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フリーレンとフェルゼは、元勇者パーティの僧侶でありフェルゼを旅のお供にする様に進言してくれた、ある意味ではフェルゼの恩人とも言える人物の一人―――ハイターが居るであろう場所に訪れていた。
「アイツ何処に居るんだろ……」
「せめて場所くらい聞いとけよ……」
そう―――ハイターの下に訪れるつもりで聖都シュトラールにやって来たは良いものの、しかし当のフリーレンはそのハイターが居る場所を全く知らなかったのである。
完全に場所は分かっているものだとばかり思っていたフェルゼは、重い溜め息と共に肩を竦めた。
ようやく恩人に感謝を伝えられると思った矢先にこれだ。本当にこのエルフは……と、呆れるばかりである。
「ごめんって…」
「なんでそうもいい加減と言うか、行き当たりばったりなんだ。もう少し計画性をだな」
「説教は勘弁してよぉ…」
あれから既に20年。フェルゼも遂に大人の仲間入りを果たし、青年と言うに相応しいものとなった。
自分より大きく、まだ満足に振るえていなかった筈の封魔刀も自在に扱える様になり、ヒンメルの剣技を完全に我が物にする事さえ出来る様になった。
肉体的にも精神的にも成長は留まる事を知らず。1Kmという範囲であれば、もはやフリーレンですらもフェルゼに勝てるビジョンが見えない程だ。
まぁ、それはそれとして。太い根の大きな木の下、旅をする上で計画性は必要であるという説教を長々とされてフリーレンがションボリ顔を浮かべていた所に、
「あの、どうかされましたか?」
救いの手が差し伸べられた。
赤いリボンを付けた紫色の髪が特徴的な少女が、二人の背後から声を掛けてきたのだ。
「……」
「フリーレン、
「うん。
「足音でな。だが、お前が気付けなかった。つまりそういう事だろう」
封魔刀の効果は夜にしか発揮しない。より正確に言えば、月が出ている夜にしか素材となった封魔鉱の効力が発揮されない。
今はまだ昼時。暗くなる事はおろか月だって出てすらいない時間帯だ。封魔刀は機能していない。つまりは魔力探知は決して途切れてなどいない。
フリーレンは卓越した魔法使い。人間の一生など露にも等しい長い時間を生きるエルフの魔法使いであり、その時間の殆どを魔法使いとしての鍛錬に費やした魔法使いだ。
そんな彼女の腕を以てして―――
「えっと……」
「すまない、此方の話だ。俺達はハイターという人を訪ねてやって来たんだが、場所が分からなくて困っているんだ」
「では、此方です」
「知っているのか?」
「一緒に暮らしています」
「え」
これはまさかヒンメルと同じパターンか? フリーレンの脳裏にかつてのヒンメルとフェルゼが過ぎり、腑抜けた声が漏れてしまう。
あの生臭坊主の事だから結婚とかはしていないだろうし、おそらく拾ったのだろうと何となく予想はつくものの、一応の可能性は捨て切れなかった。
とは言え、これは僥倖だった。案内して貰えるというのなら案内してもらおうと、フリーレンとフェルゼは素直に少女の背を追う事にした。
◆
「久しぶりですね、フリーレン。そしてフェルゼ。とても大きくなりましたね」
シュトラール郊外、その森の中に建てられた小屋の中、フリーレンとフェルゼはハイターに出迎えられた。
あの時の若々しさは消えて、体も声ももうすっかり老人のそれになっている。一つ違う点があるとすれば、ヒンメルとは違って背も縮んでいないし禿げてもいないという所だろうか。
「お久しぶりです、ハイターさん。こうしてまた出会えた事、嬉しく思います」
「本当に大きくなりましたね。あの時はまだフェルンより少し小さいくらいだったのですが」
「あの頃は、まだまだ子供でしたから……ハイターさんとアイゼンさんがフリーレンに進言してくださったお陰で、こうして成長する事が出来ました」
「はっはっは、フェルゼは良い子に育った様ですね。両親にはどうも似付きませんな」
「なんで私を見ながら言うんだよ……」
実質フリーレンも育ての親みたいなものなので、別に間違ってはいない。フェルゼは一度も彼女を母親の様だと思った事はないけれど。
ある意味では反面教師になったと言うべきか、彼女と一緒に旅をして行く中で確かにフェルゼは良い子に育っている。フリーレンを見捨てていない時点でまず優しいのだ。
私生活から見ても、こんなズボラでだらしのない母親も中々珍しい。
こと魔法や魔法戦であれば伝説の魔法使いに相応しい立ち振る舞いをするのだが、それ以外はわりとズボラなエルフである。お世話するどころかお世話される立場である。
「正直、かなり無理なお願いでしたから。受け入れて貰えたのは本当に予想外でした」
「自覚してたんだ」
「勿論。幾らヒンメルが認めた子とは言え、まだ5歳でしたからね。そんな子供を貴方の旅のお供にするなど、正気の沙汰ではない」
「まるで私の旅が正気じゃないみたいじゃん……」
「14の時にドラゴンと戦わされたけどな」
さらりと告げる。
フェルゼが14になって間もない時、中央諸国の西部方面を旅している時にフリーレンが落とした魔導書をドラゴンに取られ、それを取り戻す為にドラゴンと戦闘する事となったのを思い出し、フェルゼはうんざりする様な顔をする。
雷公竜と呼ばれる種類のドラゴンであり、その名前の通り雷のブレスを吐くドラゴンだ。雷に打たれる事で帯電し、鱗に触れた剣を通して相手を感電させるという性質を持っていた。
そんなドラゴンを相手に、まだ14歳の子供は立ち向かったのだ。主にエルフが魔導書を落とした所為で。
「でもちゃんと倒せたじゃん」
「フリーレンが魔導書を落としさえしなければ、そもそも戦う必要はなかったんだ。だいたい鞄の中身が汚過ぎる。しっかり整理整頓しろと何度も言ってるだろ」
「うぅ……ごめんって」
「……変わりましたね、フリーレン」
ふっ…と、穏やかに。ハイターは笑った。
「変わった? 私が?」
「えぇ。貴方は変わりました」
フリーレンは、感情を表に出す事が少なかった。エルフにしては感情豊かではあったが、しかし人間から見れば無愛想であったのは確かだ。
それこそ魔族と相対した時か魔導書を見付けた時くらいしか彼女は表情を変えなかった。それ以外で、表情を変える所を見たのは本当に極稀だ。
それが今はどうだ? 雰囲気は何処か柔らかく、感情も表に出る事が多くなっている。長命種として人の話を気長に聞き流していた節があった彼女は、今こうして人の話に真摯に向き合っている。
かつての彼女とは、違うのだ。ヒンメルの死から20年、フェルゼと旅をしてから15年―――フリーレンは、確かに変わっていた。
「ヒンメルとフェルゼが、貴方を変えてくれたのでしょうね」
「……そうかもね」
ヒンメルの死がフリーレンを動かした。フリーレンに、人間をもっと知ろうという思いを抱かせた。
フェルゼという存在は、人間の成長をフリーレンに与えた。それはあまりにも早いもので、あっという間で、けれど大きなもので、大切なものなのだと。
人の命は短い。だからこそ一日一日を一生懸命に生きて、成長して、時には悩んで、それを乗り越えて、様々なものを残して前に進む。
それを彼女に教えたのは、他でもないフェルゼ自身だった。
「フリーレン。そんな貴方にお願いがあるのですが……弟子を取りませんか?」
「弟子って……あの子の事?」
「はい。フェルンには、魔法使いとしての素質があります」
「フリーレンの魔力探知を掻い潜ったのが何よりの証拠だな。才能がある」
「フェルゼもそう思いますか」
「ハイター。フェルゼはね、なんでか知らないけど魔力の流れが目で見て、身体のどこにどう集中しているのか正確に分かるんだ。それでどんな魔法を使うのか予測してくる」
「えぇ…」
普通に引いた。この歳で昔みたいに。
魔法使いでも魔族でもないのに、相手の魔力の流れが文字通り目に見えて分かるという時点でおかしいというのに、それが身体の何処にどの様に流れて何処に集中しているかまで緻密に見抜くなどもはや魔眼の類だ。
魔法とはイメージの世界であり、そして杖とイメージを触媒としてこの世界に現象として発生する。それを魔力の流れから見抜いて『この魔法を使うな』と予測されては、魔法使いに勝ち目がない。
しかもそれが夜であったなら、封魔刀の効果で魔法が使えない上に魔力探知することも出来なくなる。フェルゼはまさしく魔法使いにとっての天敵だった。
「俺の話はいい。本題はあの子―――フェルンの事だ。どうなんだ、フリーレン」
「……ごめん、ハイター。その願いは聞けない。足手まといになるから」
「…そうですか。フェルゼ、貴方はどう思いますか? 参考までに聞きたいのです」
「……そうですね。俺としては、連れて行ってあげたいと思います」
「フェルゼ」
「分かっている。危険な事は承知の上だ。でも、フリーレンとの旅のお陰で今の俺が居る。きっとあの子も同じだなんだと思う。外の世界を知らない、人の事を知らない。フリーレンに連れられたあの時の俺と同じだ」
親の顔も知らず捨てられた子供だった所を、勇者ヒンメルに拾われた。フェルゼにとって親とは即ちヒンメルであり、そしてヒンメルこそがただ一人の人間だった。
ヒンメルだけしか知らない。それ以外の事を何も知らない子供。そんな彼はフリーレンとの旅で成長を重ねられた。
色んな景色をその目に写し、世界と人を知った。今もそれを続けている最中だ。
だからこそ、フェルンにもそれを見せてあげたいとフェルゼは思っているのだ。同じ拾われた者であるからこそ、彼女の想いにも理解出来るものがあった。
そして―――フェルンをフリーレンの旅に同行させようとするハイターの真意も。
「……ダメだ。あの子を連れてはいけない」
「そうですか。では―――もう一つのお願いです」
ハイターはもう長くない。
あの子を一人にはしたくない。けれど、自分には時間がない。だから、託す。
それが、今の自分に出来る精一杯の悪足掻きなのだから。