戦いの後
学園都市の一角のとある病院。
特別病棟の一室に、二人の患者が静かに横たわっていた。
上条当麻と食蜂操祈。
インド神話系魔術結社『天上より来たる神々の門』との戦いで、二人は見事に組織を打倒したものの、決して無傷では済まなかった。
当麻は全身に細かい切り傷や打撲を負い、操祈は左腕にひどい火傷を負っていた。
医療技術の発達した学園都市とはいえ、完全に治るには時間がかかる。
そんな二人を見舞うべく、食蜂結絆は病室のドアをノックした。
「おお、結絆じゃねえか。わざわざありがとな」
当麻がベッドの上から微笑む。
隣では操祈が包帯の巻かれた腕を枕に置きながら、少し気怠げに微笑んだ。
「もしかして心配してくれたのぉ?お兄様ったら優しいんだからぁ」
「当然だよお。お前達が無茶するのはいつものことだけど、今回のは特に酷かったからねえ」
結絆は軽くため息をつくと、持ってきた荷物をテーブルに置いた。
「ところで、操祈。その腕、結構痛むんじゃない?」
「んー、ちょっとねぇ。でも、これくらいならすぐ治るわよぉ」
「そうか、でも、無理は良くないねえ......」
そう言うと、結絆はそっと操祈の腕に手をかざした。
微かに青白い光が結絆の掌から発せられる。
「お兄様......な、何してるのぉ?」
「治療だよお。俺の魔術は、回復にも使えるんからねえ」
瞬く間に、操祈の火傷が癒えていく。
傷口が塞がり、赤みが消えていくと、彼女は驚いたように目を瞬かせた。
「すごぉい......痛みもなくなってるじゃなぁい」
「そりゃよかった。操祈が傷ついていると仕事が回らなくなるからねえ」
「むぅ、お兄様ったら、もっと労わってくれてもいいのにぃ」
結絆は苦笑しながらも、持参した荷物の中から鍋を取り出した。
「こいつを二人に振る舞おうと思ってねえ」
「なんだ?鍋か?」
「シチューだよお。しかも、鏡の国で採れた特別な食材で作ったやつだよお」
当麻と操祈が顔を見合わせる。
「へぇ、鏡の国の食材って、なんか不思議な響きねぇ」
「まあ、食べてみればわかるよお」
結絆は丁寧にシチューを二人の器に注ぐ。
銀色に輝くスプーンを添えて差し出すと、まず操祈が一口すくって口に運んだ。
「なにこれぇ......美味しすぎるじゃなぁい!」
「お、マジか。俺にも食べさせてくれ!」
操祈が当麻に食べさせてあげると、彼は目を見開いた。
「うまい!なんだこれ、普通のシチューと全然違うぞ!」
「この食材はちょっと特別だからねえ、普通のものより栄養価も高いんだよお」
「こりゃ元気出そうだ。ありがとな、結絆」
「ふふっ、どういたしまして」
結絆は満足そうに笑う。
二人が安心してシチューを味わっている姿を見て、彼は心の奥でほっと息をついた。
戦いで傷つくことは避けられないかもしれない。
けれども、こうして支え合うことで、また前を向ける。
そのことを、結絆は改めて実感していた。
翌朝、学園都市の総合病院。
当麻と操祈は、冥土返しから退院の許可を得ていた。
傷の回復は順調であり、あとは安静にしていれば問題ないとのことだった。
ただし、当麻の傷が完全に治るまでには、まだ時間がかかる。
「退院おめでとう、これからはどうするつもりかい?」
結絆が病室で二人に尋ねると、操祈は荷物を整理しながら微笑んだ。
「私の部屋で当麻と一緒に過ごすことにしたわぁ。マジックシアターなら設備も整ってるものねぇ」
マジックシアターは、学園都市における結絆達の拠点であり、ドリームの本部ともいえる場所だ。
そこには高級ホテル並みの設備が揃っており、療養には申し分ない環境だった。
「でもまあ、操祈の部屋ってことは......」
結絆は意味ありげに操祈を見る。
「当麻は大丈夫なのかねえ?」
「ちょっ、お前何を言って......」
当麻が慌てたように言いかけるが、操祈はくすくすと笑った。
「大丈夫よぉ。私がしっかり看病してあげるんだからぁ、当麻は安心して欲しいんだゾ☆」
「......何か違う意味で心配になってきたな」
結絆は苦笑しつつも、当麻の肩を叩いた。
「まあ、早く良くなるんだよお、当麻」
そして、退院手続きを済ませた二人はマジックシアターへと向かうのだった。
マジックシアターの一室。
操祈の私室は、広く、整然とした上品な空間だった。
柔らかいソファや豪華なベッドがあり、カーテン越しにやわらかな日差しが差し込んでいる。
当麻はベッドの上に腰掛けると、大きく息を吐いた。
「おぉ......やっぱり病院よりこっちの方が広々としてていいな!」
「でしょぉ?だから、しばらくここでゆっくり休んでねぇ」
操祈は隣に座ると、当麻の頬に軽く指を滑らせる。
「ふふ、お肌の調子は......まあまあねぇ」
「おい、変な診断するなよ......」
そんなやり取りをしていると、ノックの音がした。
「お邪魔するよお」
ドアが開き、結絆が大きな籠を抱えて入ってきた。
「フルーツをたくさん持ってきたよお」
「フルーツ?」
当麻と操祈が覗き込むと、籠の中には色とりどりの果物がぎっしり詰まっていた。
「リンゴにオレンジ、ぶどう......これらは鏡の国で採れた特別なフルーツなんだよお」
「また鏡の国の食材?お兄様、最近やたらと推してくるわよねぇ」
「美味しいし、栄養価も高いからねえ。傷の回復にはぴったりなんだよお」
結絆は籠からオレンジを取り出し、手際よく皮を剥くと、当麻に差し出した。
「おお、悪いな。いただきます!」
当麻がオレンジを口にすると、目を見開いた。
「甘い......!普通のオレンジより濃厚な味がするな」
「他のフルーツも美味しいよお」
操祈もぶどうを一粒口に入れる。
「ん~、これはいいわねぇ。疲れた体に染みわたる感じぃ」
結絆は満足げに頷いた。
「それにしても、当麻はいつも色んな事件に首を突っ込むよねえ......」
「いやいや、俺はいつも巻き込まれてるだけなんだけど......」
当麻はため息をついたが、操祈は嬉しそうに微笑んだ。
「色々あったけどぉ、こうしてみんなで食べるフルーツって、なんだか特別に美味しく感じるわねぇ」
「そうだよねえ」
結絆はソファに腰を下ろし、三人でゆっくりとフルーツを味わう。
こうやって、のんびりしながら穏やかな時間を過ごすのも悪くない。
窓の外には、夕暮れの光がゆっくりと差し込んでいた。
少し時間がたった後、当麻は、ベッドの上で仰向けになりながら天井をぼんやりと見上げていた。
「はぁ......俺も回復魔術の効果を受けられたら楽なのになぁ......」
操祈の火傷は、昨日、食蜂結絆の魔術によって大部分が癒えていた。
しかし、当麻の体は例によって魔術の影響を一切受け付けない。
そのため、自然治癒に頼るしかないのが現状だった。
「ん~、当麻ぁ、まだ痛むのかしらぁ?」
隣でくつろいでいた操祈が、軽く身を寄せながら尋ねる。
「まあ、ちょっとな。全身がダルいっていうか、なんというか......」
「ふふっ、それじゃあ、私がマッサージでもしてあげようかしらぁ?」
操祈が当麻の肩に手を伸ばし、軽く押す。
「ん?お、意外と気持ち——いてっ!?」
「ふふ、回復効果はないけど、気合いは入るでしょぉ?」
「いや、力入れすぎだって!」
そんなやり取りをしているとノックの音がして、結絆が部屋に入ってきた。
手には不気味な光を放つボトルがある。
「当麻、お前にぴったりのものを持ってきたよお」
「......ん?なんだそれ?」
当麻は身を起こし、結絆が持っているボトルをじっと見つめる。
液体は深い茶色をしており、微かに発光しているように見えた。
「これはねえ、傷の直りを早めるドリンクだよお。飲めば、回復魔術が効かないお前でも、多少は早く良くなるはずだよお」
「......いやいや、ちょっと待て。見た目が怪しすぎるだろ。安全なのか?」
当麻は疑いの眼差しを向けたが、結絆はにこりと笑って肩をすくめる。
「さあねえ?」
「......いやいや、『さあねえ?』じゃねぇよ!お前、ちょっとは説明しろって!」
結絆は楽しそうに微笑みながらボトルを当麻に差し出す。
「まあまあ、気にしない気にしない。大丈夫だよお、多分」
「お前の『多分』は信用できねぇ......」
当麻はボトルを手に取ると、再び液体を観察する。
どう見ても普通のジュースではない。
「......操祈、これ本当に大丈夫だと思うか?」
「ん~、お兄様の持ってくるものだしぃ......面白そうだから飲んでみたらぁ?」
「おい、他人事みたいに言うなよ!」
結絆はにやりと笑いながら腕を組む。
「ま、当麻が飲まないなら、捨ててもいいけどねえ。でも、せっかく用意したのに勿体ないなあ」
「......くっ、わかったよ。飲めばいいんだろ、飲めば!」
当麻は覚悟を決め、ボトルの蓋を開ける。
そして、勢いよく口をつけ、一気に飲み干した。
「......ん?」
意外なことに、味はそこまで悪くなかった。
ほんのり甘みがあり、柑橘系の爽やかな香りが広がる。
「お、意外といける......?」
「へえ、意外とおいしいんだねえ」
結絆は満足げに頷く。
「それでぇ、効果はどうなのかしらぁ?」
操祈が興味深そうに尋ねる。
「んー......特に何も——」
当麻が言いかけた瞬間、体の奥からじんわりとした温かさが広がり、次第に疲れが抜けていく感覚がした。
「おお......なんか、体が軽くなってきた......?」
「ほらねえ?ちゃんと効くでしょお?」
「......まぁ、効いたのは確かだけど、やっぱりお前が持ってくるものは信用できないんだよな......」
当麻は複雑そうな表情でドリンクの空きボトルを眺める。
「これ、本当に大丈夫なんだよな?」
結絆はニヤリと笑いながら答えた。
「さあねえ?まあ、"色々"元気になるドリンクってことしか聞いてないからねえ」
「だから、それが一番怖いんだって!!」
操祈はくすくすと笑いながら、当麻の肩にそっと手を置いた。
「まぁまぁ、お兄様が言うなら、多分大丈夫よぉ」
「その『多分』が不安なんだけどな......」
それでも、体が軽くなったのは事実だった。
当麻は深いため息をつくと、再びベッドに寝転がる。
「......もうどうにでもなれ......」
結絆と操祈はそんな当麻を見て、楽しそうに笑っていた。
当麻は、その後、食事を終えてベッドに横になり、満足そうに息をついた。
「ふぅ......美味かった。やっぱり、まともな飯を食えるって幸せだなぁ」
「ふふっ、それはよかったわぁ」
操祈は優しく微笑みながら、食器を片付ける。
だが、ふと当麻の顔を見ると、額にじんわりと汗がにじんでいるのに気がついた。
「あらぁ、ちょっと汗かいてるわねぇ?」
「ん?ああ、そうかも。食べた後って、なんか体がぽかぽかするよな」
当麻は何気なく額の汗を手の甲で拭うが、操祈はすぐに立ち上がり、近くの洗面台へと向かった。
「ちょっと待っててねぇ当麻、汗かいたままだと気持ち悪いでしょぉ?」
「え?いや、別に大丈——」
当麻が言い終わる前に、操祈はタオルを水に浸し、軽く絞って持ってきた。
「はい、じっとしててぇ?」
そう言って、操祈は当麻の額にそっと濡れタオルを当てた。
「うわっ!?冷たっ!」
思わず身をすくめる当麻だったが、操祈はくすくすと笑いながら、そのまま優しく拭き続ける。
「じっとしてなきゃダメよぉ?ほら、首筋もねぇ」
操祈の細い指がタオル越しに当麻の肌を撫でる。
ひんやりとした布の感触と、操祈の柔らかい手つきが心地よく、当麻は徐々に力を抜いていった。
「......なんか、すげぇ贅沢してる気分だな」
「ん~?どういう意味かしらぁ?」
「いや、こうやって操祈みたいな可愛い彼女に看病してもらえて、俺って幸せ者だなぁって」
当麻が照れくさそうに言うと、操祈は一瞬驚いたような表情を見せた。
しかし、すぐにふわりと微笑み、嬉しそうに目を細める。
「うふふっ♪そんなこと言われたら、もっと張り切っちゃうわよぉ?」
操祈は楽しそうに笑いながら、当麻の腕にもタオルを滑らせた。
「ほらほらぁ、ちゃんと綺麗にするわよぉ?こっち向いてぇ」
「え、まだやるのか?別にそこまでしなくても——」
「ダーメよぉ♪彼女の特権なんだからぁ?」
当麻は観念して身を任せることにした。
操祈の楽しそうな様子を見ていると、なんだかこちらまで心が温かくなる。
(ああ、幸せだ)
ロードトゥエンデュミオンの話を、チラッと入れてみました。
結絆は、エスコフィエ号の事件の後始末などに追われていたので、天上より来たる神々の門とは戦っていません。