勇者ヒンメルの子供   作:全智一皆

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第二話 受け継がれる意思

 

■  ■

 ―――勇者ヒンメル(ちちおや)の死から15年。中央諸国・夜行都市ノクス。

 あの勇者ヒンメルが老衰によって亡くなり、王都の民達によって天国へと送られてからもう15年もの時間が経過していた。

 時間と共に世界は変わりゆくもので、あった筈の店が無くなる事は勿論の事、別の店が出来上がったり、或いはその町自体が変わっていたりと、様々な変化が訪れる。

 だがしかし、案の定とでも言うべきか。元勇者パーティの魔法使いにして、数少ないエルフの生き残りであるフリーレンは、結局の所そこらの時間感覚は全く変えられなかった。

 彼女からしてみれば、たかが15年。その程度の年月でしかないのである。

 だが、15年という歳月を経てしまてば人というのはあっという間に変わる。その証拠として―――あの小さな少年だったフェルゼは、今や立派な青年になりつつあったのだ。

 

「フリーレン。フリーレン、起きろ。もう朝だ」

 

 ユサユサと、宿のベッドで蛹の様に布団に包まった魔法使いを起こさんとする姿はまさしく父親のそれだが、実際に彼のフリーレンに対する扱いはマイペースな娘のそれと何ら大差なかった。

 歳を重ねると共にフリーレンの為人を分かってきたからか、或いは15年という歳月を経て信頼してきたからなのか。遂にはさん付けを取っ払って、呼び捨て且つタメ口になっていた。

 

「んん……あと半日……」

「遅いし長い。早く起きろ」

「まだ暗いじゃん……」

「此処はそういう都市だろ」

 

 夜行都市ノクス。

 魔法によって常に夜が展開されており、年に一度しか朝が訪れる事がないという極めて珍しい構造の都市であり、まだ半世紀程度の歴史しか持たない新参都市だ。

 

「それに、暗いのはこのノクスの中だけだ。外はもう朝になってる」

「なんで分かるのさ…」

「気温と湿度」

「えぇ……」

 

 ベッドで布団に包まりながら、フリーレンは亡くなった友人の息子にドン引きしていた。かつてハイターがアイゼンによくドン引きしてた様に。

 ノクスに展開された夜はよく出来ている。その日の気候、その月の季節までもが正確に再現されており、冬には雲一つない満天の星空が絶景として広がる。

 その過程で、ノクスの気温や湿度すらも魔法によって調節がされている。人々が夜に違和感を持つ事がない様に、だ。

 そうであるにも関わらず、その調節された温度と湿度から外の時間を導き出すとか頭がおかしいと言わざるを得ない。

 

「ともかく、さっさと起きろ。起きないなら布団を引っぺがす」

「うぅ、わかったよぉ……昔はもっと素直で可愛かったのに……」

「もう15年も経ったんだ。貴方の為人はそれなりに理解してきたつもりだ。旅に同行させてくれた事も、面倒を見てくれている事にも感謝しているが、それとは話が別だ。だらしない奴に礼儀正しくするつもりはない」

「ヒンメル、君の息子が冷たいよぉ……」

 

 あんなに小さかった忘れ形見が成長した事を嬉しいと思う反面、ちょっと冷たくないかと思うフリーレン。

 だが、彼女の普段の生活を鑑みればわりと妥当である。というか勇者パーティの皆の器が広過ぎたと言っても過言ではないのだ。

 長命であるが故の時間のルーズさの所為で寝坊する事はしょっちゅう。僧侶であるハイターが、舌打ちをしてしまうくらいだ。

 そう考えれば、彼の対応は妥当であり、フリーレンに関しては残当としか言い様がない。

 寧ろ、見捨てられていないだけマシというものである。

 

「そもそもの生活習慣が問題か……気絶させるでも良いから早めに寝させるか?」

「ちょっと待って。今すっごい物騒な言葉が聞こえた気がする……」

「気の所為だ。寝ぼけてるんだろう。ほら、タオル」

「ありがと……」

 

 言葉は冷たいが、態度は優しい。話している間に丁度良い具合の温度になったタオルを手渡され、顔を拭う。

 フェルゼ本人の気質と言うのか、フェルゼはどうにも面倒見が良いらしい。顔拭いのタオルを手渡すだけでなく、フリーレンの普段着も綺麗に折り畳んでいる。さらには朝食のパンさえ準備している。

 もはや老人の介護のそれと何ら変わらないのではないだろうかと思うフェルゼだが、それを口にするとフリーレンの機嫌がかなり悪くなるので留めておく。

 父曰く、ババア呼ばわりされると三日三晩泣き喚くとの事だ。勇者一行の手にも負えないくらい泣き喚くエルフとか想像したくもない。

 

「よし……じゃあ、行こうか。依頼主との顔合わせだ」

「分かった」

 

 壁に立て掛けた一振りの刀を腰に差し、フェルゼはやる気に溢れた表情を浮かべながら同行する。

 ―――人助けの時間だ。

 

 

 

 

 宿を出てから徒歩で数十分もした頃、フリーレンとフェルゼは、ノクスの外郭近くに建てられた大きな屋敷に訪れていた。

 

「よくぞいらっしゃいました! ささっ、どうぞ、お掛けください」

 

 屋敷の主人は中々に気さくな人物だった。立派な屋敷を持っているというのに、そういった人間特有の驕りというものが欠片も感じられない。

 客人である二人を真摯にもてなし、お茶も出してくれている。しかも、自分は立ったままだ。おそらく、二人が座るまで立ち続けるつもりだろうし、二人が座らないなら自分も座らないつもりなのだろう。

 人の良い主人だ。きっと使用人にも慕われているのだろうとフェルゼは思い、ありがたく座らせてもらう事にした。

 

「わざわざ屋敷まで御足労頂き、ありがとうございます。情けない話、私もノクスに来たのは数年前になりまして。まだこの夜に慣れてはいないもので」

 

 お恥ずかしい、と頬をかく主人だが、フリーレンはうんうんと首を縦に振ってそれに同意した。

 

「分かるよ。ちゃんとした時間帯で過ごしてた側としては、そう早く慣れるものじゃない」

 

 朝に起きて、昼を過ごし、夜に眠る。そんな一連の時間帯こそが世界の常だが、此処ノクスはそれを覆している場所だ。

 常に夜ばかりが広がる都市で生まれた頃から生活している者であればいざ知らず、朝昼夜という当たり前の時間を生きていた人間がそれに慣れるのは、かなり難しいだろう。

 まぁ、フリーレンならすぐ慣れるだろうが。というか自分が居なければ普通に昼夜逆転しそうな奴が何を言うのだと、フェルゼはジト目をフリーレンに突き刺した。

 

「分かってくださいますか、フリーレン様! いやぁ、妻がいつでも綺麗な夜空を見れるなんて素敵だと言うものですから越したは良いものの、私はどうにも慣れなくて」

「奥さんが居たのか」

「えぇ。少し前に、先立たれてしまいましたけれど……」

「……そう、か。すまない、不躾な事を」

「いえいえ、お気になさらず! それに……妻が亡くなったからこそ、決心がついたのです。私は此処に居たいと。妻が綺麗だと言った夜空の下で、この一生を過ごしたいと、心から思える様になった」

「……凄い人だな、貴方は」

 

 愛した人を失ったにも関わらず、俯く事なく前を見ている。喪失すらも決意の糧にして、今を生きている。

 フェルゼにとって、それは凄い事だ。少なくとも自分は、そう簡単には受け入れられそうにない。それこそ、いっそ死んでしまおうかと思うくらいに。

 愛する者の喪失は、よく知っているつもりだ。自分を拾い、育ててくれた父を亡くしたあの日程、身も心も砕けてしまいそうになった時はない。

 

「それが唯一の取り柄ですから―――私は、いつまでも妻を愛しています。だからこそ、情けない姿など妻に見せたくはないのです。天国に行った時、妻に褒めてもらいたいので」

「……きっと褒めて貰えますよ。貴方の様な人を夫に持てた事を、奥様もきっと誇りに思っている筈です」

 

 敬意を表す様に、口調を改める。

 この人は素晴らしい人だ。愛していたからこそ、今も愛しているからこそ、決意と共に前を向いて今日(いま)を生きている強い人だ。

 こういう人こそが、天国に迎えられるべき人なのだろうと、フェルゼはほんの少し信仰心というものを理解した。

 

「だと良いのですがね。っと、身内話が過ぎましたな! 申し訳ありません。依頼の事について、お話しましょうか!」

 

 本題に切り替えて、主人は内容について話し出す。

 依頼の内容は至って簡単で、この屋敷の雑草抜きを手伝ってもらいたいというものだった。

 前までは運動も兼ねて主人も手伝っていたらしいが、歳の所為か身体を壊してしまい、それが出来なくなってしまったのだとか。

 屋敷というのもあってかなり広い庭で、その全域をしなければならないというので、かなり骨が折れる作業だ。そこで、魔法使いであるフリーレンと剣士であるフェルゼに依頼を申し込んだのだという。

 

「報酬は、『石を光らせる魔法』が書かれた魔導書で如何でしょう?」

「やります」

「おぉ、引き受けてくださいますか! ありがとうございます!」

 

 即答である。何とくだらない魔法だろうか、是非とも欲しい! と、フリーレンは目を輝かせた。

 対して、フェルゼはまたか…と呆れて肩を竦めた。別に報酬が何であれ依頼を受けるつもりではあったが、どうにもこのくだらない魔法集めには慣れそうになかった。

 

「相変わらずくだらない魔法を集めるのが好きだな……」

「ははは、良いではありませんか。鍛えられた魔法も格好良いものですが、ただ人の役に立つくだらない魔法の方が私は好きですな。それに、これが意外と役に立ちます。ランプが無い時は頼りになりますよ?」

「なるほど……そういう使い道もあるのか」

 

 どんな魔法も使い方次第。くだらない魔法にも、くだらない魔法なりの使い方というものがあるのだ。

 

 

 

 

 結論から言ってしまうと、雑草抜きはわりと早く終わった。

 これが野菜とかであればフリーレンの浮遊魔法で簡単に終わったのだが、雑草の様な小さく大量のものになると、流石に浮遊魔法でも浮遊させるそれの判定が難しいらしい。

 そういう訳で地道にやっていくしかなかった訳なのだが、そこは現役の剣士。ノクスに着くまでの道中―――正式に旅の仲間となってから10年―――で成長した肉体をフル活用して、あっという間にそれを終わらせたのだ。

 

「ふぅ……いや、これ結構キツイな? 主に腰と膝が」

 

 若者フェルゼ、雑草抜きのキツさを思い知る。

 幾ら現役の若者とて、やはり雑草抜きというのは中々にキツイらしい。どの世界、時代においても、やはり足腰を痛める作業というのは辛く苦しいものの様だ。

 ちなみに、フリーレンは途中から完全に離脱していた。力仕事は柄じゃないし、彼女も彼女で腰が痛くなったらしい。

 というのも、そもそもフェルゼの武器である封魔刀が、魔法を無効化する『封魔鉱』によって鍛えられたものである為、フェルゼの近くに居てはフリーレンも魔法が使用出来ないのである。

 加工されているのに加え、特殊な隕鉄が使われているのも相まって本来の封魔鉱よりも効果範囲はかなり縮まっているものの、それでも封魔鉱としての機能は失われていなかった。

 

「お疲れ様です、フェルゼ殿」

「っと。主人」

 

 雑草を全て抜き終えた広い庭に腰を下ろし、休憩を取っていたフェルゼの所に、依頼主である主人が水の入った筒を持ってやって来た。

 

「いやぁ、お二人のお陰でうちの庭が見違えました。本当にありがとうございます」

「期待に応えられたのなら、良かったです。けど、想像以上に疲れますね、これは…体を壊してしまうのも納得です」

 

 あまり弱音を吐きたくはないが、しかしこれをキツイと感じたのは事実だった。

 軽い運動なんて域ではない。少なくとも、一人二人程度ではどうにも終わりが見えないものだ。

 それを使用人達と一緒ではあるが、長年やって来ていたというのだから、恐れ入るばかりである。

 

「はっはっは、フェルゼ殿程の御人でも、やはり堪えますか!」

「自分はまだまだ未熟者ですから。未だ研鑽を続けている身です。父には及びません」

「ほう? それは気になりますな。フェルゼ殿の御父上は、どの様な御方だったのですか?」

「……とても優しい人でした。孤児であった自分を拾い、本当の息子の様に真摯な愛情を込めて育ててくれた。そして、誰よりも強かった」

 

 歳を重ねても、人を助ける事は止めなかった。かつて『腐敗の賢老』の異名で恐れられた魔族クヴァールの封印の様子を、老人になっても年に一度の周期で見ていた。

 魔族や魔物の出現が多い大陸北部を一人で横断した事もあると聞いた事もあった。老人になっても、勇者ヒンメルの実力は決して衰えはしなかったのだ。

 そんな強さに憧れた。だが、フェルゼはその強さよりも彼の優しさにこそ強い憧れを抱いていた。

 

「天性のお人好しと言っても良いのかもしれません。そんな深い優しさが大好きでした。けど……自分が5歳の頃、父は他界しました」

「……そうですか。話を聞いただけですが、とても誇らしく、良い父上だったのですね」

「えぇ。多くの人に見送られました。それだけ、父が人を助けてきたのだと思います。ですが、当時はそれも分からず、ただ泣きじゃくっていました。そんな時、フリーレンに出会ったんです。そして、旅の仲間になった」

 

 悲しみに明け暮れた自分に、声を掛け、手を差し伸べた。

 お互いに、何も知らない身であると。フリーレンもフェルゼも、奇しくもお互いに人の事を理解してはいなかった。

 フリーレンはエルフであるが故に。フェルゼは孤児であり、ヒンメルしか知らなかったが故に。

 些細な違いこそあれど、しかし根本は一緒だった。

 

「父とその仲間の旅の殆どは、人助けとダンジョン攻略だったそうです。この旅で訪れた村や国の殆どに、父が居ました」

「まさか、フェルゼ殿の父上というのは……」

「はい。勇者ヒンメルです」

「そうでしたか……失礼、話の腰を折ってしまいましたな。続けてください」

「はい。フリーレンと旅をする中で、そこで父が残したものを知りました。自分の知らない父の活躍と、その優しさを。父に救われた人達の想いを」

 

 ヒンメルという人間だけしか知らなかった。ただ彼だけを見ていた。

 だが、旅をしていく中でフェルゼは多くの人と関わってきた。子供も大人も老人も、幅を問わずに多くと面識を持ち、そしてこれからもそれは広がっていくだろう。

 それを繰り返していく中で―――憧れはさらに強くなった。だが、視点は変わった。

 

「自分も父の様に、誰かを助けたい。それは変わりません。けど、どれだけ憧れても結局憧れは憧れで、フェルゼはフェルゼでしかない。どれだけ人を助けても、勇者ヒンメルには決してなれない。今の俺は、ただ勇者ヒンメルの影を追っているだけだって言われた事もありました」

「……それは、辛いですな」

「…はい。けど―――それでも良いんです。だって、それは人を助けない理由にはならない」

 

 否定なんかしてやらない。この憧れ(想い)は―――間違いなんかじゃないんだから。

 

「だからこれからも、旅の道中で人を助け続けます。確かに憧れではありますが―――それは確かに、俺の意思で選んだ道だから」

「――――――なるほど。これは、確かにそっくりですな」 

「はい?」

 

 話を聞き終えてすぐ、主人は納得した様に呟く。

 その表情はどこか嬉しそうで、それでいて懐かしむ様でもあった。

 

「フリーレン様が言っていたのです。フェルゼ殿の目は、ヒンメル様によく似ていると」

「そうですか? 自分では、よく分かりませんが……」

「実を言うと、私も子供の頃、ヒンメル様達に助けて頂いた身なのです」

「え……あ、だからフリーレンの事を」

「ですので、もし宜しければ聞いて頂けませんか? 私が知るヒンメル様の事を」

「……是非、お願いします」

 

 夜は、いつまでも続くのだ。

 この話を聞く時間は、決して尽きる事はない。

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