その後、当麻はベッドに横になり、天井をぼんやりと見つめていた。
「ふぅ......ようやく落ち着いたな」
体調もかなり回復し、気持ち的にも少し余裕が出てきた。
そんな当麻の横で、操祈がにこにこと楽しげな表情を浮かべている。
「ねぇねぇ、当麻ぁ?」
「ん?どうした?」
当麻が顔を向けた瞬間——
「ふぅ......」
操祈が耳元にそっと息を吹きかけた。
「うわっ!?な、何すんだよっ!」
突然の感触に、当麻は勢いよく跳ね起きる。
しかし、操祈はくすくすと笑いながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「あらぁ?どうしたのぉ?くすぐったかったぁ?」
「そりゃくすぐったいに決まってるだろ!いきなり耳元で息吹きかけるとか、やめろって!」
顔を真っ赤にしながら抗議する当麻。
しかし、操祈はますます楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ♪じゃあ、もっとしてあげよっかなぁ?」
「いや、待て待て待て!」
当麻が後ずさろうとするが、操祈はすかさず距離を詰め、ぴたりと寄り添ってくる。
そして——
むにゅ。
「あっ......」
柔らかい感触が、当麻の腕に押し付けられる。
「!?!?!?」
当麻の脳内に警報が鳴り響いた。
「ちょっ!?操祈!?近い!近いって!」
「えぇ~?私達は恋人同士なんだしぃ、これくらい普通じゃなぁい?」
操祈は悪びれもせず、むしろ当麻の反応を楽しんでいる様子だ。
「ふふっ、当麻ったら、顔真っ赤よぉ?」
「そ、そりゃなるだろ!いきなりこんなことされたら......!」
操祈はさらに身体を寄せ、上目遣いで当麻を見つめる。
「ねぇねぇ、恥ずかしいのぉ?」
「~~っ!!!」
当麻は完全にテンパり、まともな言葉が出てこない。
操祈はそんな彼の様子を見て満足そうに微笑んだ。
「ふふっ♪こんな顔してる当麻を見れるのも彼女の特権よねぇ、もう少し遊ぼうかしらぁ?」
「か、勘弁してくれぇぇぇ!!!」
操祈のいたずらは、しばらく続くことになりそうだった。
そして......
部屋の扉がノックされ、操祈と当麻が振り向く。
「おーい、二人とも、今入って大丈夫かい?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、結絆の声だった。
操祈が扉を開けると、そこには結絆が大きな袋を抱えて立っていた。
「二人の着替え、持ってきたよお。そろそろ必要だろうと思ってねえ」
「おおっ、助かるぜ、結絆!」
当麻は嬉しそうに袋を受け取る。
操祈も「ありがとぉ♪」と微笑みながら、結絆が持ってきた袋の中を確認した。
結絆は軽く肩をすくめながら部屋の中に入り、二人の様子を一瞥する。
そして、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、二人は風呂はどうするつもりかい?汗もかいたし、そろそろ入るかい?」
その言葉に、当麻が少し戸惑ったような表情を浮かべる。
「それがさ、俺、腕がまだ動かしづらいから、一人で体を洗うのがちょっと大変で......」
「それは大丈夫よぉ」
操祈がすかさず口を挟む。
「私が手伝ってあげるつもりだからぁ、1時間くらいお風呂、貸し切りにしてほしいのよねぇ」
「なるほど、ねえ?」
結絆は目を細めて操祈を見つめる。
「......1時間で足りるかい?」
「まぁ、それくらいはかかると思うのよねぇ」
「よし、好きに使うといいよお」
「ありがとぉ♪さすがお兄様、話が早いわねぇ」
結絆は軽く手を振り、「それじゃ、俺は他のことをしてるから」と言って部屋を出ようとした。
だが、その前に当麻が慌てたように声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!操祈と一緒に風呂に入るって、それは......!」
顔を真っ赤にしながら、当麻は言葉を詰まらせる。
「別にいいじゃない。体を洗うの、手伝ってあげるだけよぉ?」
「それで終わる気がしないんだが......」
「そうだねえ、当麻の言いたいことはなんとなく分かるけどお......まあ、気にすることないんじゃないかい?」
結絆も肩をすくめて軽く流す。
「いや、めっちゃ気にするだろ!?っていうか、なんでスルーするんだよ、お前ら!!」
必死に抵抗する当麻だったが、操祈と結絆の反応は相変わらず軽い。
「じゃあ、お風呂の準備ができたら声をかけにくるよお」
それを聞いた操祈は、楽しそうに微笑みながら当麻の肩をぽんぽんと叩く。
「ふふっ、楽しみねぇ♪」
「た、楽しみじゃねぇぇぇ!!!」
当麻の叫び声をよそに、結絆は笑いながら部屋を後にした。
しんと静まり返った空間に、浴室から出たばかりの二人が姿を現した。
「......」
「ふふ♪さっぱりしたわねぇ」
当麻は肩を落とし、魂が抜けたような表情で歩いていた。
その隣で、食蜂操祈は満足そうに微笑んでいる。
髪も乾かし、ピンクのルームウェアに着替えた操祈は、機嫌よく鼻歌まで歌っていた。
そんな二人の前に、のんびりとした足取りで結絆が現れる。
「おー、二人とも、湯上がりって感じだねえ」
結絆は二人を見て、軽く笑みを浮かべた。
が、次の瞬間、当麻のやつれ果てた顔に気づき、眉をひそめる。
「......当麻、なんかゲッソリしてるねえ?」
「そりゃあ、まぁ......」
当麻は深いため息をつきながら答える。
操祈の手厚いケア(?)によって、かなりの体力を消耗したらしい。
「まったく、看病ってレベルじゃなかったんだが......」
「えぇ?ちゃんとお手伝いしただけよぉ?」
操祈は首をかしげながら、悪びれる様子もなく微笑んだ。
その表情から察するに、彼女としてはとても満足のいく時間だったのだろう。
「まだまだ夜は長いからねえ」
結絆は苦笑しながら、ポケットから栄養ドリンクの小瓶を数本取り出した。
「当麻、これを飲むといいよお」
「お、おお......ありがとな」
当麻は戸惑いながらも受け取る。
ラベルを見る限り、怪しいものではなさそうだった。
「お兄様、気が利くわねぇ」
操祈は満足げに頷きながら、当麻の腕を引いて部屋に戻ろうとする。
「それじゃ、俺は警備に戻るよお」
結絆は軽く肩をすくめながら言った。
「今夜のマジックシアターの警備は、俺達がやるから、二人はゆっくり休んでくれたらいいよお」
「おっ、助かるな!」
当麻が少しホッとした表情を見せると、操祈もご機嫌な様子で微笑んだ。
「ふふっ、じゃあ遠慮なく、おやすみなさぁい♪」
そう言って、操祈は当麻の腕を引きながら部屋へと戻っていく。
結絆はその後ろ姿を見送りながら、ふっと笑みを浮かべた。
「ま、たまにはのんびりさせてあげないとねえ」
そう呟くと、彼もまた自分の仕事へと戻っていった。
夜の静寂がマジックシアターの住居エリアを包み込む。
部屋の明かりは落とされ、わずかに差し込む月光だけがぼんやりとした影を作っていた。
大きめのベッドの上で、上条当麻と食蜂操祈は隣り合って横になっていた。
掛け布団の下、温かな体温が互いに伝わるほどの距離。
「......何とか無事に帰ってこれてよかったよな」
当麻は天井を見つめながら、ぽつりと呟いた。
つい数日前、彼らはインド神話系魔術結社『天上より来たる神々の門』との戦いに巻き込まれた。
命の危険すらあった戦いだったが、なんとか生き延び、こうしてまた日常に戻ることができた。
「そうねぇ。でも、当麻が私を守ってくれたおかげよぉ」
操祈は柔らかく微笑みながら、当麻の横顔を見つめる。
「......いや、俺はただ、できることをやっただけだって」
「んふふっ、またそうやって謙遜しちゃうのねぇ。でもねぇ、魔術師の攻撃を真正面から防いでた当麻、すっごくカッコよかったわよぉ?」
「なっ......!」
当麻の顔が一気に赤くなる。
「そ、そんなに褒められても、別に......」
「ふふっ、可愛い♪」
操祈はくすくすと笑いながら、そっと当麻の頬に手を添えた。
「ねぇ、当麻ぁ......」
囁くような甘い声が、当麻の耳をくすぐる。
次の瞬間、操祈はそっと目を閉じながら、当麻の唇に触れた。
驚きつつも、当麻も自然と目を閉じ、二人は静かに唇を重ねる。
長い時間ではなかったが、確かにお互いの存在を感じるひとときだった。
ゆっくりと唇が離れ、操祈は満足げに微笑む。
「おやすみなさぁい、当麻」
「......ああ、おやすみ、操祈」
当麻は照れながらも、操祈の手を優しく握りしめる。
夜の静けさに包まれながら、二人はそのまま仲良く眠りについた。
一方その頃......
漆黒の海を漂う巨大な移動要塞。
魔術結社『深淵の観測者(アビス・ウォッチャー)』は、学園都市の混乱に乗じ、一撃で壊滅的な打撃を与えるべく動いていた。
狙撃魔術『遠雷(ディスタント・サンダー)』
これは、魔術結社が誇る最強の狙撃魔術であり、要塞からの長距離砲撃により都市機能を麻痺させる計画だった。
要塞の指揮官であるエルゴ・バリウスは、戦況を確認しながら冷ややかに笑う。
「学園都市の連中も、まさか外海からの狙撃を予測してはいまい。今宵、奴らの文明は膝をつくことになる」
彼の周囲には、魔術師たちが忙しなく魔術陣を調整し、砲撃の準備を進めていた。
だが——。
「......ん?」
突如、警報が鳴り響いた。
「報告!何者かが、こちらに急接近中!」
「なに......?」
エルゴは眉をひそめ、魔術による索敵映像を確認する。
そこに映っていたのは、ただの一人の人影。
「ふざけるな。人間が、この距離を飛んでくるなど——」
言い終える前に、恐怖が背筋を貫いた。
人影が、光を纏う剣を構えていた。
「なんだ!?あの剣は......」
魔術師の一人が呟いた。
そして、魔術師達は気付く。
学園都市の裏側を知る者ならば決して口にしたくない存在。
学園都市の統括理事会の一員にして、暗部組織『ドリーム』のリーダー。
食蜂結絆。
「バカな......!」
エルゴは叫んだ。
学園都市は現在、混乱の最中。
防衛能力は著しく低下しているはず。
だが、彼は現れた。
いや、違う。
彼は、狩りに来たのだ。
「妹と義弟が仲良く寝てるのを邪魔するやつは、許せないよねえ」
結絆の呟きと同時に、彼の身体が漆黒の夜空を切り裂き、要塞へと突撃する。
「迎撃しろ!魔術障壁を展開するんだ!」
魔術師たちは慌てて防御魔術を起動した。
要塞の周囲に張り巡らされた結界が光を放ち、侵入を阻む。
だが——
「無駄だよお」
結絆は、マスターソードを縦に一振りする。
次の瞬間、海が割れた。
「ぐ、が......!」
振るわれた一撃が、空間すら切り裂き、障壁を無意味なものとする。
そして、その余波が要塞そのものを両断した。
「そんな......馬鹿な......!」
エルゴの絶叫も虚しく、巨大な移動要塞は轟音と共に爆発し、炎に包まれていく。
空に浮かぶ結絆は、燃え落ちる要塞を無表情に見下ろした。
「これで終わり、かなあ?」
崩壊した要塞から、数人の魔術師が脱出していた。
彼らは血まみれの身体を海上に浮かべながら、恐怖と怒りに震えていた。
「くそ......あの男、人間じゃねえ......!」
魔術師が息を荒げながら呟く。
彼らは魔術結社『深淵の観測者』の精鋭。
単なる一般の戦闘員とは違い、それぞれが戦闘魔術のエキスパートだった。
そして、学園都市への奇襲を成功させるはずが、たった一人の男によって壊滅に追いやられている。
「奴はまだいる......殺るしかない......!」
海上に立つ男、食蜂結絆。
魔術師たちは息をのむ。
彼は、穏やかな表情で海を見つめていた。
だが、その眼差しの奥には冷たい光が宿っている。
「生き残り、かあ。しぶといねえ」
結絆は肩をすくめながら呟いた。
「でも、残念だったねえ。俺に敵意を向けた時点で——」
結絆が話し終える前に、魔術師たちは一斉に魔術を発動した。
雷撃、炎弾、氷の槍——彼らの持てる全ての魔術を結絆に叩き込む。
だが——
「遅いよお」
結絆は足元の海面に手をかざした。
瞬間、海が唸った。
巨大な渦潮が生まれ、海上に広がっていた魔術師たちを飲み込む。
「な、何だ......ぐぁっ!!」
渦潮はただの波ではない。
結絆の操る『水の原典』によって形成された、魔術的な破壊装置だった。
「ど、どうなってやがる!?魔力が......削られる!?」
渦の中に取り込まれた魔術師たちは、狂ったように暴れる。
しかし、水流は緻密に計算され、彼らの逃走ルートを全て潰していた。
「お、おい!このままじゃ......」
「くそっ、何とかして脱出を」
その言葉が最後になった。
結絆の指が軽く動くと、渦潮の回転速度が急激に増す。
「まるで、ミキサーにかけられた果物みたいだねえ」
骨の砕ける音、肉が引き裂かれる音、魔術師たちの断末魔の悲鳴が入り混じる。
血飛沫が水面に広がり、次第に音が消えた。
やがて、渦潮が静まった頃、海には何も残っていなかった。
結絆は一度だけ海を見下ろし、ため息をつく。
「ふう......これで全部かなあ?」
生き残りがいないことを確認し、結絆は踵を返す。
次の瞬間、彼の姿は消え、静寂だけが広がる海に残された。
その後、結絆は、マジックシアターの自室に戻っていた。
時計を見ると、深夜を回っていた。
「さて、そろそろ寝るかなあ」
結絆は軽く伸びをして、ベッドに倒れ込んだのだった。
早朝、朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中に淡い光が広がる。
上条当麻は、ぼんやりと目を開けた。
体が妙に重い。
寝起きのぼんやりとした頭で状況を整理しようとするが、すぐに理由が分かった。
操祈が、彼の胸に抱き着くようにして寝ていた。
「......うわ、めっちゃ密着されてるなぁ......」
当麻はそっと息を吐いた。
操祈の顔は穏やかで、静かな寝息を立てている。
黄金色の髪がさらさらと広がり、柔らかな頬がほんのり桜色に染まっていた。
寝ている間も無意識に抱きついているのか、彼の胸元にぎゅっと腕を回している。
(なんつー無防備な......)
動こうとすると、操祈が甘えるように身を寄せてくる。
「むにゃ......当麻ぁ......好きぃ」
寝言まで囁かれると、どうしようもない。
(まあ、もうちょっと寝るか......)
仕方なく、当麻は目を閉じた。
が——
操祈が寝返りを打った。
「んん......」
柔らかな体重がのしかかる。
「うわっ、嘘だろ......!?」
操祈の寝相はそのまま、当麻の腕から腹へ、最終的には完全に当麻の上に乗っかってしまった。
「いやいやいや、これじゃあ寝れねぇって......!」
体を動かそうにも、操祈の温もりと柔らかい感触が邪魔をして微動だにできない。
(どうすりゃいいんだ、これ......)
操祈は相変わらず無防備なまま、当麻の胸の上で微かに身じろぎする。
髪からは甘いシャンプーの香りが漂い、しっとりとした肌が寝間着越しに触れてしまう。
「......おいおい、朝っぱらから試練が重すぎる......」
なんとか脱出しようと考えるが、操祈を起こしてしまうのも気が引ける。
(でも、このままじゃこっちが持たねぇ......!)
しかし、操祈の寝息はあまりにも心地よく、抗おうとする意志を奪っていく。
当麻は観念し、再び目を閉じた。
(はあ......こうなったら、諦めて二度寝するしかないな......)
心地よい柔らかさと、寝息のリズム。
結局、当麻はそのまま再び眠りについた。
結絆は盆に朝食をのせ、操祈の部屋へと向かっていた。
カップに注がれたオレンジジュース、ふわふわのスクランブルエッグ、香ばしいトースト、そしてサラダのプレート。
シンプルだが栄養バランスの取れたメニューだ。
(昨日は風呂場でお楽しみだったみたいだからねえ、当麻をからかってやろうかねえ)
そんなことを考えながらドアをノックする。
「おーい、朝ごはん持ってきたけど、起きてるかい?」
返事はない。
(操祈はまだ寝てるみたいだねえ......まあ、あれだけやれば無理もないよねえ)
結絆は片手で盆を器用に持ちつつ、ゆっくりとドアを開けた。
そして——
「......ほお、これは......?」
目の前に広がっていたのは、なんともカオスな光景だった。
ベッドの上で、当麻が完全に固まっている。
その上には、黄金色の髪をふわりと広げた操祈。
彼女は当麻の胸に抱きつくように乗っかりながら、すやすやと寝息を立てていた。
しかも、ただ乗っているだけではなく、完全に体重を預けている。
当麻の顔は困惑と焦燥でいっぱいだ。
「......お、おはよう、結絆。いや、マジで助けてくれ......理性が焼ききれそうで怖い......」
切実な声で訴える当麻。
しかし、結絆はそんな当麻の願いを聞くつもりは微塵もなかった。
「いやー、これはいいもの見ちゃったねえ」
ニヤリと笑い、わざとらしく腕を組む。
「くっ......お前、絶対楽しんでるだろ!」
「そりゃあ、こんな面白いシチュエーション、そうそう見れるもんじゃないからねえ。襲わないのかい?」
当麻が涙目になってジタバタするが、操祈がぴくりと動くと、その動きを止める。
「おっと、暴れると操祈が起きちゃうんじゃないかい?」
「それはそれでいいんだけど、こんな状態で起こしたら、絶対俺の心臓が持たねぇ......!ってかここで襲ったら一生ネタにされそうだからできねえよ!」
当麻は悲痛な声をあげるが、結絆は愉快そうに微笑むだけだった。
「ま、俺は優しいからねえ、朝ごはん置いといてあげるよお」
そう言うと、テーブルの上に盆を置く。
「それじゃ、頑張るんだよお、当麻」
「ちょっ、おい!待て!行くな!」
当麻の必死の声を背に、結絆は悠々と部屋を後にした。
ドアが静かに閉まる。
そして、部屋には、再び静寂が訪れた。
操祈は気持ちよさそうに寝息を立てたまま。
当麻は無念のため息をついた。
「......マジで、どうすりゃいいんだ......」
そう呟きながら、彼はただ天井を見つめるしかなかった——。
柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を温かく照らしていた。
操祈はゆっくりとまぶたを開けた。
ふわりとした金髪がさらりと揺れ、まだ少し寝ぼけた表情で身じろぎする。
しかし、次の瞬間、自分の置かれた状況に気づいた。
当麻の上に乗ったまま眠っていたのだ。
「......ふぇ?」
操祈は瞬きを繰り返し、ぼんやりとした視線を自分の足元へと落とす。
当麻の広い胸板が、ゆっくりと上下しているのが見えた。
彼は目を覚ましていたが、明らかに動揺した顔で固まっていた。
「お、おはよう......操祈......」
「おはよう、そ・れ・で......どうしてこんな体勢になってるのかしらぁ?」
「俺が聞きてぇよ!動こうとしたら、寝返りでお前がダイブしてきたんだ!」
当麻の顔は赤く染まり、視線は必死に泳いでいる。
理性が焼き切れる寸前なのがひしひしと伝わってきた。
操祈はそんな彼を見つめると、ふっと微笑んだ。
「ふふっ......じゃあ、こんなのはどうかしらぁ?」
そう言って、彼女はそっと当麻の頬に手を添えると、そのまま顔を近づけた。
「え、ちょっ、操んっ......!」
当麻の言葉を遮るように、操祈の唇が彼の唇に重なる。
ほんの数秒、柔らかく触れ合った後、操祈は名残惜しそうに離れた。
当麻は完全に固まり、目をぱちくりとさせる。
「お、お前......!」
「ふふっ、寝てた時に襲ってくれても良かったのにぃ。でも、こういう時に手を出さないのが当麻の魅力なのよねぇ」
そう言って、操祈は満足そうに微笑む。
当麻は顔を覆い、深いため息をついた。
「ほんと、心臓に悪い......」
そんな彼を横目に、操祈はふと部屋のテーブルの上に目を向けた。
「あらぁ?これって、お兄様が持ってきてくれた朝食かしらぁ?」
「......ああ、そうだぞ。俺は助けを求めたのに、アイツは笑ってスルーしやがったからな......」
「ふふっ、お兄様らしいわねぇ」
二人はようやく起き上がり、テーブルに並べられた朝食を見つめた。
温かいスープに、ふんわりと焼き上げられたパン、フルーツが盛り付けられている。
操祈がフォークを手に取り、一口食べると「ん~、美味しいぃ」と満足げな声を上げる。
「こうやって、二人でゆっくり朝ごはんを食べるのもいいわねぇ」
「......あぁ、そうだな」
当麻はまだ先ほどの出来事を引きずっているのか、やや落ち着かない様子だったが、それでも操祈の笑顔を見て、ようやくリラックスしたようだった。
二人は朝の静かなひとときを楽しみながら、結絆が用意した朝食を仲良く食べ進めていった。
そして、当麻は食事をしている途中、自分の身体の違和感が消えていることに気付いた。
昨日までは腕や体のあちこちに鈍い痛みが走っていたはずなのに、今はまったく痛みを感じない。
それどころか、身体が軽くなったような感覚すらある。
当麻は驚いて自分の腕や体を動かしてみた。
擦り傷や打撲の痕跡すら残っていない。
それどころか、まるで最初から傷など負っていなかったかのような完璧な回復ぶりだった。
「......まさか、あのドリンクか?」
昨日、結絆が持ってきた怪しげなドリンク。
あれを飲んだ後、なんとなく体が軽くなったような気はしていたが、まさかここまでの効果があるとは思わなかった。
これはもう魔術の域だろう。
当麻は、マジックシアターの廊下を進み、結絆の部屋へと向かう。
部屋の扉を軽くノックすると、すぐに「おーい、どうしたの?」と、いつもの声が返ってきた。
「結絆、ちょっといいか?」
「大丈夫だよお」
扉が開き、結絆がステーキをほおばりながら出てきた。
結絆は、朝からしっかり食べる派なのである。
「昨日のドリンク......あれ、すげぇな。傷が完全に治ってる。ありがとうな、マジで助かった」
素直に感謝を伝えると、結絆は口元に笑みを浮かべた。
「お礼はいらないよお。だってねえ、面白いネタが手に入ったからねえ?」
「......面白いネタ?」
当麻が首を傾げると、結絆はニヤリと笑い、彼の肩を軽く叩いた。
「昨日のお風呂、お楽しみだったみたいだねえ?」
「ぶっ!?」
当麻の顔が一気に赤く染まる。
「な、なんでそれを......」
「操祈のやつ、妙に上機嫌だったからねえ。さてさて、具体的にはどんな感じだったのかなあ?」
結絆が興味津々といった様子で顔を近づけてくる。
「ちょっ......それは聞くな!!」
当麻は慌てて後ずさりし、その場から全速力で逃げ出した。
「おやおやあ、逃げるってことはやっぱり......ふふ、面白いねえ」
結絆は笑いながら、逃げていく当麻の背中を見送った。
次回ぐらいで当麻の日常編を終わらせて、その後はエンデュミオン編に入ろうと思います。