フェルゼの年齢に関する描写が分かり難い為、年齢の言及の描写の追加と一部描写の修正
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天才―――それが、僧侶ハイターから見たフェルゼへの印象だった。
フリーレンとフェルゼがハイターの
フェルゼにも評価されていた様に、フェルンは腕が良いと言うフリーレン。だが、そのフェルンは自分は大したものではないと言い張っていた。
その最たる理由こそが―――他でもない、フェルゼだった。
「ふっ、ふっ」
日が昇って、間もない時刻の事だった。
森の中はまだ闇に包まれたままで、灯りの一つもない。何処か薄気味悪く、まるでおぞましい何かが飛び出してきそうな雰囲気が漂うそんな中、家の前で一人素振りをするフェルゼを、ハイターは窓から見詰めていた。
「あれで養子だと言うのだから、信じられませんね」
ヒンメルが養子を取った事を知ったのは、ハイターが最初だった。
大人しい男の子が息子になったと手紙が送られて来た時は、さしものハイターもマジかよと絶句したのが、今では懐かしくある。
実際に見てみれば、まぁ何とそっくりな事か。特にその眼は、確かにヒンメルの面影があった。綺麗で真っ直ぐな、確かな光のある眼を見れば、きっと誰もが彼をヒンメルの息子だと納得していただろう。
だからこそ、不思議に思う。あれが本当の息子ではなく、養子である事を。
速く、鋭く、柔らかい剣筋。それを見る度に、頭の中に彼が浮かび上がった。
もう何度も目にした、もう何度も救われた、もう目にする事は出来ない筈の―――ヒンメルの剣。フェルゼが振るうそれは、確かにヒンメルの剣技だったのだ。
「もう二十歳を超え、大人ですか……時が過ぎるのは、本当にあっという間ですね」
あれから20年が過ぎた。まだ幼い子供だった筈のフェルゼは25歳という年齢になった。すっかり、もう大人になってしまった。
歳を取ってからというもの、時間の感覚が異様に早く感じてしまう。ましてそれが、仲間の子供であるのだから、尚のこと。
「そうは思いませんか、フリーレン」
「気付いてたのか……」
がちゃ……と、ゆっくりと扉が開かれれば、まだ髪を下ろしたままのフリーレンが立っていた。
彼女にしては珍しく、というか、もはや奇跡と言える程の早起きだ。昼過ぎまで眠る事なんかざらだった彼女が、こんな時間に起床するなんて。
ハイターは年甲斐もなく驚いていた。
「貴方がこんなに早く起きるとは。明日は嵐ですかな?」
「失礼だなお前。…寝過ぎるとフェルゼに叩き起されるんだよ。お前は寝過ぎだからもっと早起きしろって」
フェルゼが15になった辺りから、フェルゼはフリーレンに対して遠慮というものが無くなった。
彼女が如何にだらしがないのかをよく分かる様になったから、というのもあるが、それとは別でこのままではダメだ、というお節介もあった。
フェルゼは意外にも世話焼きだったのだ。朝食の用意も掃除も、服の支度さえも、フェルゼは説教を垂れながらもやってくれる。
とは言え、遅寝は許してくれないらしく、さっさと寝てさっさと起きろという習慣を付けさせる為に、ハイターの家に居てもそれを続けさせていた。
フリーレンとしてはちょっとばかりお節介が過ぎる話だが、しかし起きるのが遅過ぎるというのは、自分でも嫌という程に分かっていたので、反論など出来る訳もなかったのだ。
「はっはっは、なるほど。それで習慣がついてしまった訳ですか」
「いや、いつも起こされてる」
「そこは本当に変わりませんね、フリーレン……」
伊達に千年くらい生きていないという訳か。それだけの年月を過ごしているのだ、長寝の方が習慣付いてしまっているのだろう。或いは、彼女が真に怠惰なだけなのかは分からないが。
「フリーレン。貴方から見て、フェルゼはどうですか?」
「……はっきり言って
「と、言いますと?」
「学んだ事の習得が異様に早いんだよ、フェルゼは。簡単なものなら見た瞬間に習得して、完璧にこなしてみせる」
フリーレンが言うには、フェルゼが持つ才能とは即ち『異常なまでの理解力』。
実際に目にした物事に、独自で理論立てて理解し、我が物とする力。一を聞いて十を知るのではなく、一を聞いて万に至る天才だと。
思い返してみれば、幼少期から既にその才能は発揮されていたと、フリーレンは何処か誇らしげに笑う。
初陣において、既に彼はヒンメルの剣技を模倣していた。今の自分でも扱える様に調整して、確かに勇者ヒンメルの剣技を振るっていた。
天才は居る。フェルゼはその最たる例だろう。だからこそ、これはフェルンには刺激が強すぎた。と、フリーレンは言った。
「天才を知っておく事に越した事はないよ、自分の身の程が分かるからね。けど、フェルゼはそれを遥かに超えた何かだ」
ゼーリエですら驚くだろうね。と付け加えれば、
「貴方にそこまで言わせますか」
ハイターはあからさまに驚いてみせた。その名前は、彼もよく知っているものだったからだ。
ゼーリエ。フリーレンの師匠である大魔法使いフランメの師匠その人であり、この地上において全知全能の女神に最も近いとされるエルフの魔法使いだ。
歴史上にあるほぼ全ての魔導書を網羅しているとすら言われる彼女が見ても驚く程だと言われれば、きっと誰もがハイターと同じ様に驚く事だろう。
「こう言ったらヒンメルに悪いけど、『怪物』と言っても遜色はない。正直、フェルンの成長を阻害しかねないよ」
人間、生きていれば必ずいつかは壁にぶつかるものだ。男も女も、子供も大人もそれは同じ事。それが生まれてすぐなのか、はたまた老い始めてからなのかは誰にも分からない。
だが、少なくともこの幼少の頃から、それこそ山岳の如き壁にぶつかってしまったならば、それはもはや成長の阻害であり妨害だ。
何をしても、何が出来ても、達成感を覚えない。充実感に満たされない。何せすぐ近くに、自分が苦労したあらゆる全ての尽くをいとも容易くこなしてみせる天才が居るのだ。
フリーレンは千年を生きる魔法使いだ。彼女もまた一人の天才と言っても差し支えない存在だが、彼女の上には上が居るし、天才と言ってもそれは魔法に限った話。
フェルゼは剣技だけでなく、あらゆる才能に恵まれている。そんな彼がフェルンと一緒に居ては、成果が乏しいものになる―――フリーレンはそう判断した。
「―――そうでしょうか。私は、そうは思いません」
「え?」
ハイターは、穏やかに笑って首を横に振った。
「フェルゼはきっとフェルンを、そしてフェルンはフェルゼを、大きく成長させてくれると私は思っています。フェルゼにあってフェルンには無いものが、フェルンにあってフェルゼに無いものが、きっとお互いの事を良くしてくれると」
「二人にあって、二人にないものって?」
「さぁ、それは分かりません」
「何それ…」
「はっはっは。似た者同士、と言っておきましょうかね」
片や、親が居なかった者。
片や、家族を失った者。
だが、二人は拾われた。自分にとって大切な人に拾われ、育てられた。
そんな二人だからこそ、お互いに持っているものと持っていないものがある。そしてそれが、二人を大きく成長させてくれる―――ハイターは、心からそう信じているのだ。
「どこか楽しそうだね、ハイター」
「そうですか?……そうかもしれませんね。ですが、それは貴方もですよ、フリーレン」
「私も?」
「えぇ―――やはり、子供の成長というは幾つになっても、見ていて楽しいものですね」
そうかな、と首を傾げるフリーレン。だが、直ぐに確かにそうかも、とも思った。
あんなに小さかった少年は、今や一人の大人になった。ヒンメルの面影を残す眼は変わらず、しかし、その身体も、声も、何もかもが最初に見た時から随分と変わっていた。
あれが成長で、これが楽しいか。決して自分の息子という訳ではないけれど、母親みたいな事なんて一度だってした事はないけれど。
それでも―――あぁ、確かに。
こうして、改めて見てみると。
「大きくなったね、フェルゼ」
そう思わずには、いられなかった。
◆
フェルンは幼いながらに落ち着いた
しかし、だからこそ、彼女にとってフェルゼという青年はあまりにも桁違いで、あまりにも恐ろしかった。
自分よりも大きな身体。自分を優に超える剣。目の端で捉える事すら叶わない速度を叩き出す身体能力と、神がかった技量。
そして何より―――その身から溢れんばかりの才能。何をしても、何を取っても、フェルゼは呆気なくそれをこなした。
まだ幼い年齢ながらに、フェルンは早くも『天才』というものを理解した。彼こそが天才で、そして天才とはすなわち彼を指し示すものであるのだと。
その力を誰かを助ける為に使う者を、世界は勇者と呼ぶのだろう。だがフェルンは、どうにもフェルゼを勇者だとは思えなかった。
フェルンにとってフェルゼとは、『天才』であり『怪物』だ。或いは、天才
天に二物を与えられた様な存在に対して抱くのは、尊敬でも憧憬でもなく、ただの恐怖であったのだ。
だが、何と言うべきか。
怖い、と思っているのに。恐ろしい、と思っているのに。
それなのに、何故だか妙に気になるというか。フェルンはどうにも、恐怖している筈のフェルゼを無視も避けも出来ずにいたのだ。
自分を魔法使いとして育ててくれているフリーレン曰く、
『フェルゼは怖くないよ。とても優しい奴だ』
らしい。確かに、そうだなとも思った。彼が優しいというそれは、フェルンにも分かる事だった。
自分と話す時は、必ず屈んで目線を合わせてくれる。森の向こうの断崖にある岩が見える場所まで行く時も、フェルゼは自分の歩調を合わせて先導してくれる。
それは分かる。優しい人柄だというのは、確かに分かっている。だが、フェルンが怯えている理由はそこではないのだ。
それを説明すれば、今度は、自分を拾って育ててくれている親代わりのハイターが、
『フェルンから歩み寄っては如何でしょうか? これも良い機会になると思いますよ。自分から、フェルゼに話し掛けてみればそれも変わるでしょう』
と、進言してくれた。
怖いと、恐ろしいと言ったのに、自分から話し掛けろだなんて。あまりにも無茶だ、とフェルンは珍しく顔を顰めた。
しかし、あのハイターが、育ての親である優しい彼が、自分に無茶な事を言うとも思えなかった。
(ハイター様がそう言うって事は、きっと何か意味があるんでしょうか…)
家の中、リビングとなる場所で一人、フェルンは窓からフェルゼを眺めていた。
「―――綺麗」
ぽつりと、零れ落ちた言葉。
身の反った流麗な剣身が空を裂く。振り下ろさされ、そこから斬り上げ、横薙へ繋ぎ、斬り返す。
初めて剣を握ってから、早くも十数年。だが、剣士という括りにして見てみれば、まだその程度の年月しか経っていない。
にも関わらず、フェルゼの剣は酷く洗練されていた。放たれる一振り一振りには、一寸の狂いもズレもない。ひたすらに真っ直ぐで、しかし鋭く、されど滑らかに軌跡を描く剣筋だった。
綺麗で、だけど、少し怖い。そんな剣だった。
「……フェルゼ様は、何を思って、剣を振るってるんだろう」
真剣な表情を浮かべているフェルゼを見ていれば、自分はどうなのかと考え始める。
魔法の修行をしている時の自分も、あんな顔をしているのだろうか? あんなにも真剣で、果ての果てまで極めんとする様な顔を。
好きだから、あそこまで出来るのか。好きなら、あそこまで尽くせるのか。
魔法は嫌いではない。程々に、好きだ。修行に対して何か思いを馳せる事もない。
だが―――きっと、あんな顔はしていないだろう。
「……私から、歩み寄る」
勇気を出せフェルン。無茶なんかじゃない、無理なんかじゃない。きっと、この行動には意味がある!
「あのっ、フェルゼ様!」
「ん? どうした、フェルン」
突如として発せられた大声に対して、フェルゼは特に驚きもしなかった。
扉越しに何かが走ってくるのを気配で察知し、そして、その足音から体格を割り出して、走ってくる相手がフェルンだと導き出したからだ。
「……」
「……どうした? 朝食まで、まだ時間がある筈だが」
「その……」
いざ目の前にしてしまうと、やはり物怖じしてしまう。特にフェルンはまだ幼い子供だ、そうなってしまうのも致し方ないだろう。
フェルゼとしては、まだ3日という時間ながら自分が怖がられている事を分かっていた為、フェルンが自分からやってきた事にかなり驚いていた。
それはそれとして、何処か緊張している様子にはて? と首を傾げてもいたのだった。
踏み出せ、踏み出せ。ただ質問するだけだ。それだけの事だ。
ハイター様が、そうする様に言ってくれたなら―――それにはきっと、意味があるんだ。
「フェルゼ、様は」
「ん?」
「剣の鍛錬をする時、何を思われているのですか」
「―――」
予想外の質問だった。
声を掛けられた事自体が意外と言わざるを得なかったというのに、そこからさらに質問。しかもその内容が、自分が修行している時に何を思っているか。
なんでそんな質問を? とは思ったが、フェルゼはそれを口には出さなかった。
今は魔法使いになる為に修行している子供だ、彼女なりに何か悩んでいる事があるのだろう。ここは先輩として、何かアドバイスをしなければ。
そう思いはしたものの、アドバイスと言われても自分は魔法の鍛錬などした事がない。かと言って普段の鍛錬のアドバイスをした所で、それが彼女に通用するとも限らない。
自分でも、自分という存在があまりにも他者と乖離している事は把握している。だからこそ、説明したとて理解してもらえるかどうか。
どうしたものか……そう悩んでみて、脳裏に浮かんだのは、
「―――フェルゼ」
穏やかに笑う、
―――なんだ。別に小難しい事なんて何もない。呆気ないくらい、簡単な事じゃないか。
「……父さんの事だ」
「父さん…つまり、勇者ヒンメル様の事、ですか?」
「あぁ。修行をする時、いつも頭の中に父さんが居るんだ」
封魔刀を鞘に納め、フェルンの隣に座ったフェルゼは、何処か嬉しそうに語り出した。
「俺にとって剣技っていうのは、父さんが教えてくれた宝物なんだ。父さんが見せてくれた剣を、格好良いと思ったのが切っ掛けだった。いつか俺も、あんな風に剣を振るいたいって」
「だから、あんなにも真剣な顔をされているのですね。本当に、ヒンメル様の事が大好きなのですね」
「勿論だ。心から、俺は父さんの事を愛していた―――今でも、大好きだ」
そう言うフェルゼの横顔には、先の面影など欠片も無かった。
ただひたすらに穏やかで、嬉しそうで、楽しそうで。大人だと言うのに、何処か子供っぽさを覚える笑顔に、フェルンはくすりと笑った。
「どうした?」
「いえ…少し、自分が馬鹿らしかったなと」
難しい事なんて、何一つ無かった。恐れる要素なんて、何一つ無かった。
この人は、ちゃんと人間だ。ただ才能に恵まれ過ぎているだけで、それだけの事でしかなくて。
ただ、自分を拾ってくれた父親の事が大好きで、憧れている―――そんな、普通の人間だ。
自分も、きっとそうなのだろう。程々に好きでしかない魔法の鍛錬に、真剣になって取り組んでいるのは―――大切な家族の事を、思い浮かべているからなんだろう。
何とも馬鹿らしい悩みだ。答えはあまりにも近くにあったというのに。
「馬鹿らしかったって……そんな事はないだろう。フェルンがどんな悩みを抱えていたのかは分からないが、俺の答えでそれに一つの答えを見い出せたのなら、それは良い事だ。悩む事は悪い事じゃない。俺だって、フェルンの歳の頃は悩み事ばかりだった」
「え……フェルゼ様にも、悩みがあったのでございますか?」
それが一番の驚きだったかもしれない。この埒外の塊みたいな天才にも、悩み事をする事があったなんて。
フェルンは幼いながらに、かなり失礼だった。
「フェルンは俺の事を何だと思っているんだ…?」
「意外でした。フェルゼ様にも人間らしい所があったのですね」
「……なぁ、俺は君に何か嫌われる様な事をしてしまったのだろうか? だいぶ言葉に棘があるぞ…」
あまりにも突発的な酷い言い様に、流石のフェルゼも戸惑ってしまう。
この歳の娘に、ここまで言われる様な事を仕出かしたのか自分は? いつ? 全く身に覚えがないぞ。出来るだけ仲良くなれる様に色々と気遣っていた筈なのだが……。
全く以て心当たりがない。だがそれも当然だ、別にフェルゼは何もしていないのだから。
「いえ、私が一方的に怖がっていただけです。けど、それももう無くなりました。フェルゼ様は私が思っていたよりも、とても人間らしい御方です」
「人間らしいと言うか、ちゃんと人間なんだけどな……まぁ、過程はどうあれ、少しでも距離を縮められたなら良かったよ」
「はい。私も、フェルゼ様の事を少しでも知れて嬉しく思います」
「そうか……なら、これから色んな事を話そう。フリーレンとの旅の事も含めて」
捨てられた者と拾われた者。
最初から何も無かった者と全てを失った者。
二人は何処か似ている様で何処か異なり、違う様で似ていて。
けれど、
だからこそ―――この二人には、二人だからこそ通じる何かがあるのだろう。
家族にも似た、何かが。