〜時少し戻り、ゴルゴレム初戦直前〜
凪に撃たれたあと、次の手を考えながら休んでいた溝呂木の元へと、変身を解いた五十木が逃げ帰ってきた。その怯えきった様子には溝呂木も呆れてしまった。
「どうしてあの場から逃げた? ザギを殺してえんじゃなかったのかよ」
「無理だ……。ザギを倒すなんてやっぱり無理なんだよ!」
五十木は肩を震わせ笑いだした。愉悦や歓喜から来るものではない、絶望や諦めといったものから来る笑いだ。
「気でも狂ったか」
「溝呂木、お前は勘違いしているんだ。ザギ様の御力を! ザギ様はかのウルトラマンノアを超えうる御方。こんな程度で倒せる相手であるはずがない」
ウルトラマンノア。五十木の発したその名前に溝呂木は自身の中の闇がざわめくのを感じた。それは自分達、闇の者の大敵に当たる存在なのだろう。
「ザギ様は恐ろしい御方だ。あの御方にとって、この世界の全ては道具に過ぎんのだ。この俺は勿論、貴様とて例外ではない」
絶望を前にしたためか、五十木の精神力が逆に元に戻ってきている。闇に落としきれていなかったのか?
いや、違う。溝呂木が彼に流し込んだ闇が弱まっているのだ。あそこまで参っていながらまだ抵抗していたとは。そう溝呂木は僅かながらにも関心した。
「俺も! お前も! ザギ様からすれば木偶人形さ! 不要となれば四肢を砕かれ、頭を捩じ切られ、中身を抉り取られ、躰の全てを喰い散らされ、骨まで飲まれてそして、消えるんだ……」
今のザギはお前のことも、恐らくは俺のことも攻撃できないというのに、怯えながら抗いやがって。哀れな奴だと溝呂木は思った。
まあこれも、ローズから言われたことを溝呂木が五十木に伝えていないから起こっているわけだが。
「俺達は既にあいつの繰る舞台の上に居るのさ。今の俺達は唯の哀れな…………、ガハッ……」
べらべらと喋り続ける五十木の腹に溝呂木は手刀を突き刺して嗤った。
「唯の哀れな……何だって? まだ育ちきってねえのに貴様の力を切り分けたな? そのせいで気弱になってどうすんだよ」
そこから首元まで手を引き上げ、胴体を切り開く。
「溝呂木……、なに……を……」
「まだ力が足りねえんだろ? ほら、受け取れよ。てめえが失った分以上に喰わせてやるからよォ!!」
「や、やめっ……、ぐあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁっ」
自身の体の内に根付く闇を解放し、今しがた切り開いてやった『口』に呑ませてやる。
「要らない……、そんな力……私は要らない……ッ!」
自身に注がれる力に苦しみながら、五十木は溝呂木へと右手を向ける。そこへエネルギーが集められていくのを溝呂木は察知した。無駄な足掻きを。溝呂木はその右手を捻り上げ、自身のエネルギーでそれを相殺する。
「とっとと呑まれちまえよ
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あれからどれくらいの時間が経った?
わからなくなるほどに俺は闇の力に晒されていた。
苦しい。
頭が痛い。
体の中を駆け巡る、
もうひとりの……、
おまえは……。
私の体に、縦に入った亀裂。
そこから吐き出される闇が私を呑み込んでいく。
俺達は、闇の中に溶け合い、ひとつに。
歪な形に、還ろうとする。
怖いよなァ。 憎いよなァ。
声が聞こえる。
お前の心は俺様と一緒だ。
付けられた傷がずっと、痛ぇんだ。
なあメフィスト。
あいつらのこと、消しちまおうぜ。
バラバラに引き裂いてさ、
ぐちゃぐちゃに喰い殺してさ。
たいせつなものを俺達から奪った存在に、
俺様とお前で仕返しをしてやるんだ。
私は闇にのまれた獣道をふらふらと歩く。
草の葉の先が足を掠る。
木の根が俺の足を掛ける。
ぐちゃぐちゃになった泥に足を取られながら進む。
進む。進んでいく。
もっと暗いほうへ、
もっと深いほうへ。
お前は俺と同じ。
ちょっと怖がりなだけなんだ。
ふたりならこわくない。
ふたりならこわくない。
いっしょに、いこう……。
声がする。
臆病者の声がする。
死に怯え
力に怯え
独りに怯え
悲しみに怯え
見えぬふりして
力を振るう。
臆病者の声がする。
ああ、
俺達はなぜこんなにも……
────────
「ッ!?」
俺の背後から視界の全てを塗り潰した閃光により、俺は意識を現実に引き戻された。
「そのまま進めば帰って来れなくなる。私そう言いましたよね」
気付けば俺の右手が小さな手に掴まれていた。振り返るとそこには祈織がいた。
「
祈織が、俺を引き戻そうと、俺の手を引く。でも俺は……お前が怖いんだよ……。
「邪魔をするなよクソガキが」
「!」
俺の代わりに闇が答える。俺は右手で祈織の肩をつかむ。左手を触手へと変貌させると、それを一本にまとめて刃とし、祈織へと向けた。
これでこいつの体を貫いてやればいいんだ。それだけでいい……、簡単だろう……。できるだけ楽にやってやるから……、俺を赦してくれ……、祈織……。
「…………ッ!」
祈織がまだ俺を見つめている。声が、聞こえる。俺を咎める、声が。その目で、俺を見るな……。こいつを、呑み込んでやるはずが、その真っ黒い目を見ていると、俺様がこいつを呑み込むのよりも先にそれに呑まれてしまいそうで……。やめろ、その目で俺様を見るな、やめてくれ……!
「なにをしてる。やれ」
木の影から俺を見ていたらしい溝呂木が現れ、急かしてくる。俺は祈織の顔と奴の顔とを交互に見る。だがやはり……
「…………できない」
俺は、祈織を放し、後ずさる。
「何?」
「できない。やはり私には……できない……」
「なあ溝呂木……なんでだ……? なんで俺にこいつを殺させようとするんだ……? なんでこんな怖い奴の相手を俺様にやらせるんだ……? コイツらが邪魔なのはてめえも一緒、だったらてめえも一緒にやったほうが早いじゃねえか……。なあ、そうだろ……?」
俺達は問う。溝呂木へと振り返り、上手く動かない体で奴に掴みかかろうとした。が、
「あんだけ注いでやったってのに。まだ足りねえのか貴様は」
溝呂木の目が赤く光り、俺の中に宿る闇が再び荒れ始める。牙を剥き出しにし、鉤爪を露わにし、俺を喰らおうと……。
「ぐあっ、アアアァァァアッ!!」
─殺す!─
─何もかも壊して、殺し尽くす!─
─俺とあいつ以外、全部無くなっちまえ!!─
「がああああぁぁぁあああああ!!」
俺は祈織へと向き直り、大きく振りかぶった左手を振り下ろしてしまった。
「よくもその男の姿でこんな真似ができたな!!」
突如として割り込んだ
::
以前、あの男に言われた言葉が蘇る。
─ 「それは流石に見過ごせねえ。子供に向けていいもんじゃねえぞ」 ─
今目の前にいる
だからこそ許せなかった。
俺から祈織へと振るわれようとした暴力を止めたあの男と同じ姿で、凶刃を祈織へと向けられたことが。
「……!? 違う……、俺じゃ…………私じゃない…………違う……ッ」
俺が目の前に現れたためか
「ととさまっ、どうしてっ……」
祈織の問いに俺はその肩を強く抱き寄せた。俺が無意識に震えてしまっていたからだろうか、祈織はそれ以上を問いはしなかった。
「ファウストは……どうしたんですか」
「俺の中に戻し、連れてきた。……合意の上だ」
「くくっ、はははっ! 漸く現れたかダークザギ!! こいつも待ちくたびれたってさ!!」
溝呂木が
「お前は一線を越えたんだよ、五十木。もう吹っ切れて全部やっちまえよ、ほら」
「ぐうあぁぁぁぁあああああ!!」
溝呂木が煌悠を操ろうと力を掛ける。
「これ以上メフィストに手を出すな!」
「この人間になにか思い入れでもあるのか? 闇の存在なくせに随分と人間くさいキレ方するじゃねえか、なあ、ダークザギ」
「溝呂木眞也ァ!!」
俺は溝呂木へと、固く握った拳を向けるのだが、
「あ〜、そのまま殴っちまっていいのか?」
「ッ!!?」
殴れなかった。殴れるはずがなかった。
溝呂木が虚ろな様子の
「ほら五十木、ザギが無防備で目の前にいるぜ」
煌悠の目元をほとんど覆い隠す前髪の隙間から
「やれ、五十木」
「ウオオオオオオオオ!!」
溝呂木の指示に煌悠が吼え、動き出す。
「ガ、アッ……」
煌悠の左手凶刃が俺の鳩尾に深く突き刺さった。互いの擬態した人間の体格差もあってか、俺の体は簡単に浮いた。
「五十木、やればできるじゃねえか。それでいいんだよ」
俺の腹を突き通した手が引き抜かれ、俺は地面に膝をつく。見せかけにすぎん体だというのに、俺の腹と口からは血のようなものがとめどなくこぼれ出してきた。
「メフィ……スト……」
「ザギ……さま…………、私、は……、ははっ……」
俺を見下ろす煌悠の表情が、怯え一色から狂喜へと塗り替えられていく。ああ、これは、不味いな。
「キハハッ……。なん……だ……、簡単……じゃあねえか……。なあ、気分はどうだ……ザギ……」
煌悠が俺の襟首を掴み上げる。
「てめえが道具として使い捨ててきた奴に殺られる気分はどうだって聞いてんだよ!!」
その左腕の刃で俺の胴体を逆袈裟に切り上げ嗤う。手を放された俺は今度は両膝をついた。
刃の先で顎を持ち上げられる。
「俺様か? 俺様はすげーいい気分だぜ。漸くてめえを甚振れるようになったんだからよォ」
刃の先は首から右腕の付け根へと流れる。刃は太い触手へと形を変え、俺の腕に絡み付く。そして根元から先端までが再び刃に変形し、俺の腕を切り刻んだ。
「ぐああああぁぁぁああッ!」
「簡単に死ぬなよ、ザギ。これまでの俺の痛み、どれだけてめえを切り刻んだとしても癒されはしねえ!」
このダメージが直に本体まで通るわけではないのが幸いだが、それでも見過ごせるものではない。ファウストに止めさせるか? いや、今の奴相手に戦闘はさせたくない……。
「いいや、とっとと死ね!! てめえらは俺様の悲願を達成するためには邪魔でしかねえんだよ!!」
「メフィスト! もうやめてください! 今ザギ様の中にはファウストも居るんです!」
触手を再び一本に束ね直し、それを振りかぶった煌悠を止めようと祈織が奴の足にしがみつく。
「邪魔ダ!!」
「んな!? あうっ!」
地面に伏した俺を前に、祈織が掴み上げられ、乱雑に投げ捨てられた。
それが引き金となった。
自分を抑え込んでいた鎖が壊れる音がした。
「メフィストォオオ!!」
「ひッ!!」
俺の怒号に
全身が急に震え出す。寒いのではない。逆だ。際限なく熱くなっていく。口元が疼くのを感じた。
『フルルルルル……』
俺は穴の空いた体でゆっくりと立ち上がり、重い一歩を踏み出す。俺が進んだ分だけ、煌悠は後ずさる。俺は奴へと飛びかかるべく足に力を込める。
「ザギ様! おやめください」
俺の中から現れたファウストが、俺に背を押し付けるようにして立ちはだかった。
『アアッ! グウ、ガアアアッ!!』
許さない。許せない。俺はメフィストへと手を伸ばす。
「ザギ様ッ、これ以上は互いに危険です! ここは一旦退却することを求めます!!」
ファウストが俺を押さえ付けてくる。どうしてだ。何故この怒りのままに動いてはならないのだ。放せ!!
「ザギ様、申し訳ございません。このファウストの勝手な判断、お許しください!!」
ファウストが白い炎を放つ。それは俺達や祈織、煌悠と溝呂木すらも飲み込み、煌々と燃え盛った。
視界が白く染められる。
元のサイズへと戻ったファウストの手に俺は祈織と共に包まれる。さらにファウストが飛び立ったことによる重力に曝されたことで俺の意識は一度ここで落ちることとなった。
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「はっ、っ、、はあっ……はぁぁっ……」
ファウストの放った白い炎を直にくらい、その大きな体を縮込めて五十木が地面に蹲り震えている。
「おら、起きろ。あいつらなら逃げたぜ」
溝呂木が足先でつついてみるが反応は無い。
「こんなに手のかかる人形を手元に置いてたんだ。ザギの野郎もよっぽどの物好きだな」
「ザギ……様……」
ザギの名を出せば五十木が漸く反応した。
「……、なあ、お前は今、『どっち』だ?」
溝呂木の問いにしばらく沈黙した五十木が震える口を開く。
「おれ……さまは…………ばはめっと……」
最高だ。漸く五十木が落ちた。漸く闇─バハメット─がこいつを呑み込んだ。溝呂木はほくそ笑む。
「バハメット、俺はお前に聞きてえことがあるんだ。勿論答えてくれるな?」
「何が聞きてえんだ……」
「全部だ。貴様の知り得た情報を全て吐け」
「全部…………。記憶、順番。ぐちゃぐちゃで駄目だ」
せっかく飲み込ませたのにこれでは使い物にならない。仕方なく質問を縛りそれに答えさせることにした。
「ザギは何者だ? なぜ俺の邪魔をし、なぜバハメットは奴を排除したがっている?」
「ザギは、ウルトラマンノア……その裏側……光の複製体。ザギは、未来から来た。てめえの歴史改変を阻止するため……。ノアは、バハメットを危険視した。ザギは、ノアの放った破壊者。だから俺様は、奴を殺したい」
ちぐはぐな答えだ。だが溝呂木に対しての情報源としては充分に機能した。
「つまりは、ザギはこれから先の未来を知っているわけだ。貴様も奴と来たんだ、貴様も知っているはずだろう?」
「………………、次の戦いでてめえは死ぬ。俺様が知ってんのはそこまでだ」
「!!」
史実では違う。それなのに
「じゃあ俺が次の戦いでウルトラマンを倒し、生き残れば……、ザギは任務に失敗するということだ。貴様がザギを抑えれば、邪魔が入ることなくウルトラマンを倒せる。ヘマはするなよ」
五十木は暫く動けそうにない。それに、未来から来たこいつを計画に巻き込めば、歴史改変と判定されてザギが来る。溝呂木は五十木を一度ここへ置いて行くことにした。動けるようになったら勝手に戻ってくるはずだ。
一人残され、五十木がボソリと呟く。
「……………………、てめえには次でレヴィーサと相打ちになってもらわねえと困るんだがなァ……」