生命の冒涜者 作:アトランティスの観測者(自称)
Tips : 聴覚
ユイロは仮面が拾った音を増幅させて聴覚として扱っている。
仮面に依存しているため、ミメシスを収納していても関係なく周囲の音が聞こえる。
(本人から聞いた? ・・・ユイロちゃんが、ライから?)
私の前に立つ白髪と青髪の少女、シャーレの先生と共にアビドスを訪れたユイロちゃんは、確かに今そう言った。
・・・俄には信じがたい話だ。 ライはあの日、アイツに連れて行かれた。
「・・・ライと、会ったの?」
「さてねぇ、ワタシは本人から聞いたって言っただけよ?」
「とぼけてないで教えて! ライは今どこにいるの!?」
それでも、聞かずにはいられない。 あの日から約一年半、この閉塞的なアビドスでは、ライのことを調べることなどできなかった。
あれから
「・・・知りたい? それは、アナタが望むような答えではないかもしれないわよ?」
「それでも知らなくちゃいけない。 私はライに償わないといけないの、だから教えて」
「・・・ははっ、それが理由? 悪いことは言わないわ、そんな記憶忘れなさい」
「なんで───!」
「あの人は償いなんて望んでない、それで十分。 あの人はアナタの安寧と幸福を願ってるのよ? 罪悪感で償いたいなんて言われても迷惑だし、そんなこと思うヒマがあるなら今の生活を楽しんだらどう? それが、あの人の望む“幸せ”ではないかしら」
「・・・ふざけないで!!」
絶対に忘れない、忘れるわけがない、今でも鮮明に思い出せる。
“私のせいで”、
“ユメ先輩がいなくなった”。 私がユメ先輩と喧嘩した翌日、ライからそう聞かされた。
きっと私のせいだ、私があんなこと言ったから・・・。
私が、ユメ先輩が持ってきたポスターを破り捨てたから───
『・・・ホシノ、いるか?』
部屋に籠っていると、ピンポンと間の抜けたチャイムが鳴り、ライの声が聞こえてくる。
ライには悪いけど、今は一人にしてほしい。 ライと話すと、もっと自己嫌悪に陥りそうだから。
呼ぶ声に反応せず、布団を被って一人の世界に潜る。
『・・・チッ、端的に伝えるぞ。 お前が籠ってるのは勝手だ、でもそれでユメ先輩と離ればなれになったままじゃ、二度と仲直りなんてできなくなる! 俺は一人でも探しに行く。 ・・・選べるうちに、後悔のない選択をしろよ』
聞きたくなくて、一人でいたくて、それでもその声は何故だかハッキリと耳に入ってきた。
その言葉を最後に、ライは離れたのだろう。 耳障りなインターホンの音も、ライの声も聞こえなくなり、文字通り一人の世界に閉じ籠る。
(・・・私は)
私は、どうしたいのだろう。 周りの音が入らない場所にいては自然と思考が回ってしまう。
そもそも、なんであんなことをしてしまったのか。
(元はと言えば、ユメ先輩が連絡もなく何時間も来なかったから。 ユメ先輩のことだから、何かあったんじゃないかって)
そんな私の内心を隣にいたライに言っても、気楽にのほほんと構えて“大丈夫だ”とか“きっと来る”だとか、そんな根拠のないことを言うばかりで。
アビドスの、私たちの生徒会長の身に何かあったらって、ユメ先輩を待つ間ずっとそればかりが頭を回って。
・・・きっと焦ってたんだ、なのにライはそんな素振りもなくて、その姿に苛立って。
そして、ようやく来たユメ先輩が遅れてきた理由は、たった一枚のポスターだったって言われて、それで・・・・・・。
(・・・ちゃんと謝らないと)
考えれば考えるほど、ライの言葉が心に深く突き刺さる。 “後悔のない選択”だなんて、そんなものわからない。
けれど、このまま閉じ籠っていたら絶対に後悔するということだけは間違いない。
・・・そう言えば、あんなに焦っているライは初めて見た。
いつも穏やかで少し気怠げなライが、今まで見たことがないくらい焦っていた。
(・・・あれ?)
おかしい、いつもライはユメ先輩が来ないくらいのことで焦ったことがない。
昨日だって、ユメ先輩と連絡がつかなかったのに落ち着いていて、むしろ私がユメ先輩に感情をぶつけた時の方が明確に焦っていた・・・ような気がする。
思えば、昨日のライはやけに私の機嫌を気にしていた。 私が苛立っているのを見て、それを宥めようと希望的な言葉を並べてようとしていたと感じる。
結果的には、それが私の苛立ちを加速させる要因になったわけだけど。
(もしかして、ライは私が一方的に感情をぶつけたらユメ先輩がいなくなると知っていた?)
考えてみれば妙な話だ、まだ時計の針は朝の10時を指している。 ユメ先輩は抜けているところが多いから、まだどこかで油を売っている可能性も否定できない。
なのに、ライは
(まるで、このままだと昨日が最期の別れになるみたいな言い方を───)
そこまで考えてふと思い出す。 そういえば、最近砂漠の砂嵐が発生する頻度がかなり増えていると。
もしユメ先輩が砂漠に行って、コンパスや水筒を忘れる、あるいは紛失したとしたら・・・・・・!
「急いで探しに行かないと!」
どうやって? アビドスの広大な砂漠から、どうすればユメ先輩の居場所を探し当てられるというのだろう。
(・・・・・・学校へ行けば手がかりが残っているかも)
ライは一人でも探しに行った。 私も砂漠を動き回るための準備を済ませて、それに追随する。
ライに電話をかけようと着信を送ったが、応答はなかった。
ユメ先輩を探しに砂漠へ赴き、十日が経った。
・・・ここまで、私はなんの手がかりも掴めていない。
生徒会室に残されていたものから、郊外の方へ行ったのではないかと推測したが、方角も目的地も検討がつかない。
そもそも、無事なら連絡がつくハズで、それがないということは砂嵐に巻き込まれて遭難しているのだろう。
ライからはメッセージがあった。 曰く、ユメ先輩が見つかったら連絡をする、と。
バッテリーを消費したくないのだろう、マナーモードにしてあるから電話には気付かないモノと思ってくれとも付け加えられていた。
毎朝ステータスが更新されているので生きているのは確実だが、どこにいるのかはわからない。
「暑っつい・・・・・・」
天空の太陽がいっそ鬱陶しい程に砂を照らし、絶え間なく熱が降り注ぐ。
でも、それは私だけじゃない。 きっと今頃遭難しているであろうユメ先輩も、同じ砂漠にいるだろうライも、この暴力的な暑さに晒されている。
水筒の水を飲み、軽く腹ごしらえをしてまた捜索に戻る。
そんな中、遠くの方から
今気にするようなことではないだろうと意識を切り替えると、ふとスマホが震えていることに気付く。
(もしかしてライ・・・?)
その希望に縋るようにスマホを取り出して画面を見ると、確かにライの名が表示されていた。
ライからのメッセージの内容が正しければ、きっとユメ先輩が見つかったんだろう。
これで元通りになると、そう思って電話を取り、ライの言葉を待った。
『叩き潰すしかない、か』
・・・けれど、聞こえてきたのは不穏な一言だった。
「・・・ライ? ライ・・・?」
『アツィルトの光で地面が燃えないなら、お前は最大でいんさねだろ? bring it on、スクラップにしてやる!』
ライには私の声が聞こえていないのだろう、反応がない。
しかし、“地面が燃える”とか“スクラップ”とか、おおよそユメ先輩が見つかった場面で言う言葉ではない。
何故だか、ユメ先輩を見つけたライの前に脅威が迫っているのだと直感的に理解する。
でも、こんな砂漠で脅威なんてあるのだろうか。
(・・・まさか、さっきの爆発音?)
ライが今どんな状況に置かれているのかはわからないけど、可能性があるとしたら恐らくそれだろう。
その根拠のない推測を頼りに、音の聞こえた方へ走り出す。
走って、走って、そちらへ向かえば向かうほど大きな轟音が聞こえてくる。
ミサイルと・・・この音は、レーザー? 更にはまるでとんでもない巨体を地面に強く打ち付けたような衝撃音と、砂の津波が散らばる音。
音を聴いて、それが何なのか考えるほど確信は強くなる。
そしてそれは、そんな人智を越えたような怪物を相手にライが単身で戦っているという信じがたい事実を提示している。
(急がないと、ライもユメ先輩も危ない!)
そう強く思い、急ぐ足を早める。
そんな中、ふと
間髪を入れずにレーザーの音が聴こえ、やがて静寂が訪れる。
(ライ・・・?)
最後に聴こえたのは得体の知れない怪物の攻撃、そして訪れた静寂。 それは私に“最悪の事態”を想像させるのに十分だった。
(大丈夫、きっと大丈夫。 ライなら生きてる、だから急がないと・・・!)
自分に言い聞かせるように、希望的観測を何度も何度も反芻する。
そうして辿り着いた場所で見た光景は、日陰で意識を失っている顔色の悪いユメ先輩と、全身がひどい火傷で覆われたライが黒服と話している場面だった。
「・・・ラ、イ・・・・・・?」
「「・・・・・・!?」」
私の声に反応し、二人が揃って驚いたようにこちらを向く。
「なんで、ホシノがここに・・・」
「ライ、なんでソイツと・・・いやっ、それよりもその怪我は・・・!」
「あー、悪い。 悠長に説明してられる時間はないんだ。 俺もユメ先輩もかなり状態が危うい」
その言葉を聞き、ユメ先輩の方を見る。
明らかにやつれた頬、見るからに生気のない肌、しかし外傷は一切ない。
大方、砂漠に来てからろくに水分を摂っていないのだろう。
ライの方は・・・一目見ればわかる。
全身の大火傷、さらには大量のミサイルを受けたであろう痣の数々。
今すぐにでも病院に緊急搬送しないと命が危うい重傷だ。
「黒服、どうせさっきの戦いのログ録ってるだろ? コピーでいいから、あとでアビドスに郵送しといてくれ」
「わかりました。 彼女たちはどうしますか?」
黒服の言う“彼女たち”は私とユメ先輩のことを指しているのだろう。 それはつまり、ライがこれからどうするかはもう、二人の中で決まっていることを意味している。
「ユメ先輩は正式な病院に搬送して適切な治療を受けさせて欲しい。 もし死なせたらコレは破壊する」
「承知いたしました、暁のホルスは」
「・・・少し、時間をくれ。 別れの挨拶はちゃんとしたいんだ」
「・・・・・・少しだけですよ、あまり長居して死なれるワケにはいかないので」
「・・・ありがとう」
不服そうに、しかしあっさりとライの要求を聞いた黒服は、やれやれと肩をすくめて半歩下がる。
ライはそれを横目で見ると、まだ状況が飲み込めず立ち尽くしている私の方へ足を引き摺って歩いてきた。
「ホシノ───」
(別れの挨拶だなんて、そんな───)
「───アビドスを、ユメ先輩を頼む。 俺はもう、アビドスにいられないみたいだ」
「・・・嫌です。 ライ、一緒に帰りましょう? 急いで病院に行けば、まだ間に合うはず」
「無理だよ。 ホシノ一人で、どうやって俺とユメ先輩を運ぶんだ? ここから病院に着くまでにくたばっちまう」
私だってそんなことわかってる。 このままでは二人とも長くないことも、私が運んでいたら手遅れになってしまうことも。
でも、それでも、今手放したら二度と戻ってこない、何故だかそう確信できていまうから。
「私がなんとか間に合わせます、だから、お願いだから」
「・・・ははっ、そりゃ頼もしいな。 なら、その後は? 借金まみれのアビドスで、どうやって重傷患者二名の治療費を払うんだ?」
「それ、は・・・・・・」
「頼むよ、ホシノ。 今は
そう言いながらライは流し目で黒服の方を見る。
そもそも、いつどこでライは黒服と知り合ったのだろう。
いや、それだけじゃない。 ライの口ぶりだと、まるで私が黒服のことを知っているのをわかっているかのように話している。
わからない。 ライが何を知っていて、何を考えているのか。
わからない。 どうして黒服が私だけでなくライにも興味を抱いているのか。
わからない。 どうすればライとアビドスに帰れるのか。
・・・一つだけわかるのは、この事態は全て私が引き起こしたということだけ。
(ぁ・・・そうか、全部私のせいなんだ)
元を辿れば、私が引き起こしたことなんだ。 私が、私さえいなければ。
私が感情任せに動かなければ、ユメ先輩が一人で砂漠に行くこともなかった。
私が勝手に塞ぎ込んでなければ、ライが一人でユメ先輩を探しに行くこともなかった。
「・・・そうだ。 ユメ先輩には、適当に“出稼ぎに行った”とでも伝えといてくれ。 自分のせいで俺が重傷を負ったなんて聞いたら、きっと責任を感じちまう」
そう言うライの表情はとても穏やかで、瞳の奥には諦念が見え隠れしている。
どうしてそんなにも穏やかでいられるのだろう。 いっそ全部の責任を私に押し付けて糾弾してくれれば、ずっと楽なのに。
「あ、さてはお前、こうなったのは自分のせいだって思ってんな?」
「・・・っ」
次の言葉を想像して、怯えたように肩を狭めて身構える。
「生憎と、お前に責はないよ。 全部、どうしようもなく下らない、運命のいたずらのせいだ」
なのに、ライが私を責めることなんてなくて。 それゆえに、その言葉はよっぽど残酷だった。
「それと、わかってるとは思うが、ユメ先輩は正直言ってかなりのポンコツだから、お前がきちんと隣で支えてやれよ? あの会長、目を離すとすーぐ変なのに引っかかるからな・・・。 おかけで退屈しなかったけど」
「・・・ライさん、そろそろ行きますよ。 これ以上は本当に貴方が死にかねません」
「あー、もうちょい待ってくれない?」
「貴方に死なれると困るんです。 というか、もう意識を保つのもやっとでしょう」
「・・・まーな、そりゃこんだけ重傷じゃ正直かなりしんどい。 でも、別れはちゃんとしないと後悔するからさ」
「・・・あと一分経ったら無理矢理連れていきますからね」
ライは瞳を閉じて、静かに“ありがとう”と言うと私を抱き寄せた。
生々しく感じる火傷の傷が、弱々しい鼓動が、力を感じられない腕が。 その全てから、彼女の命が風前の灯であることを嫌でもわかってしまう。
「さ、俺は運命に抗ったんだ。 次はお前の番だよ、ホシノ。 俺が護った今を、今度はお前が未来に繋ぐんだ。 ・・・頼んだよ、親友」
「・・・やだ、いやです・・・! 戻ってきてください、置いていかないでください、行かないで・・・!」
目の前にある現実に対して私は無力で、ただ子供のように泣きじゃくって縋り付くことしかできなかった。
ライはそんな私を見て困ったように笑うと、抱き締める腕に力を込めた。
「ごめんな、ホシノ。 もうサヨナラの時間だ。 ・・・幸せになれよ、俺の分まで。 “約束”だ───」
弱々しく、まるで力の入っていない抱擁は、私に最期の体温を感じさせるには十分で。
その約束は、ライが二度と戻ってこれないという宣言に等しくて。
そしてライは、プツリと糸の切れた人形のように力を失った。
「・・・ライ?」
返事はない。 微かに聴こえる鼓動の音が、ライがまだ生きているという事実を淡々と伝えてくる。
「暁のホルス・・・いえ、ホシノさん。 ライさんを渡してください」
黒服の要求を無視して、このままアビドスまで背負って帰ることはできる。
できることならそうしたいし、するだけなら可能だ。 キヴォトス人でない黒服は、私に物理的な方法で何かすることができない。
「・・・・・・わかった」
それを踏まえた上でも、私はライを黒服に引き渡すことにした。
私が何をしようが、このどうしようもない現実は覆せないとわかってしまうから。
私が何かすれば、ライもユメ先輩も死なせてしまうとわかってしまうから。
ただでさえ、私がこの事態を引き起こしたのだ。 私の自分勝手な行いで、これ以上二人に迷惑をかければ、もう二度と自分を赦せなくなる。
「ありがとうございます、ではライさんは責任を持って私が治療します。 尤も、ライさんとの“契約”があるのでお返しすることはできませんが。 ユメさんは、ライさんからの要求に基づき正式な病院に搬送いたします」
淡々とこれからのことを伝える黒服の言葉は、ほとんど耳に入ってこなかった。
「・・・貴方はどうしますか? ライさんからはどうするか言われていませんが、ライさんの意図を汲むとすればアビドスに送り返すべきではないかと───」
黒服の言葉は、ショットガンの銃声で中断された。
「黙って、お前がライのことを語るな」
「・・・これは失礼いたしました。 では、私はこれにてお暇します。 ユメさんの搬送先については可及的速やかに伝書をお送りいたしますので」
そう言い残し、黒服はライとユメ先輩を連れて消えていった。
「ライ・・・。 ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・!」
過ぎたことは戻らない。 今更後悔しようが、いくら謝ろうが、ライが戻ってくることはない。
過去を取り戻すことはできないのだから、前を向くしかないというのに。
それなのに私は、砂漠に一人取り残された後もその場に座り込み、下を向いて涙することしかできなかった。
「ふざけてなんかないんだけどね~。 お生憎様、あの人のことなら、アナタよりもよく知ってると思うわよ?」
私の言葉を聞いたユイロちゃんは、意味深な微笑を浮かべながら聞き捨てならない言葉を宣う。
「だって、Memento moriはあの人が作ったんだもの。 ワタシはその理念を引き継いだ、いわば後釜ってヤツ」
Memento mori・・・確かユイロちゃんが店長をやってるなんでも屋。
「・・・その理念って、何?」
「とーっても単純明快。 ワタシたちは誰の味方でもない。 だが、全ての生徒の味方であれ。」
・・・ありえない。 確かに、ライならそう言ったっておかしくない。
でも、その言葉の真意を読み解くとすれば・・・。
(そんなの、まるで───)
「ふふっ、思っていることを当ててあげましょうか? 彼女にとって、もうアビドスは眼中にな───」
胸からこみ上げる不快感に任せて、不愉快な言葉を発する口にリボルバーを発砲した。
ユイロちゃんは平然と特殊警棒を一振りして弾き飛ばすと、また不愉快な言葉を続ける。
「ま、そりゃ信じられないわよね。 それは楽しかった思い出を否定するようなものなのだから。 でもざーんねん、これが真実。 あの人は今、この世界を生きる生徒のために動いてるの。 故郷のことなんて放ってね」
再びその口を黙らせようと銃口を向け、引き金に指をかける。
・・・・・・でも、その銃口から弾丸が放たれることはなかった。
「別に、信じるも信じないもアナタの勝手だけどさ。 でも、あの人がここに来ていないのが答えでしょう? 本当に故郷が大切なら、アナタ達が大切なら・・・。 ・・・今頃はここに戻ってきてて、大変だけどそれでも楽しい、そんな日常を送っているハズよ」
(・・・・・・なんで)
私の前にいるユイロちゃんは、とても哀しそうな顔をしていた。
まるで私と同じ、後悔と未練ばかりが残って、前へ進めなくなっている人間の目を。
「・・・もう一年半も経ったのよ。 待てど暮らせど帰ってこない、もうあの人に戻る気なんてない。 心のどこかではわかっているんでしょう?」
ここに来てから、ずっと飄々としていたユイロちゃんが、自分の感情を顕にして、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「・・・それでも、私は諦められないよ。 だって、ライは私にとって、私たちにとって、かけがえのない仲間なんだから・・・!」
「・・・っ、仲間だからなんだっていうの。 あの人の背負う
「そんなの関係ない、私たちが今でもライを待ち続けていることは変わらない!」
「それがエゴだって言ってるの! もう
気付けば先程までの不快感は薄れていた。
責任とか、世界の運命とか、ライが何を背負っているのか私にはわからない。
けれど、ライのことを話す彼女から感じられる怒りと哀情は、私と同じ喪失の記憶から呼び起こされる感情ではないかと思えた。
「エゴで構わないよ。 ライとの思い出も、ライを待ち続けてた今までも偽りなんかじゃない! 私たちはずっと待ってる、勝手に捨てられたことにしないで!」
「そうやって“いつかの景色”を抱えてるから、いつまで経っても前に進めないんじゃないの!? アナタに何の権利があってライを取り戻そうとしているの? アナタと会った日から、彼女にはアビドスと運命を供にする義務が生じるとでも言いたいワケ!?」
「ッ、そんな義務なんてない! そんなことはわかってる! でも、私たちはライと歩む未来を望んでる、アビドス生徒会にはライが必要なの!」
「っ・・・! ひつよう・・・必要、か。 ・・・・・・少し話しすぎたわね。 舞台裏から戻るまでに、その“仮面”を着け直しときなさい」
ユイロちゃんにそう言われて、随分と感情的になっていたことを自覚する。
・・・こんな姿、ユメ先輩にも後輩のみんなにも絶対に見せられない。
ユイロちゃんを見ると、向こうも頭が冷えたみたいで表情から読み取れる感情が落ち着いている。
さっきまでと変わらず悲嘆で彩られつつも、少し困ったような微笑を浮かべている。
・・・あの日のライも、こんな表情をしていた。
「ね、ホシノ。 アナタはあの人の遺志を、きちんと繋いでくれたのよね。 あの人は・・・・・・虚月ライは、もういない。 だから、託されたモノはちゃんと守ってね」
ユイロちゃんは哀しげな顔を隠すように私に背を向けそう言うと、青い煙に包まれて姿を消した。
新月の夜、ビルの窓から差し込む星明かりには、彼女が落とした仮面が寂しく照らされている。
私は、彼女がいなくなった後も、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
まるであの日と同じように。
「・・・・・・ライのいない世界で、“幸せ”が何なのかなんて、わかんないよ」
ずっとずっと、幸せを見つけようとした。 だって、そうなれと約束したから。
本当は嫌だった。 もしその約束を果たしてしまえば、ライと過ごした日々が全て過去のものになってしまいそうだから。
それでも、どうすれば幸せを見つけられるのかずっと考えた。 無理矢理取り付けられた約束だけど、これがさよならすら言えなかった私にとって、ライとの最後の繋がりだから。
ライが私たちの未来を繋いでくれたおかげで、気付けば後輩にも恵まれ、なんだかんだ楽しい日々を送れている。
・・・・・・でも、ライが欠けたアビドスで心からの幸せなんて見つからなくて、答えなんてどこにもなくて、今もライのいた頃に囚われてる。
「・・・ライ、帰ってきてよ。 私たちの“幸せ”は、ライがいないままじゃ掴めないんだ・・・・・・」
渇望か、はたまた祈りにも似た嘆きは、誰にも届くことなく夜の帳に吸い込まれていった。
捜索中に連絡取って協力しろよという突っ込みはナシでお願いします。
そうしたら多分ビナーくん返り討ちにしちゃうんで。