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勇者パーティが魔王を討伐してから既に50年が経過し、平和な日々が送られていた。
勇者ヒンメル、戦士アイゼン、僧侶ハイター、魔法使いフリーレン。彼等の活躍によって魔王は討伐され、世界に平和が訪れてから、もう50年もの時間が経過したのだ。
時が過ぎるのはなんとも早いもので。しかし、長命であるエルフ、その生き残りであるフリーレンからすれば、50年なんて年月は決して長いものなどではなかった。
長命であるエルフは感情が希薄と言うか、どうにもそういったものに疎い傾向がある。フリーレンはその中でもわりと感情がある方だが、それに対して理解が出来ているかと言うとそうではなかった。
しかし、今日フリーレンは驚愕という感情を完全に理解した。驚きというのは、まさしくこういった場面で浮かべるものであるのだと。
「久しぶりだね、フリーレン」
「え」
今日はかつての仲間達―――つまりは勇者パーティの面々と一緒に、50年に一度観測する事が出来る流星群である『
魔王を討伐し、王都に帰還した日から50年という年月を経て、再び王都にやってきたフリーレンはまず最初にヒンメルを訪ねんとした訳なのだが、とくに迷う事なくヒンメルは見付けられた。
それは良いのだ。かつての様な若々しさはなく、背も縮んで完全に老いてしまっているけれど、彼が確かにヒンメルである事は分かった。
問題はそこではない。問題なのは―――ヒンメルの隣に、見知らぬ子供が居た事であった。
「え……っと、その子は……」
「……こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
「まだ人馴れしてなくてね。この子はフェルゼ。僕の子供だよ」
「え」
「と言っても、養子だけどね」
あぁ、そういう……と、フリーレンはすぐに落ち着いた。
まさかこの歳でこんなに小さな子供をもうけているなんて一体いつ結ばれたんだろうかと、かつての仲間に対して何らかの訝しみを持つ所だったが、それも杞憂だったらしい。
決して、彼が結婚して子供をもうけていた事にショックを受けていた訳ではない。まだこの頃のフリーレンは、ヒンメルに対する感情も想いも自覚が無かったし、人間のそれを理解しようともしていなかったのだから。
まぁ、それはそれとして、彼女にしては珍しくかなりびっくりしていたのは事実である。
「5年くらい前かな……一人ぼっちのこの子を見付けてね。孤児院に預ける事も考えたけれど、嬉しい事に懐かれてしまってね。養子として引き取ったんだ」
「へぇ……それにしては、ヒンメルに似てるね」
「そうかい?」
「うん」
屈んで同じ目線に立ち、じぃっとフェルゼを見詰める。
艶のある黒髪に空を思わせる碧眼。子供ながらに整った顔立ちをしている。けれど、やはりまだ子供なのだろう。初対面の相手に緊張しているのか、表情が硬い。
なんで見詰められてるんだろう…? と、見詰められて恥ずかしくなってしまったのか、ヒンメルの背中に隠れる様にしながら半分だけ顔を覗かせる。
人馴れしていないのは確からしい。
「―――うん、やっぱりヒンメルに似てるよ。目がそっくりだ」
真っ直ぐで強く、優しい目だ。養子とは思えないくらいに、その目がよく似ていた。
「ふふ、やはり年老いた僕もカッコイイという事か」
「別にそういうつもりで言った訳じゃないんだけどね」
「……えっと」
「急に見詰めて悪かったね。ヒンメルが親なら、多分大丈夫でしょ。くれぐれもヒンメルみたいなナルシストにならないようにね」
強いし優しいしカッコイイ。しかしナルシストなのが玉に瑕なのが、勇者ヒンメルである。自分の銅像のポーズやら何やらで、数時間もの時間を費やした男は決して伊達ではない。
実質ヒンメルが二人になる様な未来なんて、ぶっちゃけ嫌なフリーレンであった。
「はっはっは、僕としては、フェルゼにはもっと自信を付けてもらいたいんだけどねぇ。稽古を付けてる時はちゃんと動けるんだけど」
「……おじいちゃんなのに稽古してるの?」
「流石に酷くない? 前みたいにとまではいかずとも、まだ動けるよ。フェルゼも男の子なのか、剣に興味があるんだけど……これがまた凄くてね。もしかしたらあと数年もせず追い越されるかも」
「それは流石に大袈裟だよ。ヒンメルの強さは私もよく知ってる」
元パーティの仲間であるフリーレンが、ヒンメルの強さを知らない筈もない。
彼は間違いなく勇者であり、その実力は人間の中でも上位に食い込むものである。
『
そのスピードは決して尋常のそれではなく、他の剣士と比較してもフリーレンは彼以上の速度を叩き出した者は旅の道中では見た事がない。
まだ年端もいかない無垢な子供が、興味本位で剣を振るっているという程度。それがあまつさえヒンメルを追い越すなど、フリーレンには考えられなかった。
「君にそう言ってもらえるなんて、嬉しいよ。けど、フェルゼは本当に凄いんだ。君も実際に見れば分かる」
「ふーん……ヒンメルがそこまで言うなら、多分本当なんだろうね」
「そこは多分って言わないで欲しかったね…」
「それで、その子も連れて行くの?」
「ううん、そこが悩みなんだよねぇ。一人にさせるのも不安だし、けど一緒に行くのもね」
仮にヒンメルの言う事が本当であったとしても、フェルゼはまだ年齢一桁の小さな子供であった。
それを旅に連れて行くのも難しいというものだ。道中で魔物と対峙する可能性は決してゼロではないのだから。
しかし、一人にするのも心配だった。この王都の治安は良いものだし、町の人々もフェルゼの事を知っていて可愛がってくれている。けれど、それでも心配は心配だ。
「おるすばん、しとく」
「フェルゼ?」
たどたどしい口調ながら、先程までの細々とした声からはっきりとしたものにして、フェルゼは口を開いた。
「おとうさんの、だいじなひとたちなんだよね? そのひとたちとの、おでかけだもん。ぼくがじゃましちゃうのは……いやだ」
「フェルゼ……」
「まいにち、たのしそうにしてたから。だから、じゃましたくない。ちゃんと、おるすばんしとくから―――いってらっしゃい、おとうさん」
「……息子に気を遣われちゃうとはね。本当に優しい子だよ、お前は」
ふわりと、優しく頭を撫でられて照れ臭そうにするフェルゼ。まるで本当の親子の様だと、その暖かい光景を見たフリーレンは思った。
そしてそれが―――すぐに終わってしまうなんて、この時は思いもしなかったのだ。
◆
かつての仲間達と共に
老衰だった。その最期を仲間達と共に過ごし、そして家に帰って息子に出迎えられた。誰もが彼は幸せだっと口を揃えて言うだろう。
彼の葬式には多くの人達が出席した。彼に助けられた者、彼の世話になった者、彼と親しかった者。多くの人々が、彼の死を悲しんだ。
「……」
ざっ、ざっ、と。大切な
棺の中には大量の花束。その数だけ、父が人を助け、人と関わってきた証がある。フェルゼもまた花を添えた一人だ。
朝、目を覚ました時の事をよく覚えている。同じベッドで寝ていた父の冷めた肌の感触が、今もまだ残っている。
フェルゼはそれが理解出来なかった……いや、理解したくなかったのだろう。
愛する父が、大好きな父が―――死んでしまったというそれを、受け入れる事が出来なかったのだ。
「おとうさん」
もう、あの暖かい手で頭を撫でられる事はない。
「おとう、さん」
もう、あの暖かい眼差しが向けられる事はない。
「おと、う、さんっ」
もう―――あの大好きな父は、自分を呼んでくれない。
「っう、うぅ……!!!」
ボロボロと、大量の涙が溢れて止まらない。
墓に埋められる。その光景を見て、理解したくなかった現実を理解させられた事で、心の中のダムが決壊した。
胸を抑え、嗚咽と共に膝から崩れ落ちる。周囲の人が心配して駆け寄り、声を掛けてもフェルゼには何も聞こえていなかった。
痛い。辛い。苦しい。全身がズタボロになっている様な、胸が内側からはち切れてしまいそうなソレは、誰にも分からない。
完全に殺し切れない声が口から漏れ出して、止まらない。
それを見ていたフリーレンもまた―――涙を流し始めていた。
「……たった十年、一緒に旅をしただけだし」
「……」
「……」
「人間の寿命は短いって、分かっていたのに……っ!」
もう、ヒンメルは帰ってこない。
一緒に話す事も、笑う事も、何も出来ない。
ただ思い出の中に、留まるのみ。
人間の寿命は短い事だと、理解していた。いや、理解していたつもりでしかなかった。
理解なんて出来ていなかった。理解が出来ていたのなら――――――もっと、彼の事を知ろうとしていた筈なのだから。
「っ、なんでもっとっ……知ろうとしなかったんだろう……っ……」
「……」
「……」
ハイターは頭を。アイゼンは背を。各々に手を置いて、慰める。
彼の死を以て、ようやく一人のエルフは―――人間の事を知ろうとしなかった事を悔やみ、そしてこれから人間の事をもっと知ろうと思い始めたのだ。
そして―――この日を以て。
その人間を知ろうとする旅に、フェルゼが同伴する事となったのだ。
「フリーレン。貴方の旅に、フェルゼを連れて行っててはくれませんか?」
「…なんで? あの子もヒンメルとは離れたくないでしょ」
「それがヒンメルの遺言だからです。それに、こうも言っていました。フェルゼもまだ、何も知らない子供だと。貴方との旅で、もっと世界は楽しいものだと、広いものだと知って欲しいと」
「……嫌だよ。それであの子を危険な目に合わせたら、ヒンメルに怒られる」
「はっはっは、そうですか。まぁ、貴方ならそう言うでしょうとは思いました。ですが、それは大丈夫だと思いますよ―――あのヒンメルが、あの子は強いと言ったのですから」