底無き闇に光差せ / ortRoLoDs   作:弐の字

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08 悪魔、受容す

 

── inside ──

 

ここはどこだろう。

私は闇に呑まれたはずだった。

その中は暗く冷たい場所だと思っていたのに。

温かい海の中のようなふわふわとした感覚。

ここはどこだろう。

 

あぐらをかいて座っていた膝の上が温かい。目を下ろせばそこには黒い毛玉が蠢いていた。

それほど悪いもののようには見えない。ふれると柔らかい毛並みが私の手の表面をくすぐった。揉みほぐしてやれば、その毛玉は獣のような四つの耳のある頭と、ふにふにとした手足をを持った人形(ヒトガタ)へと形を変えた。

 

「お前はどこから来たのだ」

 

私は人形に問うが応えはない。こうして触ることが許されているので、こいつに拒絶されているわけではないようだ。抱き上げてやると少し暴れたが、直ぐに落ち着いて私にその身体を預けてくれた。

 

不意に人形が私の後ろへ手を伸ばす。気になって振り返ればそこには箱が置いてあった。というより、私が寄りかかっていたものが箱だった。人形はその蓋に手をかけ、開けたがる。この中には、なにか私の大切なものが入っているような気がする。それも簡単に人には見せられないもの。

 

「だめだ」

 

私は人形を箱から引き剥がし、膝の上へ戻した。

 

「お前も、独りなのか?」

 

人形は俯いて応える。

 

「私と一緒だ。だが……私は誰を失ったのだったか……」

 

私が呟くと、人形が、自身の胸と私の胸とを交互に指さした。

 

「自分がいるだろう、と? ……そうだな。お前が居れば、私は独りではない。私が居れば、お前は独りではない」

 

私はこの温かな世界に身を浸すことにした。

 

::::

 

::::

 

─ 異形の海 ─

 

「くくっ」

 

順調に進みすぎて笑えてきた。

ウルトラマンを終焉の地の闇に捕らえ、あとはナイトレイダーの到着を待ち、姫矢を処刑するのみ。

 

ウルトラマンが消滅し、その光が俺のものとなったその時、あいつらがどれほど絶望した顔を見せるか。今から楽しみで仕方がない。

 

『そいつはてめえにゃすぎた力だぜ、溝呂木』

 

俺の内から声がした。

 

「ずっと大人しくしてたってのに。なぜ今更出てくるんだ。怖気付いたのか? バハメット」

 

『違ぇな。アレはてめえのもんじゃねえって言ってんだ』

 

人型の闇のシルエット─バハメット─が俺の中から現れ、詰め寄ってくる。俺の力を目覚めさせた後からずっと俺の中で黙りを決め込んでいた奴だ。

 

『てめえはザギを潰そうと動いてたから黙って見ててやったがな、ここから先での脱線は許せねえな。その体、その力、俺様に明け渡しやがれ』

 

バハメットの背から伸びる触手が俺へと接続された。

 

闇が触手を伝う。バハメットが目を細め、口を裂き笑う。だがその表情は直ぐに崩れた。多方、あまりの手ごたえのなさに困惑したのだろう。

 

「わからねえのか、バハメット。今の貴様より俺の方が強い、って」

『なっ……』

 

俺に繋がれた触手から奴へと闇の力を逆流させる。バハメットの体がガクガクと震えだす。

 

『ぎや、ああああっ、やめろっ、やめっ……』

 

俺の闇に侵食され、その体にヒビが入っていく。あと少しだ。俺は流し込む力を強める。

 

「貴様という人格を消してしまえば本体からの操作はできなくなる。違うか? 遠隔操作なんて真似もできねえから貴様らそれぞれに人格があって、それで俺達に取り入ろうとするんだろうがな……」

『溝呂木いぃぃぃぃッ!!』

 

バハメットの絶叫と共にその像がガシャンと崩れた。飛び散った闇の粒子を俺の体へと吸い込み、自身の力に還元する。漸く異物感から解放された。気分は悪くない。

 

「…………溝呂木……ぃ……」

 

俺が良い気分に浸っている最中だというのに、俺の後ろから声がした。振り返ると、今しがた破壊したこいつの触手の一本に、胴を貫かれている五十木の姿があった。

 

『ケヒヒヒ……てめえの体は諦めてやるよ……。てめえが使えねえならこいつを使っててめえを邪魔してやりゃあいいってだけの話だからなァ……』

 

バハメットの不快な声が木霊する。

 

「往生際が悪ぃな」

 

だが五十木の内の(バハメット)は奴の怯えに同調、それを増長させたもの。押さえつけるのは容易い。

 

「おい! 五十木ィ!」

 

俺が名前を呼んで威圧してやれば五十木は肩を跳ねさせ、上目でこちらを見た。

 

「五十木。お前……俺がここで死ぬと言ったな。ここまで力を得ていてもその未来に到達すると思うのか?」

「それは…………」

「こいつみてえに俺に消されたくなきゃ、俺に逆らおうなんて考えを持たねえことだ」

 

::

 

「う……、うぅ……」

 

溝呂木の中にいたバハメットの最後の足掻きで放たれた触手が、俺様の体を穿き、じゅるりとその全体を俺様の体に滑り込ませてきた。意識が、混ざる。混ぜられる。俺が、分からなくなっていく。

 

俺様もてめえも同じ、バハメットの切れ端だってのに。なんでこんなにも『違う』んだ。

 

「嫌だ……」

 

てめえは……俺様じゃない……!

俺というものはいったい何だったのか。

 

『溝呂木の邪魔をしろ』

 

声が木霊する。もうひとりの……、溝呂木の所にいた俺様の声……。

煩い。そんなの俺様は知らない。俺様は、ザギを殺すってことしか知らない。そんなの俺様の役目じゃない!

 

俺様は穿かれた胴を押さえて蹲る。今すぐに、この体を引き裂いてでもこいつ追い出したかった。けどメフィストの全身を侵食しきれなかった俺様にはそんなことできなかった。右腕だけ、さわれなかったんだ。右腕だけ、奪いきれなかったんだ。そこに元から、誰かが居て護ってるみてえに。

 

「大丈夫……ですか」

 

溝呂木が連れてきていた女─サクタ─に声をかけられる。俺様はめいいっぱいそいつを睨み上げ、威嚇をした。

 

「大丈夫なわけ……ねえだろうが……」

「けれど……」

 

女が俺様の背に手を伸ばす。

 

「触んな! てめえは大人しくそこに居ろ!」

 

俺が怒鳴れば、女はその手を引っこめた。

 

動くなよ……。変に動いてシナリオを崩すなよ……。頼むから……。

 

 

 

『ウオオオオオオオオオオオ!』

 

 

 

終焉の地に突然咆哮が響く。俺達はその主へと目を向ける。…………ルナ(レヴィーサ)……。

力尽き、磔にされていたはずの奴が目を覚まし蔦を引きちぎった。解放されたレヴィーサは静かに立ち上がり、深い怒りに染まりきった青暗い目で溝呂木を見据える。

 

「何故! 何故あそこから自分で抜け出せた!?」

「キハハハッ。あいつは元々俺様、バハメットの片割れ。俺様と同一の闇なのさ。あんなもんで縛り付けるなんて不可能なんだよ」

 

「てめえがどう動くのか見てたんだろうぜ。そしてさっきてめえが俺様の人格を殺したから怒ってんだ」

 

ああ……レヴィーサが俺の為に怒ってくれた。お前の心はまだ……俺と……。

 

けどよレヴィーサ、まだだ。まだなんだよ。お前はまだ、そこで磔になってなきゃいけねえのに……。

 

レヴィーサが攻撃の構えを取った。溝呂木は盾にするつもりなのか、女へと手を伸ばしてくる。まずい、俺様は二人の間にこの体を割り込ませた。

 

「なんのつもりだ。バハメット?」

「てめえがこの女を盾にしようが、あいつは撃つぜ」

「姫矢がそんなことするはずねえだろ」

「いいや、撃つ。あいつはそういう女だ。てめえはまだあそこにあの人間の意思があると思うのか?」

 

俺に言われ、溝呂木がレヴィーサへと向き直る。あいつが腕の刃にエネルギーを集めていくのを確認すると俺様を振り返った。

 

「それならば貴様から奪ったこの力を使い、この手で奴を処刑するまでだ。奴が貴様の片割れだと言うのなら……、貴様の力と奴の力、そのふたつが揃って完全となれば俺は無敵の存在となる。そうだな?」

 

溝呂木が俺様を見下して嗤う。ハッとして見つめ返した俺様を無視し、溝呂木はダークメフィストへと変身し飛び立った。

 

「待てっ、溝呂木!!」

 

あいつを止めようとした俺様の声は爆風に呑まれて消えた。

 

溝呂木が行っちまった。レヴィーサがいくら俺様の片割れといえど、いま力の元となっているあの人間はとっくに限界を越えてる。俺様─バハメット─の力の一部をものにしちまった溝呂木が、本当にあいつを殺しちまうかもしれねえ。

 

もう全部ぐちゃぐちゃじゃねえかよ。こっからどう戻すんだよ! なあ!!

 

俺の本体へと心の中で怒鳴るが、俺から本体へは声が届かねえ。なんだよ。俺様にどうしろって言うんだよ。教えてくれよ。

 

『溝呂木の邪魔をしろ』

 

「っ…………、うるせえよ……違ぇって……俺様の役目じゃねえって……言ってんだろが……」

 

また声が木霊する。俺様が飲まれる。……けど、俺様は…………。

 

::::

 

::::

 

─ inside ─

 

私は人形を抱いて横になり、温かい闇の中に微睡んでいた。

ふと遠くに、声が聞こえた。怒鳴る男の声、泣く男の声。

 

人形が怖がるように震える。

 

「大丈夫だ。私が居る。ふたりなら怖くない……ッ!?」

 

突然私の足を冷たい感覚が襲う。足元へと目を向ければそこには、蛇のような黒が絡み付いていた。

 

「ヒッ……」

 

あれはなんだ。なぜ私を襲う。蛇の胴体に足が押さえられ、這うことすらできず、私はただ人形を抱きしめた。こいつに奪われたくない一心だった。蛇はどんどん上へと登ってくる。

 

『溝呂木の邪魔をしろ』

 

怒鳴る男の声がはっきりと聞こえた。

 

蛇が口を大きく開き、人形の頭を咥え込む。私の体から人形の体へとその長い胴体を滑らせ私から人形を取り上げた。

 

もがく人形を蛇は呑み込んでく。

 

嫌だ。そいつを返せ。そいつはお前のじゃない。そいつは俺の……友達だ!

 

 

 

─  ⠺⠎⠪⠔⠕⠹⠫⠕⠃⠢(そのこをたすけたい?) ─

 

 

 

声が響く。

俺は聞かれるままに答える。助けたい、と。

 

─  ⠺⠎⠪⠥⠿⠢⠧⠹⠞⠔(そのこはメフィストを)  ⠌⠷⠇⠎⠷⠪⠴⠐⠕⠴⠐⠕⠜(やみにのみこんだんだよ) ─

─  ⠺⠎⠪⠎⠻⠃⠐⠟⠿⠢⠧⠹⠞⠥(そのこのせいでメフィストは)  ⠅⠡⠵⠇⠧⠐⠞⠃⠪⠞⠔⠳⠕⠴⠐⠕⠜(なかまにひどいことをしたんだよ) ─

─  ⠺⠛⠐⠟⠾⠃⠃⠎⠢(それでもいいの?) ─

 

構わない。俺はこいつを失いたくない。

俺はこいつをひとりにしたくない。

 

─  ⠄⠡⠂⠕(わかった) ─

─  ⠿⠢⠧⠹⠞⠐⠡⠃⠉⠅⠑(メフィストがいうなら)  ⠃⠃⠜(いいよ) ─

 

─  ⠪⠴⠐⠞⠥⠈⠕⠴⠞(こんどはちゃんと)  ⠐⠳⠐⠭⠴⠐⠟⠳⠵⠂⠟⠏(じぶんでしまってね) ─

 

箱の蓋が開く。忘れていた何もかもが俺の中へと流れ込んできた。こいつに苦しめられたこと、こいつに呑まれ、ザギ様やファウスト、ローズまでもを攻撃したこと。全てを思い出した。それでも俺は、こいつを助けたい。その気持ちは変わらなかった。こいつが俺に語った心は、本物だったんだから。

 

「そいつを放せ!!」

 

俺は蛇を右腕の鉤爪で切り裂く。蛇の口の中から人形を取り返し、まだ開いたままのその口に、鉤爪を展開したままの拳をぶち込む。今度は俺を飲み込もうと蛇が俺の腕に絡み付くが、俺はその蛇の口の中で力を解放する。

 

白い雷撃へと変わった力に内側から穿かれ、蛇は跡形もなく灰になって消えた。

 

腕の中から俺を見上げる人形の表情が怯えへと変わっていく。放してたまるか。俺から逃れようと暴れだす人形を俺は抱きしめ、優しく声をかける。

「だいじょうぶ。わかってる。お前の恐怖も孤独も、全部わかってる。だいじょうぶだ。お前は俺と一緒だ。だいじょうぶ、怖くない」

人形は徐々に大人しくなっていき、最後にはその赤い目から大粒の涙を零しだした。

 

この泣き虫の頭を撫で、俺は外の世界へと目を向けた。

 

::::

 

::::

 

─ 異形の海 ─

 

「!!」

 

蹲る俺様の右腕に突然力が入った。人間の形をしたそれから、メフィストの異形の腕へと変わっていく。右腕の篭手、アームド・メフィストからは溝呂木のものとは違う黒い鉤爪が展開された。

 

「……なんだよメフィスト。大人しく……眠ってりゃいいのに……。俺様の邪魔をするってんなら……このまま先にてめえを……喰い殺すぞ……」

 

威嚇も意味はないらしい。鉤爪はこの体へと向けられ、あいつの触手に続くように俺様の腹を穿いた。そしてその直後、

 

「ギニャン!!」

 

俺様の全身を雷撃が走った。だがどういうわけだ、死ぬ程のダメージを受けた感じはない。そして、俺様を飲み込もうとしたあいつの声が聞こえなくなった。存在を感じなくなった。

 

「なにをしやがった……メフィスト……?」

 

痺れが治まり、俺は自分の腹から鉤爪を引き抜く。いつの間にか右腕が自由に動くようになっていた。

自ら力を明け渡すとは。真意が読めねえ。

 

『あれに混ざるぞ、バハメット』

 

俺の中からメフィストの声がした。

 

「あそこに混ざるだァ!? 巫山戯んな! 俺様はやんねえぞ。溝呂木の邪魔は俺様の役目じゃねえ! 俺様はザギを潰すんだよ! その前にあいつみてえに消されてたまるか!!」

『ザギ様達が来るまでの間でいい。行くぞ』

 

背中に触れられたような感覚があり、俺様は気付いちまった。

 

「って……、は? てめえ、完全に戻って来……」

 

飲み込んで沈めたはずのメフィストの意識が俺様のそばにある。浮上してきたくせに主導権を俺様から取り返そうとしねえ。どういうことだ。

 

「メフィストてめえ……、どうして俺様を消そうとしねえ。俺様の闇の底から戻って来れたのなら、俺様を消すことくれぇ簡単なはずだろ」

 

俺様が問いただすとメフィストは苦笑する。

 

『完全に呑み込もうとなんてしてなかったくせに』

 

何が言いたい。こいつを殴れないせいで余計ムカついた。

 

『お前の共感は本物だったよ。だから私はお前に呑まれてしまった。お前だって怖かったんだ。大切な存在をなくして、悲しくて、寂しくて、取り戻したくて、全てを憎んだ。そうだろ?』

 

『俺はお前を受け入れる。俺達の力を使え』

 

メフィストが、笑っている顔をしている気がする。

 

「意味わかんねえよ! どういう風の吹き回しだよ!!」

 

本当に意味がわからねえ。俺様は頭を掻き毟る。

 

『嫌か? あんなに必死に俺を呑み込もうとしてたのに。好きに使っていいぞって言ってるんだ。しっかり甘えろよ』

 

俺様の肩を叩き、前へと歩み出るメフィストの幻覚が見える。

 

『もう行こうぜ。俺とお前は一緒、二人なら怖くない、だろ? 無理に取り返したりしねえよ。これから一緒に戦うんだからよ』

 

「…………。いいのかよ。俺様はこの力を使ってザギを殺すぜ」

『ふっ』

「なぜ笑う」

『俺らみたいな泣き虫にやられるほど、ザギ様は弱くねえよ』

「この俺様が泣き虫だと? いいじゃねえか。やってやるよ。そうして後でてめえの(ツラ)をぶん殴ってやる」

『そうだな。ここを越えたらまた話そう』

この言葉を最後に、メフィストの気配は遠のいた。

 

俺は前に出る。そして少しだけ後ろの女に振り返って声をかける。

 

「なあサクタさん。そこから動かないでくれよ。あんたはここで死ぬ人間じゃない。あいつの最後までしっかり見届けろ」

「最後まで、って……」

「大丈夫だ。姫矢は勝つぜ」

 

俺様はレヴィーサと溝呂木の戦いに割り込むため、ダークメフィストとして飛び立った。

 

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