勇者ヒンメルの子供   作:全智一皆

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第九話 奇跡が無くとも残るもの

 

■  ■

 その昔、勇者一行はとある花畑で休息を取っていた。

 赤、黄、桃、空、紫。まさしく彩りに溢れたその花畑は、あらゆる人の心を癒すかの様に美しく、暖かな場所であった。

 しかしそれは―――決して、自然によって生み出されたものではなかったのだ。

 

「随分とボロボロだね」

「此処も魔王軍の被害に遭ったんだろうな。劣化のそれじゃない」

 

 魔族の侵攻に遭ってしまったのだろう。フリーレン達が訪れたその教会は、そこかしこに痛々しい侵攻の跡が刻み込まれ、もはや誰の痕跡も残されてはいなかった。

 人々が天地創造の女神へと祈り続けた床は焼けて無くなり、その像も幾つかの箇所が欠けてしまっている。

 もはやただの遺跡。過去の残滓。そこにあった何かでしかなく、誰の記憶にも残らない、忘れられるモノであった。

 

「かなりの時間が経ったのでしょう……女神様の像も、ボロボロになってしまっています」

「ダンジョンかと思ったが、焼けた教会か…これは少し寂しいね。フリーレン、何かないか? こう、彩りを増やす魔法は」

「彩りを増やすって……そんな魔法持ってないよ」

「持ってないのか。くだらない魔法ばっか集めてるのに」

「うるさいよ」

 

 この時から、くだらない魔法を集め出す癖は出来始めていたらしい。尤も、そんなくだらない魔法にはしゃいでいたのが、他ならぬヒンメル達だが。

 それはそれとして、フリーレンは考える。彩りを増やす様な魔法なんて、果たして自分は持っていただろうか―――頭の中に組み込まれた幾千もの魔法を探る様にして、あ……と言葉を零した。

 

「そうだ。アレがあった」

「どんな魔法だ?」

「『花畑を出す魔法』だよ。先生が好きだった魔法なんだ」

 

 人類の魔法の開祖とされし大魔法使い、フランメ。彼女が最も愛した魔法は、そんなくだらない魔法だった。

 幼い頃、両親と一緒に見た花畑。かつて、師匠が気紛れに見せてくれた魔法。そんな魔法をこそ、彼女は愛していた。誰かを笑顔にしてくれる、誰かに安らぎを与えてくれる、そんな魔法が。

「良い魔法じゃないか」

「そう? くだらない魔法だよ」

「でも、君はそれを憶えてる。ならそれは、君にとっても思い出深いものなんだろう?」

 

 フリーレンは悠久の時を生きるエルフ。彼女は基本的に、大抵の物事を記憶している。勿論、忘れている事がない訳ではないが。

 ただ、彼女はこと魔法に関する事だけは他よりも強く記憶に残している。特に、彼女の師匠であるフランメに関する事は。

 ヒンメルは思うのだ。エルフは無感情なのではなく、単に感情というものを理解し切れていないだけだと。

 現にこうして―――彼女にとって思い出深い魔法として、フランメの魔法はしっかりと記憶に刻み込まれているではないか。

 

「どれくらい出せるんだ?」

「とりあえず、この一帯は出せるかな。それくらいあれば十分でしょ」

「ですね。女神様もお喜びになられます」

「とか言いながら、花を肴にしたいだけじゃないのか?」

「バレましたか」

「生臭坊主……」

「はっはっは!」

 

 いつものやり取りの後に、其処は荒れ果てた大地から、綺麗な花畑へと変貌を遂げた。

 とても、とても綺麗な花畑。そこできゃっきゃするのは―――生臭坊主の僧侶となげぇ髭生やした戦士である。花は何処に行った、花は。

 

「きもちわるい」

 

 流石のフリーレンも、これには軽く罵倒が出る。野郎二人が花畑できゃっきゃしてる姿なんぞ、いったい誰が見ようと思うのだろうか。見たいという人間が居るなら、それはもう逆に凄いと思う。

 そうしていると、ふと頭に何かが置かれた。

 

「なにこれ」

「花冠だよ。知らないかい?」

「知ってるけど……というかヒンメル、花冠なんて作れたんだね」

 

 器用だとは思っていたが、花冠まで作れる事までは知らなかった。そもそも男が花冠を作る、という事自体が珍しい様な気もするが、しかしそこはエルフ。そういった『男女の認識』に関しては、とことん無頓着だった。

 しかしそれはそれとして、ヒンメルがそういうものを作る事が出来るなんて、フリーレンは知らなかったし、意外だと心から思ったのだ。

 

「ふっ、僕は何をするにしても器用だからね!」

「言わなきゃよかったかな……」

 

 なんか調子良い事を言えばすぐに自分語りが始まるナルシストなのが、この勇者の残念な所だろう。これさえ無ければ、文句など一つもない完璧な勇者なのだが。

 まぁ、そういう残念な面があるからこその人気があるのだろう。完璧な勇者など、それこそ夢想に等しい存在。勇者であったとて、何処か人間らしさを感じた方が良いというものだ。

 

「欲を言えば、この花達の中に『蒼月草』があれば良かったんだけどね」

「蒼月草?」

「僕の故郷にあった花でね。とても美しいんだ」

「ふーん…」

「まぁ、僕の方がずっと美しいんだけどね!」

「そろそろ行こうか」

「流されるのも慣れてきたなぁ……」

 

 こういったやり取りも、腐る程やってきた。ヒンメルのナルシスト、ハイターの生臭坊主、アイゼンの肉体強度、フリーレンのだらしなさ……どれを取っても、癖しかない。

 だが、そんなやり取りに不思議と飽きは来ない。寧ろ、そんなくだらないやり取りを、いつも何処か楽しく思えてすらいた。

 まだこの時は、フリーレンにそんな自覚は出来ていなかったけれども。

 

「フリーレン」

「なに?」

 

 歩む足を止める。こういう時、ヒンメルはいつも何かの言葉を掛ける。

 自分語りばかりな訳ではない。ヒンメルはいつも、或いはいつだって―――フリーレンの事ばかりを考えていたから。

 

「―――君にも、いつか見せてあげたい」

「……そう。機会があったらね」

 

 とは言ったが。

 結局、魔王討伐の道中でも、50年の旅でも―――そんな機会が訪れた事は、無かった。

 

 

 

 

「一向に見当たらん。絶滅した植物を探すのがここまで難しいとは」

「フェルゼをしてここまで難航するか…」

「すごく当たり前な事を言ってる……」

 

 時は進んで、勇者ヒンメルが死んでから26年が経過し、フリーレン達が蒼月草を探し出してからもう半年が経過した頃である。

 自分の持てる能力をフル回転させているにも関わらず、目的の蒼月草は影も形も見当たらないという現実に、さしものフェルゼとフリーレンもこれには頭を抱えざるを得なかったのだ。

 だが、フェルンに言わせてみれば、そもそも前提として種が絶滅してしまっているのだから、それも至極当然である。それにも関わらず、探し切れると信じて止まない二人が些かおかしいのだ。

 まぁ、兄と呼び慕う彼の能力が群を抜き過ぎているのは確かなので、心の何処かでは見つかるかもしれないと思っていたのも、また事実ではあるが。

 しかし現実は非情であり、未だ蒼月草は見付からないままであった。

 

「探索範囲を広げるか? あと数km程度なら見落としは絶対に無いと断言出来るが」

「流石にそこまでは……いや、それもアリか」

「無しです。……もう半年も掛かっています」

「まだ半年だよ。あとちょっと時間を掛ければ」

「フリーレン様の言う『あとちょっと』とは……いったい、何時なのですか?」

 

 フェルンの表情は何処か重く、そして詰めた様だった。

 エルフの寿命は長い。それこそ、不老不死なのではないかと疑われる程に。かの大魔法使いゼーリエは、神話の時代から生きているとされている。歴史上の殆どの魔法を手にしていると言われている彼女の寿命は、もはや想像も出来ない。

 だからこそ、エルフにとって時間の経過に対する感覚は酷く鈍い。フリーレンにとっては、10年という旅は自分の人生の100分の1にも満たない出来事だったのだから。

 彼女にとって半年など、ほんの数秒程度にしか感じないのだろう。だが、フェルンにとっては違う。フェルゼにとっても、違う。

 人間の寿命は、エルフと比較すればあまりにも短い。その才能と能力によって隠れつつあるが、フェルゼもまたその人間なのだ。半年という時間ですら、人間にしてみれば十分長い。

 

「兄さんが頑張っても、半年が掛かっています。あるかどうかも分からない花を探す為に、数年を費やすのは……」

「…そう、だな。フェルンにとっては、十分不満だろう。半年を花探しに費やしてしまっているからな」

「でも諦める気無いよね、フェルゼ」

「―――当然だ。他ならぬ、義父(とう)さんの事だからな」

 

 同意はある。共感もする。理解だって出来る。

 フェルンの言い分は正しい。彼女の言葉は、紛れもない正論だとフェルゼも思う。

 だが―――それでも、諦めきれないのだ。

 諦めたくないのだ。見捨てたくないのだ。

 自分を拾ってくれた、育ててくれた父が愛していた花をこの目で見る事が出来ないなんて嫌だから。

 自分が心の底から尊敬し、愛している人の銅像が忘れ去られてしまうなんて、受け入れられないから。

 

「付き合わせてしまって、申し訳ないと思っている。フェルンの言いたい事は、分かっているつもりだ。俺もフリーレンも、こんな所で花探しの為に長居すべきではない」

 

 伝説であるから。英雄であるから。

 天才であるから。才能があるから。

 世界には、未だ争いがある。魔王が打ち倒されて尚も、魔族は存続し続け、それに脅かされている人間も決して少なくはない。

 今こうしている間にも、誰かが死んでいる。それは断じて許すべきではないのだ。

 

「けど……分かっていても、諦めたくないんだよ」

「……では、どうするのですか」

「範囲を広げ、時間を削る。多いに越した事はないが、俺一人でも問題はない。少なくとも、あと数回は全力を出し切れる」

 

 そうじゃない。

 勿体ないからなんて、そんな理由だけじゃなくて。

 私は、ただ…… 

 

「…やっぱり、兄さんは何も分かって―――」

 

「しっ。二人共、静かに」

 

 柄にもなく、声を張り上げかけた瞬間だった。

 鶴の一声の如くに掛けられた静止。言葉ではなく沈黙で答えた二人は、フリーレンの目線を追う。

 かりかり、かりかり、と。お婆さんから貰った、蒼月草の近種の種を齧る小動物―――シードラットの姿が、そこにはあった。

 あ…と、小さく漏れたフェルンの声に反応し、シードラットは種の入った袋を咥えて奥の方へと駆け出した。

 

「追い掛けてみようか」

「担ぐか? その方が速い」

「いや、大丈夫。それに、フェルゼだとシードラット追い越しちゃうでしょ」

「む……それもそうか。行こう、フェルン。話し合いは道中でやろう」

「…はい」

 

 魔法で痕跡を辿りながら、フェルンは切り出す。

 

「私は……心配なんです。幾ら兄さんが凄くても、兄さんだって一人の人間だから…この半年、私とフリーレン様が休んでいる間にも、抜け出して探していたり…」

「フェルゼ」

「…すまない」

「休む時はしっかり休まないといけない―――そう教えてた筈だよ。私達エルフと人間じゃ、疲労感の蓄積にも差があるんだから」

 

 エルフと人間の差は、何も寿命だけではない。その記憶力と言い、認識差と言い、種族の違いにはやはり様々な差異が発生する。

 エルフと人間の体力―――というよりは、疲労感に対する感覚と言うべきか。その長い寿命故に、エルフは他よりも長い間、その作業を没頭する事が多い。持て余す寿命、暇を埋める為に熱心になるのだ。

 それに対する疲労感は大した事ではない。エルフにとっては、何かに没頭するというそれ自体が当然の認識にあるからだ。

 ただ、人間はそうではない。勿論、何かに没頭していて疲労感はあまりないという人間が居ない訳ではないが、それは感覚的なものでこそあって、実際の体力とイコールではない。

 

 幾ら才能に溢れていようと、人間は人間だ。ヒンメルも、人類最強と言われた南の勇者も、一度も休息を取らなかった……なんて話は存在しない。

 どんなに強くても、才能があっても、生きているのならば疲労は溜まる。それを無視して動き続ければ、いずれ倒れて伏す結末以外に有り得ない。

 

「……すまなかった、フェルン。そこまで心配を掛けていたとは…」

「もう一人で抜け出したりしないでください。次は怒ります」

「……はい」

 

 正論を叩き付けられては、フェルゼもただ頷く他ない。

 普段ならばフリーレンに対して説教をする立場のフェルゼだが、そんな彼ですら過ちは犯す。現にこうして、自分より年下の少女に叱られ、反省しているのだから。

 悪い意味で捉えられてしまうだろうが、フェルゼは人間らしいとは言えない。此処に至るまで、多くの人と出会い、多くの事を学んできても、しかしそれでも何処か()()()()がある。

 大人になって尚、未だに歪さがある。きっとフェルゼにとって、それは恥ずべき事なのだろう。己は未熟である、と。

 だが―――それは無知であるからこそ。けれど、いつか知る事だ。気が付ける事だ。

 完璧な人間など存在しない。完璧な人間など、それこそ人間らしからぬ。

 何処か歪だったり、変な所があったり―――それでこそ、人は人と認め合えるのだと。

 

「―――此処だね」

 

 話し合いを続けている内に、フリーレン達は広い場所へと出た。

 廃れた塔が1箇所にぽつんと捨て置かれた様に聳え立つ、広い場所だ。もう随分と長い年月を経ているのだろう、蔓がよく伸びて煉瓦の内側にまで侵食してしまっている。

 中身はもはや空っぽで、形を保っているだけでも十分な程。そんな塔に、種を齧るシードラットが幾匹も群がっていた。

 そして―――ひらり、と。

 綺麗な蒼い花弁が、塔の真上から舞い降りた。

 

「これは…」

「花弁だね。シードラットは餌を外敵から守る為に、巣に持ち帰って餌を埋めるんだ」

「賢いな」

「いや、そうでもない。色んな場所に埋めるからね―――何処に埋めたのか、よく忘れるんだ」

 

 花弁を追う様に、舞い上がる。

 半年―――いや、違うな。あの話をしてから、彼から蒼月草を教えてもらってから、80年が経ったんだ。

 80年ですら、何処か短く感じてしまうけれど。50年の時にだって、貴方に供えてはあげられなかったけれど。

 今なら、きっと。

 今だから、きっと。

 

「……あるとは思っていたけど、まさかこんなにあるとはね」

 

 綺麗な月の様な、蒼が広がっていた。

 絶滅したとされる花は、こんなにも多く、しかして小さく、誰に見付かるでもない場所に咲き誇っていた。

 

「これが、蒼月草……()()()が、好きな花」

「うん―――ヒンメルが見せたいって言っていた花だ」

 

「遅くなったね、ヒンメル―――本当に、綺麗な花だね」

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