日暮れ前から始まったアルフォンスの話は、日が沈み、日付を越えてなお続き、未明を迎えてやっと終わりを告げる。
メイが適宜フォローを入れることで、アルフォンスが知り得なかった部分すら補って、一連の事件は詳細に語られていった。
「君は凄いな」
時に疑問を挟みながらも話を聞き終えたテセウスが、開口一番に発した言葉がそれだった。
「僕は別に大したことはしてませんよ。鎧の姿で居たのは確かに大変でしたけど、兄さんや色んな人たちの手助けが合ったおかげで」
「ああいや、そこじゃない。君の境遇や半生は割とどうでもいい。感心したのは君の語り口だ。口頭での説明でありながら極めて臨場感があり、ともすれば目の前でそのシーンが浮かび上がるような感覚は初めての経験だった。前置き通り夜が明けるほど長い話でありながら飽きることなく聞き入れたのは、その情景がハッキリと瞼の裏に浮かんできたからだよ。具体的には二十七冊程度の絵巻物を一気に読んだような不思議な感覚だ。いやはや見事なものだ」
「そ、そうですか」
君は語り部の天才だな。テセウスは惜しみない称賛を送る、自分の苦難の人生を『割とどうでもいい』扱いされたアルフォンスは微妙な顔をしてそれを受け取り、そんな彼の肩をメイは叩いて慰めていた。
「複数種のホムンクルスたちによる戦争。当事者たちには申し訳ないが第三者として聞かせてもらう分には極めて胸躍るものだった」
「当事者としては複雑極まる感想、アリガトウゴザイマス」
「……?」
メイの非難をさらりと聞き流す。
「そういう意味では君は聞きしに勝るお転婆ぶりであったようだな。メイ殿は」
「ん? どういう意味ですか? まるで私のことを誰かから聞いたことがあるみたいに仰ってますが」
「その通り。メイ殿のことは君の父君から聞いた」
「はあそうなんですか……はぁっ!?」
最初に名乗りを上げた通りメイはこの国の皇女。つまりは彼女は皇族の人間であり何を隠そう父はこの国の前皇帝である。
並みの人間では口を利くどころか御目通りすら叶わぬ殿上人。それと目の前の御仁が面識があると言われたのだ。寝耳に水とはこのことである。
驚愕する彼女を置いてけぼりにするように、テセウスは過去を振り返りながらぽつぽつと言葉を零す。
「何年か前に城に
「なんかすっごい不穏な言葉が聞こえた気がしたんですけど」
「気のせいだ。その時に不老不死――正確には賢者の石について教えたんだ。正体から『製法』に至る全てをね」
「なっ……!」
開いた口が塞がらないメイ。文字通りの死力を尽くして手に入れた不老不死の情報を、あろうことか皇帝は最初の段階で知悉していたのだから。
「え? どういうことですか? メイや
「面白い男だったよ。私を引っ張り出して話を聞き出したというのに、聞き終わると同時にこう言ったのだ。『そうか、つまらん』とね」
「えぇ……?」
「ハッキリ言って彼は不老不死に微塵も興味を抱いてなかったよ。アメストリスの異常性にも気づいていた節があったから、一人の不老不死が君臨し続ける問題にも勘づいていたのだろうな。知識を求めたのも、そのような存在が生み出されないか警戒したからだ。賢者の石の製法を伝えたら不快の念も隠そうとせずに『不要』の一言で切り捨てられたよ。その後に賢者の石および不老不死を帝位争奪戦のテーマにするとは些か驚いたがね。彼が言うには『たかが皇帝になるために嬉々として民草を犠牲にしようとする愚か者が居たならばその場で討ち取るつもり』だったらしいよ」
あれが為政者という者なのかね。テセウスは笑いながら当時のことを語る。
試された側のメイは何とも言えない顔でテセウスを睨み、その肩を今度はアルフォンスが叩き、慰めるのだった。
「まあそんな目をするな。そのおかげで君たち二人は出会えたのだろう? むしろ感謝すべきではないか?」
「それをアナタに言われるのだけは納得いきませんっ!」
メイは不貞腐れたように、そう零した。
閑話休題。
話は再び、アルフォンスたちが語った冒険に戻る。
「特に興味深かったのは君の兄がグラトニーとやらの擬似的な真理の世界から脱出した所だ。己を人体錬成して『扉』をくぐることで帰還を果たすなど、誠に恐れ入る」
「ええ……兄さんは本当に無茶をするんです」
「ああ。恐らくそれ以外の手はなかっただろうが、本当に無茶をするものだ」
呆れた様子を隠さないテセウスに、アルフォンスは思わず苦笑を浮かべる。
「結果として君は五体を取り戻し、君の兄も腕を取り出せたと。気掛かりなのだが、返ってきた肉体に何か問題はなかったか?」
「いえ、僕も兄も今のところ身体に不調なんかはないですね」
「ふむ。やはりな」
テセウスは一人納得するように頷く。どこか噛み合わない会話も慣れてきた頃合いである。
「あの、これで御満足いただけたでしょうか?」
「満足も満足。大満足だ。随分と興味深く、何よりも面白い話が聞けた」
笑みを浮かべた
「では、お話しいただけますか。『扉』を失うことで、何が起こるのかを」
「構わんよ。だがその前に一つ聞きたいのだが、君は『等価交換に変わる新たな法則』を主旨に旅をしているのか?」
問われるは、この旅の果て。
過去を清算するためではなく、未来を創るため。
兄弟が歩み出した新たなの旅の目的である。
「はい。そうです」
「それは随分と可笑しな話ではないかね。既在法則すら見誤っているというのに新たな法則を捜そうなどと」
称賛から一転、呆れたような口調でアルフォンスは罵倒された。
「えっと、それはどういう意味で」
「等価交換の法則に縛られることなく……などと言っているが、そもそも
どこから教えたものか。そう言って腕を組み顎鬚をさする。
その姿は思索するセンニンさながらであった。
「そもそもの話、君たちは『等価』とは何だと考えている? 何を指している?」
時間にして僅か数秒。考えを纏めたのかテセウスは二人に問いかける。
「……『等価』とは、錬成前と錬成後の質量は常に等しく、形状の変化などを起こす場合には構築に必要なエネルギーも他所から取り出さなくてはいけないこと。同等の代価が必要であること」
「私も同じですね。錬丹術は決して無から有を生み出しません。あくまで龍脈の力を借りて物質を変えているだけです」
「なるほど。纏めると君たちにとっての『等価』とは『錬成前後の質量が等しい』ことであり、『外部から回収したエネルギーは変形・構築に使用する分のみ』であり、つまりは『質量とエネルギーはあくまで別個の存在』ということだな。では先ほどのアルフォンス君の話の中で明確にこれが破られている場面が、最低でも二つ存在しているのは理解しているか?」
問われた二人は、思わずきょとんとする。
彼が言っているのは、『自分たちが知らぬ間に等価交換を破ったことがある』というのだ。それも少なくとも二回。
「それは、人体錬成のことを指しているのですか?」
「違う。喪失した肉体は『通行料』として徴収されているが、それが等価なのかどうかは外部からは判定できない。故に等価ではないと思われても仕方がない。だが私が言いたいのはそこではない。むしろその発想があって何故気付かないのか理解に苦しむ」
テセウスは頭を掻く。出来の悪い生徒を前にしたかのように。
「数多の錬金術師が勘違いしているが、水素からヘリウムの錬成のように、異なる元素間で質量欠損なしに等価交換を成すなど、本来あり得ないことだ。質量とエネルギーは同質であるため地殻や龍脈から回収したエネルギーである程度の質量は補えるだろうが、それも元素が重くなるにつれ限度がある――故に『等価交換』を絶対の原理とした場合、石炭から多量の金を生み出すことは不可能なのだ。これがまず一つ目」
金の錬成が割合簡単だから、碌に注目されていないがな。
テセウスは不満そうにボヤいた。
「……質量とエネルギーが、同質?」
「そうだ。お前たちは、『物質を変える』ことに長けていても『物質の本質』を理解していない」
メイから思わず漏れた言葉に、テセウスは言葉を重ねる。
彼から見れば金の錬成というのは等価交換の法則から逸脱した行いだ。
しかしながら二人にその認識は薄い。
「ふむ。納得できかねているようだな。皇女殿はともかく、アルフォンス君は『真理』を見たのだから理解してもらいたいものだが」
「見た記憶はありますが、正直言って全てを理解できてるわけじゃないんです」
「錬成式が肉体および魂に刻まれている、といった状態か」
そもそもの話、金の錬成は出来て当たり前。もはや常識と言っていいレベルの事象である。
これは二人に限った話ではない。ほぼ全ての錬金術師に当てはまる事柄だ。
でなくばわざわざ『金を錬成するべからず』などというお触れは生まれてこない。
故にテセウスはもう一つの事例を用いて、彼らが『等価交換』を否定することを決めた。
「君の魂が鎧に定着していた時分、その鎧を動かしていた動力源は果たして何であったと考えている?」
「僕の魂のエネルギー。賢者の石で消費されるそれと同じものです」
前置きなく変わる話に、アルフォンスは間髪入れずに返答した。
詳細を追求したことはないが、かつて我が身に起こったことだ。概ね間違ってはいないと彼は考えている。
人間は食事などで獲得したエネルギーを用いて動いているが、鎧の動力源は当然違う。『扉』の向こうに居た自分の肉体は兄の身体を通じて栄養を確保していたが、かろうじて生き永らえるだけの量でしかなく、鎧を動かすほどのエネルギーは得ていなかったと断言できる。
であれば何を消費して鎧を動かしていたのか。賢者の石の正体を知る彼には、それしか思いつかなかった。
そしてそれはテセウスも同意見である。
「そう。たとえ二流の術師であろうと、出力を大きく底上げするエネルギーを魂は持つ。であれば鎧一体を数年に渡って動かすことも、そう難しくはないだろう。その分寿命は削れているだろうが」
「テセウス殿っ!」
「いいんだよメイ。本当にことだし、今すぐに死んじゃうようなものでもないから」
「そうだな。普通の人間であれば魂より先に肉体の方が限界を迎えるだろう。先の言葉を否定するような形になるが寿命にはそう影響ないと見ていい。私が言いたいのは『人体錬成以後、鎧に定着した君の魂は燃料となって確実に消耗していた』ということだ」
一つ指を立て、即座に二つ目の指が立つ。
「先達殿――『お父様』との戦いの最中、君はかつての逆順を辿り兄君の右腕を取り戻した。魂を代価として。その一手により兄君は『お父様』との戦闘を継続し、果てに勝利を掴んだ。間違いないかメイ殿?」
「え、ええ勿論。アルフォンス様とエドワードさんの『道』を繋いだのは他ならぬこの私ですし、決着の瞬間も我が目でしかと見届けました」
「先の話の中で『エドワード少年は殴り合いでお父様を圧倒した』と君は言ったな。つまり
「? はい、その通りです」
接続詞というものを知らないのか。話題の断絶が起こったようにエドワードについて言及するテセウス。
脈絡のない話に困惑しつつも、メイは求められるがまま答えを返す。
「――――――っ!」
そしてアルフォンスは、息を呑んだ――決死の錬成が孕んだ矛盾点に思い至ったゆえに。
「気付いたか」
「でも……いや、賢者の石として機能した可能性が」
「その場合は君の魂は『扉』の向こう側に行かず『通行料』として消費されていたはずだ。そうすると君の魂は鎧に定着したままかエネルギーを使い切って消滅するかの二択となる。そうではなく君の魂は現世から『扉』の向こうに移動した。この結果から見て
捻りだしたアルフォンスの考えはバッサリと切って捨てられる。
彼自身も間違っていると分かっていた。他ならぬ自分が成した錬成なのだから。
「すいません。まだ話が良く見えてなくて……」
一人置いてけぼりを喰らっていたのはメイだ。不明を不明なままにするのが一番ダメだと分かっている彼女は、分からないことは仕方ないと恥じ入ることなく堂々と質問する。
「ふむ。この茶がそれぞれ『アルフォンス少年の魂』と『エドワード少年の右腕』であるとしようか」
時間が経ってすっかりと冷え切った二つの湯呑みをテセウスは取る。
アルフォンスとメイの前に置かれたが、彼らは一口も付けることがなかったため量は最初のままで、ほぼ等しい。
「時の経過は平等だ。それは鎧の姿で眠れない日々を過ごしたアルフォンス少年も、マメツブのような大きさであったエドワード少年も変わらない。しかして二人には大きな相違がある。魂を常人より消耗して生きてきた君と、マメツブながら少年から青年に至るまで肉の身で生きてきたエドワード君と」
右手の茶を急須に戻し、反対に左手の湯飲みに茶を継ぎ足した。
「っ!」
ここに至りメイもまた遅ればせながらに気付く。『等価交換』という言葉に隠された、奇妙な事実に。
「先達との最終決戦の折、君は『等価交換』として兄の右腕を取り返した。かつて幼少の兄が『扉』の向こうから引っ張り上げてくれた時の逆順を辿るように――しかして、『鎧を動かし続けて消耗した君の魂というエネルギー』と『歳相応に成長し増量した、兄の右腕の質量』……この二つは果たして君たちの言う『等価交換』に足り得るのか?」
「そ……れは」
かつて等しかった両者。しかして
生じる格差。生まれる不平等。
されど事実として、その二つは『等価』であった。
「君たちはこう言ったな。『質量とエネルギーはあくまで別個の存在』であり、『等価とは錬成前後の質量が等しいこと』だと。――では君たち兄弟に起こったこの現象は、どう説明する?」
もう一度聞こう。
『等価』とはなんぞや?
『等価』を『錬成前後の質量およびエネルギーが等しいこと』だと仮定。
A =人体錬成時(11歳)のエドの右腕の質量
A'=最終決戦時(16歳)に戻ってきたエドの右腕の質量
B =人体錬成時のアルの魂のエネルギー
B'=最終決戦時のアルの魂のエネルギー
人体錬成時 A=B
時間経過により、A<A'、B>B'
上記よりA'>B'となる
しかし最終決戦時、A'=B'が成立し矛盾する。
よって仮定は成り立たない。
次話は翌日12:05投稿です。