底無き闇に光差せ / ortRoLoDs   作:弐の字

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04 悪魔、離反す

 

── 山中 ──

 

「随分と上手く化けるもんだな」

 

自身を道具と称したその男─五十木煌悠─が俺を真似た姿をとってみせた。見た目だけなら上手いこと化けられるらしい。玩具が増えたな。

 

「少しは面白くなりそうか?」

「あぁ。だが、自分と同じツラが居るってのは落ち着かないもんだな」

 

どうせバレるだろうが、あいつらを引っ掻き回すことくらいならできるだろう。

 

「ザギのことは……」

 

五十木が不安げに俺を見る。

 

「そいつならあの黄色い奴に手を出せば勝手に突っかかって来るさ。あのときザギはナイトレイダーにそいつが攻撃されたことに怒って出てきたんだろう? 情が湧いて出来ねえってんなら俺が変わりにやってやるよ」

「あいつは……、ローズは、下手すればザギより厄介だぞ」

 

ローズ、俺の上に降ってきた闇の巨人の名前らしい。

 

「へぇ? どんな風に」

「それは……、っ……」

 

俺がその巨人について訊ねると五十木は頭を押さえ、顔を背けた。

 

「お前がそうなったことに関係がある、と。そういえばザギもお前より酷く悶えてたな。精神に作用する能力か」

「あの目が……見てんだよ……、ずっと、あの目が俺を……俺の何もかもを……」

 

五十木が酷く怯え、うずくまった。

 

「そいつのこともザギと一緒に消しちまえ。そうすればお前はその恐怖からも逃れられるんだ。そうだろ?」

「あぁ……。そうだ……、そうだよな……」

「力はあるんだ。あとは殺るだけ。簡単さ」

 

俺は五十木に囁き続ける。こいつの精神は充分過ぎるほどに弱っている。呑み込んで操り人形にするなんてこと造作もないのさ。

 

「俺の前に姿は現さなかったが……、居るんだろ? もうひとり」

「ファウストのことも殺れというのか!? あいつは……鬱鬱は俺の……! それを殺せっていうのか! おまえに言われたって俺はそんなことしないぞ。鬱鬱は俺と居るんだ!!」

 

俺がもうひとりについて指摘すると五十木は顔つきを変えて俺に掴みかかり、まるで人が変わり退行したかのような様子を見せた。これはこいつの地雷らしい。

 

ファウスト、鬱鬱、また名前が出てきた。迂闊だなぁ。俺を仲間と思っての上か、それとも精神衰弱で抑えが聞いていないのか、五十木の口からは情報がボロボロと溢れてくる。

 

「じゃあこうしよう。お前はファウストをこちら側に引き入れろ。俺がローズに接触し、ザギを呼び寄せる。お前はふたりでザギを倒しな」

「だが……」

「ん、なんだ」

「ファウストはあいつのことしか頭にない。孤門一輝、あいつがファウストを繋ぎ止めている」

 

驚いた。ファウストと鬱鬱とやらが同一であり、斎田リコとは関係ないものだと思って聞き流していたが、そいつは孤門一輝に反応を示すらしい。どういうことだ? こいつらはいったい……? いや、それを問うのはもっとこいつを堕として思考を奪ってからのほうが簡単だろう。今はこいつの話を流してやる。

 

「孤門か……。やっぱお前、俺と手を組んで正解だぜ。ちょうど俺もそいつを狙ってんだ。だが、邪魔が入りそうなんだよなあ」

「俺は邪魔者の排除をしろ、というわけか」

「あぁ。もしお前のファウストが来たらそっちを優先してもいいぜ」

 

 

::

 

::

 

 

動悸が止まない。

 

メフィストの様子が逐一伝わってくるのだ。見ているものも、考えていることも、どこにいるのかも。

 

「本当に、寝返ったのか……?」

 

孤門くんが狙われてる。私はいいの。でも孤門くんは……。私が……、私が孤門くんを守るんだ。メフィストが孤門一輝を襲うのを阻止しなければ。やり過ぎればお前は……戻って来れなくなる!!

 

メフィストの向かう先に孤門一輝も居る。そのはずだ。

 

メフィストの気配が近い。私は足を早めた。

 

しかし。

 

「行くな孤門! 闇に囚われるな!!」

 

溝呂木と対峙した男─姫矢准─が叫ぶ。そして孤門の向かう先には……闇。遅かった。孤門は既にメフィスト達に接触されていた。

 

「リコ……」

 

孤門が闇へと手を伸ばす。斎田リコの幻覚。そこには、それがいるのだろう。

 

「孤門くん!!」

 

私は咄嗟に孤門一輝の手を掴んだ。孤門の動きが止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。

 

「リコ……なのか……?」

 

待て、今声を発したのはどちらだ。私か、リコか。だめだ、私が斎田リコとして接触してしまえば孤門を闇に引き摺り込んでしまう。それはだめだ!!

 

「私は斎田リコではない」

 

私はリコであることを否定する。しかし……。

 

「でも君はリコだ……」

「そうよ、そいつは斎田リコ」

「!?」

 

孤門が対峙していたであろう幻覚が姿を変え、祈織を撃ったあの女の姿で語りかけてきた。

 

「彼女、助かったのよ」

 

違う……。違う……!!

 

「何度も言わせるな。私は斎田リコではない。彼女は死んだ!」

「でも君はリコと同じ……」

 

私は、リコじゃない!!

 

「これ以上私に彼女を否定させないでくれ! 私は! あなたの愛した斎田リコじゃない!」

 

私が強く否定した瞬間、私達の間に光が放たれた。

 

「!!」

 

「闇に……囚われるな……、っぐ」

 

声の元へと顔を向ける。あの瞬間、姫矢─ウルトラマン─が手を貸してくれたらしい。

 

「邪魔するなって」

 

溝呂木が彼へと攻撃を加え、突き飛ばした。

 

「もう少しでファウストのことも堕とせたのにな」

 

溝呂木がダークメフィストへと姿を変えた。いや、あれはこの世界の溝呂木じゃない。

 

「メフィスト……?」

「流石に片割れの顔は間違えないか」

「待て、お前がメフィストなら……溝呂木は……祈織のところへ行ったのか! ……ッ!?」

 

走り出そうとした私の足元をメフィストが撃ってきた。

 

「なんの真似だメフィスト!!」

「勝手に行くなよ。こっちに来い、ファウスト。一緒にザギを倒して自由になろう」

 

メフィストが信じられない提案をしてきた。

 

「私はそんなこと望んでいない」

「……そいつが死ねばこっちに着くか?」

 

メフィストからの殺意が孤門へと飛ぶ。

 

「…………!! 孤門一輝! 逃げろ!!」

 

孤門を逃がさなければ……。

 

「けど! リコが!!」

「逃げろと言って……!」

 

私と孤門がもだついているのを見兼ねたように私の左手首のガルダナブレスが光った。

 

── わたしにできることはありますか ──

 

私はそれを強く握り祈る。

 

「……(お願い、孤門くんを守って)」

 

── わかりました ──

 

ガルダナブレスを握った右手の中に、小さな光を感じた。驚いて手を開くとそこには小さなネビュラム結晶が生まれていた。私はそれを、孤門一輝に渡さなければならないという使命感に駆られた。

 

「孤門一輝、手を出せ」

「えっ」

「早く!!」

 

差し出された孤門の手に、私の手の中に形作られた小さな結晶を押し付けた。

「逃げろ溝呂木が気付いてお前に標的を戻す前に、早く!!」

「嫌だ! リコ、リコも一緒に……ッ!?」

 

メフィストが孤門へ向け光弾を放ってきたが、バリアが生じそれは防がれた。私が発動したものではない。ましてや姫矢が発動したものでもない。とすると今しがた手渡した結晶の仕業と見るしかないだろう。

結晶の力を信じ、私はは孤門を突き放す。

 

「前を向け孤門一輝!! 闇に囚われたままの貴様にリコを会わせるつもりはない!!」

「リコ! リコーーーッ!!」

 

ローズのものに似た星雲の黒い翼に包まれ、孤門一輝は姿を消した。

 

 

::

 

 

「孤門……」

 

孤門を連れ去った翼は闇のように黒かったが、その気配は不思議と光のように優しいものだった。

 

「ちっ、逃がしたか。余計な真似を」

「姫矢! 孤門を頼む……」

「わかった」

 

ファウストに言われ、動こうとした俺にメフィスト─溝呂木ではないらしい─が光弾を放ってきた。俺はそれをバリアを発生させ防ぐ。

 

「誰がここを離れていいって言った?」

「メフィスト! なぜ溝呂木の側に着いた。なぜ孤門一輝を狙った!!」

 

このファウストも、先日まで俺が戦っていた闇の巨人とは別人らしく、こちらに協力的。

 

「なぜ? 言ったじゃないか。ふたりでザギを倒して自由になろうって。俺たちの望んだ神など存在しなかった。自由になって、俺たちふたりだけの世界へ行こう」

「躁躁の記憶か……。悪いが私はそちらに行けない。ザギ様が心を得られるよう、私はこれからも支えていくと決めたのだ」

 

ファウストが身構える。それに対しメフィストは信じられないとでも言うように姿勢を崩した。

 

「心? あんな奴にそんなものがあるとでも思っているのか」

「無いからこそ。無かったからこそ、ザギ様は今、それを知りたいと藻掻いておられる。我々の心に応えたい、と!」

 

ファウストが地面を蹴った。

 

 

::

 

::

 

 

黒い光から解放され、僕は森の中を走っていた。逃げろって言ったって何処に……。

 

「なんだ。結局あいつはお前を逃がしたのか」

 

突然声がして僕はそちらへと振り向く。

 

「溝呂木……」

 

そこには溝呂木眞也。今度こそ僕の知る奴で間違いない。

 

「お前をもう一度闇に沈めてやるよ」

 

溝呂木が僕へ掌を向ける。そこから闇が僕へ向けて放たれるが……、僕の懐からなにかが飛び出し、それが僕の前に立ちはだかる様に浮かび上がった。

 

「これは……リコの…………」

 

ガンバルクイナ。以前リコから貰ったストラップだった。それが先程の黒い翼と同じ光を纏い、溝呂木の放つ闇を吸収していく。

 

黒の中の星がバチバチと激しく弾け始め、それは遂に溝呂木へと放たれた。

 

「何ッ……!?」

 

黒い光が真っ白へと変わり、溝呂木を押し返した。光が収まった場所に溝呂木の姿はなかった。

 

理解できないことが目の前で起こり、僕は暫く呆然としていた。ふと意識が現実に引き戻され、まだ宙に浮いたままのガンバルクイナと目が合う。

 

「リコ……?」

 

リコがそこにいる気がして僕はその名前を呼んだ。

 

「リコ……、リコなのか?」

 

だが直ぐに、力を使い果たしたかのようにその両翼が粉々に崩壊しガンバルクイナは地面に落ちた。僕はそれをそっと拾い上げる。

 

「また……守られた……。リコ…………」

 

あの時も僕はリコに守られたのだ。そのせいで、リコは死んだ。それなのに。僕は……。

 

「僕に生きろって……言うのか……」

 

あのファウストはリコじゃない。僕の好きだったリコじゃないんだ。けれど、きっと、僕が立ち上がれるように、僕が前を向けるように、リコが会わせてくれたのだと思った。

 

「リコ……、ありがとう……」

 

僕は前に進むよ。君の分まで。

 

── みんなは あっちよ ──

 

「!!」

 

ガンバルクイナから皆のいるほうを示されたような気がして僕は顔をそちらへ向ける。

 

「……わかった。行こう!」

 

翼の砕けたガンバルクイナを握りしめ、僕は走り出した。

 

 

::

 

 

「「!!」」

「孤門くん……!」

 

闇を彷徨いし青年が光へと立ち戻るのを感じ、戦闘を繰り広げていた面々は一度動きを停めた。

 

「ファウスト」

 

姫矢がファウストへ目配せをする。

 

「わかった、行け」

 

またしても邪魔立てをしようとするメフィストを抑え、ファウストは姫矢を先に行かせるとメフィストを鋭く睨んだ。

 

「ちっ……。行かせちまった」

 

戦闘が続けられるかと思われたが、メフィストは戦意を手放し構えを解いた。だが油断は禁物、ファウストは構えをそのままに静観する。

 

「ファウスト、どうして俺と争う……。俺はお前と戦いたくなどないのに……」

「お前がそこにいるからだ。私だってお前を殴らずに済むならそうしたい」

「だったらこっちに来いよ。そうすれば争う必要なんてなくなる」

「ザギ様の下を離れるつもりなどないと言ったはずだ」

 

懇願するように語りかけるメフィストにファウストは断固とした答えを以て返す。フリなどではなく本心なのだろうが、それを受け入れる訳にはいかない。

 

「帰ろう、メフィスト。お前はそこに居てはいけない」

「ファウスト……どうして……ッ!」

 

一緒にきてくれないのか。そう続けようとしたメフィストが不意に言葉を切り、自身の左腕を押さえて後ずさった。

 

「……俺は帰れない。もう……帰れないんだ……」

 

そのまま姿を消したメフィスト。奴が押さえていたその左腕には、奴本来の力とは別の闇の力が渦巻いていた。

 

 

::

 

::

 

 

孤門に反撃を食らった。完全に想定外だった。だがこれからガキの相手をする分には問題ない。寧ろこのダメージさえも俺にとっては利用できるものだった。

 

五十木の言っていた場所に確かにそいつは居た。人間としてのサイズはそのままに俺はメフィストへと変身し、人間の子供の姿をしたそいつに話しかける。

 

「ローズ、ここに居たのか」

「…………メフィスト? ボロボロじゃないですか!! どうしたんですか」

 

目が見えておらず、大体の気配で周囲を把握しているということは五十木から聞いていた。だからメフィストであると認識されたことに驚きはしない。

 

「やられた……。俺と溝呂木の姿が同じだから……、あいつに身代わりにされたんだよ……」

 

俺と五十木の姿が同じであるのをいいことに俺はそれを利用し付け入る。

 

「ザギ様が戻ってくる前まででいい。匿ってくれ……」

「わかりました。こっちです」

 

子供は警戒も示さずに俺の手を引き、廃墟の奥へと俺を招き入れた。

 

辺りを見回す。こいつの他に誰かが居た形跡はあった。残りのふたりのものだろう。

 

「ふたりもここに居たのか?」

「はい。でもふたりとも用事があるって言ってどこかに行っちゃいました」

「そうか……」

 

寂しかっただろうなぁ? 不安だっただろうなぁ? 安心させるふりをして俺はそいつを腕の中に収めた。

 

「お前をひとり残して行くなんてな。ザギ様もファウストも不用心だ。俺が守ってやるからよ、一緒に行こうぜ」

「そうですね。私も不用心だと思いますよ、溝呂木眞也」

 

闇の力を流し込もうとそいつの体に回していた手が取り払われ、鳩尾に正拳突きを食らった。相手が子供の体な分、打撃としては軽かった。しかしそこには僅かにエネルギーが込められていたらしく、遅れて起こった内部爆発に俺はよろけた。そして到底子供とは思えない力で掴まれ、廃墟の外へと投げ出された。

 

「ちっ……、何故わかった」

「メフィストはあの姿の私のことを『ローズ』とは呼びません」

 

「溝呂木眞也、お前はメフィストに何をしたのですか」

 

顔を上げた俺の眼前には奴の黒い瞳があった。人間の姿から闇の巨人としての姿へ変身したようだ。俺を覗き込むその目には、それを見返し動けなくなっている俺が写っていた。

 

「はは……、はははははは!」

「私はなにか変なことを言ったでしょうか」

 

なんだ、あいつはこんなものにビビってたのか。可笑しくて可笑しくて笑えてきた。

 

「いいや? 俺はな、お前達の持ち主がぶっ壊したガラクタを拾ってやっただけさ」

「……私のことも拾うつもりだったのですか」

「お前はザギを呼び出すための餌さ。お前が襲われればザギが黙っちゃいねえだろ?」

 

「五十木はザギのこともお前のことも殺したがってる。俺はあいつに力を与え、こうして手を貸してやっているだけさ」

 

俺の回答を聞き、そいつは視線を外すと俺から距離を取った。

 

「残念ですがザギ様はメフィストと戦えません。ファウストが接触を禁じました。メフィストにはそうお伝えください」

 

そう言って奴は黒い翼を広げる。

 

「逃げるつもりか?」

「私も、お前との戦闘を禁じられています。お前と会敵した際には逃げるように、と命令を受けています」

「ザギってのは随分と臆病だなァ? 前回俺とやって手下に逃げられたことを引きずってんのか」

「いいえ、これはザギ様にお考えあってのこと。私も受け入れています。では」

 

奴は飛び立ちその姿を消した。

 

「……ちっ。挑発に一切乗ってこなかったな。それになんだ、前回と様子が違った……? 機械でも相手にしたみてえだ。ガキの相手よりやりづれぇじゃねえか」

 

「しかしメフィストだけじゃなく俺にも手を出さないとは……。どういうつもりだ、ザギ」

 

落ち着いて周辺の気配を探るに、五十木は撤退、ノスフェルもナイトレイダーとウルトラマンにやられたらしい。

だが……次だ。まだ終わっちゃいない。

 

 

::

 

::

 

 

「やはりそう動いてきたか……」

 

ファウストとローズから話を聞き俺は考える。メフィストが孤門とファウストに、溝呂木がローズに接触した。俺自身が直接動けないということがもどかしいと感じる日が来ようとは夢にも思わなかった。

 

「ザギ様……私……怖かったです。溝呂木に、連れてかれるかもしれないって、怖かったです……」

 

俯いたローズの体が震えている。余程、奴が恐ろしかったのだろう。

 

「ザギ様」

 

ファウストが俺へ向け、両腕を広げる仕草をしてきた。何をしろと言っているのかはなんとなく理解出来た。俺は力をかけずにローズを抱き寄せてやる。そのまま暫く撫でてやると震えは治まっていった。

 

「ザギ様、少しわがままを言ってもいいですか?」

 

俺の腕の中に収まったローズにそう聞かれ、どう答えるべきか俺は一度ファウストへ目で問う。

 

「聞いてやってはどうです?」

「……ローズ、我儘とはなんだ。言ってみろ」

「いっしょ……てほし…………」

「あ?」

「あぅ……」

「ザギ様今のはダメです、怖いやつです」

 

ファウストにダメ出しをされた。

 

「ちっ……。ローズ、もう一度だ。もう一度言ってみてくれ」

 

俺はローズと目を合わせ、いつぞやのネビュラムにしたように訊ね直した。

 

「一緒にいてほしいです……。ひとりで大丈夫って私は言いました。けど……、やっぱりひとりは怖かったです……」

 

我儘などと言われたからどんなものが提示されるかと思いきや、こんなものか。

 

「貴様は今更それを我儘と言うか。このザギが何度貴様を蹴飛ばしても貴様はこのザギを放さなかったというのに」

「でも私が、自分で離れました」

 

不貞腐れるようにローズが顔を逸らした。俺はその顎を掴んで正面へと戻し、再びローズの目を覗き込む。

 

「そんな程度で貴様はこのザギの下を離れたつもりだったのか? 俺はお前を手放したつもりはなかったが」

「メフィストも……自分で離れました」

「それとはまた違うだろうが」

「じゃあメフィストのことは手放したんですか」

 

ローズの問いにファウストがぎょっとして俺を見る。

 

「……そんなはずなかろう」

 

俺の答えに安心したのだろう、ファウストから放たれていた緊張が緩んだのを感じた。

 

俺はローズへと目を戻す。

 

「一緒に居てほしい、だったか」

 

俺の問いかけにロースが頷く。

 

「良いだろう。俺がこれ以上大々的に表に出るわけにはいかんと考え、身を隠す場所を探していたところだ」

 

ローズの目の奥にチカリと光が見えた。そんなローズの胸部装甲、コアをしまい込んだその窓を、俺は笑い、爪で小突いてやる。

 

「このザギを匿ってみせよ」

「はいっ!」

 

─パチッ─

 

「ッ……。正面でそれをやるな。眩しい」

 

フラッシュサイン。何度くらっても眩しいことに変わりはない。だが今回はどういうわけか、一瞬小さな火花が見えただけだった。頭の中を掻き回されることも、全身の感覚を走り抜ける強い信号も無かった。

 

「うれしくなると……どうしても。すみません」

 

ローズは苦い顔をして笑った。

 

 

::

 

 

「ザギ様がローズの中に潜伏なさるのならば、私を別働隊としてザギ様の手足にしてはいかがでしょうか。メフィストは私と戦うことを明確に避けました。私が居るだけでもある程度の抑止力になるのではと思うのですが」

 

ザギ様が動けないとなれば。私はザギ様にひとつの提案をした。

 

「ふむ。それもそうか。この後からは溝呂木が直接孤門達やネクサス……いや、ニ……ルナに手を出してくる。メフィストも同時に出てくると考えればお前の存在というのは奴らに大きな障害になるだろうな」

 

考え込み呟いたザギ様のお言葉に、私は引っかかるものがあるのを感じた。確かにザギ様には未来予知のお力があるのだが、見れる未来には制限があったはず……。

 

「ザギ様、確認したいのですがよろしいでしょうか」

「なんだ」

「ザギ様は今、未来予知を使われておりますか」

「ああ……そうだった。お前にはあの時点から先の記憶は無いのだったな……」

 

ザギ様は『未来』ではなく『記憶』だと仰った。

 

やはりこの世界は私達の在った世界と同じ歴史を辿っているようで、それはつまり、ザギ様はこの世界で起こる全てを知っているということになる。ニア……、ルナと闇との戦いを見届けるにはその記憶から逸れないようにこの世界の歴史を進めれば良いはずなのだと。

 

しかし、我々がこの世界の人間達に認知されてしまったことで分岐が起こってしまったであろうこと。またメフィストも途中まで記憶がある為に、溝呂木の側に回ってしまったことが大変厄介であるとの事だった。

 

「つまり我々が関わってしまったことで生じた差異を、出来うる限り修正するように立ち回るのですね」

「そうだ。俺が出るわけにはいかないというのもそれが理由だ。パワーバランスが崩れかねん」

 

「この段階ではまだ闇本体は手を出してこないはず。溝呂木に関しては様子見、メフィストに関してはバランスを崩してくるのなら抑え込む」

「指示は出す。任せたぞ」

「承知しました」

「ファウスト、お前はどうしてもメフィストと比べて戦闘力が劣る部分がある。お前だけでは厳しいと判断したらこのザギも出る。だから……」

 

 

「無理をして死ぬような真似だけはするな」

 

 

「はっ!」

 

死ぬな。私の身を案じてのお言葉か、それとも私の死が孤門一輝のトリガーを再び引く可能性を考慮しての指示か。どちらにせよ、ザギ様からこのお言葉を頂けたことが私は嬉しかった。

 

 

 

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