キランソウの花束   作:chaiNTec

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荷物整理と低空飛行

 

 

 少し時計の針が傾き、先生に連れられて私は自分の荷物を整理しに来ていた。

 長い廊下を歩き、エレベーターを昇らせ、目的の場所まで移動する。

 シャーレの部室前に来ると、先生が扉を開けて中に入るように案内される。

 そこは、過去に何度も見た、そしてこれからも見ることになるであろう、ガラスの奥に青空が広がる部室。

 かつて私も子供の頃に生徒として、先生の仕事を手伝いに来ていたあの場所。

 …今ここで見る前、前の世界にいたときにこの光景を見たのは、いつが最後であっただろうか?

 もう思い出せないし、思い出すと心臓が締め上げられるような、痛みを感じる。

 またネガティブな思考になりそうな思考を振り払う。

 同じ失敗は赦されないし、許したくない。やらせも、しない。

 失敗なんて数えだしたらきりがないが、私はあの頃の私とは違うのだ。

 弱気になるとともに比例して、実力が下がる例は何度も見てきた。

 私の選択は間違ってないと、信じたい。

 この思考の時間約8秒、私は初めて来たときと同じように、1歩を踏み出す。

 

「…先生」

 

 “何かな?”

 

「あの山のように積まれた書類は」

 

 “ごめん聞かないで”

 

 部室に入ってすぐ、そこに見える机とその上のPC。

 その存在を無にするかの如く、大量の書類が私たちを待っていた。

 …少し上のほうがずれている。連邦生徒会よく見る生徒第2位ぐらいにいる、岩櫃アユムが持ってきたのだろうか。

 いや、持ってきた人物はどうでもよくて。今はもう時計の針が登ろうとしている。

 …徹夜確定だな、これは。

 まあ今回に限っては私が全面的に悪いので、愚痴は言わないでおこう。

 

 “そ、それよりも!大事な荷物はこっちにあるから!”

 

 と言って、先生はソファの近くにある、長方形のローテーブルに置かれた私の…かなり少ないが、荷物のほうへ行く。

 そこには、濡れている私の上着や鞄、時計が置かれていた。

 そしてそれを差し置いて目立つ、4つの武器。

 

「…よくここまで持ってこれましたね」

 

 “台車とエレベーターがあったからね、それらがなかったら明日から筋肉痛だったかも”

 

 前に進んで、銃をとる。小中大の様々な大きさの銃を、机に沿うように横に並べていく。

 

 “一気に3つも持って、重くないの?”

 

「重いですよ。ただ、持てるだけの努力はしました」

 

 “…頑張ったね”

 

 はっと息をのみ、先生のほうを振り向く。目線の先には当たり前だが、先生の顔しか映っていない。

 でも、先生の声が聞こえた。何を言ってるのかわからないだろうが、聞こえた。

 まるで先生が、2人で同時に発言したような声が。

 …()()は、私を見てくれているのだろうか。

 

「…頑張らないといけないんです。今までも、これからも」

 

 “…そうだね、私も、皆の先生に恥じない先生にならないとだね”

 

「……」

 

 “な、なんでそんなに見つめてくるのかな…?”

 

 …我々は知っている、先生の女たらしを。

 …我々は覚えている、先生のセクハラを。

 セクハラに至ってはほとんど同じ組織なんだが。どこの風紀委員会(ゲヘナにある)とは言わないが。

 私の視線に耐えかねたのか、先生が口を開く。

 

 “あの、その…どうして3つも銃を持つ必要があるの?”

 

「…まあいいでしょう。やっぱり気になりますか?」

 

 “うん、みんな銃は一つしか持ってないのに、気になってたんだ”

 

「なら少しわかりやすく、説明しましょうか」

 

 そう言って先生をソファに座らせ、私はその対面のソファに座る。

 目の前にあるのは3つの横に並んだ銃。その中で最も小さい銃を手に取る。

 安全装置(セーフティー)がかかっているかを確認し、念のため、限界まで上げ切っておく。

 

「まず第一に、キヴォトス人は頑丈なため、先生のように致命傷にはなりにくい、それは知っていますね?」

 

 “うん、知っているよ”

 

「そのため、銃の種類によって、与えるダメージが違ってきます。撃つ弾丸や、撃つ銃、銃の連射量や、銃の射程距離等で変わります」

 

 直後にまあ、と言葉をつづけて。

 

「先生にとっては、ある意味で関係あって、ある意味で関係ないでしょうけど」

 

 “…そうだね”

 

「私としては、自衛手段として、あっちの机に置いている銃ぐらいは持ち運んでほしいものですが。先生の事なのでほとんど、いや絶対と言っていいぐらい持ち運ぶことはないでしょう」

 

 “なんか、ごめんね?”

 

 申し訳なさそうにほほ笑む先生。先生が生徒を傷つけるわけがないと知っていながら言ったのだから、私も意地の悪い言い方をしたものだ。

 

「別にいいです。私が守るので」

 

 “ありがたく守ってもらうね?”

 

「はぁ…あとそれと、自衛についてですが」

 

 そういうと私は先ほど触れた先生の使わない拳銃が置いてある机、その上に置いてあるタブレットに指をさす。

 

「シッテムの箱、充電と持ち運びは絶対にしてください」

 

 “う、うん”

 

絶対に、ですよ?」

 

 “ど、努力はするよ”

 

 恐らくジト目になってるであろう私の目を見てか、先生はしっかりうなずいてくれた。

 これだけは絶対に譲れないから。

 トリガー近くにあるマガジンキャッチを押し、マガジンを取り出す。

 

「話を戻します。銃撃戦の多いキヴォトスにて、火力は正義。しかし銃にはある法則性があります。それは大きさと重量です」

 

 マガジンの抜けたハンドガンを手で傾け、白い銃身を見せる。

 

「火力を求めるにあたって重量、そして大きさは最大の壁です。一応、ハンドガンのサイズで強い弾を撃ち出せる銃(デザートイーグルやコンテンダー)等の小型で高火力な武器もありますが、基本的には大きさ、重量と火力は比例すると考えてください」

 

 再度マガジンをハンドガンに入れ、底を押して何かが嵌った音を鳴らす。

 

「そうなると、このような小さい銃にはどのような役割があるか…それが、自衛用です。緊急事態に咄嗟に出せて、襲撃者等を撃退する。そういう役回りがあります。そのため、生徒で言えば後方担当…要するに、権力を持っていてなおかつ、自分は動かないのが多いタイプの生徒は、よくこのタイプを持っています」

 

 “なるほど、だからリンちゃん達もその銃と同じようなものを持っていたんだね”

 

「はい、行政官ならあまり撃つことはないでしょうし、持ち運びやすいので最適ですね」

 

 机の隅に置かれた鞄の中を弄りながら、私は言葉を紡ぐ。

 

「銃は当たり前ですが、銃身の先端、バレルから弾が発射されます。ほかの場所からは出せないんです。…つまり、銃身が長い銃は近寄られると撃てなくなるということです。相手の銃が大きければ、どちらも撃てなくて硬直しますが、仮に相手の銃がその銃より小さかった場合、一方的にやられてしまいます」

 

 “つまり、その拳銃を持っていれば、対応できるということだね”

 

「えぇ、これも立派な自衛の一つです。なので、私はこうやってほかの銃とのカバーに使用したり、あるいは…」

 

 鞄の中から望みの物を取り出す。革の包みで覆われたそれをみて、先生が驚く。

 

「…これを違う手に持ち、近接格闘を仕掛ける…という手もあります」

 

 “…そういうのは危ないから、あまり使ってほしくはないかな”

 

「余程のことがない限りは、使いませんよ」

 

 カバーで包んだダガーナイフを机に置き、もう上がらない安全装置を再度押し上げて、白いハンドガンを机に置く。

 

「これで私がハンドガンを持っているのかは説明しました。あと二つの銃は、先ほどの説明を一部流用しながら解説します」

 

 これ以上説明すると、業務に支障が出そうだから手短に話そう。

 私は少し悩んで、1番長い銃身を持つ銃を手に取る。

 その長い銃のグリップ上にある安全装置(セーフティー)を上げ、弾が出ないようにする。

 

「次はこれですが、先ほどの説明を思い出したら、使い方がわかると思います。大きくて、重い。そう、つまり火力が高い銃です。そしてこのスナイパーライフルと呼ばれる銃種は射程距離が長く、遠くにいる敵に当てることが可能です」

 

 “さっき言ってたね。私も台車に乗せるとき、重くて落としそうになっちゃったよ”

 

「まあ、普通の人なら重く感じるでしょう。なんせ、私の銃のタイプは大体10kg以上なので、持ち運ぶだけで精一杯になります。ですが、そこはキヴォトス人」

 

 トリガー横のパドルを押し、マガジンを外して、またつける。そしてグリップを握りながら片手で上へと銃身を持ち上げていく。

 

「力は強いので、あまり苦ではありません」

 

 “…す、すごいね…?ほかの子もそうだったけど、生徒のみんなは体が強くてうらやましいよ”

 

「そうですね、私も…慣れるまで、時間がかかりました」

 

 そういいながら、銃身を膝上に横に向けて乗せる。手に持つとわからないが、乗せると意外と重量が分かりやすくなる。

 

「私の苦難はさておき、こういう銃は先ほどの銃と違い、気軽に持ち歩くことができません。それは銃撃戦にも言えます。ですので、この銃を使う場合、動かず遠くからの狙い撃ちというのか基本となります。まあ、私は()()()()なので、そういう使い方はしませんが」

 

 “…ちなみにそれって、どのぐらい強いのかな…?”

 

「そうですね…大体の相手には1発当てて、少なくとも意識は刈り取れますね」

 

 “えっと…”

 

 先生が渋い顔をする。まあ、予想していた反応と全く同じだ。

 

「大丈夫ですよ、この銃はさすがに先生に許可を取って使用しますので、生徒相手に向けることはほぼないですよ」

 

 “それならよかった”

 

 膝上に置いていた黒い長銃を机へと置き、次の銃へと手を伸ばす。

 

「最後にこれは…まあキヴォトスにて最もメジャーな武器なので、大体わかるでしょう」

 

 グリップの上の安全装置(セーフティー)をONにし、弾を出ないようにする。

 …ちなみにこの安全装置をONにしている動作、当たり前だが誤射による先生への被害を防ぐために行っている。シッテムの箱の件もそうだが、こういう積み重ねで未来が変わってくるなんてよくある話だ。

 キヴォトス人ではない良い子のみんなは、銃が弾詰まりして(ジャムって)も銃口を見ないようにしよう。

 

「漢字に表して突撃銃、アサルトライフルですね。連射性能と取り回しの良さ、低くない火力と使いやすい点が多く、かなりの普及率を誇っています」

 

 正直これに関しては、対して説明が要らないぐらいわかりやすい銃種であるため、特にいうことはない。

 

「一応、これが私の主力武器ということになりますね。役割としては中距離の射撃戦、HG(ハンドガン)より火力が欲しく、SR(スナイパー)より機動力が欲しい時に使います」

 

 適当に手で玩んだところで、その灰色の銃を机の上に置こうとした、その時。

 

 “少し聞いてもいいかな?”

 

「どうしました?」

 

 “その灰色の銃の持ち手のところに、カードホルダーみたいなのが見えるけど、何か入れてるの?”

 

「…気になりますか?」

 

 “うん。それに、もう一つ気になることがあって”

 

 そう言うと先生は、ローテーブルにもたれかかっている例の物に視線を向ける。

 

 “これは、いつ、どうやって使うの?”

 

 先生が気になった、カードホルダーの中身と机に寄りかかっている、細長い鉄塊…俗に言う、西洋の剣の形をしたもの。

 今は鞘に収められている、が。

 ゆっくりと剣を取り、鞘と持ち手を片腕ずつ握る。

 

「…わかりました。ここで言わなくても、いつか言わなくてはいけない日が来ると思いますから…今、教えましょうか」

 

 灰色の銃に括りつけられたホルダーから、一枚のカードを取り出す。

 時間がたち、少し劣化した銀色の見た目に、金色のチップがつけられたそのカードを見て、はっと息をのむ音がする。

 

 “…それって”

 

「はい。借り物ではありますが、使用はできます。これが私を、大人として物証できるカードです」

 

 ブルーアーカイブにて先生が使う、奇跡を起こす一枚である、大人のカード。

 借り物ではあるが、大人である私は使用が可能である。

 使ったことも、ある。

 

「使用者の時間と引き換えに、奇跡を起こせるカード。…先生の言いたいことは、わかりますよ」

 

 “…できる限り、君がそれを使わないように、私が頑張るからね”

 

「気軽に使うような真似はしませんよ。これを使う時は、責任を果たす時…そうでしょう?」

 

 “…うん、でも、君が背負うことじゃないよ”

 

「言ったはずです。私は生徒であっても子供ではない、と。自分のことは自分で背負えますよ」

 

 それに、と言葉をつなげながら、左手の指と指の間にその薄いプラスチックを挟む。

 

「大人でも生徒でも、人間である限り、一人で全てはこなせません。それは1番、知っているつもりではあります」

 

 先生が驚いた表情から一変し、困った笑顔になる。

 

 “わかった。頼りにさせてもらうね?”

 

「えぇ、頼りになれるように、頑張りますから」

 

 そう言って私はカードをホルダーの中にしまった後、机に寄りかかっている鉄塊に手を伸ばす。

 

「次は、これの説明ですね。さっきのカードと違って、こっちは私物です」

 

 細長い剣身の根本、本来ならあるはずの鍔はなく、全体的に無骨な形となっている。

 手を動かし、金属同士が音を奏でて滑っていく。

 そして見えるのは傷も汚れもない、鉛色に光る刃。

 

 その瞬間、脳裏によぎっていく私の記憶。

 実際に起こり、受け入れがたい過去。

 

 先生が息を呑む。刃を潰してもいない、真剣を見たのは初めてだろうからか。

 それとも、私がまた、表情に出してただろうからか。

 少し目を瞑り、考えてから目を開ける。

 両手の距離をゆっくり狭めて、音を鳴らす。

 

「見ての通り、キヴォトスには珍しい刃のつぶれていない剣です。百鬼夜行に行けば、剣はなくても刀はあるとは思いますが、この剣はそれらとは違います」

 

 見えなくなった刃を見るように、鞘を見る。

 

「…オーパーツと、呼ばれるものです」

 

 “オーパーツ…?”

 

「はい、ある特殊な使い方をすることで、この剣の力を発揮できます。アニメやゲームでよくあるものですね」

 

 “…”

 

 先生が剣に目線を向ける。通常の人間ほどじゃないにしろ、キヴォトス人にだって切り傷はつけられる。

 生徒を傷つけられる武器は、あまりいい顔はしないだろうと思っている、のだが。

 

 “か、かっこいい…!”

 

「えぇ…?」

 

 いやまあ、カイテンジャーとかプラモとかそういう方面が好きなのは知っていたが。

 もっとこう、なんというか、ほかに言うことあるんじゃないかと。

 

 “持ってみてもいい?!”

 

「あ、えー…危ないので、鞘は外さないようにですよ」

 

 持ち手を持っていた手を鞘に添え、立ち上がる。

 そして先生の目の前で、剣を差し出すように手を動かす。

 先生の手が、私の手の近いところで鞘を握るのと同時に、剣から手を放す。

 すると予想外の重さだったのか、先生の持つ手が下へと落ちていく。

 

 “お、重い…”

 

「西洋の剣なんてそんなものですよ、比較的刃が細い日本刀ですら重いので」

 

 剣に触れ、持ち上げようとしてる先生。でも力不足なのかなかなか上がらない剣を、下から支える。

 先生の手が、私の手に触れる。

 あたたかくて、優しい手。きっとこれから、この手で何人もの生徒を救っていくのだろう。

 きっと、辛いことが多くあると思う。悩むことも今よりはるかに多くなるだろう。

 でも、その先の透き通った青春(ブルーアーカイブ)を目指して、歩みを進めていくのだろう。

 どうか、この世界の先生に祝福が、幸せが来てくれるように。

 少しの間、手を触っていた私に疑問を抱いたのだろうか。

 

 “あのー…カイナ?”

 

「…どうしました?」

 

 “いや、なんでも…あ、そうだ。さっき言ってたこの剣の力って、具体的には何かな?”

 

「簡単なものですよ、使用者の神秘を使って剣を強くする。近いところで言えば、魔法剣だとか、属性付与とかですかね」

 

 “かっこいい…!私も使ってみたい!”

 

「先生には神秘がないので無理ですね」

 

 “そ、そんな…”

 

 子供のようにはしゃぐ先生。はたから見ても、とても楽しそうだ。

 先生の両手を包むように、触れていた手を重ねる。

 この世界が幸せになるように。原作と同じような物語を踏みしめることのできるように。

 

「先生、これから、頑張りましょうね」

 

 “…うん、一緒に頑張ろう”

 

 前を向きながら、下におろす。

 ひとまず、私が持っているものの説明はこれで全部だ。

 先ほど時計を見てから大体20分程度たっているが、そろそろ仕事にとりつかないと、あの量の仕事を捌くのに徹夜しなくては行けなくなる。

 

「それで、今から書類仕事ですか?」

 

 “いや、リンちゃんに今書類を作ってもらってるから、それまで待機かな?”

 

「わかりました」

 

 そのことを聞いて、手持ち無沙汰になる。

 その間にやること、やれることはあるだろうかと思い、あたりを見回すが、あの山積みの書類以外は特に見当たらない。

 私としては、早めに仕事を終わらせたいのだが…。

 理由として、連邦生徒会長が失踪した後の連邦生徒会の対応にある。

 知っているとは思うが、連邦生徒会長の捜索にリソースを割いているため、本来あるであろう支援等が来なかった結果が、チュートリアルでのあの4人の登場である。

 ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムの3大校はもちろんのこと、ほぼすべての学園にそのリソースの皺寄せがきている。

 当然、連邦捜査部という下部組織のシャーレにも。

 なので恐らく、ここ数日は確実にあの量の仕事が毎日来ると言っても、差し支えないだろう。

 そうなった場合、一番困るのがこの語の展開への影響だ。

 本編軸、俗にいうメインストーリーだとこの期に来るのは、あの砂漠と変貌した場所にある高校、その対策委員会だろう。

 1番最初であり、かなり重要な1章でもある。

 その最初で、先生が遭難して死亡なんてことは、あってはならない。

 であるならば、まず目の前の大量に舞い込む仕事を片付け、先生への負担を抑えなければならない。

 …もっと考えなければならないが、少しばかり気が散る。

 先程まで濡れていた服を着続けているからだろうか?

 とりあえず、これからを考えなければならないため、手帳等をそろえなければならない。

 

「すみません先生、替えの服はありますか?」

 

 “え?一応、シャーレにあるはずだよ”

 

「じゃあそれ、今日だけ貸してもらえないでしょうか、今着ている服を洗濯したいので」

 

 “そういうことだったんだね、わかったよ”

 

 そう言って先生はクローゼットのほうへと足を進める。

 

 “あ、そうだ。着替えるついでに、シャワーを浴びてきたらどう?”

 

「そうですね、貸していただけるとありがたいです」

 

 “気にしなくてもいいよ。これから使っていくかもしれないから”

 

 …女性に風呂を進めるのは、あのウサギたちで見てきたから突っ込まないでおこう。

 減るものじゃないし。

 

 

 *****

 

 

 地面に水が跳ね、そのまま流れていく音がする。

 雨とは違う、高い温度の水に自然とため息が出る。

 頭から水を浴びながら、これからのことを考えている。

 ざっと考えて、ある程度の目標を作った。

 

 

 ・この世界は、原作と同じブルーアーカイブかどうかの把握。

 ・私はタイムリープしたのか、それとも世界を移動したのかの把握。

 ・シッテムの箱にいるあの少女はどちらかの把握。

 ・キヴォトスの情勢はどのようになっているかの把握。

 ・シャーレ以外、各校の動きは変わっていないかの把握。

 ・シャーレに所属する生徒、及び協力してくれる組織の増加。

 ・衣食住の確保。

 ・収入源の確保。

 ・行動を変更できる点、変更できない点の判別。

 ・D.U.地区内の治安の統制。

 ・シャーレでの書類仕事、それによる先生への負担の削減。

 

 

 …とりあえず、このぐらいかと考えを止める。

 おそらく極端に世界は変えられない。変えようとするなら、下地が大事になってくる。

 例えで言えば、これから先生が行くであろう砂に囲まれた学園、アビドス高等学校でいえば、梔子ユメを救うといったものがある。

 しかし、今私がいるのは先生が着任後。梔子ユメが死亡したのは2年前、つまり変えることは不可能である。

 私に死人を生き返らせる力も、兵器もない。

 すこし、いや、かなりのやるせなさが私にのしかかる。

 …きっと、今3年生であろうあの少女は、これよりもっと深い罪悪感に苛まれているのだろう。

 …過ぎたことをどうこうできる力はない、なら見なければならないのは今だ。

 アリウスもおそらく変えるのは無理だ。場所、真相はともかく、書類仕事が手放せない上にいつ先生がアビドスヘ向かうか確認ができてない。

 せめてもう少し早くこっちに来ていたらと思ったが、たとえそうなったとしても、先生がいないため私がこのように立っていられる保証がないと、考え直す。

 今からやるべきことは、衣食住の確保、銃の整備用品及び弾薬の調達、書類仕事の手伝い、シャーレ周辺の治安の改善、これに尽きる。

 この世界がどのように移り変わっていくのかがわからない以上、手近な不安をつぶしていかなければ。

 最悪の場合、初手アビドスじゃない、アリスがゲーム開発部に加わらない、エデン条約が進まないなんて可能性も捨てきれない。

 情勢を見て、各校の動きも見て、判別していかなければ。

 と言っても、虱潰しに危険な生徒たちを叩いていけるわけではないため、やはり先生の人徳を知らしめなければならない。

 そう考えてる最中に、先生の声が扉の奥からする。

 

 “着替え、ここに置いておくよ?”

 

「はい、ありがとうございます」

 

 先生が去る音がする。

 …先のことはある程度知っているが、同じになるとは限らない。

 少し顔を上げ、鏡を見る。

 黒髪で長い横髪と前髪を持ち、後ろ髪は首筋まで伸びた、灰色のインナーカラーが見える少女の顔が映る。

 前見た時より擦れたような顔つきになっている。

 こんな顔をしていれば、先生に心配されるのも無理はない、か。

 …いけない、ネガティブなことを考えすぎだ。さっき部室に来る前もこんなことを言った気がする。

 モチベーションでパフォーマンスが下がることは、散々前例を見せられたはずなのに。

 でも、今になっては彼女たちの気持ちもわかる。

 当事者になってみないと、この胸の痛みはわからないものだ。

 見ている分には、えへへ…辛いですよね…苦しいですよね…という意見だけだったが、

 今はそれに加えて、胃からこみあげてくる吐き気や息苦しさ、その時の記憶が私を苛む。

 今の時点でも苦しいのに、この世界でも、先生が死んでしまったとしたら…私はきっと、後を追うことになるだろう。

 兎にも角にもだ、そうならないように立ち回るしか、私が私でいられる自信がなくなる。

 シャワーから出る温水を止め、少しの間立ち尽くす。

 

 電気はつけているのに、周囲が暗く見えた気がした。

 

 

 

 

 *****

 

「…先生」

 

 “な、なにかな?”

 

「この服は一体なんでしょうか」

 

 白を基調としたデザインに、碧の差し色、金色のボタンに、よく見るロゴ。

 

 “連邦生徒会の制服だね。リンちゃんやアユム達が着てるのと同じ服だよ”

 

 いや、そんなことはわかっている。そりゃ、シャーレは連邦捜査部と言う連邦生徒会の下部組織なのだから、必然的に連邦生徒会の制服があるということも。

 これに関しては考えに至らなかった私のミスではあるのだが…何よりも解せないのはやはり。

 

「…この制服、上から着るコートは兎も角、背中と脇丸出しなのは流石に寒いのですが」

 

 “ご、ごめんね?これぐらいしか代えの着替えが無かったから…”

 

「…決して先生の趣味じゃないんですよね?」

 

 “ち、違うよ…?”

 

「…」(ジト目)

 

 “本当だって!リンちゃん達にも聞いてみてよ!”

 

「…はぁ、わかりました。深くは問い詰めませんよ」

 

 …まあ、先生が来る以前からこの制服は採用されていたから、先生の趣味ではないことは認めよう。クローゼットの中に他の服が入っていた可能性も、先生が趣味でこの制服を選んだ可能性も、一旦捨てよう。

 それはそれとして、この制服のことだ。

 思っているより通気性はいいし、軽く感じるのはいいことだが…いや、これに関しては連邦生徒会の制服以外にも問題がある。主に私の方に。

 

 スカートの中が冷える、といった文句だが。

 

 唐突だが、私の前世は男だ。当然スカートなんて着る時はなかったし…男でもスカートを着る人はいるか。兎も角私は着たことはないし寒がりだったため、年中厚着なんてよくあることであった。キヴォトス人に生まれ変わった時も寒がりは対して変わらず、基本的に長袖上着は着ていた。

 それが今や足出してる背中出してるスカート慣れないの三重苦だ。

 えぇい、冗談ではない!と、私の中の赤い彗星が文句を言ったところで、先生が口を開く。

 

 “そういえば、リンちゃんが書類を準備してくれたから、取りに行こうか”

 

「仕事が早くて助かりますね」

 

 私がいた世界の彼女と変わらない有能さに感心する。

 1個人としては優秀なのに、リーダーを務めていろんな問題に晒されるのだから、つくづく不憫に思えてくる。

 サンクトゥムタワーにある連邦生徒会本部、そこへ行くための準備をする。

 時計を腕につけ機能を確認し、武器に手を伸ばす。

 白いハンドガンを腰のホルスターに、灰色のアサルトライフルを左足のホルスターに入れて…数秒悩んでから黒いスナイパーライフルに手を伸ばすのをやめた。

 その横にある剣は右腰のホルダーに鞘ごと引っかけて、それぞれ落ちないかどうかだけを確認する。

 

「では、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …シャーレビルを出ておおよそ数十分後。

 私たちは電車から降り、サンクトゥムタワー近くの駅に来ていた。

 かつかつと、靴が地面へ落ちていく音を鳴らしていく。

 

 “もうすぐ、リンちゃん達のところに到着するよ。書類は準備できてるみたいだから、その書類にカイナの事を書いて提出したら、シャーレに入部できるみたいだね”

 

「書くのはいいのですが、書いてすぐ入部というわけにはいかないのでは?」

 

 “えっと、シャーレは連邦捜査部の下部組織だから、上部組織の連邦生徒会から許可をもらえれば、すぐに登録してもらえるんだ”

 

「あぁ、そういうことですか」

 

 シャーレの入部についての注意事項やルール、業務内容等のシャーレについて会話しながら、目的地へと進んでいく。

 …進んでいるが、妙に気配を感じる。

 気配の出どころは、前方の20人規模のヘルメットをかぶった集団からであるだろう。

 

「ちょっと止まりな、そこのオニーサンたち」

 

 と、赤いヘルメットを着けた生徒に声をかけられ、止まる先生と私。

 

 “えっと、どうしたのかな?”

 

「見たところオニーサンたち、お金持ってそうだよな?ウチら、ちょっと金に困っててねぇ…」

 

 “お金が欲しいってこと…?”

 

「そうそう!だからとりあえずさあ、今持ってるお金をウチらによこしてくんないかな?まあ、拒否権はないんだけど」

 

 その言葉と同時に、周囲のヘルメットを被った生徒が銃に手をかける。

 どっちの世界も、気が早い奴が多い。それがキヴォトスだから。

 

「…と、言っていますが、どうします?」

 

 念のための確認だ。当然答えは決まっているようなものだが。

 

 “ごめんね?お金は奪っちゃだめだから”

 

「えぇ?…じゃあ、痛い目を合わせてやらないといけないなぁ…?」

 

 リーダー格の言葉を皮切りに、ゆっくりと近づいてくるヘルメット団。

 その光景に、周囲が少しだけざわつき始める。

 あと少しで着くというのに、とんだ邪魔が入ったものだ。

 

「先生、七神リンから何時に来てほしいと言われていました?」

 

 “え?うーんと、大体後1分半後だね”

 

「まあ、そのぐらいならいいでしょう」

 

 左腰にあるハンドガンに手を伸ばし、安全装置を解除する。

 

「先生、下がっていてください。シッテムの箱の電源を入れるのも忘れずに」

 

 “うん、わかったよ”

 

 1歩、前に足を踏み出す。

 それと同時に、隣の先生が下がる跡がする。

 

「なんだぁ?ウチらとやろおってのか?」

 

「1人で何ができるっていうんだよ?」

 

 と、ヘルメット団が口を開くのに対し、物思いにふける。

 もうあっちの世界では、彼女たちの罵声も小競り合いもなかったのだから、懐かしささえ感じる。

 物思いにふけること2秒、溜息を吐くとともに、告げる。

 

「…始めようか」

 

 その言葉と同時に、手にかけていたハンドガンで前方2人の頭を打ちぬく。

 ぐあやらぐぎゃやら2人が悲鳴を上げ、ほか数名が慌てて銃をこちらに向けようとする。

 その射線に入らないように体を下げながら、集団に突っ込む。

 人差し指を内に曲げること5回、その回数だけヘルメット団が倒れていく。

 銃内に弾は残っていない、そのため一人を突進の勢いで蹴り飛ばして気絶させるついでに、鞄に手を伸ばす。

 マガジンを取り出すと同時に空となった空間に替えのマガジンを差し込み、2人を撃ち倒す。

 

「う、うわぁ?!」

 

 左から声とともに銃口を向けられる。しかし狙いがぶれているのはすぐにわかる。

 当然そんな状態で撃たれた弾は私には当たらず、近くにいたヘルメット団に当たる。

 フレンドリーファイアはよろしくないけど、これって戦闘なのよね。

 そのフレンドリーファイアを起こした当の本人を撃ち、そのまま後方4人の頭を撃っていく。

 

「残り4人」

 

 赤いヘルメット1人、黒いヘルメット3人。

 

「お、お前ら撃て!」

 

 その言葉を聞き、3人が一斉砲火を始める。

 向けられる銃口、発射される弾丸…だが、狙いが甘い。

 体を左に傾け、そのまま左へステップするように動かす。

 再度マガジンを入れ替え、銃口がこちらに向けられる前に撃つ。

 3発発射、3発明中。黒いヘルメット3人が倒れていく。

 

「な、なんなんだお前は!」

 

「哲学的な質問なら、答えたくないな」

 

 体勢を立て直しながらゆっくりと赤いヘルメットに近づく。

 こちらに銃口が向く。先ほどの黒い方とは違い、狙いは正確だ。

 放たれる弾丸、こちらの頭に一直線に来る。

 狙いが分かったのなら、あとは簡単だ。

 頭を少し横にそらす。

 耳の近くで横切る感覚がする。

 その直後に、彼女の上へと飛び上がる。

 こちらを見上げる赤いヘルメットの顔を鷲摑みにし、地面にたたきつける。

 そして顔を上げる前に、目の前に銃を突きつける。

 

「…まだやる?」

 

「ひ、ひぃっ…!」

 

 もう抗戦の意思はない、とでもいう悲鳴が聞こえる。

 時計を流し目で見る。さっきの先生との会話から40秒が経過したところか。

 どうせこのヘルメット団の事だからとんずらでもするのだろうから、一つ。

 

「あのさ」

 

「は、はい!」

 

 恐らく後ろにいるであろう先生のほうをチラ見して口を開く。

 

「さっきの男性、キヴォトスの外から来たんだ。だから私たちと違って、銃弾1発でも致命傷になりうる…もし次に、彼の近くで戦闘なんてして、彼にけがなんて負わせたとしたら…どうなるかわかっているな?」

 

 警告ついでの脅迫、その言葉に怖がったのか、赤いヘルメット団員が言葉を放つ。

 

「す、すみませんでしたぁ!おい、逃げるぞ!」

 

 そそくさと立ち上がり、路地のほうへと逃げていく赤いヘルメット。

 それに続いて、いつの間に立ち上がったのか大勢の黒いヘルメットたちが後を追う。

 後に残るのは、静寂だけ。

 

「…先生、終わりましたよ」

 

 物陰に隠れていた先生が後ろのほうから近づいてくる。

 D.U.地区内の戦闘に関しては、先生の人の良さでそのうち減っていくだろう。

 それでも戦闘するなら、私が直々に叩き潰す。それだけだ。

 

「約束の時間まであと30秒、少し急ぎましょうか」

 

 “…カイナって本当に強いんだね”

 

「あんなのはリハビリにもなりませんよ。サンクトゥムタワーは目と鼻の先ですから、早くいきましょう」

 

 “そうだね、リンちゃんに怒られちゃう”

 

 先生と合流し、足を進める。

 あとで弾薬の補充をしなければいけないなと思いつつ、先生の後ろについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 シャーレの部室にいる2人の影、現在時刻午前2時。

 そう、私と先生は絶賛残業を謳歌していた。

 

 “仕事が…仕事が終わらない…”

 

「もう終わるので手を動かしてください」

 

 “はい…”

 

 あの戦闘から数時間が経過し、私は先生の書類仕事の手伝いをしていた。

 あの後、無事時間には間に合い、七神リンに書類をもらいその場で手続きをして、シャーレに帰り仕事を始めた。

 前の世界でもそうだったが、相変わらず多い仕事量。何処の世界でも、シャーレの先生に残業はつきものというわけだ。

 いくら連邦生徒会長がいないからってこの量の仕事、さすがに多すぎやしないだろうか。

 そう思いつつ山のような書類をさばいていき残り3枚。

 先生のほうはもう限界が近いようで、あと1枚にもかかわらず撃沈していた。

 

 サンクトゥムタワーに入った後、七神リンと対面する状況になったが、知っている顔よりほんの少しだけやつれていた…気がする。

 そう感じながらリンを見ていると、彼女がこちらに質問し、それに答えるなどして、少し会話をした。

 やはりこちらが疑わしかったのか、なぜ入部するのか、どこに所属していたかを聞かれ、それに答えた、というだけだったが。

 

「…確かに、貴女の情報はどこにもないようです。疑ってしまい、すみませんでした」

 

「謝る必要はない、実際、怪しいのは火を見るより明らかなのだから」

 

「…シャーレに入部する理由も、先生を手伝い、助けるためと書いてましたね。見たところ、先生の知り合いというわけではなさそうに見えますが…?」

 

「…先生には、大きい借りがある。その借りを返しに、今ここにいる。それだけだ」

 

「そうですか…わかりました」

 

 そんな会話をして、リンは書類を書き終えて仕事に戻っていった。

 それを思い出しながら、最後の1枚を書き終え、終わった紙の山に重ねる。

 

「先生、終わりましたか?」

 

 “や、やっと終わった…”

 

 机に突っ伏す先生。無理もない、大人だって疲れるときは疲れる。やりがい搾取なんてもってのほかだ。

 書類を整理するためにいったん立ち上がる。

 

「書類は今日の午後、連邦生徒会のほうに持っていけばいいんですよね?」

 

 “そうだね。カイナがいてくれたおかげで終わらせることができたよ”

 

「この量、明日も捌くのですか?」

 

 “いや、今日までの期限のものが多かったから、明日からは少なくなるはずだよ”

 

「…少しずつ仕事は減らしていってくださいね、次の期限の前日に一気にやるなんて体がもちませんから」

 

 “うっ…頑張るよ”

 

 当てはまることがあったのだろうか、先生が痛いところを突かれたような声を出しながら返答する。

 

「それで、先生はどうします?もう電車は通っていないので、社宅に帰るなら護衛しますが」

 

 “ううん、今日は止まっていくことにするよ”

 

 そう言って先生も立ち上がる。もう時刻は遅いので、行先は2人とも同じはずだ。

 エレベーターに乗り、居住区へ行く。

 居住区の改装につくと、エレベーターを出て左側に見える一室に入っていく。

 ここは休憩室。スケジュールで左のほうにあるところだ。

 

 “ごめんね?今は空いてる部屋が確認できなくて”

 

 昼まで私が寝ていたベッドは、びしょ濡れの私を寝かせたせいで当然濡れているため、私は今日のところ、この部屋にあるベッドで寝ることになるらしい。本格的に住む場所を決めるのは明日になるそうだ。

 

「仕方ないから謝らなくていいといったはずです。どうせあの仕事量と並行して探すなんて難しいですし」

 

 そう会話しつつ、コートを脱ぎながら部屋の奥まで進み、設置されたベッドに腰掛ける。取り敢えずの仮眠だから、起きた時にこの制服は洗って、元々着ていた服に着替えよう。

 よく考えたら今日…ではなく昨日は出来事が多すぎた。

 世界を飛んで、シャーレに所属することになって、戦闘して、連邦生徒会の審査も通って、仕事をして。

 体力に自慢があるわけではないが、さすがの私でもここまでやると疲労がたまってくる。

 それでもある程度順応できているのは、一回同じような経験があったからだろうか。

 すこしだけ考えている間に、先生が洗面してきたことを知る。

 

 “じゃあ私はこっちで寝るから”

 

 と言って、ベッドの近くにある大きなソファで寝ようとする。

 

「?こっちで寝ればいいじゃないですか」

 

 “い、いやさすがに二人で使うのは…”

 

「結局早く起きるんですよ。たかが数時間程度、一緒の場所で寝てもいいじゃないですか」

 

 “だ、男女が一緒のベッドで寝るのはよくないと思うんだ”

 

 …そういえばそうだ、私は女だ。

 シャワーの時にも思ったが、どうも過去に男であったという事実は意識から離れないらしい。

 前の世界にいた時も同じことを繰り返した気もしなくはない。

 …が、それはそれ、これはこれだ。

 

「そこは少し射線が通りやすすぎます、角になっているこっちのほうが安全です。D.U.地区はまだ治安が良くないので、安全管理を徹底しないと」

 

 “でも、大人とはいえ、生徒と同じ場所で寝るわけには…”

 

 どこぞの温泉郷の寒色の生徒のメモロビの時も、一緒の場所で寝ることを断っていたのを思い出す。

 

「じゃあいいです、私がソファで寝るので先生はベッドに行ってください」

 

 “生徒を差し置いてベッドで寝るなんてできないよ”

 

「そう言うと思ったから一緒の場所で寝ようって言ったんですよ。しかもそのソファあまり大きくないですけど本当にしっかり眠ること出来るんですか?」

 

 “ぐっ…だ、大丈夫だって!何とかなるから!”

 

「あーもうああ言えばこう言いますね…!」

 

 はっきり言って状況が分からない以上、シッテムの箱を充電している今は安全な場所にいてほしい。

 シャーレを直接攻撃された例なんて、大きなものから小さなものまでかなり多くあるのだから。

 いつまで経っても食い下がる先生に、眠気がすぐそこまで来ている私は先生の腕をつかんで、もたれこむようにベッドに倒れた。

 

 “カイナ…?!”

 

「さっさと寝ますよ。男女大人が二人一緒のところで寝るなんて、何が起こるかわからないと先生は言いたげですが。

 私は、先生のことを信頼してますので」

 

 “…わかったよ、でも、こういうことはあまりやらないようにね”

 

「わかってますよ、先生にしかやりませんから」

 

 “そういう意味じゃないんだけど…”

 

 掴んでいる腕を放し、先生とは逆の方向を向いて目を瞑る。

 そのあと、意を決したかのように背中のほうから動く気配がする。

 …別に、先生と一緒に寝たいとか、先生と既成事実を作りたいとか、そういうことではない。

 この世界がまだ、どんな世界かわかっていない以上、先生の安全が絶対に保証されているわけでもない。

 だから、少なくとも安全になるまでは、先生を守っていたい。

 先生を愛しているから。

 生徒のみんなが向ける好意や、あの七囚人が先生に向ける恋ではない。

 せめて、前の世界の先生の分まで、先生には生きていてほしい。

 願いを込めながら、意識が落ちていく。

 

 

 これが夢だったら、と恐怖を抱えもしながら。

 

 

 その時は、幸せな夢だったと泣こう。




こんにちは、前回の投稿から1週間程度かかってしまいました。もうすぐ春が来ると言うのもあり、最近は忙しいですからね、仕方ありません。(言い訳)実際、これぐらいのペースがちょうどいいのですかね…?まあ客観的にみて、内容がしっかりかけたと思えたら随時投稿します。
今回の話は大体5000文字程度にしようと思ったのに、気が付いたら15000も文字数があって驚きました。おかげで添削が忙しくってぇ…自分でも気づいていない誤字とか設定違いがあるかもなので、気が付いたらぜひとも指摘してほしいです。こう書いている間にも、予測変換で変なのだしてくるPC君はさぁ…。

あと一応本編の補足ですが、カイナの口調は先生だけには敬語、それ以外には時と状況によります。…あれ、なんか正実にもセミナーにもそんな生徒がいた気が…うん、キャラ被りは仕方ない…!

また筆が乗ってしまいました。次回また、できればそう遠くないうちに会いましょう。
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