「………思えば、おかしな事だったんです」
星空開拓部部室───今となっては星空アポロの私室に、生塩ノアの声が静かに響いていた
「いくらなんでも、アポロ君の子供はおかしな話です。それに気付けさえすれば、今のアポロ君の姿が11年前の7月8日と同一であるという事には簡単に辿り着きます」
「うわ…………」
苦い声を漏らしたのはチヒロだ。未だ子供のままのアポロをノアと挟んでソファに座っている。なんかヤバげな雰囲気のノアから守るようにアポロを抱きしめている姿には、不安の色が強く表れていた
「んー…………」
件のアポロはというと、両サイドの攻防なんて全く気にしていなかった。いつも携帯している手帳に、同じく携帯しているペンで、無心に何かを書き込んでいる
空気の振動が伝わっていないわけではないが、内容の一切はその脳に伝わっていない。なんだか騒がしいなぁ、なんて事をほんの一瞬思うだけ
「つまり───その小さなアポロ君は、アポロ君本人が何らかの原因で子供になってしまった、と言う事です。決して、決してアポロ君の子供ではなく」
「当たり前でしょ……」
「………それをあなたが言いますか、チヒロ先輩」
「え?」
ノアの瞳が、鋭く細められる。チヒロを非難するような、そんな目だ
「知っているんですからね──あなたとアポロ君の関係」
「はい?」
「とぼけても無駄です!電話越しにあんな、あんなことをしてバレないとでも思ったんですか!?」
「え……いや、え?」
ノアの言っていることが、チヒロには理解できない。何とも悲しいすれ違い。渦中の男は何も聞いてない
「ま、待って、多分何か勘違いが───」
「アポロ君とあんなことやこんなことしたんでしょう!?」
「アポロ!あんたもなんか言ってよ!」
「んー………」
残念なことに、こうなった星空アポロは梃子でも動かない。その口から声は紡がれず、彼はただただ思考に没頭するのみ
ノアは止まらない。救援も見込めない。チヒロは軽く絶望した
「………………」
いつものように部室を訪れたシロコも、その光景を目にした。ノアを見るのは何だか久しぶりな気がしたが、その関心は星空アポロに向けられていた
ソファの前に置かれたモニター。ただ黒いだけのそれには、アポロの姿が写っている。小さくなった身長のせいか、二人の胸が頭を挟んでいて────
「ん、回収」
持ち前の能力で、近づくことなくアポロを回収。上から落ちてきたところをキャッチし、結果的にお姫様抱っこの形に落ち着いた
いきなり落ちたかと思えばキャッチされていたアポロは、特に何か声を上げるでもなく、抱えられてすぐに視線だけをシロコへと向ける。一瞬の視線の交差。その後、身体の全てをシロコへと委ねた
「行こっか」
その言葉への返事は無かったが、シロコは黙ってアポロを連れ部室を後にする。背後からは争いの声が未だ聞こえているが、全力で無視して去っていった
「ア゛ボロ゛ぐん゛を゛がえ゛じでぐだざい゛い゙!」
「ぎゃー!」
悲痛な叫びが聞こえてきた気がするけれど、多分気のせいである。そう信じたいシロコであった
──────────────────
危険地帯から連れ出したは良いものの、どこに行くべきかを決めているわけでは当然なかった。そうして適当に外を歩いていれば、シロコにとっては見知った人影に出会った
大人の男性だった。この世界の先生が、道半ばで倒れたプレナパテスに代わり、シロコの様子を見にきたのだ
「……あ、あげないよ?」
「もらわないよ???」
当然の困惑だった。シロコの様子を見に来てみれば、子供を抱えたシロコがいて、第一声がこれである
「で、ええっと……?」
「ん、アポロが子供になっちゃったの」
「ええ……?」
アポロは未だ手帳から目を離さない。恐らくは場所を変えた事にすら気づいていないだろう
「たまにこうなるの。こうなったアポロは何も聞いてないから」
「そ、そうなんだ…」
「ん………とりあえず、ヒマリ先輩のところにでも行こうかな。先生はどうする?一緒にくる?」
「……それじゃ、私も一緒に行こうかな」
意見に反論はなく、一向はヒマリの元へと歩みを進める
「……その、アポロは歩かないの?」
「離したら前も見ずに歩くか、その場でずっと立ってるだけだから。部室は……今は、戻れないし」
程なくして、ヒマリの元へと辿り着いて────
「───アポロ!アポロじゃないですか!まさか今日も貴方に会えるとは!!!!」
「ヒマリ、声を抑えて。……あら、先生。来てたのね」
「ん、部室が修羅場。避難しにきた」
「いついかなる時も来て構いませんよ!!!!さぁ、中に入ってください!!」
ヒマリの勢いに気圧されつつ、二人は部室の中に入っていった。いつものメンツがいつものように寛ぎながら、二人を待っていた
「リオもいたんだ」
「何だか、アポロが来るような気がして……」
「アポロ先輩、アポロ先輩…………だめです。反応がありません」
「ほんとだー」
「ん、今のアポロは何しても動かないよ」
エイミとトキが両サイドから頬を突いても、反応は薄い。部室にいた頃から、延々と手帳に何かを書き込み続けている
「何を書いているんでしょう……?」
ヒマリとリオが、横から手帳の中身を覗き見る。数秒見つめて、2人の表情は対照的だ。リオは顔を顰め、ヒマリは嬉しそうに頰を緩ませている
「まっっっっったくわかりません」
「何かの設計図……なのはわかるのだけど、それ以外は全く」
全知とビッグシスターでさえお手上げ。誰もアポロが何をしているのかわからないでいる
「部員的には、どう?」
「ん、普通に考えれば元の姿に戻る機械なはず。理屈を聞かれても、アポロに教えてもらわなきゃ分からない」
会話は少なく、ただ場の全員で手帳に何かを描くアポロを見つめ続ける。そんな、とても穏やかで心地の良い時間が流れていた
「ん……んー?」
ピントを合わせるように、顔の前で手帳を前後に動かしてアポロが唸る。やがて、手帳を閉じて────
「よし………あれ、ここどこ?」
ようやく、アポロが元に戻った。部室の景色と、自分を囲んでいた面々を目にして、少し混乱している様子である
「ん、私が運んだの。部室は修羅場だから」
「????……まぁいいや、ちょうどいい。ヒマリー!お菓子ちょーだーい!」
「えっ」
ヒマリの表情に焦りが滲む。それもそのはず、アポロに菓子を強請られるのはこれが初めてではなく、何なら最近は毎日のようにある
「う……さ、流石にだめです。最近食べすぎですよ、アポロ」
「えー、いいじゃーん」
「アポロにあげすぎて自分の分が少なくなったんだって」
「未発表の論文見せてあげるからさー、空間転移のやつでいい?」
「なっ……!う、うぐぐ…!だ、だめです!……だめ……です……」
「アポロ先輩、どうされますか?」
「しょうがないなー、あれしかないか。えー、こほん」
「───ヒマリお姉ちゃん、おねがーい」
「いくらでも持って行きなさい」
「うっし、チョロいな」
あまりにも容易く陥落し、ヒマリはアポロに菓子を差し出した。煎餅だったり、チョイスが妙に歳を食っているが、アポロにとってはおいしいお菓子である
「シロコ、食べさせてー」
「ん、いいよ。……はい、あ〜ん」
「あー」
食べるのはシロコに任せ、アポロは再び手帳を開く。側のシロコと共に、先生も手帳の中身を覗き込んだ
「これ、は……何を書いてるの?」
「ええっと……あれ、ていうか誰?」
「あ、シャーレの先生で……待って、会ったことあるよね?エデン条約の時に……」
「あれ、そうだっけな。ごめんね。とりあえず今から工房に行くから、早いとこ元に戻る装置作らないとねー」
「工房に戻られるのでしたら、私達もついて行きますね」
「じゃ皆でいこー」
──────────────────
随分と大所帯になったが、特に問題はなく工房まで辿り着いた。到着するや否や、アポロは工具を取り出して装置の作製を始める
「………ぼかされてしまっていたけれど、結局どうしてアポロは子供になってしまったのかしら」
「………私からは何も言えない」
「そう」
そもそもが秘匿されていた技術だ。シロコから何かを話すことはできない。全ての決定権は星空アポロにあり───
「……あれ、でも皆の前で元に戻る機械作ってる。これ隠してないのかな。じゃあいっか。若返り装置の不具合で若返りすぎちゃったの」
「えっ」
「えっ」
「誰にも言わないでね」
星空開拓部は奔放だ。それは部員も同じこと
「そ、それは……どういうアプローチで…?」
「本当に時間を戻してるみたい。詳しいことは後でアポロに聞いて」
「……そうします」
「よっしゃできたー!レッツゴー!」
「できたって。今なら聞きに───ん?」
シロコにしかわからない事だったが、恐らく初期型のワープ装置を改造したものだ。一回でも使えれば良いのだろう。ありあわせの部品と元からある装置で作ったものだろうが──作製者が星空アポロなら、それは確実に動くだろう
「ちょっと待っ────」
シロコが止める間も無く、アポロは装置を起動してしまった。眩い光が工房全体を包み込む
「眩し……!じゃなくて、アポロ!」
光に眩んだ瞳を擦りながら、シロコは懸命にアポロの姿を捉えようと目を開き────
「───ばあさんや、ここはどこかのう?」
「若返りーっ!」
かくして、星空アポロ子供化事件は幕を下ろしたのであった
アポロ
好きなものは宇宙。次に人と触れ合う事
チヒロ
頑張って誤解を解いた
ノア
頑張って誤解を解かれた
シロコ
アポロを運べなくなるのがちょっとだけ悲しい
先生
実はアポロと話したことがある。忘れられてる
ヒマリ
お菓子がなくなった
リオ
「ばあさん」とは誰のことだったのだろうかと考えている