ホムンクルスはフラスコの外の夢を見るか   作:和尚我津

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全5話。
毎日12時ごろ投稿(予約投稿済み)


沼地のセンニン

 舗装はされておらず、最低限人が通れる程度に竹林の中に開かれた道。

 湿地帯であろうが竹はお構いなく伸び続け、空に作った冠が陽射しを程よく遮っている。

 土から滲み出た湿気が体に纏わりつき不快感を感じるが、吹き下ろす風が籠った(いき)れと共に吹き飛ばす。

 

「おわっと!」

 そよ風の気持ちよさに目を瞑っていたこともあり、水気を含んだ柔い土に金髪と青い目をした若い青年――アルフォンス・エルリックは足を取られ、バランスを崩しかける。

 

「おっとっと。お気をつけてくださいね、アル様」

 

 あわやコケるという所で、彼の手を取り引っ張るは、肩に小さなパンダを乗せたお団子ヘアーの少女、メイ・チャン。

 両者の身長と体格にはかなりの差があるが、メイはそれを物ともせずアルフォンスの身体を支えた。

 

「ごめんごめん、慣れない道だから……っていうのは言い訳だね」

「この程度お安い御用ですよ! 一つ言うことがあるならば、こういう時は謝罪ではなく、別の言葉が欲しいものです!」

「ふふ、そうだね。ありがとう」

「どういたしまして!……あ、あの、それと、お手は……」

「そうだね。またコケそうになるかもしれないから、このまま繋いでいた方がいいだろうね」

「キャーっ! アル様の天然ジゴローっ!」

「ぶほっ」

 

 メイからの照れ隠しボディブローがアルフォンスの肉体に突き刺さる。

 しっかりとリハビリを重ね、兄と十分に組手が出来るほど鍛え上げた身体をも揺るがす一撃であった。

 

 アメストリスの青年とシン国の少女の二人は、かつて戦場を共にした戦友である。

 軍事国家アメストリスで起こった、歴史には記されぬおぞましき大陰謀。

 一国に生きる全ての民を犠牲に神に至らんとした一体のフラスコの中の小人(ホムンクルス)の企みは、軍民や国、人種という垣根すら超えて集った者たちの尽力によって挫かれ、一般の民衆には一部将校が引き起こしたクーデターという形で幕を下ろした。

 

 陰謀を阻止した勇者にして立役者の一人、アルフォンスは己が体を取り戻し充分に体力を付けた後、世界に散らばる様々な錬金術を学ぶためザンパノやジェルソという新たな旅の道連れを率いて、兄弟の時分とはまた異なる賑やかさと共に諸国を漫遊することとなる。

 旅は未だ道半ばであり、現在はアメストリスが東の国境を越えてシン国を巡っていた。

 

「それはそうとこちらに来ていらしたのなら連絡をくださいよアル様! そうすれば一も二もなく駆け付けたというのに!」

「後で立ち寄ろうとは思ってたんだけどね。けどまさかこんな所で出会えるなんて思わなかったよ」

「それはこちらの台詞というもの! 思いもかけず再び出会う二人! これはまさに運命の御導きという他ありませんね!」

 

 彼女はこういうもののアルフォンスと出会ったのは、もちろん偶然ではない。彼の噂を聞きつけ取る者取らず宮殿を飛び出し駆け付けたのだ。

 運命とは自分の力で掴み取るもの、とはよく言ったものである。

 彼女と同じくアルフォンスの来訪を知った次期皇帝(リン・ヤオ)も宮殿を抜け出そうとしたが、優秀な護衛(ランファン)に阻まれて泣く泣く皇帝教育を受け続けていた。

 去り際にリンから『よろしく伝えておいてくれ』と言われたメイだが、その言葉は頭の片隅にも残っていない。恋する乙女の脳内に余分なリソースなどありはしないのだ。

 

「ですがいつの間にやらシンの言葉を巧みに使いこなしてて残念です。折角なら私が教えてあげたかったです」

「この国にも、それなりに滞在しているからね」

「ザンパノさんたちはまだまだでしたけどねー」

「お酒の名前を覚えるのだけは早かったよ」

 

 話題に上がったザンパノ達は宿屋で待機していて現在この場にはいない。彼ら曰く『馬に蹴られる趣味も小さいネコ(シャオメイ)に噛まれる趣味もない』とのこと。

 賢明な判断である。

 

「それで、アルフォンス様……この後お時間が出来ましたらぜひ我が部族に立ちよってお食事と……何より一族の者たちにご挨拶を――」

「――へい、そろそろ着きますぜ客人方!」

「シャーッ!!」

「なんで!?」

 

 傍から見たらイチャついている一組の男女は、しかして二人きりではなかった。

 とある場所に行くための道案内として最寄りの村から借りた住民がそこに居た。残念なことに()()()のことに鈍感だったのか、メイが放つ空気に気付かず声を掛けてしまう愚を犯す。

 アルフォンスは威嚇するメイ――および頭に乗せていたシャオメイ――を宥めながら、村人に謝礼を払い速やかに村に戻ってもらった。

 

 そのようなすったもんだがありつつも、彼らは目的地に到着する。

 

「ここに住んでるのかな?その沼地のセンニンって人は」

「はい、恐らくは」

 

 沼地のセンニン(仙人)

 

 アルフォンスたちが旅の道中で聞いた噂の一つである。

 センニン(仙人)とはシンに伝わる超越的な力を持つ人間である。おとぎ話の中でだけ存在する、という注釈は付くが。

 錬丹術――この国における錬金術に位置するもの――を操るとは聞くが、それだけではただの錬丹術師であり、センニンなどと御大層に呼ぶ理由にはならない。

 彼の者をセンニンと呼ぶ理由はただ一つ。

 

 飲食をしないのだ。

 

 何時どんな状況であっても、誰一人としてその人物が米一粒どころか水一滴口に入れている場面を見たことはないという。それこそ干からびてしまうような暑い日であろうと。

 

 その様子が霞を食べて生きているというセンニン(仙人)の伝説と重なり、住処と組み合わさりそう呼ばれることになったと、アルフォンスは伝え聞いた。

 

 所詮は噂であり人目に映らぬよう何処ぞで飲み食いしているのだろうとザンパノたちは言うが、アルフォンスは件の人物と会うことにした。

 体を取り戻すという明確な目標があった(切羽詰まった)昔と違い、今は錬金術を学ぶための留学――を兼ねた漫遊のようなもの。

 変な噂を当てにして人に会うのも悪くはないだろうと、気の赴くままに足を運んだ。

 元より当てのない旅なのだからと気にすることなく。

 ろくに期待もすることなく。

 

 訪問計画の最中メイが一行に合流すると言うハプニングはあれど、結果として二人きりでこうしてセンニンの元まで足を運ぶことなる。そして辿り着いたのが近くの村からも少し外れた、竹林に囲まれたある沼地であった。

 

 歪な円を描く沼地の中心に、小さな一軒家がポツンと立っている。

 なるほど沼地のセンニンと呼ばれるだけはあると、彼の者が住まう家を見て納得する両者。

 左足が機械鎧(オートメイル)のままである兄がここに足を踏み入れたら、そのまま抜けず沈んでしまいそうだなどと、益体もないことすら考えてもいた。

 

「家の中に居るのかな?」

「ムムム……『気』も感じませんし、どうやら留守のようですが……ん?」

 

 アルフォンスはメイの言葉を聞き、さてどうしようかと悩んでいたが、彼女が視線を林の方に向けたのを見て察する。

 どうやら待ち人が戻ってきたようだと。

 メイが訝しむような表情をしているのでアルフォンスは何かあったのかと疑問に思うものの、響く物音と見えた人影に意識を向けた。

 

「誰かな? 私の家の近くで立ち往生している若人たちは?」

 

 影から現れたのは、重そうに台車を引く小柄な中年男性の姿。

 不愛想というか、無表情のままアルフォンスとメイに声を掛ける。

 

「えっと、貴方が沼地のセンニンさん、ですか?」

「ふむ。確かに余人からはそう呼ばれている。ちなみに我が身の名前はテセウスという。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にありがとうございます。僕はアルフォンス・エルリックと申します。アメストリスから来ました。こちらは女の子はメイ・チャンです」

「あ、えっと……ごほん。先の通り、私はチャン家にして、シン国が皇女の一人、メイと申す。同じ国に生きる者としてよろしく頼もう」

「そうか。よしなに」

 

 アルフォンスは驚く。自分はともかく、この国の皇女であるメイの挨拶に対してもテセウスという男はそっけない返事で終わったのだから。

 驚きはそれだけではない。現れた人物の姿がシン国のそれではなかったからだ。

 シン国の住人は人種柄、黒い髪が大半を占めるのだが、テセウスと名乗る目の前の人物の姿はアルフォンスと同じく金髪であった。

 名前の響きと容姿、またメイへの反応からして彼はシン国の人間ではないとアルフォンスは推測する。アメストリスと聞いた際の反応の薄さからしてドラクマかアエルゴの人間か。

 国境沿いならまだしも、この場所はシンに入国してしばらくといった所。そんな場所でシン以外の人間と会えるとはアルフォンスをして思ってもみなかったのだ。

 もしやこの文字通りに異色な風貌も、センニンという呼び名を助長させているのかもしれない。彼はそう考えを巡らせた。

 

 メイも先ほどから困惑した反応を見せていることもあって、話を自分主体で進めていくことにしたアルフォンス。

 彼の視線は自然とテセウスが引いてきていた台車の荷台に引き寄せられる。

 そこには採ってきたばかりと一目で分かる竹が長短問わず山のように積まれていた。

「そちらの木材、というか竹はもしかして……」

「ご察しの通り、壊れた橋の修理部品だ。先日の大雨で壊されてしまってね。今から直そうとしていた所だ」

 

 そう。沼地に到着して以降二人が沼の淵に立ったまま何もアクションを起こしていなかったのは、中央に建つ家に繋がる橋が見るも無残に破損していたからであった。

 これが事故で壊れていたのなら直してしまえばいいが、錬金術の実験の為などの何かしらの意図があれば安易に触れることも出来ないし、錬金術という特性上沼地という円の中に入ることも憚られる。それゆえの立ち往生。

 だが真相はあっけないもの。橋は何の目的も意味も持たず破損していただけ。ならばあとは直すのみ。そして錬金術を行使すればものの数分で直ることだろう。

 お手並みを拝見するいい機会だとアルフォンスが静観の構えを取った所で、違和感に気が付く。

 

 テセウスと名乗る男は持ち帰った竹を地面に並べ、その中から見繕ってはロープで結んで組み合わせていく。二つの三脚に横棒を通して、建築で使う立ち馬のように足場を作っては沼に入れていくのを繰り返す。

 次々と足場を作っていく手際は見事であるが、錬金術や錬丹術の“れ”の字も見つからない。

 

「えっと……何をなさっているんですか?」

「見て分からんのか。橋を作っている。部材は整形されていないから桟橋のように綺麗にはならんが、機能上問題はないはずだ」

「……錬金術、じゃなくて錬丹術は使われないんですか?」

「ああ。私は錬金術が使えんからな」

 

 錬金術が使えない。

 その一言にアルフォンスは溜息が漏れ出るのをグッと耐え……その次に思わず笑みが零れた。

 やはり噂は当てにならないものだと痛感している。この男はセンニンどころか錬金術師ですらないのだから。

 アルフォントとメイは思わず視線を合わせ、あっけないオチに笑い合う。

 錬金術を学ぶという面から見ればハッキリ言って空振りでしかなかったが、その時間の無駄もまた楽しめるのが時限爆弾のない旅の醍醐味と言えるだろう。

 

「あの、もしよろしければ僕が橋を直しましょうか?」

「ん? 先ほどの発言から察するに君はもしや錬金術師なのかな?」

「はい。その通りです」

「では君は錬成陣の作成を始めてくれ。君の陣が完成する時間の方が長い可能性もあるから私の橋作成も同時並行で進めよう」

「あ、大丈夫ですよ。すぐに終わりますから」

 

 アルフォンスは笑い話を一つ提供してくれた礼も兼ねて、手を勢いよく叩き合わせて――錬金術を行使する。

 錬成の光が竹に触れ、分解されたそれらは綺麗な板と杭を構築し、一直線に家の玄関へと延びていく。

 

 手を一つ叩き、地に着ける。ただそれだけの動作で、瞬く間に見事な橋が完成した。

 

 それを見届けたテセウスは感嘆の声を上げる。

「ほう、これは驚いた――」

 テセウスは無表情のまま橋を見つめていた。ただその目に、わずかに揺らいだ何か――喜びか、懐かしさか――を、アルフォンスは見たような気がした。

 

 先にも述べたように、アルフォンスは特段テセウスという人物に期待はしていなかった。

 鎧の体の時には常に持ち合わせていた焦燥感。それから解放され手に入れたゆとりの心に従うように、噂の人物に会いに来ただけ。

 実際に会い、錬金術も使えない中年の男性であったと知って、もしかしたらという気持ちすら霧散していた。

 今の彼にあるのはこんな人と出会ったと近い将来家族に話すような、旅の思い出の一つにでもなればというような、軽い気持ち。

 

「――まさか『真理』を見てきた錬金術師だったとは」

 

 その意識は、この一言で吹き飛んだ。

 弾かれるような勢いで視線を向けてきた二人を気にすることなく、テセウスはつらつらと言葉を重ねる。

 

「若いのに大変優秀だな。流石は錬金国家アメストリスといったところか。ん? ということはもしや君は、5人のうちの1人だったのかな?」

「っ!……お前は一体、何者なんだ?」

 

 何気ないように続けた言葉。それがアルフォンスとメイの驚愕を警戒へと変貌させ、それが一気に最大まで上昇する。

 

 テセウスが口にした『真理』という言葉。

 アルフォンスが行った錬成陣を伴わぬ錬成を見て発したのなら、それは『扉の向こう側』を意味することに他ならない。

 

 とはいえ錬金術師でないものが『真理』について知っているだけなら、驚愕はしつつも警戒などはしない。センニン(仙人)の名に恥じぬ見識を持っていたと、彼に対する認識を改めて話は終わりだ。

 しかし続いた言葉は決して看過できぬものであった。

 

 

 5人のうちの1人。

 

 

 それだけでは意味が通らなくても『真理』、そして『アメストリス』という言葉と共に使われれば、かの陰謀の渦中に居た二人は自ずと一つの事柄に繋がりを見出す。

 即ち『人柱』。

 

 あの業深き事件の渦中でも、更に核心に近づいた人物でなくては知り得ない情報を、遠く離れたシンに住まう人間が知っていたのだ。この国で知っていると断言できるのは、シンの皇帝を入れて僅か三人。その中にセンニンと呼ばれる男は含まれていない。

 

 『真理』を見た『アメストリス』の人間に対して『5人のうちの1人』だったのかという質問が飛び出してきた。それはつまり目の前の男は『人柱』の存在を、ひいてはかの大陰謀の詳細を知っていることに他ならない。

 

 余人には知り得ぬ情報を持つテセウスという人物の正体。

 アルフォンスとメイはそれを見極めんと構え、そして最悪を想定し臨戦態勢を取り続けた。

 

 張り詰める空気。ひりつく緊張感。それを感じ取ったテセウスは右腕を伸ばし、パチンと額を一つ叩いた。

 

「しまった。随分と警戒させてしまった。理由は不明だがどうやら失言だったようだ」

 

 おどけるような仕草と発言。しかして無表情のまま行われたそれは不気味さを助長するだけであり、二人の警戒は一切緩まず。

 完璧に油断していた所から現れた、全く以って正体不明の存在。その落差はそのままテセウスの脅威度の高さへと変換されていた。

 

「さっきも言ったが私は錬金術すら使えない無力な存在だ。真理を用いた錬金術などもっての外。この身はもう何もできないし、何をするつもりもない。故に警戒を解いてもらいたいのだが」

「……私たちがその言葉を信じるとでも?」

「こっちの質問に答えろ。お前は一体、何者なんだ?」

「私の名前は先ほど言ったとおりにテセウスなのだが……君が求めている意味合いで、かつ端的に表すとしたらそうさな――錬金術による人造生命体、いわゆるホムンクルスと表現するのが適切か」

「っ! グリード達の兄弟かっ!?」

 

 さらりとした返答から飛び出したのは特大の爆弾。

 脳裏に蘇る七つの大罪を冠したホムンクルスたち。

 なるほど賢者の石を母体にしたホムンクルス。それであれば確かに錬金術は使えないだろう。

 だが錬金術に依らない能力は、時に錬金術より厄介な力を秘めていることを彼は知っている。

 個体間に力の差はあれど危険な存在。それがアルフォンスやメイにとってのホムンクルスの認識だ。

 

 アルフォンスがここですぐさま攻撃に移らなかったのは軽率な行動を慎んだこと以外に、強欲(グリード)という例外の存在が居たから。

 だがメイは違う。彼女が動けなかったのは、出会った時から感じていた違和感。その正体をはっきりと認識したが故に。

 

「グリード? それがアメストリスのホムンクルスの名前なのか? いや、私はプライドでもラースでもグリトニーでもラストでもスロウスでもエンヴィーでもないし、同類ではあっても其奴が兄弟であるという意識はない。先達ではあるとは思っているが」

「けど、ホムンクルスなんだろ?」

 

 もしやグリードと同じように、人間に好意的なホムンクルスなのか。

 そのアルフォンスの期待は裏切られた。まったく別の意味で。

 

 答えはテセウスではなく、他者の『気』を探ることのできるメイから齎された。

 

「違いますアルフォンス様! この『気』はエンヴィーやそれに連なる者達のそれではありません! これは――彼らが『()()()』と呼んだ者の気配!」

 

 絶叫と共に言われた言葉を認識するのに、アルフォンスは一瞬の間を要した。

 

「どうしたアルフォンスくん? いやここはエルリックくんと呼んだ方がいいのだろうか? どちらの方が好ましい?」

「……お前は先ほど自分のことをホムンクルスと呼んでいたな……それは正確に言えば、『フラスコの中の小人』と呼ばれる存在、ということか?」

「なるほど理解した。アメストリスにはホムンクルスに該当ないし呼称される人造生命体が複数の種類存在するのか。それは困惑することだろう。君の反応および私の発生経緯を鑑みるに、私は君が言及した方と同種。すなわち『フラスコの中の小人』と呼ばれる存在だと類推できる」

「つまりお前は……『真理』から零れ落ちた存在だと?」

「然り」

 

 これで相互理解はなしえただろうか?

 アルフォンスはその声に、返事を返すことが出来なかった。

 あまりのことに一瞬思考が停止し絶句していたのだ。

 もしここでテセウスに攻撃の意思があれば、あえなくやられていたのではないかというほど、彼は驚愕していた。

 

 むべなるかな。

 フラスコの中の小人(ホムンクルス)

 一つの国をまるごと犠牲にせんとした大陰謀を、数多の流血と悲劇を引き起こした存在と同種のヒトガタが、今目の前に居たのだから。

 

 正気を取り戻した彼は、すぐさまに武器を錬成した。

 泥の中から生み出されたのは、シリカ()で構成された長槍。その穂先を、真っ直ぐにテセウスに向けて突き付ける。

 一方、メイは懐から(ひょう)を取り出すことなく、疑惑の目でテセウスを見つめ続けていた。

 

「何故敵意が強大になっているのだろうか? 理解に苦しむ」

「お前は一体何を企んでいるっ!? 今度はシンに国土錬成陣を刻むつもりかっ!?」

「国土錬成陣……察するに先達殿が作成した日食を利用した賢者の石の錬成陣を指しているのだろうが、そんなものを作成する予定もなく、先ほども言った通り何かを仕出かすつもりも毛頭もない。そもそもの話だが私はアメストリスの同類(ホムンクルス)に会ったことすらなく、それゆえにその者の企みなどとは全くの無関係なのだが」

「だったらどうして『人柱』について知っているんですか? あれは本質的に、国土錬成陣とは関係ないはずです」

「無関係であることと無知であることは必ずしも等しいわけではない。国家国土という巨大な規模ゆえ気付きにくいだろうが、気付いてしまえば然るべき知識さえあれば錬成陣が何を作ろうとしているのか把握することは容易。そこに『先達殿の目的が私と同一である』という仮定を加えた場合、生成した賢者の石(どうぐ)の使用方法も自ずと限定される。目的と道具の間を埋める『手段』について逆算すれば『真理』を見てきた錬金術師、すなわち君たちが言う所の『人柱』が5人必要であることに行きついた。ただそれだけだ」

 

 アルフォンスとメイの畳みかけるような質問に対して、立て板に水を流すようにテセウスの語り口に淀みはない。

 彼にとっての当たり前を言葉にしているかのように。

 

 その中で聞き捨てならない言葉が一つ。

 

「目的が一緒だと言ったな? だったらお前が『神』になろうとして同じことを繰り返さない保障なんてどこにもないだろう」

 

 国土錬成陣を作らないのが本当だとしても、同じ目的であれば同じような力を求めてもおかしくはない。そう考えるアルフォンスの手に自然と力が籠る。

 

「『神』? 面白い表現だな。いっそ詩的と言えるだろう」

「答えろっ!」

 

 一方、テセウスはその表現にどこか感心をしているのみ。はぐらかされていると感じたアルフォンスは声を荒げる。

 

 掴みにくいテセウスの態度にアルフォンスは徐々に苛立ちを募らせる。

 少数かつ生身でかの()()()と同じホムンクルスと対峙している事実は、彼に極度の緊張を与えていた。

 抵抗の意思を見せないことが、彼の目には一層不気味に映っている。

 

「保障はできないが私からすれば必要がないのだ。目的に対するアプローチの違いと考えてもらおうか。その違いにより、もう何度も言っているが私はもはや錬金術を使えない――より正確に言えば放棄したのだ、己が()()()()()

「「なっ!?」」

 

 二人は思わず声を上げる。いったい何度目の驚愕か。

 二人のその驚愕に対して、今度はテセウスが目を見開いた。

 

「意外だな。理解されないと思いつつ伝えたのだが。もしや知っていたのか?」

「……僕の兄さんも手放したんだ。僕を助けるために」

「合点がいった。真理を見たというのに君の体が五体満足なのは、君の兄君の献身によるものか」

 

 うんうんと頷くテセウスを見てアルフォンスは苛立ちを募らせる。

 己が兄の覚悟や決断を軽く扱われているようで。

 ()()()()によって、比較的に冷静さを保っているメイが口を開いた。

 

「ですが、本当にアナタは『扉』を持っていないのですか?」

「そこはもう信じてもらう他ないな。悪魔の証明は面倒かつ無意味だ」

「僕たちがそれを信じるとでも?」

「ふむ。相互理解に至るのは難しいと聞くがこれほどとは。人間とホムンクルスという別種ゆえか」

 

 どこか頓珍漢な答えに、アルフォンスはもはや怒りを抱いていた。

 会話が成り立たない、人とは根本的に異なる怪物。彼の目はそれを見る者に変わっていく。

 未だ決定的な場面は訪れていないが、その時が来るのは最早秒読み。

 

「信じてみてもいいと思います」

 

 メイはそれに待ったをかける。

 未だ得物を取り出さず、警戒はしても臨戦態勢ではなかった。

 

「メイ!? 一体どうしてっ?」

「あの者の『気』に違和感はありましたが、正体に気付くのに遅れたのには理由があります」

 

 一つ呼吸を入れて、メイは断言した。

 

「魂が一つなのです」

「え?」

複数の魂を持ってない(ごちゃごちゃしてない)から困惑しましたが、間違いなく一つの魂しか持ってません――私たちと同じように一度殺せば、滅ぶ身なのです」

 

 それは『お父様』との明確な違い。古代の王国の人口の半分を取り込んだ怪物ではない。

 一つの身体に一つの魂のみ保有している――人間と同じような存在。

 

 身体や所作を見れば、武を嗜んでいないことは分かる。『扉』を失ったのが嘘で錬金術が使えたとしても、せいぜいが手合わせ錬成が使える程度。精度や速度が違うだろうがそれは人間であろうと変わらない。余分な(エネルギー)を持たない以上、出力にも大きな差は生まれないだろう。

 

 人とは違う生物だが、人と同じく、一度殺せば終わる生命なのだ。目の前に居るテセウスという男は。

 

 ここに至り、ようやくアルフォンスはフラスコの中の小人(ホムンクルス)に対する色眼鏡を外した。

 

 アルフォンスの敵意が収まるのを見て、テセウスは一つ息を吐く。

 

「やれやれ、冷汗を掻いた」

「全くそのようには見えませんでしたけどね」

「あいにくと汗腺が機能してないから比喩表現止まりなのだ」

「そういう意味ではないのですが……」

 

 闘争の気配はなくなりどこか弛緩した空気が漂うようになっても、場には未だ不信感が残り続ける。

 目の前の男が何が目的でここに居るのか、その発言はどこまで真実なのか、今もって不明なのだ。

 だがテセウスに()()()()()()以上、武力の行使は最終手段。まずは対話のみで真意を測るというのが、アルフォンスとメイの共通認識となった。

 

 故に三者は再び言葉を紡ぐ。

 アルフォンスがある意味、最も気になっていた部分を問いただす。

 

「再度尋ねますが、扉を失ったというのは本当に?」

「ああ」

「理由を尋ねても?」

「私の目的を達成するために必要であったからだ」

「それはつまり、『神』になるためですか?」

「違う。目的は同一だとしてもアプローチが異なるが故の差異だ。君たちはなにやら随分『神』とやらに拘っているが、おそらく『お父様』(アメストリスのホムンクルス)とやらからしても『神』(それ)は目的ではなく手段でしかないはずだ」

 

 テセウスの質問に二人は答えることは出来なかった。

 脳裏に刻まれた『お父様』の圧倒的な力。彼が言う『神』をその身に宿した時の力の印象が強すぎたが、『神』となったその先の展望についてはまるで知らないのだ。

 

「分からない。アナタの……ホムンクルス(アナタたち)の目的は、一体何なんだ?」

 

 アルフォンスのその疑問に、撃てば響くように淀みなく口を動かしていたテセウスは、この日初めて言葉に詰まった。

 時間にして僅か数秒。

 僅かに思案を重ね、思いついたようにこう言った。

 

「……彼のホムンクルスと同じく詩的に答えるならばそうだな、()()()()()()()()()といった所か」

 

 フラスコの中の小人(ホムンクルス)はその言葉と共に、この日初めての笑みを浮かべた。

 




次話は翌日12:05投稿です。
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