テセウスの懐から、数枚のシン硬貨が音もなく滑り落ちる。キン、と澄んだ金属音が室内に弾け、床の上を転がっていった。
彼はその中から、同じ硬貨を二枚だけ抜き取り、丁寧にアルフォンスの前へ並べた。
「人体錬成の際、君の魂と兄の右腕は等価であった。より正確に言うなら──『当時の君の魂のエネルギー総量』と『当時の兄君の右腕の質量』が等価だった、という話だ。しかし5年という月日の中、この二つの物理量は変動する」
次に、価値の異なる二種の硬貨を拾い上げる。片手には重い硬貨を、もう一方には軽い硬貨を。
「片や肉体の成長と共に質量が増加した右腕。片や休眠すらなく駆動しエネルギーを消費し続けた魂。釣り合っていた天秤は必ず傾く。にもかかわらず、錬金術はこの二つを『等価』と認識した。何故だと思う?」
テセウスがわずかに微笑む。その笑みは理性の仮面の奥に潜む冷たさを帯びていた。
「答えは単純だ。
「……『
アルフォンスが目を細める。
「『真理』が何を基準にしているかは分かりませんが、どんなときでも僕の魂の価格は兄の右腕一本だと『真理』に決められた、ということですね」
「そうだ。すなわち『真理にとっての等価交換』が、『錬金術における等価交換』だといえよう」
「……等価、交換……等価でしか、交換でしか、ない?」
「そうだ。面白いだろう?」
テセウスの口角がまたしても吊りあがる。
アルフォンスはその、背筋が凍るような笑顔に見覚えがあった。
見た目は全く似ても似つかない。だというのにその表情は『扉』の前に居る『アイツ』に、酷く似ていた。
「そう。つまりは商売と同じだ。商人が
バン、という音が部屋に響く。
目の前に並べられた2つの硬貨を潰す様に、アルフォンスが床を打って話を遮った。
「言いたいことは分かりました。僕にはなかった見方です。錬金術の新たな蒙を開いていただき感謝します。ですが話が脱線してませんか? 僕が聞きたいのは『扉の有無がどんな影響を及ぼすのか』ということですよ」
怒りを堪えたような声に、メイは動揺した。
確かに話が逸れてはいる。だがアルフォンスやメイ、いや殆ど全ての錬金術師が抱いているだろう等価交換のイメージ。それが本質的には異なるのではないかという知見は、彼女にとっては黄金にすら勝る価値がある。
しかして自分が聞きたいことはそんなことではないのだと、アルフォンスは常とは違う力強さで訴える。その姿はメイが違和感を覚えるほどに。
「つまらん。面白い」
「はい?」
「私の所感だ。気にするな」
どうでもいいと言わんばかりに手を振り、話を元に戻した。
「脱線していることは認めよう。だが君の本題とは無関係でもない。私が言いたいことは錬金術は自然科学を利用した技術ではなく、何者かによって構築されたシステム――一言で言えば
「そ、そこまで言い切りますか」
メイは頬を引き攣らせる。
彼女にとって錬丹術とはこの世の理を明かす学問であった。テセウスの言葉は、それら一切合切を否定するものである。
培ってきた常識を否定されるような不快感が彼女を苛む。その感情が何よりも――テセウスの理論を認めている証拠であった。
「経世済民や貨幣制度は人間社会の中で生まれた道具だ。シンとアメストリスの通貨に交換レートがあるように、はたまた子どもが屋台で菓子でも買うように、市場では『等価交換』が成り立つ」
テセウスは徐ろに湯呑みを持ち上げる。二人が飲むのを拒絶した推定マズイ茶だ。
「君たちは先ほど飲む価値なしと判断したが、渇きに苦しんでいる者の前に差し出せば即座に飲み干すことだろう。全財産差し出して購入すらしてくれるかもしれない。味や量といった本質の部分は変わってなどいないのに、だ」
「脱水症状の人間すら口にしないほどマズイお茶って言われてますけどね、それ」
「……まあこのように『等価』は科学や法則が決めることではなく――国や個人といった違いはあるが――『意思を持った何者か』の思惑によって決まる。そして錬金術における『等価』も『何者か』が定めているのならば、そこに本質的な違いはない」
経済や貨幣とは人の世でのみ通用する
それと同じ仕組みで動いている以上、錬金術は何者かが生み出した
「さて、ではこの『
「「……は?」」
思わず間の抜けた声が、二人の口から漏れた。
アルフォンスが発した怒り。メイが抱える不快感。
それらが一瞬とはいえ霧散するほどの発言を受けたからだ。
常人が聞けば到底理解に及ばぬ発言も、彼らにはこう聞こえた。「お前たち人間は私と同様に、
「……結論があまりにも飛躍していませんか? 錬丹術、あいや錬金術が人工物であるというのは百歩譲って認めるとしても、どうしてそこから私たち人類が
我に戻ったメイの視線に険が乗る。それはまた、人間としての矜持を傷つけられたことによる、別種の不快感か。
なるほどテセウスの言う通り、錬金術の等価交換という大原則に不審な点があることは分かった。従来の認識が誤っていたことは認めよう。
しかしてそれが何故人類がホムンクルスであることに繋がるのか。彼女には皆目見当がつかなかった。
「人類と他の動物には決定的な違いがある。何か分かるか?」
またもや飛躍したように話が進むが、もはや二人は気にせず思考を巡らせる。
動物の違いなど骨格、血液、染色体の数というように多岐に渡る。
しかしテセウスが求めている答えはそんなものではないということは、アルフォンスにもメイにも分かっていた。
「錬金術が使えないことですか?」
「それは相違点から生まれる結果に過ぎない。間違ってはいないが根本的な理由ではないな」
結論が早すぎたか。そう感じたテセウスは話の修正を図る。
「先に聞いておくべきはこちらか。『扉』とは一体何だと思う?」
テセウスが問う。そもそも『扉』とは何なのか。
それはアルフォンスが肉体を取り戻してから、エドワードが『扉』を失ってから、常に考えていたことである。
ゆえに、彼の中にはテセウスと同じ答えが存在していた。
「元となった物質を取り込んで分解する入口。そして現実にて……構築物を反映させる出口。これが僕の答えです」
アルフォンスは己が導き出した答えを――ここに来るまでに抱いていた答えを、絞り出すように吐き出した。
「やはり面白いな君は。教え甲斐というものがないのだけが難点か」
アルフォンスの様子をじっと眺めていたテセウスは、心底面白そうに溜息を一つ吐く。
疑問符を浮かべているメイに向かって、アルフォンスは結論に至るまでの詳細を告げる。
「一般的には錬金術は理解・分解・再構築という三つのプロセスを経て行使されるものだと言われている。これさえ満たしていれば原理的には錬金術は使えるはず。だけど実際に兄さんは錬金術を使えない。つまり、この過程のどこかで『扉』が利用されているはずなんだ」
優秀な錬金術師であるエドワードが『扉』を失ったことで、錬金術を行使できなくなった以上、これは自明の理であった。
「では『扉』は一体どの段階で利用されているのか? 最後の
ひったくるように説明を遮ったテセウスは、その言葉を最後に締めくくる。
アルフォンスは、ただ睨むように彼を見つめていた。
「そ、それで! どうして私たちが作られた存在だという話に繋がるのですか!?」
両者の間に漂う不穏な気配。それを振り払うように、メイは殊更大きな声を上げた。
「……ですね」
「え?」
「他の生物には、ないんですね……『扉』が」
兄さんと同じように。
アルフォンスは蚊の鳴くような声を出した。
ここに至り、アルフォンスは人類の異常性を認識し始めていた。
テセウスは頷く。
「そうだ。例え動物が人類以上の知性を獲得して錬金術を学んだとしても、彼らは決して錬金術を行使することができない。その証拠が君たちが言うところの国土錬成陣だ」
国土錬成陣。
「つまりは尋常ではない手間暇が掛かる作業だ。国中の人間を賢者の石に変えようとしているわけだからな」
そう。大規模であるがゆえに必要な労力もまた多大。スロウスという
「だか少しでも知恵が回る者であればこう考えるのではないかな?『人間ではなく家畜やモルモットといった動物の魂を使って賢者の石を作ろう』と。だが先達殿はわざわざ人間から賢者の石を作ろうとした。何故そんな迂遠な手段を取ったのか? 彼は我らの想像を超える愚か者であったのだろうか?」
それは決して有り得ない。
良くも悪くも、その程度の知性体であれば、あれほどの大陰謀を巡らせることなどできない。
であるならば、結論は明白だ。
「人間である必要があったのではない。動物ではダメな理由があった。そう言いたいのですか?」
「その通りだメイ殿。結論から言えば『
テセウスは断言する。
メイの思考を置き去りにして。
アルフォンスの感情を置き去りにして。
「動物にも魂は存在する。君たちの話に出てきたバリーという犯罪者が良い例だ。だが動物の魂が活用された事例は他になかったはず。つまり動物には『扉』がないと言える」
「その結論に至るには早計では?」
動物に魂が存在することは分かる。他に活用されなかったことも分かる。
だがそれがどうして、動物が『扉』を持たないことに繋がるのだろうか。
「否。この結論以外ありえない。国土錬成陣という存在がそれを証明している。先も言ったようにこの手法は極めて迂遠。であればもっと簡易な方法はなかったのか、ひいては『なぜ動物の魂から賢者の石を錬成しなかったのか?』という疑問が当然生まれる」
テセウスの言葉に否定は入らない。
動物を実験に利用することなど、自然科学の分野でも行われていることだ。
人間という育成に膨大なリソースを費やす生物より、実験動物の方が管理・育成が容易で、増やすのも簡単だ。滞りなく流通するのであれば、食用家畜がどのように絞められるかを気にする人間は、きっと多くない。
であれば。国民全員を賢者の石を変えるために血の刻印を刻まなければならない手間を考えれば、何百年という時間があるのならば、動物から賢者の石を生み出すのが効率的だと言える。
「つまりは『動物からは賢者の石を生み出せない』。先達殿がその手段を取っていない以上、そう結論付けるのが最も合理的だ。ではなぜ『動物から賢者の石を生み出せないのか?』 その理由は一体何なのか?」
言葉と共に指を立てる。
一つ。
「魂がなかった? 賢者の石は魂のエネルギーを精錬した物質。確かにこの理屈ならば賢者の石ができぬのも納得が行く。だが先に言った通り動物は魂を保有している。答えは否」
二つ。
「頭脳が未発達? これも否。であれば赤子や幼児は国土錬成陣から逃れている。しかし誰であろうが人であるならば等しく賢者の石にされている。例外はない」
三つ。
「知性の有無? 勿論否だ。そうであるならば先達殿が作ったホムンクルス――七つの大罪を冠する者たちが錬金術を使えないのはおかしい。彼らの知性が人類には及ばなかった、などという戯けた反論はまさかないだろうね?」
四つ。私的に一番大きいのはこれだと前置きし――今度はアルフォンスが遮るように、彼の言葉を奪った。
「国土錬成陣に巻き込まれた人たちに、
テセウスはそれを気にした様子もなく、説明を続ける。
「その通り。賢者の石は魂を抽出して結晶化したもの。そして錬成には『扉』が必須。もし
君たち兄弟は例外中の例外だ。そう語るテセウスの口振りはどこか楽しげだ。
「己が『扉』を介して向こう側に渡ったアルフォンス君の魂が、エドワード君の『扉』から引っ張り出されたことにより精神の混線は引き起こされた。入口と出口が分かれたからだ」
つまりはだ。
「巻き込まれた彼らの魂を抽出したのは他ならぬ彼ら自身の『扉』だということ。そしてそれこそが『賢者の石』を生み出すのに必要なプロセスだということだ」
「……自らの『扉』に己が魂を抜き取らせ、その『扉』から排出されるのが『賢者の石』であると……?」
「その通りだ。それが『賢者の石』の唯一の製法であり、魂を『賢者の石』として抽出するプロセスに『扉』が必要なのだ。抽出後の『賢者の石』を一つに纏めるのは他者の『扉』でも可能であろうがな。そうでなくては複数の魂を保有した『賢者の石』を生成できまい」
重くなった口を無理矢理動かしたメイの疑問に、彼はあっさりと答える。
最後に伸ばした指を彼は振る。
「『賢者の石』を取り出すには被術者本人の『扉』を経由する必要がある。この四点を以って先達殿が動物から『賢者の石』を抽出しなかった事実を鑑みれば、答えは先の結論に集約される。すなわち動物には……より正確に言えば、人類以外の生物には『扉』がないという結論にな」
――さて、ここで君たちに問いを投げかけたい。
「生物の中で唯一『扉』を持ち合わせた人類と、『扉』を持たぬそれ以外の生物。おかしいのは……仲間外れはどちらだろうな?」
話が一区切りし、奇妙な沈黙が部屋に降りる。
錬金術の観点から見た人間と動物の相違点を、まさに人間である彼らは噛んで砕いて飲み込んでいた。
ここまで来ればテセウスが言う『人間が作られた存在であるという話』の真意も、二人にはうっすらと見え始めている。
落ち着いた様子を見て取ったテセウスは話を再開した。
「仲間外れ。そう仲間外れだ。我ながら良い表現だと思うのだが、どう思うかね?」
「……悪魔の証明は面倒かつ無意味だと言ったのは貴方ですよ」
「ふふっ。確かに。これは一本取られたな。他に居ないと言い切るのは早計か。だが否定するのは簡単だぞ。
「っそれは、そうですね……ええ。実感したばかりですよ」
メイは二人の軽口に反応できなかった。
彼女が抱いていた不快感は増大すれど、意気消沈していた。
まさか人間と言うアイデンティティを揺るがすほどの事態になるとは考えていなかったのだ。
無論、否定しようと思えばできるだろう。アルフォンスがいう悪魔の証明がまさにそれだ。
だが頭の冷え切った部分が、真理を追究せんとする錬丹術師としての側面が、テセウスの理屈を認めていた。
「良く分からぬが、そう気にすることはあるまい。ホムンクルスだろうがキメラだろうが、君たちが生きていることには変わりなく、いずれ死ぬことにも変わりはないのだぞ? 天然物か人工物かなどと些細な問題に過ぎないだろう」
「教えた本人がそれを言います……?」
「何を隠そう私も
「酷いブラックジョークですね」
とはいえ、ずっと気持ちを下げている訳には行くまい。メイは気持ちを切り替えんと意識した。
テセウスの言葉を己に言い聞かせる。
人類のルーツに不明な点はあれど、生物であることには変わりなく、今を生きていくしかないのだから。人工物であったとしても彼の言う通り気にする必要はない。ないのだ。
人工物。そう、人工物であると言うことは、作った者がいる訳で。
「……テセウス様のお話は納得していませんけれど、理解はしました。ですが仮に私たちを生み出した存在が居たとしたしましょう。その存在が私たちに錬金術の素地を与えたことも。では彼らは一体何者で、何の理由で私たちを生み出したのでしょうか?」
「それは分からない。私も君たちの生みの親ではないからな。おそらく人類に極めて近しい生命体ではないかと私は考えているが、結論は永遠に出ないだろう。製作理由もこれまた製作者でない以上ハッキリとは言えないが……おそらく便利だからではないかな?」
「べ、便利?」
「そうだ。準備する物は知識と錬成陣のみ。たったのそれだけで巨大な建造物を一瞬で作り上げ、非金属を貴金属に交換することが可能。しかもそれに掛かる費用は龍脈や地殻といった、一般的には利用しにくいエネルギーと来たものだ。労力・資源・エネルギー。人類が存続する以上永劫付き纏う問題であり戦争の火種にすら成りうる要素。その問題を根本的に解消しうる技術。それが錬金術だ。便利という他あるまい」
抱いた疑問への答えとしては、余り受け入れたくないものであった。
学術的な要素を抜きにして見たときの錬金術が主体であることは、研究者としての側面を持ち合わせるメイには受け入れがたい話である。
しかし外様から見れば、それこそザンパノたちから見た時の錬金術のイメージも、それから大きくは離れていない。
『錬金術とは便利な物だな』、この一言で片づけられることだろう。
「人道問題さえ目を瞑れば採用しない理由はなかろう。製作者側に倫理観が存在したかどうかは知らんがね。そして理由はともかく君たちという
そう語る彼の表情は何も映さない。至極当然のことを説明するのに何ら気負うことがないのと同じように。
推論と言っているが、彼の中では既にそう結論付けられているのだろう。
その決めつけに、メイは再びモヤモヤとした気持ちを抱えることになるが、それを無視して過ぎる疑問を投げかけた。
「『扉』を作ったということは、私たちを作った者は『真理』を生み出したということですが? それほどの技術力を持っているなら、わざわざ私たちを作る必要はないのでは?」
そもそも『真理』とは『全』である。『全』を生み出せるのであれば錬金術など不要。わざわざ迂遠な方法を取る方法など存在しない。
そして、もし『全』を作れるものが居るとしたら、それはもはや『神』である。
「一から作ったのではなく流用したのだ」
「流用?」
「この世界には人間以外にもう一つ。『扉』を持つ存在がある」
「地球、ですね」
アルフォンスは力なく答える。先ほどから何かに打ちのめされたかのように、両手を組んで、重苦しい顔で目を伏せている。
「その通り。まあ正確には惑星だがな。惑星が何故『扉』を持っているのかは議論の余地がある。惑星を発展させるための材料を『全』から引き込むために使っているのか、惑星そのものが超越的な生命体なのか、はたまたそれ以外なのか。それは私にも分からない。しかしここで大事なのは
「……地球が持つ『扉』を
「その通り。それが製作者たちが構築したシステムだ。『裏口』とは言い得て妙だな。言葉を借りるなら『裏口』の前に居座る
「何故断言できるんですか?」
アルフォンスは見上げる様にテセウスを睨む。詰るような言葉とは裏腹に、その視線に力が籠って無かった。
「貴方は不明な部分に関しては『おそらく』や『分からない』などといった言葉で断言を避けていました。ですが流用や
「ふむ。やはり面白いな君は。証拠はないが根拠はある。私自身だ」
「は?」
何故そこで彼自身が話題に上がるのだろうか。
「先達殿がどうか分からないが、私はそのシステムから零れ落ちたエラーのようなものだ。証拠は提示できない。私自身に、その自覚があるというだけの話だからな」
『
「そして私にとっての『扉』はシステムから逃げられぬ首輪であった。いずれ死した時は『扉』を介してシステムの元に戻り、エラーである私は不要なものとして取り除かれるだろう。もしくはシステムとして組み込まれ永劫に近い時間をシステム維持に酷使されるはずだ。元の『
そう。自己の消滅か、永遠の奴隷かという最悪の二択。それから逃れることこそが彼の目的。そのために選んだ手法が『一の放棄』であった。
「そして、これは君たち人類には……何ら一切の関係がない話だ。あくまで私の、
――話を最初に戻そう。アルフォンス君の疑問に答えよう。
「被造物とはいえ、君たちが生物であることに疑う余地はない。『扉』があろうがなかろうが、君たちはいずれ死に至ったとき地球の『扉』を介して大いなる流れ――『全』の中に取り込まれるだろう。その果てに何があるかまでは私の関知するところではないがね――詰まるところ、エドワード君が『扉』を失おうが、この世界で生きるのであれば大きな問題は存在しないと断言できる」
メイは結論を聞いてホッとしたように張り詰めた気を緩めた。
「色々と話が紆余曲折しましたが、エドワードさんに問題はないのですね?」
「ああ。錬金術が使えぬ以外、不都合を及ぼす要素は欠片も存在しない」
だから安心して、この世界での生涯を全うするがいい。
そう言ってテセウスは似合わない笑顔を浮かべた。
「なんだか最後の最後に、センニンらしい台詞が聞けた気がします」
「私はセンニンではないよ。『真理』を求めた何処ぞの術師に扉をくれてやった、ただのホムンクルスに過ぎない」
緊張が緩和し、和やかな雰囲気すら漂わせるメイと、変わらず淡々と言葉を返すテセウス。
アルフォンスは……ただセンニンと呼ばれた男の顔を、睨んでいるばかりだった。
次話(ラスト)は翌日12:05投稿です。
(最後の部分の話の展開が粗いと思いますので、後日修正するかもしれません)