その日々が穏やかなものであれ、波乱に満ちたものであれ、時間は平等に流れていく
星空開拓部が宇宙にたどり着いて、早くも一年以上が経ち──彼らは、卒業を間近に控えていた
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「ん……しょ、っと」
宇宙にたどり着いて、一年。時が経って、何人か人が増えても、その生活の本質は何も変わらない
物を作って、未開の星空を開拓する。それが星空アポロの全てであり、本質だ
「アポロ君……あぁ、いました」
大きな工房ではなく、重い扉の、生塩ノアにとっては少し苦い思い出の残る研究室。それ以上に、幸せが詰まった大切な場所だ
「順調ですか?」
「そりゃもちろん。もうすぐ全部終わりそうかな」
「それは良かったです」
一年の時を経て、一之瀬アスナと各務チヒロは既にミレニアムを卒業している。度々星空開拓部に顔を出してはいるが、在学中と比べると明らかにその頻度は落ちている
時を重ねれば、変わるものはある。同様に、変わらないものもある
「もうすぐ、私たちも卒業ですね」
「そつぎょ…あぁ、そういえばそうか」
「私は少し、名残惜しい気もしますが……アポロ君はどうです?」
「ん……どうだろ…何だかんだ楽しかったけど、思い出の大半がこの部屋だからなぁ。卒業がどうこうよりも、ここに来れなくなるのは確かに名残惜しいかも」
「じゃあ、私と一緒ですね。ふふ」
新たな始まりでもあり、切ない別れでもある。各務チヒロと一之瀬アスナも、同じような気持ちを抱いたのだろうか、と生塩ノアは思案した
「卒業後は、どうするんですか?」
「宇宙に行く」
「……まぁ、それはそうでしょうけど」
生塩ノアの求めていた答えと、それは少しズレていた。やりたい事ではなく、進路の話をしているのだ
「どこかの研究機関、宇宙飛行士……どちらにしてもアポロ君なら大丈夫だと思いますが…」
「……?何言ってんの、だから宇宙に行くんだって」
「………?」
話が噛み合わない。いや、それ自体は別に珍しい事ではないが──今回のは違う。何か、何か致命的な違和感が、ノアの脳に警鐘を鳴らしている
「一年かけて、若返り装置は完成した………寿命の克服って面もあるけど、どちらかと言うと永久機関の役割が強かったんだよ、アレ」
「永久、機関?」
「そ、ワープの応用で観測データをミレニアムに送る装置もついさっき完成したし、これで準備は万全」
ノアの頭の中で、嫌な想像が止まらない。可能性は確かにあったのだ。それが現実となっただけ───
「卒業なんて待たないよ。宇宙船が完成次第宇宙に行く───んで、もう戻らない」
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「…………………………」
「ゆ、ユウカ先輩、これは…」
「重症ね…」
セミナー部室にて、生塩ノアは沈んでいた。椅子の上に体育座りをして、顔を膝に埋めて縮こまっている。こんな彼女をセミナー部員達が見るのは、とても珍しい事だった
登校すぐは普通だった。時間が経つごとに段々とおかしなところが見え始めて、最終的にはこの有様だ
「の、ノアせんぱーい?」
「どうかしましたかコユキちゃん……」
「どうかしてるのは先輩の方だと思いますけど………その、やっぱりアポロ先輩のことですか?」
コユキの問いかけに、ノアの肩がピクリと震える。図星らしい
「また何かあったの?私がアポロに言ってきてあげるから…」
「違います……違うんです………今回に限ってはアポロ君は何も悪くなくて……」
「ホントですかねー?」
「アポロ君が原因なのは確かなんですけど……それもアポロ君にしてみれば当然のことで…私の考えが甘かったというか……」
「何があったのか言ってくれないと訳わかんないわよ」
とんでもなく大きなため息をひとつ。ノアは疲れきった表情を顔に貼り付けながら、事の顛末を語り出した
「………アポロ君が、宇宙に行くんです」
「いつものことじゃない」
「あ、わかりましたよ。これはそのまま戻ってこないヤツですね!なんちゃって───あれ、本当にそんな感じ?」
適当に言った当てずっぽうが当たってしまったようで、生塩ノアはますます沈んだ。星空アポロが絡むと生塩ノアはめんどくさい。セミナーの二人もそれはわかっていたが、今回のは特にめんどくさそう、というのが二人の共通見解だ
「………つまり、次にアポロが宇宙に行ったら、もうそのまま戻ってこないって事?」
「そういうことです……」
「アポロ先輩らしいというか、何と言うか…」
「それで、ノアはどうするの?」
「はい?」
「付いていきたいんじゃないの?」
ノアの瞳が、大きく見開かれる。ユウカの言葉は、ノアの本心を的確に捉えている。付いていきたいと言う本音を、理性が留めているのだ
一番大切な人は誰か──?その問いに、ノアは間違いなく星空アポロだと答えるだろう。だが、今回天秤に乗せられたのは、星空アポロとそれ以外の全てだ。天秤の皿は、大きく揺れている
「別に、行きたいなら行けばいいじゃない。ちょっと寂しいけど」
「え───」
だからこそ、その言葉はノアを酷く動揺させた
「それに、私が何も言わなくても、ノアはアポロに付いていくわよ」
「ユウカちゃん…」
「あなたは星空開拓部の一員よ。それが、星空アポロを放って置ける訳ないじゃない」
例え本人が否定したとしても、生塩ノアは星空開拓部の一員だ。その点で、星空アポロと生塩ノアは同じ穴の狢である。二人の間で、答えは初めから出ていたのだ
「私、は…」
「ノア先輩に会えないのは……あ、でもこれで反省室とはおさらばですね!にははははは!」
「私がいるわよ」
「あ、そうでした」
いつも通りの口調を崩さないコユキも、言葉の中に隠された寂しさだけは繕えない。それでも気丈に振る舞って、ノアの背中を押している。年月は人を成長させるものだ
「……私、は、付いていきたいです」
「なら────」
「でも、アポロ君はどうでしょうか」
「……ノア?」
「本当に、宇宙に行くつもりなら……付いてきて欲しいと思うでしょうか。アポロ君は、きっと一人でも大丈夫ですから」
未開の星空だろうとも、星空アポロは生きていけるだろう。その私生活は悲惨なものではあったが、場所が宇宙となれば話は別。それに、星空アポロが誰かを連れていきたいと願うなら───
「シロコさんのように強くもない。アスナ先輩のように、運が良い訳でもない。チヒロ先輩………これは別に良いです」
「今私怨混じりました?」
「……私がアポロ君に付いて行ったとして、誰も見たことのない星空の中で、何ができるんでしょうか」
未開の星空では、砂狼シロコの武力は大きな助けになるだろう。一之瀬アスナの豪運も、同じく助けになるはずだ
生塩ノアには何もなかった。星空を拓く永遠の旅。誰も辿り着けない偉業の旅。それに対して示せる価値を、生塩ノアは持ち合わせていない
「アポロ君の邪魔にだけは、なりたくありません。邪魔になるぐらいなら、私は………」
例え死んでも、それだけは避けたかった。これも、生塩ノアの紛れもない本心だ
「難しいですね〜…」
「アポロに限ってそんなことないとは思うけど…面と向かって聞いてみるのは……無理そうね」
こればかりは、二人にできることは何もなかった。解決できるとすれば、ノアとアポロの二人だけだ
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「さぁてと」
これから、また少し長い制作にかかる。永遠に宇宙を飛び続ける宇宙船。18年の人生を経て、ようやくここまで辿り着いた。悲願の成就はすぐそこだ
「ワープ、エンジン、燃料……若返り…」
こうして歩みを見つめてみると、どれも懐かしい思い出ばかり。地上50メートル地点で爆散したアポロ1号から、ここまで。長い旅路の終着点と、新たな旅の始まりは、もう目前まで迫っている
「やっぱ、作るならここだよな」
ワープを使って訪れたのは、俺の初めての宇宙飛行の地、アビドス砂漠だ。ノア1号の残骸は今も見つかっていない。いやぁ、あれは悲しかったな
「よし」
船体の素材……これは、ノアとアスナで取りに行ったやつだ。帰り際に隕石が落ちてきてたっけ
ワープ、フェルトノア断頭事件は記憶に新しい。不安定で危険な分野に手を出したのだと、アレには嫌というほど思い知らされた
若返り、一番難航した装置だ。子供になった時は皆に色々助けてもらったっけな
燃料……これが一番懐かしい。何だかんだで一番色々あったっけ。アヤメに頼ったのを覚えてる
「感謝だなあ」
今までの研究データ全部と、宇宙に行ってから送る観測データ。当然ミレニアムに置いてあるけど、もう一つを百鬼夜行に置いてきた。百鬼夜行に、というよりはアヤメのところに、が正しいか
俺からアヤメへの最後の頼み……だけど、あの子が俺の頼みを断ったことはなかったな。頼られるのは好きじゃないと思ってたんだけど、本当、良い友人を持てて俺は幸せだ
「…………ふふっ」
設計図通りに、一つ一つ機械を組み合わせていく。幾度となく行ってきた、俺にとっては慣れた作業。それが、今はひどく楽しい
ふと空を見上げる。今は夜で、雲一つない満点の星空だ。もうすぐ、もうすぐあの中を飛んでいける──そう思うと、笑みが溢れる
モチベーションは最高潮。何なら一晩で仕上げてしまえそう
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"またしばらく音信不通になる"
だなんて懐かしいメッセージが届いたのが数時間前。よろしくの断りは無いけれど、あの人が何をしているのかはわかった
「……いませんね」
研究室、いない。工房、いない。だとすると──場所は限定されてくる。少しの間家にいて、居ても立っても居られなくて外に出たから、空には既に月が昇っていた
公共交通機関は動いているだろうか───動いていなければ走ろう
「……?あれ、なんでいんの?」
一番最初の宇宙飛行の時と同じ。アビドス砂漠に彼はいた。傍に建てられたテントに、既にほとんど完成している宇宙船。何もかもが、懐かしい光景だった
「やっぱり、ここにいましたか」
「わざわざ探したの?音信不通になるって言ったのに」
「会いたくなったんです」
ほんの一瞬、目を見開いて
「……そっか」
とだけ答えて、また宇宙船に視線を戻してしまった
「早いですね」
「あぁ、わくわくしちゃってさ。捗るってもんよ」
船体を見上げる。大きな、大きな船だ。確実に一人用ではない、大きな船。自分以外の誰かを、連れて行くつもりなのだ。そして、その中にきっと私は───
「……ほんと、ここに来るまで色々あったな」
「そう、ですね。アポロ君は…何が一番印象深いですか?」
「そうだなぁ……やっぱり、初めて宇宙に行った時かな。こっから飛んで、ここに落ちて…ここだけの話ね、落っこちた後、ノアに会って安心したんだ」
「私、ですか?」
「色々助けてもらってさ、だから……その、ノアがいるなら、何とかなるかなって、思ったんだ」
「っ……そ、そうですか…」
顔が熱くなるのを感じる。今、私はどんな顔をしているだろう。きっと変な顔に違いない
やっぱり、ダメだ。この人の前だと、いつもの私でいられない。
「ノアは?何が印象深い?」
「わ、私ですか?」
印象深い事なんてない。だって、あなたとの思い出は全部、等しく───
「私も、宇宙に行った時が、一番楽しかったです。初めてで、何もわからなかったけど……でも、とても楽しかった」
「……うん」
「また行きたいって、そう思いました」
「……そっか」
ぎり、とレンチを回して。彼は私に視線を向けた
「できた」
レンチを持った手で親指を立てて、宇宙船を指差した。白み出した星空──まさか、これだけのものを一晩で仕上げてしまうとは
「ん」
手を、小さく振って、船を指される。……わからない、一体、何を─?
「…中、見ないの。これから住むのに」
「────え」
この船は、星空アポロの集大成だ。これを操って、彼は永遠に続く旅に出る。その船に、住む。誰が?私が?
「いいん、ですか?」
「え、来ないの?」
心底驚いたように、目を丸めて。そしてすぐに、困ったように頬をかいた
「………あー、いや、言われてみればそうだなぁ。あー、どうしよう。まずったなぁ…」
「アポロ、君?」
「あー、ええっとね。その、正直さ………付いてきてくれるもんだと、思ってたから」
───そう、か。そうだったのか
この人は、星空アポロは、端から私を置いて行くつもりなんてなくて────
「……ふふ」
「ノア?」
「えへ……えへへ……」
笑ってる。何故笑っているのか、自分でもわからない。わからないけど──ただ、嬉しくて堪らないのだ
「ははっ、あははははははっ!」
「ご、ごめんノア、そんなに嫌なら別、に───」
我慢できなくなって、目の前の少年を腕の中に収めた。強く、強く、抱き締めて、離さない
「ねぇ、アポロ君」
「は、はい」
「何があっても、どこにいっても、私はそばに居ます。絶対です」
「あ、あぁ……うん……」
困惑した表情も、愛らしいと思えてしまうから不思議だ。困った顔も、赤くなった耳も、何もかもが愛おしい。手放しに寄せられた信頼が、こんなにも、こんなにも───
「だから──私の事、連れて行ってくれませんか?」
「───もちろん!ノアがいなきゃ始まんないよ!」
星空アポロ
星空開拓部に連絡の後、全員を連れて宇宙へと飛び立つ。戻ることはなかった
生塩ノア
ずっと、一緒に
星空開拓部
流石にちょっと驚いたけど、すぐに承諾。星空アポロと共に宇宙へと飛び立った
七稜アヤメ
星空アポロの最後の頼みを遂行中。残されたデータから若返り装置を開発した