「どうして助けに行っちゃダメなんですか!!」
ガルベロスともう一匹のビーストを撃退し、
そこへ祈織の冒頭の台詞である。
「准はボロボロなんですよ!? あのまま戦ってたら死んじゃいます!!」
ここから遠くでのゴルゴレムとルナの戦いを感知してしまい、祈織が先程から暴れているのだ。人間態にしてあるために、それを押さえ込むのは容易いのであるが。
「この一戦はゴルゴレムを取り逃す、それが本来の流れなのだ!」
「だからって! 黙って見てろって言うんですか!」
「ゴルゴレムとの戦闘結果は今後の戦いの決め手となる技術の開発を左右する。姫矢の消耗も、やむを得んのだ……」
「ですけど……」
鋒人が事情を言い聞かせても祈織は口を尖らせ納得のいかない様子。
「奴を死なせるつもりはない。必要な分だけここで回復させる。だからここで待機しているのだ」
「それに、今ファウストを動かすのは酷だろう」
「………………、わかりました……」
苦しそうに眠るファウスト─今は先日地球で世話になった
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しばらくすると部屋の外が騒がしくなった。
「来たか」
だが姫矢を担ぎ込んだあの人間達は自分達を認識する可能性がある。出て行けと念じながら鋒人は聞き耳を立てる……のだが。
「知り合いが、ここに」
目を覚ましたらしき姫矢がそう言うのが聞こえ、続いてバタバタと数人の足音がまた騒がしく鳴り始めた。それは部屋を出てこちらの部屋へ向かってくる。そちらから来てしまうのならば、乗ってやるしかない。
─ガザッ
襖が勢いよく開かれ、姫矢と、それを引き留めようとした人間達がなだれ込んだ。余計なことを言われては面倒なので、姫矢にはしばらく意識を手放しててもらおう。鋒人は姫矢にふれると同時に波動で彼の意識を抑え込み、彼の知人としての演技を始めた。
「姫矢さん!? どうしたんすか!」
「あんた本当にこの人の知り合いか! やっぱこの人は姫矢准なのか! 山で倒れてるとこ見つけて、今さっき目ぇ覚ましたと思ったら、知り合いがここに居るって無理に動いて……、ここまで……」
「わかりました。姫矢さんはこっちで預かります。祈織、布団を出してくれ」
「わかりました、ととさま!」
「救急車は、呼んでありますか?」
「いや……、呼ぼうとしたんだが何も繋がらなかった……」
「そうっすか。実はウチもさっき呼ぼうとしたんすよ。けど繋がらなかった。おかしいっすよね」
鋒人はひなたのほうへと彼らの目を向けさせ、男─ホロクサ─の反応を見る。これで共感は買えただろう。
布団に寝かせた姫矢を鋒人は見おろす。こいつはなぜこちらに来た? そう思考しているとホロクサが口を開く。
「なああんた……、この人はどうしてあんな所に倒れてたんだ」
「………………、追っているものがある、姫矢さんはそう言ってたっす」
「そして『この地域でも何かが起こっている気がしてならない』姫矢さんはそう言って飛び出していって、こうっすよ。やっぱりここに何かあるんじゃ……」
「この人はそれを撮ろうと……?」
ふたりの会話を切り裂くように突如として地域一帯が停電を起こした。
ナイトレイダーがクロスフェーズトラップを発動させたのだろう。この人間を向かわせなければまた、流れが崩れる。鋒人は彼を扇動する。
「お兄さん、カメラマンっすよね。俺達、先日からここに滞在してたんで話は聞こえてたんす。……やっぱり、現場には行きたいですか」
ホロクサが彼を見る。
「姫矢さんは俺が看ておきます。俺、現役の救助隊員なんで、大丈夫っすよ」
「…………。わかった」
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ホロクサ達が旅館を離れるのを確認し、鋒人は姫矢にに掛けていた波動を解く。しかし起き上がろうとする姫矢を今度は素手で押さえ込んだ。
「貴様、ルナだな?」
「…………」
「あの人間を助けに行くと言うのならばそれはまだ許せない。ただでさえ俺達が居るというだけで歴史が狂っているというのに。これ以上余計な石を転がすわけにはいかん」
「彼を死なせろと、貴様はそう言うのか!」
「そうだ」
「巫山戯るな! 必要な死などあってたまるか!!」
「黙れ
「二度も闇に屈してなるものか……! ガあッ…………」
ルナが一向に退こうとしないので、鋒人は暗黒波動で彼女の意識を侵食し、一旦抑え込んだ。
「ほんの
この隙に姫矢を回復させなければならない。鋒人は姫矢の胸元に手を当て、少しずつ波動を流した。
「ととさま、嘘をつきましたね。ととさまは悪いひとです」
ここまで黙って子供役に徹してくれていた祈織が鋒人を咎める。
「……仕方ないだろう。ここに留まらせないために必要だった。それに最後のだけは本当でいいだろうが。
「そういう問題じゃないです。それに……、本当に、あの人間を助けちゃいけないんですか」
「…………」
祈織に改めて問われ、鋒人は考える。だが、答えは出せなかった。
と、姫矢の傍に置かれた、エボルトラスターに似た短剣から殺気を感じた。
「ルナ。しばし眠れと言っただろう」
短剣は答えない。
「ルナ、貴様は何を思い戦う」
『─…………─』
「この人間を追い詰めてまで、なぜ俺達と同じ道を辿る」
『─闇の根源がそれを問うのか─』
「貴様は何故この人間を選んだ」
自分との対話の意思はないのだろうが、鋒人はルナに問いを投げ続ける。
『─………………─』
「答えろ。そこに理由があるのなら」
『─あったとして私がお前に答えると思うか─』
「俺の質問に答うのを拒否するのは構わない。だが今俺の手を拒めば、こいつは道半ばで息絶えるぞ」
『─知ったような口を聞くな!!─』
「知っている。だからこうして、この男を治している」
「貴様ではもう回復が追いつかない。わかっているだろう。貴様も暫し休め」
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─ inside ─
光の中に俺は居た。
遠くに、あの巨人の背が見えた。
俺は巨人に問いかける。
「なぜ君はそれほどまでに強い怒りを胸に戦うんだ」
『…………、戦いで、友を失った』
強く儚い、女性の声が帰ってくる。
「君も大切な人を失ったのか。俺と同じだ」
『違う……』
『私が、彼の光を飲み込んでしまったのだ……』
その声色からは悲しみと自責が伺えた。
「なぜ君は……俺にこの光を与えたんだ」
『お前の光を、失いたくなかったからだ』
『光が失われるのを、見たくなかった』
『私の目の前で消えかけていたお前の光に、手を伸ばさずには居られなかった』
『私は一度、その光を自らの手で閉ざしてしまったというのに……』
だんだんと細くなっていく声に、この巨人の心の傷を感じた。
「君は、優しいひとなんだな」
『お前はそう、言ってくれるのか……』
『すまない姫矢。私はお前のことも……』
巨人が俯く。光が、遠のいていく。
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「ん……うぅ……」
「あっ! ととさま! 准が起きました!」
目を覚ますと視界いっぱいに子供の顔があった。子供が向いた方へと顔を向けると、見知らぬ青年が女性を看病していた。彼からは形容しがたい重圧を感じた。
「お前は……」
「この姿で会うのは初めてだったな、姫矢准」
こちらへと振り返ったその横顔にあの黒い巨人の顔が重なった。ふと、先刻よりも体の痛みが弱いことに気付く。
「まさか……俺の怪我を……」
「今の貴様に必要なだけ治した、過不足は無い」
「なぜ……」
「ビーストと戦いに行くのだろう。行くならさっさと行け。人間が余計に死ぬぞ」
「ととさま、そんな言い方はないと思います」
膨れっ面で男を宥めた子供が俺の方を向く。
「ととさまが意地悪ですみません。ととさまはまだ人と喋るのが下手なんです」
「あ……、あぁ……」
トゲしかない青年の言葉が子どもの言葉で多少は丸められた。
「俺達は貴様を助けはしない。止めもしない。だが……貴様の敵ではない。安心しろ、貴様の背を狙うような真似はしない。分かったら行け」
彼からの重圧が和らぐ。俺を急かすように光る短剣を掴み、俺は部屋を飛び出した。
::
姫矢は行った。
溝呂木は決戦の準備中。ゴルゴレムとの戦いには手を出してこないはずだ。ここまで修正すれば、決戦には辿り着く……はずだが……。
鋒人は先刻の出来事を思い考える。
姫矢がこの旅館へ運び込まれるのを待つ間に、ファウストが激痛に悶え始めたのだ。左腕に巻かれたネビュラム結晶が起因の痛み。祈織が言うにはメフィストに何かがあったということだという。
────
俺達は先回りをし、ゴルゴレムとの戦闘で力尽きた姫矢が運ばれてくる旅館に滞在していた。その待ち時間を利用して
「あ゙あ゙っ……くぅ…………うっ……」
「ひなた!? いったいどうした!」
「うっ……鋒人……くん…………。体が……っく、苦しいの……」
ひなたの左手首に巻かれたネビュラム結晶が鈍い光を放っていた。それを体の中心に抱え込み、ひなたは床に蹲る。
「やめて……。要らない……、そんな力……私は要らない……ッ!」
「祈織、これはどういうことだ」
「ひなたの結晶はメフィストのものとリンクしています。前回はメフィストの思考を受信していました。また……動きがあったということです。ですけどこれは……」
祈織は言い淀む。
「メフィストが溝呂木に手を出されたということか」
「そうと見て間違いないと思います」
────
俺の波動でその痛みを中和できたから良いものを。メフィストを泳がせてくれと言われた直後にこれだ。しかしここを離れるわけにもいかず、待機を選択してしまった。
あれから動きが無い。そう遠くはない場所に二人の気配は感じるのだが、手を出そうにも俺の存在がメフィストをどれほど揺さぶってしまうか……。
「!!」
祈織がふと顔を上げる。
「どうした、祈織」
「メフィストからです。メフィストが、助けてって言ってます」
俺には聞こえない。祈織を狙い打ってテレパシーを送っているようだ。
「私、行ってきます」
「待て!」
部屋を飛び出そうとした祈織の手を俺は咄嗟に掴んだ。
「どうしてですか」
「罠としか思えん」
「だとしても、今動けるのは私だけですよ。それに、メフィストが呼んだのも私です」
祈織が俺へ顔を向けぬまま言う。その様子から俺は僅かに拒絶の意を感じてしまい、その手を放してしまった。祈織は、行ってしまった。
俺は祈織の手を放してしまったこの手を見下ろし、呆然とした。
祈織、どうしてお前は俺の手を離れて行ってしまうのだ。共に居てほしいと言ったのは貴様だというのに。なぜ……そうやって俺から離れる? なぜ、俺を置いていく?
俺は考える。祈織はこちらを見てくれなかった。これまで幾度となく俺の思考を強制的に回させてきたあの光─フラッシュサイン─は無い。俺は、自分の力のみで考えねばならない。
わからない。このザギの中に燻るこれが何なのかわからない。なぜ俺は先程祈織の手を掴んだ? なぜ俺はその手を簡単に放してしまった? わからない。わからない……!
「──────ッ!!」
声が音にならない。俺は髪を掻きむしり蹲る。考えれば考えるほど体は震え、呼吸は荒くなり、視界が不明瞭になっていく。
「鋒人くん」
ひなたの声に思考が停められる。俺はゆっくりと顔を上げた。すると俺の頬を液体が伝った。
ひなたが体を起こし、俺へと手を伸ばしてくる。その手は俺の頬にふれ、液体を拭った。
「追いかけなくて、いいの?」
「だが……、俺が行けばメフィストをまた追い詰めてしまう。そうだろう……」
「でも以前、祈織くんは言ってたでしょ。鋒人くん以外であれば自分を殺せる、って」
「!!」
「私達は鋒人くんの力の一部。たとえ消滅してしまっても、あなたの意思で作り直せる。だけどあの子は違う。もしものことがあれば、取り返しがつかない。そうでしょ……?」
ファウストの言葉に、俺は乱れた気を正される。
「…………ファウスト」
「はい、ザギ様」
「共に来てくれ。それでもし、俺がメフィストを攻撃しようとしたら……」
「はい、わかっております」
「お前には無理をかける」
「構いません。その労りがあるだけで充分でございます」
俺は