勇者ヒンメルの子供   作:全智一皆

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フェルンに『兄さん』と呼ばれたい人生でした。



第八話 あの人の蒼い花

■  ■

 ―――ヒンメル(ちちおや)の死から26年。中央諸国ターク地方。

 

 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした勇者パーティーの僧侶、ハイターはその天寿を全うし、遂に天国へと旅立った。

 その表情は、まるで陽に照らされたまま眠っているかの様に穏やかなもので、彼が、彼にとって大切な人達に見送られて亡くなったのだと人々に理解されるのは、そう長くは掛からなかった。

 彼の墓には、二つの酒が掛けられた。

 勇者パーティーの一人であり、彼にとって間違いなく大切な仲間であった魔法使い―――フリーレンと、同じく大切な仲間であった勇者―――ヒンメルの養子(むすこ)、フェルゼ。彼女達が、生臭坊主だった彼へと手向けたのだ。

 フェルンも、もはや一人前と断言出来る程に成長して、フリーレン一行は新たな仲間を加えて再び旅を始めた。

 そして―――それから、もう1年が経ったのだ。

 

「……」

 

 ターク地方の片田舎から、少し離れた森の中をフェルゼは一人歩いていた。

 フェルンが仲間に加わってからというもの、フェルゼはフリーレン達とは別で行動する事が自然と増えた。勿論、フェルゼ自身がそれに納得した形で、だ。

 フェルンはあの歳ながら、もう一人前と言っても良いレベルの技術を身に付けた。だが、如何せん実戦経験はまだまだ足りない。どれだけ技を磨こうが、それを実戦で発揮出来なければ、そこには何の意味も価値もない。

 とは言え、だからと言ってまだ幼い彼女に実戦ばかりを積み重ねるというのも、些か酷な話だろう。フェルゼとしては、自分の身を自分で守れる様になって欲しい所ではあるが、フェルンがまだ幼い少女である事も、彼なりに理解しているつもりだ。

 だから、基本はフリーレンとの仕事―――住民からの頼み事―――を集中させつつ、今の彼女に出来る魔獣退治があればフェルゼと一緒に、という風にやり繰りしている。

 

 そして今日は、フェルゼ一人。つまりは―――今のフェルンでは敵わない相手、という事だ。

 

『grrrr……』

「群れか。この手の魔物にしては珍しいな。森林ではなく雪原地帯に居るものだと思っていたが…」

 

 狼型の魔物は、基本的に雪原地帯に生息する事が多い。森林では他の魔物、或いは魔族の方が多く、彼らにとっての餌にありつく事が出来ないのと、魔族という存在と魔物とではパワーバランスに差があるからだ。

 しかし、今こうして対峙している魔物は森の中で群れを成している。背を低くしながらも身体の毛を逆立て、牙を剥いて唸っている。

 完全に臨戦態勢だ。だが、獲物を仕留める為に、という訳ではないらしい。

 じり、じり……と、臨戦態勢を取りながらも、その後ろ足が少しづつ退いている。狩る為に戦うのではなく、生きる為―――今この魔物は、フェルゼという格上に対する恐怖を押し殺して、戦わんとしているのだ。

 

「ふむ。魔物にしては随分と……まぁ、だからどうという訳でもないか。さっさと斬らせてもらおう」

 鞘を少し上げ、鯉口を切る。僅かに抜き出た刀身が、木々の隙間を抜け差す陽の光を反射して―――魔物の目を潰した。

 

『gyu!?』

「―――」

 

 真っ先に潰すのは群れの長。親なのか、はたまた単に強いだけなのかは、もはやこの際どうでもいい。フェルゼにしてみれば、魔物がどうであろうと知った事ではない。

 ―――魔物と魔族には容赦しない。それは、この数十年でフェルゼがフリーレンに徹底されてきた教えの一つだった。

 

『魔物と魔族に容赦はするな。取り敢えずこれさえ守れれば大丈夫だよ、フェルゼが死ぬ事はない。魔物は単なる化け物で、魔族は人の姿をしているだけの化け物だ。何を言おうが何をしてようが、すぐに殺す事。いいね』

 

 ―――踏み込みは一歩。だが、それで十分。距離を詰めるのなら、それだけでフェルゼには事足りる。

 陽の光で潰された視界は、間もなく開ける。それこそ僅か数秒程度の刹那。眩みは消え、その視界が万全に開いた時には、しかし既に其処は獲物(フェルゼ)の間合いだった。

 解き放たれた刀身は唐竹に、天地を割く勢いで振り下ろされる。

 魔獣の動体視力を容易に凌駕した一閃は、呆気なく長の首を斬り落とし、そのまま身を翻す様に群衆へと駆けて行く。

 一匹、また一匹。次から次へと丁寧に、尚且つ確実に敵の命を斬り捨てる連撃。そこには慈悲が介入する余地など存在しない。

 ただただ冷淡に、眼前の敵を殺すという『作業』。大した感情を込める事など無く、フェルぜは着実に仕事を進めていた。

 

「……こんなものか」

 

 僅かに刀身に付着した血を振り払い、物言わぬ死体を数える様に一瞥する。

 群れと言うには些か数が少ない様な気もするが、明確な数は詳細されていなかったし、これくらい片付ければ他の魔物も寄っては来ないだろう。

 群れで動く魔物は軒並み優れた知性がある。と言っても、あくまでも魔物の基準でこそあって、それが人間やエルフ、魔族といった者達に比べれば大したものではないが。

 それでも、敵が強いか弱いかを判断する事は出来る。そして、自分が何をすれば狩られるのかも。

 だから、あえて血を残す。そうすれば魔物側が勝手に判断してくれるだろう。

 

「群れ相手は危険だと判断したが、この程度なら問題なかったか? 少し過保護になってしまったな……あまり良いものじゃないんだが」

 

 自分に呆れる様に、ため息と共に肩を落とす。

 フェルンを正式に預かる様になってからと言うもの、些か過保護になりつつある事は自覚している。それがあまり良い事ではないという事もだ。

 過保護になってフェルンの成長の機会を奪う、なんて本末転倒だ。そもそも、あくまでも自分は協力している立場でこそあって、彼女の師は己ではなくフリーレンなのだし。

 暇になったら本格的に放置に走り出すのがフリーレンである。なので、出しゃばり過ぎるのはあまり良くない。

 

「今後は気をつけないと……人を育てるのは大変だな。父さんとハイターさんは凄い、本当に」

 

 ヒンメル(義父)ハイター(恩師)には本当に頭が下がらない。逆に、フリーレン()がアレで自分はよくここまで育ったものだと、彼女のダメな部分を再認識させられた様な気もした。

 今は前よりもずっと成長してくれているのは、それはそれで嬉しくはあるのだが。

 

 

 

 

「おかえり、フェルゼ」

「おかえりなさい、()()()

「……ただいま」

 

 全く慣れない。フェルゼの心中にあるのはそれだけだった。

 フェルンが同行してから早1年。どういう訳か、フェルンは自分の事を『兄』と呼ぶ様になった。

 理由は何となく分かる。かつてハイターは、

 

『あの子は一人っ子でしたから。きっとフェルンにとって、フェルゼは良いお兄さんなのだと思います』

 

 と言っていた。彼女もまだ幼い子供だ、そういった精神面の問題が関わって、頼れる存在である自分を兄と呼んでいるのだろう、と。

 理屈は分かる。理解も出来る。だがそれはそれとして慣れない。全く慣れない。未だ戸惑いがどうしても出てしまう。

 別に不快ではないのだが、こうも慣れないものか。かなり困るのだ、不快じゃないから。

 嫌ではない、しかし良いかと言われると頷き辛い。これがどれだけ難しい事か分かる人は居るだろうか? 大変贅沢な悩みである。

 

「帰って来てすぐで悪いんだけど、出掛けるから着いてきて」

「何処か行くのか?」

「うん。蒼月草を探すんだ」

 

 随分と聞き覚えのある花の名前に、フェルゼの胸が僅かに踊った。

 

「蒼月草…確か、父さんが好きだった花だな。だが、何故急に?」

「ここ、ヒンメルの銅像があるんだ。錆と蔦だらけだったから綺麗にしたんだけど、彩りが無くて。せめて花があったらってお婆さんが言ってたから、どうせならヒンメルの好きな花にしてあげようと思って」

 

 あのフリーレンが珍しい―――とは思いつつ、良い考えだと賛同する。

 勇者ヒンメルは、自分が救った村や町に必ず銅像を建てて貰っていた。無難なポーズだったりカッコついたポーズだったり前衛的なものだったりと、とにかく色々の銅像だ。

 報酬を望む事はなく、ただ銅像だけは必ず残した。生粋のナルシストだから、というのも勿論理由としてはあるのだが―――それは、他ならぬフリーレンの為でもあった。

 自分達が確かに生きていた証。フリーレンを独りにしない為の軌跡。ヒンメルはその為に、銅像を建てたと、ハイターは言った。実にヒンメルらしい理由だと。

 その彼の像に、彼女が蒼月草を咲かそうとしていると知れば、きっと―――彼も喜ぶだろう。

 

「ただ、ここら辺の蒼月草は根を絶やしてしまった様で……」

「ふむ……流石に現物の匂いがない以上は、俺も探すのは難しいな」

「匂いがあればいけるんですか。やはり兄さんはおかしいです。獣か何かですか?」

「獣呼ばわりは流石に酷くないか?」

 

 さもありなん。様々な花が一気に群生する中で、匂いがあればそれを見つけられるというのが、あまりにもおかしいのは確かである。

 獣呼ばわりされても仕方ないというものだろう。

 

「骨が折れる作業になりそうだな。だが、父さんの為とあらば動かない訳にはいかない。手当り次第に探ってみよう」

「兄さんの手当り次第は範囲が桁違いな気がするのですが……」

「間違ってないよ、フェルン。フェルゼの言う『手当り次第』は、ここら一帯の事を指すんだ」

「二人揃って、いちいち俺を罵倒しなければ気が済まないのか? 何かしたか、俺は?」

「罵倒はしてないよ。寧ろ褒めてるんだ」

「フリーレン様の言う通りです」

「……不服だ。俺は先に行く」

 

 フェルゼにしてはやけに珍しく、心底から不服そうな顔をしながら、拗ねた様にドアの方へと早歩き―――フェルゼからしたら―――で向かった。

 とは言え、フェルゼがそんな事で物に当たるという訳もなく、普通にドアノブを捻り、普通にドアを開けて、普通に出て行った。

 だが、フェルンは申し訳なさそうな顔を浮かべてしまっていた。怒らせてしまっただろうか……と、強い反省と後悔が浮かび上がって来たのだろう。

 それに対してフリーレンは、大丈夫だよと声を掛ける。

 

「ちょっと拗ねちゃっただけだよ。謝ればすぐ許してくれるから」

「……そう、でしょうか」

「フェルンはまだ初めてだから大丈夫だって」

「その言い方だと、フリーレン様は初犯ではない様に聞こえるのですが」

「初犯って言うなよ……実際そうだけど」

 

 フリーレンがフェルゼを拗ねらせる……というか、怒らせる事なんて珍しい事ではない。主に何度も言っている事に関して。

 いつまでも寝続けるわ、本は散らかしたままだわ、髪の手入れは乱雑だわ……もはや数百回くらいはしているであろう注意に、しかしフリーレンは全く頷く事が出来ていなかった。

 だが、フェルンに関してはこれが初めての事だ。多少気を悪くはしてしまっただろうが、それでも怒っているという訳ではないだろう。きっと今も、少し大人気なかったか……と、フェルゼ自身も悩んでいる筈。

 だから謝ればきっと大丈夫だろう。あくまでもフェルンは。

 

「私がそうだとして、フリーレン様は大丈夫なんですか?」

「今でも謝れば許してくれるよ?」

「それ、許しているのではなく半ば諦められているだけなのでは…?」

「……そんなことないよ。多分」

(確かこれは…誤魔化そうとしてる時の顔だ……)

 

 フェルゼに関しても、フリーレンに関しても、両方事実である。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「取り敢えず行こうか。多分そんな先には行ってない筈だから、すぐ追い付くよ」

「…はい。では、行って参ります、おばあさん」

「どうか気を付けてね。蒼月草、見付かると良いのだけど」

 

「―――見つけるよ」

「……必ず見つける」

 

 ヒンメル(父さん)が好きだって言っていた花だから。

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