勇者ヒンメルの子供   作:全智一皆

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第七話 別れの刻

 

■  ■

 ―――ヒンメル(ちちおや)の死から25年。ハイターの家。

 

 鳥の鳴き声が森の中で木霊する、暗い夜の事だった。

 

「ん……」

 

 朧気ながらに意識が覚醒し、重たい瞼を持ち上げる様にして開く。ほんのりと暖かな感触が背中にあり、フリーレンは自分が寝落ちしてしまっていた事を理解した。

 だが、本人としてはそこは大して重要な事ではない。寝落ちなんて、勇者パーティとして旅をしている時からと言うか、もうずっと前から何度も繰り返していた事だ。

 フリーレンは驚いた。自分がこんな時間に目を覚ました事に。

 普段の自分なら、こんな時間には絶対に起きない。夜中に目を覚ますなんて、これまでで一度だって経験した事がなかった事だったのだ。

 一度でも目を閉じて眠りに着けば、半日は眠り続けられるエルフであるフリーレンが夜中に目を覚ました。ハイターがそれを知れば、明日が命日ですかとブラックジョークを零していた事だろう。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

 目を擦りながら、机に伏せていた体を起こすとするりと毛布がはだける。

 ハイターの下を訪れてから、かなりの時間が経った。勿論、フリーレンからすれば大した時間は流れていない。それこそ数週間かそこらが経ったかな? といった程度のものだ。

 そんな自分が目を覚ました。つまりこれは何かがあるに違いない。フリーレンは自然とそう思った。

 

「…あれ。フェルゼ?」

 

 ざっ、と足音が聞こえ、その方へと目線を向ける。

 窓の向こうには、フェルゼが居た。家に背を向けて、森の中に入っていくフェルゼの姿がそこにあったのだ。

 こんな時間に外に出るなんて珍しい。フェルゼは健康かつ健全な子供―――年齢的にはもう大人だが―――だ。基本的に11時には就寝する彼が、こんな時間に出歩くなんて今まであっただろうか?

 いや、自分が眠っている間の事だし、普通にあったのかもしれない。だが、どうしてだろうか。

 外を歩くフェルゼの背中は……これまでに見た事がない程に、寂しい様に見えた。

 

「……行ってみるか」

 

 布団を剥がし、一応の護身用で杖を持って外へ出る。

 基本的に放任主義のフリーレンだが、フェルゼとの暮らしは彼女のそういった所にも影響を与えていたらしい。普段の彼女なら『フェルゼにもそういう所があるんだ』で眠りにつくが、今回はそうはならなかった。

 ざっ、ざっ、ざっ。暗い、暗い森の中を堂々として歩いていく。

 普通、誰かの後を追うとなれば慎重な足取りになったりするものなのだが、フリーレンはそうしない。

 だが、それも当然だ。なんせ追い掛ける相手はフェルゼなのだ。フェルゼを相手にして隠密など無理も良い所だ。

 常に冴え渡る聴覚と第六感。天性の感覚を修練によってさらに研ぎ澄ました人間を欺くなど、魔法でも使わない限り不可能だ。

 まぁ、今は月が出ている夜なので、仮に魔法を使ったとしてもフェルゼの近くに寄ればそれだけで魔法が無効化されてしまうのだが。

 

「こんな夜中に外に出るなんて……しかも、この道って確か一枚岩の所だよな。もしかしてフェルンも居るのかな」

 

 2人で夜遅くに特訓をしている、というのも有り得なくはないだろう。だが、そんな訳ないかとフリーレンはすぐにそれを捨てる。

 フェルゼが面倒を見るのだ、それだけは断じてない。子供の成長に悪影響を及ぼす様な特訓など、優しい彼が見過ごす訳がない筈だ。

 いくらフェルンの覚悟を受けたからと言っても、そこの線引きはしっかりとしている。

 そういった所も含めて、本当にヒンメルによく似ているよね。フリーレンは自然と、呆れが籠った様な笑みを零した。

 歩き続けてから暫く。想像していた通り、辿り着いたのはやはり一枚岩のある向こう崖だった。

 ―――ぽっかりと、穴が空いた一枚岩だ。

 少し前、フェルンは遂にあの一枚岩を撃ち抜いた。修行の成果を出し、一人前と呼べる程の実力を身に付ける事が出来たのだ。

 まだ幼い子供ながら、それ程までの力を手に入れられた。後は魔法協会で三級魔法使いの認定を受ければ、彼女も立派な魔法使いだ。

 感傷に浸っている……という訳ではない。それにしたって、やはり背中が寂しい。

 いや、寂しいという表現も正しいものではない。どちらかと言えば―――苦しんでいる様に見えた。

 

「――――――あっ、ぐっ……く、そ…………あぁ…!」

 

 嗚咽が漏れていた。

 涙が零れていた。

 初めて見た、子供(フェルゼ)の感情だった。これまで一度だって目にした事がなかった、悲嘆に苦しむ顔だった。

 

「……フェルゼ?」

「っ…! ふりー、れん……なんで」

 

 心底から驚いた様に顔を向ける。

 泣き崩れた表情に、やはりフリーレンは驚愕に支配された。今日に至るまで、彼女は一度だってフェルゼが弱気になる姿を見た事はなかった。

 

 彼女が知るフェルゼは、一言で表せば天才だ。

 紛れもない天才。ヒンメルを超える天才。これまで一度だって目にした事がない天才だ。

 常に冷静沈着。どんな魔物も一刀両断。一度見聞きし、実行すれば、どんな事でもすぐにモノにする。

 まさしく『天才』。もっと言うならば―――()()()()()()()()()()()()()

 酷い言い方をすると―――怪物だ。

 誤解してほしくはないのだが、フリーレンは決してフェルゼの事を怪物だと思ってはいない。

 心優しく、強く、誰かの為に行動することが出来る人間。血の繋がりはないし、フリーレン自身も気付いてはいないが、彼女にとっても本当に大切な家族の様に思っている。

 だが、その上で。

 フリーレンは、フェルゼという存在を表すとすれば、即座にそう表現する。それ程までに、フェルゼという個人には『才能』という概念に溢れていた。

 

 それが―――今、泣いている。

 

「ど、どうしたの、フェルゼ? 何かあった?」

 

 多分、いやきっと、今までの人生―――或いはエルフ生―――の中で、1、2を争う程に彼女は慌てふためていていた。

 だって、フェルゼが泣いているのだ。今の今まで、それこそまだ小さな子供の時ですら涙を見せなかった彼が、泣いているのだ。

 それを見て動揺が表れない筈がなかった。大切な家族の悲嘆に、驚かないなんて事は出来なかった。

「い、や……なんでも」

「それは嘘でしょ。泣いてるのになんでもないなんて。何があったの? フェルゼが泣くなんて……」

「…………」

 

 フェルゼは沈黙を返すばかりだ。嗚咽を漏らしながらも、決して口を開こうとはしない。

 才能に溢れた彼だからこそ、知り得ぬ事を―――知ってはならない事を意図せずして拾ってしまう事がある。

 つい最近、ハイターの寿命を察知してしまったというのに。

 また……それを、察知してしまった。

 

「……私は、頼りない?」

「…」

「私はエルフだ。まだ人間の事も全然分からない。人間がする事、してくれる事、教えてくれた事、それらの意味も理解しているとは言い難い。けど……前よりは、少しくらいは分かった、つもりなんだ」

「……」

「だから……その、相談してほしい。思えば、フェルゼには頼られなかった…じゃなくて……頼る様に言ったり、動いたりした事、無かったし…」

 

 今の所、フェルゼと最も付き合いが長いフリーレン。だからこそ、思い返せば嫌でも分かる。

 自分は―――一度だって、フェルゼに頼られていない。いや、頼らせようとしなかった。

 最初の魔獣との戦いですら、試験的な意味合いがあったからとは言え結局殆どフェルゼに一人任せ。

 あれを経てフェルゼが思ったよりも強い事、そして天才である事を知ったフリーレンは、フェルゼは大丈夫だろうと期待と信用を募らせた。

 なんと愚かな事だろう。まだ子供であった彼に、()()()()()()()()()()()()()という考えを教えなかったのは、他ならぬ自分ではないか。

 才能に溢れているから。天才であるから。それを言い訳にして、決して目を向けなかった。

 今日まで、それに気付かなかった。

 

「……ありがとう、フリーレン。心配を掛けてしまった」

「…相談、してくれる?」

「あぁ…そうだな」

 

 そうして、フェルゼは涙を引っ込めて、

 

「ハイターさんは―――今日、亡くなる」

「…………え?」

 

 いつ来るかも分からない筈だった重たい現実を―――ハッキリと、告げた。

 

 

 

 

「ハイター、が……」

「…朝になる頃には、老衰で亡くなる。今日、いや、昨日の朝、顔を合わせた時に…直感だが、確信した」

「……それが、泣いてた理由?」

「それもある。だが……それだけじゃない。思えば…親しい人の死を、俺はろくに経験した事がなかった。それこそ、ヒンメル(父さん)くらいのものだった。けど…多分、それが理由ではないのだと思う。きっと―――才能(コレ)の所為だ」

 

 死は辛い。悲しい。それは勿論ある。

 だが、それよりも―――他人が覗くべきではない事を呆気なく覗き見て、勝手に察知してしまうこの才能(ちから)が、フェルゼは誰よりも忌々しかったのだ。

 その人の死は、その人の死だ。暴かれたくない秘密だ。まさに人の墓を暴く様な冒涜に他ならない。

 

「……気色が悪いものだな、人の死が分かるというのは。ハイターさんの死は寿命だ、どうやっても助かりようがない。いや、そもそも助けてはいけないんだ。あの人は長く生きて、生きて―――生き延び続けた。花がいつか枯れる様に、銅像が錆びる様に、人にも終わりがくる。それが今日だ」

「……そう言っている割には、まだ辛そうだ」

「…受け入れられるかどうかは、話が別だよ。いざ死が直面すると…怖くなってしまった」

 

 自分の死を恐れた事が無いと言えば嘘になる。

 養父(ちち)によって救われたこの命、養父(ちち)によって育てられたこの命を、道半ばで散らすつもりなどない。

 だから死は恐れた。それもまた、自らを鍛える一つの道だから。

 だが、他人の死……親しい人の死と比べると、それも軽くなる。その人を守る為ならば、きっと自分は己が身を投げ出してしまうだろう。

 

「誰かを憎いと思った事はなかった。嫌いだと思った事も。だが、今ならハッキリと言える。俺は今日、初めて人を―――自分の事を憎いと思った。自分の才能が忌々しいと思った」

 

 旅をする中で、多くの人が言った。貴方は天才だ―――と。

 まるで神に愛されているかの様な程に、天に万物を与えられたかの様な存在であると。

 フリーレンは、『怪物』と言っても仕方ない程の才能だと。

 アイゼンは、あっという間に誰も彼もを追い越す剣士だと。

 ハイターは、天才であると。

 フェルンは、人間ではないと。

 多くの人間に、フェルゼはそう言われた。自分でも、この才能が他人とは隔絶する程の差異がある事を理解していた。

 だからこそ―――ようやく理解出来た。

 

「皮肉なものだな。誰かにそう言われるでもなく、こんな事すらも自分の『才能』によって気付かされたんだ。やはり俺は、どこまでも『才能』に溢れているらしい」

 

 嫌悪と憎悪。冷笑と嘲笑。

 初めて見る感情だった。だが、それはフリーレンにとって、決して良いものなどではなかった。

 良いものなどではなく、寧ろその真逆。見たくはなかった、そんな顔をして欲しくなかった、そんな類の感情(もの)だった。

 

「……何故、こんな才能(もの)を持って産まれて来たんだろうな」

「…! 違う。フェルゼ、それは―――」

「こんな事なら、いっそ……」

 

 産まれて来なければ

 

「―――それは違いますよ、フェルゼ」

 

 え、と。消えかける様な声が漏れ、即座に森の方を振り向いた。

 そこには―――ハイターとフェルンが居た。

 

「な、……」

 

 フェルゼは驚愕し、固まった。

 それもその筈。なんせハイターは基本的に寝たきりの状態になっていた筈で、体を起こす際も自分かフリーレンが手伝っていた。

 まだ小さなフェルンでは、老人ながらに背の高いハイターを支えるのは難しい。その筈なのに―――今、目の前にはその二人が共に並んで立っている。

 

「ハイター…動けるの?」

「いえ。フェルンに手伝ってもらって、ようやく立つ事が出来るという程度です。フェルゼがフェルンに付き合ってくれた特訓のお陰ですよ」

「…何故、ハイターさんとフェルンが」

「物音がしたので降りたら、フリーレン様がいらっしゃらなかったのです。フェルゼ様の靴も無かったので、何かあったのではと思い…」

「そう、か……」

 

 暫しの沈黙。

 フェルゼは俯き、顔を逸らす様にして、小さく問い掛ける。

 

「何が、違うんですか」

「貴方は産まれて来るべきだったのです。だから、此処に居る」

「人の死を勝手に覗く人間が? そんな訳がないっ! こんなモノを持って産まれる様な人間が……産まれて来るべきだったなんて、そんな事が…!」

「…そうですか。フェルゼはすっかり大人になってしまっていると思いましたが、まだまだ子供な所があったのですね。少し、安心しました」

「……え?」

 

 呆気に取られる。

 ハイターは、穏やかだった。フェルゼの叫びを聞いて、自らの死を知って尚も。

 

「何か一つでも悪い一面があれば、その一面だけを注視してしまって、その他の事に目を向けられなくなってしまう。今の貴方はそれです、フェルゼ」

「……」

 

 良い事と悪い事、その両方を持つものがあるとして。

 全ての人間がそうであると言う訳ではないが、大抵の人間はメリットよりもデメリットの方を注視し、それに妄想が膨らまされ、結局それだけに気を取られて他の考えが回らなくなる。

 他の使い方があるのではないか? 何かに利用出来るのではないか? そんな簡単な考えにすら、思考が回らなくなってしまう。

 

「…確かに、人の死を暴く事は良いことであるとは言えません。ですが、それに貴方の意思は無い。寧ろ貴方はそれを忌避している。前にも言いましたね、貴方は優しい子だと」

「…はい」

「貴方のその優しさによって、その『才能』は活かされてきました。ただ人の死を暴く事だけに使われた訳ではない筈です。貴方はその優しさで才能を上手く使い、多くの人の手を掴み取り、救い出してきた」

「……」

「貴方の才能(それ)は、使い方次第で多くの人を助けます。現に、貴方はこれまでそうして来た。人の死に気付くそれすらも、例外ではありません。それがあったから、貴方は前よりも懸命にフェルンの修行に付き合う様になってくれたのです」

 

 才能に振り回される人間は数多く居る。その中で、フェルゼは才能を使いこなす側の人間だった。

 自分の善性と憧憬に愚直なまでに正直であったからこそ、その才能(ちから)は誤った道に使われた事がない。どこまでも正しく、優しく、人を助ける為に使われてきた。

 ハイターとフェルンは、フリーレンからよくその話を聞いていた。まるで自分の事であるかの様に自慢げに、楽しそうに話す彼女をいつも見ていた。

 だからこそ―――あの言葉だけは、否定したかった。

 

「私も、フェルゼ様に何度も助けられましたっ」

「フェルン…」

 

 食いつく様に、フェルンが声を荒らげた。

 初めて聞く声だ。初めて見る感情だ。

 普段から大人しく、感情を荒げる事のない彼女が―――今、その顔を悲しく歪めていた。

 

「フリーレン様だけではなく、フェルゼ様に手伝っていただいたからこそ、私はあの岩を撃ち抜けました。それはフェルゼ様の優しさがあったからこそです」

「……」

「ですから…っ…だから、そんな、悲しい事を、言わないでっ…!」

「―――」

「産まれて来なければよかったなんて、そんなっ…」

 

 それでは、まるでかつての自分だ。

 両親を失い、生きる希望を失い、身を投げようとした自分と―――同じだ。

 

「…」

「どれだけ才能に溢れていようが、それを扱うのは他ならぬフェルゼです。ですが、貴方はこれまでそれを正しく使ってきた。だから、貴方がそれを気に病み、自分を苦しめる必要はありません」

「……」

「私の死を悲しんでくれる事は、正直、かなり嬉しいです。ですが、その所為で貴方が苦しんでしまう事は……とても悲しい事です。きっと未練になってしまうでしょう」

「ハイターさん…」

「割り切れとは言いません。ですが、重荷にしてほしくはないんですよ。これは前にも言いましたが……産まれくるべきではなかったなんて、そんな悲しい事を言わないでください、フェルゼ。それでは……」

 

 貴方を育てたヒンメルが、貴方を見てきたフリーレンが、貴方が助けてきた人達が、可哀想ですから。

 

 そう言われて、ハッとする。

 そうだ。この言葉は、否定に他ならない。

 自分を拾い、育ててくれたヒンメルを。

 自分を見守り、支えてくれたフリーレンを。

 これまで出会ってきた人達を。

 その全てを―――自分から否定して、消し去ろうとしている。

 

「あ、あぁ……」

 

 何かが瓦解した。

 引っ込んだ筈の涙が、先程よりも多く、大きく、ボロボロと零れた。

 

「おれ、は……なんて、ことを…!」

「フェルゼ」

「ふりーれん、おれは……おれはっ…!」

「―――大丈夫」

 

 まるで子供を抱き締める様に。

 或いは、泣きじゃくる子供をあやす様に。

 大人になったフェルゼの体を、フリーレンを抱きしめた。

「謝るのは、私の方だ。ずっと一緒に居たのに、何も気付けなかった。ごめんね」

「ちがう…! ふりーれんは、なにも……ぜんぶ、おれが…」

「そうやって、一人で抱え込んでしまう様にしてしまった。私もまだまだ、だね」

「ふりーれん…」

「これからは、もっと気を付けるよ。もっと頼っていいよ。だから……お願い。―――もう、あんな事(産まれて来なければ)は……言わないで」

 

 気が付けば、フリーレンも泣いていた。静かに、涙を零していた。

 産まれて来なければ―――フェルゼがそう零した瞬間、嫌という程に胸の中が苦しくなった。

 まるで首を絞められているかの様な圧迫感があった。どう言葉を掛ければいいのか、何をすればいいのか、何の判断もつかなくなってしまった。

 自覚はない。それでも―――彼女にとって、フェルゼは大切な子供だった。

 だから……その言葉が、本当に鋭く突き刺さり、悲しみと辛さを湧き上がらせた。

 

 暫し、二人は泣いた。

 夜の森で、涙を流した。

 数分か。或いは数時間か。どれだけの時間が経ったのかは分からない。

 だが―――残酷なまでに、時は過ぎていった。迫る様に、刻々と。

 

「あっ……」

「…フェルゼ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ…は、い」

 

 明かりが、顔を出し始めた。

 森に僅かな光が差すと共に、ハイターは頼む様に言った。

 相変わらず―――穏やかな顔をして。

 

「フェルン。魔法は解いて大丈夫です。フェルゼに支えてもらいますから」

「……分かりました」

 

 魔法を解き、力が抜ける。フェルゼに支えられながら、ハイターは地面に腰を降ろし、フェルゼに背中を預ける。

 もはや、背筋を伸ばす力を込めるのも辛い。こうして喋っているだけでも、意識が飛びそうになる。

 けれど、これだけは。

 どうしても。これだけは。

 

「フェルン」

「はい、ハイター様」

「貴方には、まだまだ先があります。もっと多くの事を知り、大きくなってほしい。強く、幸せに、生きて欲しい」

「……はい」

「フェルゼとフリーレンと一緒の旅で、きっと辛い事もあるでしょう。ですが、貴方ならきっと大丈夫です。いざとなれば、二人を頼ってあげてください」

「…………はい」

「日の出を見るのは、いつぶりでしょう……とても、暖かいですね。歳を取ると、これで眠くなってしまう」

「……」

「フェルン」

「っ………………はい」

「眠る前に―――貴方の蝶を、見せてくれますか?」

「――――――もちろん、です」

 

 パタパタと、青白い蝶が天に舞う。

 日に照らされ、青くなりゆく空に上がる蝶は、日によってその景色に解けゆく事なく、鮮明に浮かんでいた。

 

「――――――」

「……おやすみなさい、ハイター様。本当に…ほんとうにっ……………………だいすき、です」

 

 きっと、その言葉は彼に届いただろう。

 だって。

 こんなにも―――幸せに、そして穏やかに、笑っているのだから。

 

 勇者ヒンメルの死から25年。

 聖都シュトラール郊外の森、崖にて。

 僧侶ハイター――――――家族と友人、そして勇者ヒンメルの養子(むすこ)に看取られ、此処に天寿を全うす。

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