバーが集まっていた。
襲撃者の始末が終わったので、結絆はリラックスした様子で食後の紅茶を飲んでいる。
「それで?結絆、お前の飼ってるアレは何なの?」
麦野沈利が興味深げに尋ねる。
彼女の横ではフレンダが身震いしながら頷いた。
「うんうん、アレ、マジでヤバいって!なんであんなの飼ってるわけ!?私絶対、夜寝られなくなるんだけど!」
「ふふっ、そんなに怖がらなくてもいいよお。普段のアイツは、こんな感じだからねえ。」
結絆が指を鳴らすと、小さなマスコットのような生き物がちょこんと彼の膝の上に現れた。
丸っこい体に、つぶらな瞳。
モチモチとした質感で、見た目は完全に愛らしいマスコットキャラクターだった。
「え......?かわいいじゃない」
フレンダが呆気にとられたように目を瞬かせる。
「超嘘......ですよね?」
絹旗最愛も驚いた様子でマスコットをツンツンとつつく。
滝壺理后はじっとそのマスコットを撫でながら、「かわいい......」と小さく呟いた。
「でしょお?この子はねえ、普段はこうやってマジックシアターのアイドルみたいな存在なんだよお。お客さんからも人気でねえ、劇場のマスコットキャラみたいになってるんだ。」
「......へえ?」
麦野が呆れたように結絆を睨む。
「けどねえ、この子の役目は他にもあるんだよお。」
結絆がそう言うと、マスコットは嬉しそうに体をふよふよ揺らした。
「こいつはねえ、任務が終わった後の掃除を担当してるんだよお。必要に応じて適切なサイズになって、残骸を捕食したり、辺りを綺麗に片付けたりするんだよお。」
「本当に、この子がそんなことできるの?」
フレンダが疑いの目を結絆に向ける。
「いやいや、マジだよお。この子は俺が海外のとある場所で見つけてきたんだけどねえ、捕食能力と掃除能力に関しては超一流。おかげで俺達の拠点はいつも綺麗な状態を保てるし、余計な証拠も残らないってわけだよお。」
「つまり、超便利ってわけですか?」
絹旗が腕を組んで考え込む。
「うん、まさに優秀な子だよお。しかも、俺にはすごく懐いてるからねえ。ほら、よしよし~♪」
結絆が撫でると、マスコットは嬉しそうにぷるぷる震えながら甘えたような声を出した。
「......ちょっと待ってよ。この子、結絆の前では可愛いマスコットぶってるけど、さっきの暗部連中みたいに敵対しちゃったら......?」
フレンダが怯えた目でマスコットを見る。
「まあ、その時は、君も美味しくいただかれちゃうかもねえ?」
結絆はクスクスと笑いながら、マスコットをフレンダの膝の上に置いた。
マスコットはフレンダに向かって軽く笑う。
「結局......なんかこの子には少し恐怖を覚えるってわけよ!」
その様子を見て、麦野がため息をついたのだった。
結絆は、敵対する暗部組織を壊滅させました。
元々は、暗部組織の構成員が異形の生物に食われるシーンも書いてたんですけど、読み返したらかなりホラーになっていたので、ボツにしました。