底無き闇に光差せ / ortRoLoDs   作:弐の字

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11 悶絶躃地に悪魔伏す:前

 

異形の海から現世へと戻ったメフィスト(バハメット)は、人も来ないような草原に転げて考え事をしていた。そしてこのときに五十木煌悠の姿を取ろうとして漸く、メフィストが行っていたのは『ダークメフィストへの変身』ではなく『人間への擬態』であったことに気付いた。メフィストが最初から溝呂木を警戒していたことを知った。

 

『バハメット、よかったのか?』

 

五十木(バハメット)の横にメフィストの幻覚が現れ、話しかけた。

 

「なにがだよ」

『ザギ様と戦わなくて』

「…………」

 

ふすりと口を尖らせ、五十木(バハメット)はそっぽを向く。

 

『じゃあ聞いていいか。どうしてお前はザギ様を殺したかったんだ?』

 

もう隠す理由もない。バハメットはこいつとの対話をしてやることにした。

 

「……シナリオに無い脅威だから。邪魔だった。邪魔をされるから排除したかった」

『シナリオか。ザギ様にもそう言ってたよな。お前はどこまで知ってる?』

「……わからねえ。けど、たぶん俺の知ってるこのシナリオは途中までのものだな……。そもそも溝呂木のとこに居た俺様は、あいつがレヴィーサと相討ちになるよう監視するための存在なはずだ。俺達がその先を知ってる必要はねえってことなんだろ」

『そこで使い捨てられるからか?』

「………………そう、だろうな。命令して、放り投げてさ」

 

『お前はどうなんだよ』

「俺様はほら、ザギを殺すだけだし。溝呂木の命令だし? …………どうなんだろ。けど、回収には来るだろうぜ。てめえの中でぬくぬく育った俺様を取り上げに」

 

『取り上げられたら、どうなる』

「わかんねえ。けど、俺様が回収されたらてめえの中から俺様は消えることになるし、もしかすると俺様に紐付いたてめえの力も一緒に持ってかれる。それに……、いや、……うん…………」

 

なにやら五十木(バハメット)は口ごもる。

 

『どうした?』

「やる……だろうな、うん。より本体に近いはずのあいつがやったんだ。本体なら、やるはずだ」

『なにひとりごちてるんだよ。教えろよ』

 

ダル絡みでもするようにメフィストが肘で小突く。それを手で押し返すと五十木(バハメット)は真面目な顔でメフィストを見つめ返した。

 

「メフィスト、ここに居る俺様は本体であるバハメットの力の切れ端であり、同一の存在であり、それでいて別の存在。それは分かってくれ。そして俺達切れ端も、それぞれ別人。溝呂木のとこにいた俺様でさえ俺様とは全く違ったんだ」

「そしてあいつが俺達を乗っ取ろうとしたとき、俺様とあいつは混ざりかけた。俺様はあいつに喰われかけたんだよ」

「だからきっと本体も人格の統合なんて面倒なことはせずに、切れ端の人格は抹消する……。俺様が本体だったとしてもそうする。そうしねえとなんか……俺様がわからなくなる気がする」

 

『俺達の所にも、溝呂木の所にもそいつが来る、ってか』

「は? 溝呂木はあそこで、相討ちで死ぬんじゃ……? てめえも言ってたろ」

 

何故もう死んだ奴を狙う必要がある? メフィストの呟きに五十木(バハメット)が首を傾げる。

 

『その事なんだが……、やはりお前は姫矢との決戦までしか知らないようだな』

「てめえのさっきの言葉を返すぜメフィスト。ひとりでごちてんじゃねえよ」

五十木(バハメット)がムッスリとメフィストを睨む。

『悪いな。どうやら俺はお前に嘘をついたらしい。俺が……というかこいつが、かな』

 

メフィストが自身の腕の装備、アームドメフィストに触れる。溝呂木のものとの相違点、黒い結晶がメフィストの手の中で煌めいた。

 

「は……?」

『俺と融合して、どうだった。俺の記憶は、どうだった』

「ぐちゃぐちゃだったぜ。何もかも」

『それ、こいつの仕業。どうやったかは知らんがこいつが俺の記憶を仕舞い込み、お前に間違った記憶を渡した。なかなかやるもんだな……』

 

感心するように右手を空にかざし、メフィストは結晶の煌めきを眺める。

 

「じゃあ……どこが……。どこが間違ってやがる」

『少なくとも、溝呂木が死ぬってのは嘘だ。溝呂木は生きてる。この世界が俺の知る通りに進むのなら』

「そうか……。けど俺様はこの先を知らねえ。この先を知ってるのかもしれねえてめえの記憶も俺様には無え。それにてめえにゃ俺様を消す気も無えときた。どうすんだよこっから」

 

どうして自分がこの状態で放置されているのかもわからず、バハメットはメフィストの心の行方を問う。

 

『俺は……、できることならザギ様の下に戻りたい』

 

メフィストがそう言い切った瞬間、五十木(バハメット)がメフィストの肩を怒りに任せ強く掴んだ。先程まではただの幻覚だったというのに、メフィストは段々と実体を持ち始めていた。

 

「メフィストてめえ、ザギのことは殺さなくていいってのかよ!」

『それなら、もういいよ』

 

そこにこれまでのような覇気は無かった。何周か回ってすっきりしたような顔でメフィストは五十木(バハメット)を見返している。バハメットは毒気を抜かれてしまったようで、メフィストから手を離した。

 

「ザギのことが怖いんじゃなかったのかよ」

『勿論怖いさ』

「じゃあ、ザギに怯えたままでいいってのか。その恐怖を消すにはあいつを殺すのが一番手っ取り早えのに」

『そのままにしておくつもりもない』

「じゃあなんで……」

 

バハメットにはどうしても理解できない。なんで、どうして、とメフィストを問い詰める。

 

『私がお前の闇に呑まれ、ザギ様やローズに刃を向けたたあの時、ザギ様は私に危害を加えようとしたか?』

「あれだけズタズタにしてやったんだ。反撃出来なかったの間違いだろ」

『違う。お前もその身で受けただろう。ザギ様のお怒りを』

「…………」

『そしてあの怒りをファウストに押さえさせてまで、ザギ様は私への攻撃を堪えていた 』

 

『ザギ様は恐ろしい御方だ。それは変わらない。だが、ザギ様は変わろうとしておられた。私も、それは分かっていたはずなのだ』

 

『私はもう一度、ザギ様と向かい合いたい。ザギ様のお心を知りたい。そして私の罪を……償いたい』

 

バハメットはメフィストを見詰める。恐怖が消えたわけではない。まだザギに怯えているというのに、目を開けたまま前を見て。そこに宿っているのは、もう逃げないという意志。

 

「はあ…………。俺様はてめえの、『ザギへの恐怖からの逃避』が根源だった。それを俺様は、『ザギへの殺意』にすげ替えて存在してた。それが無くなっちまえば、なあ……」

 

もう自分ではこいつを支配できない。力を無理やり増幅させることもできない。支えを失い、この存在すらも薄れていく。写した心が、還っていく。

降参だ。バハメットはメフィストに対し支配意思の全てを捨てた。メフィストの中で自分が取り付いていられる島を探す。

 

「なあメフィスト。俺はこれからどうすればいいのかな……。分からなくなっちまったよ」

 

『じゃあさ、俺の手を握っててくれないか? またザギ様の前から逃げ出してしまわないように。ふたりなら怖くない、お前は俺と一緒。そう言ってくれただろ』

「……ちっ。しょうがねえな。付き合ってやるよ」

 

 

〜*〜*〜

 

 

「……なあメフィスト。ザギはやっぱり全部知ってんのか? バハメットを倒しに来たのか? バハメットのシナリオをめちゃめちゃにしにきたのか? バハメットを倒すために? ノアはまた、俺様からレヴィーサを奪うのか?」

 

『お前達とノアの関係のことは俺も知らない。だが、ザギ様はお前達のことを見定めに来たのだ。その結果、潰すべしとなればそうするだろう。これはザギ様自身の御意思だ』

 

矢継ぎ早に聴きまくるバハメットに呆れながらも、メフィストはひとつひとつ答えてやった。

 

「じゃあ最初からバハメットの邪魔をするつもりじゃなかった……?」

『そうだろうな、恐らくは。たまたま時と場所と悪い選択が重なっちまったせいでお前らに敵意を持たれた上、俺が離反してしまったが』

 

「俺様がしてきたことは……全部無意味だった……?」

 

自分達が下手に手を出しさえしなければシナリオはもっと簡単に進んでいた。その事実にバハメットは打ちひしがれる。

 

『お前はどう思う?』

「……わかんねえよ。教えてくれよ」

『俺が教えたら答えになっちまうだろ』

「けっ。意地悪」

『けどさ、俺にとっては意味のある事だったと思う。私はお前のおかげで、ザギ様と再び向き合う覚悟を決めることができた。もしかしたらザギ様も……。……俺の考えすぎかな』

「そんなのてめえの勝手な想像だ」

 

五十木(バハメット)は自分の体の異常を感じていた。実体を持ち始めたメフィストとは反対に、段々と力が抜け、自分のほうが幻覚になり始めていた。

 

メフィストに名前を呼ばれ、五十木(バハメット)は慌てて手を隠す。

 

『お前の本体とも話して、分かり合うことってできねえのかな』

「なんでそんなこと」

『お前の孤独も恐怖も本物だったからさ』

「……は?」

 

俺様の心なんて所詮作り物かもしれねえのに。俺様と本体とじゃ全然違うかもしれねえのに。

そうバハメットはメフィストに続きを促す。

 

『お前の本体は今、片割れであるレヴィーサを失ってて、そいつを取り戻したくて暴れてるわけだろ。けどレヴィーサ……ルナはお前や俺達のような闇を酷く憎んでいた。とてもお前達ふたりが同一の闇だったとは思えねえんだ』

「レヴィーサがそんな……、そんなはずねえ! あいつは闇だ! 俺様と同じ闇で、俺様の片割れなんだ!!」

『じゃあなんであのときルナはお前のことまで攻撃した?』

「それはっ……、えっ……、なんでだ……?」

 

メフィストに言われて溝呂木との決戦のことを思い返す。自分は……助けたはずのレヴィーサになぜか攻撃された。

その事実にバハメットの頭は大混乱を起こす。

 

「レヴィーサは確かに容赦のない奴だよ。けど、意味もなく俺様に酷いことをしたことなんて一度も……」

「なんで俺様はレヴィーサに攻撃された……? 俺様、さっきレヴィーサの味方だったよな?」

 

『お前が……、バハメットがあいつの守っていたものを壊したからあいつはずっと怒ってんだよ。だからお前のことも敵だと思ったんだろう。言ってたぞ、バハメットがビーストを引き連れて侵略してきて、守りたかった星も友もその戦いで失った、って』

 

メフィストはザギが以前ルナ(ニア)と話した内容をそっくりそのまま伝えた。

 

「俺様はそんなことしてねえよ。俺様はあいつらに捕まったレヴィーサを取り返そうとしただけだ」

 

バハメットがそう返すとメフィストは驚いた様子を見せる。そして少し考えてから再度口を開いた。

 

『…………お前らさ、やっぱ一回落ち着いて話したほうがいいんじゃねえの』

「なんでだよ」

『なんかすれ違ってる気がする』

 

「…………お前から見てそうなの?」

『少なくともお前らの話を聞いて俺はそう思った』

「レヴィーサ、バハメットと喋ってくれそう?」

『このままじゃ厳しいかもな』

「じゃあ無理だよ」

 

五十木(バハメット)はため息をつく。

 

「自分で言いたかねえけど、俺様って馬鹿なんだよ。一回夢中になっちまったら、殴り倒されねえと他人の話なんか聞けやしねえ。レヴィーサも俺様が話聞くようになるまで蹴ってくるし。それに、レヴィーサのことも……なんかもうよくわかんなくなっちまったし……」

「だからさ、俺様の本体とレヴィーサを喋らせたいなら、まず俺様の本体のことを殴り倒せよ。手加減なんかしなくていい」

『え、いや、いいのかよ。お前の本体だろ』

「俺様は俺様で、本体は本体だぜ。俺様がレヴィーサと喋っても意味ねえよ。あいつに喋らせなきゃいけねえだろ。泣き崩れるまで殴れ」

「……決めたぞ。俺様は本体とレヴィーサを仲直りさせる。そのためだったら本体にだって逆らってやるぜ」

 

 

 

 

 

 

「へえ? 逆らう気か。やっぱここでてめえを砕くのが正解ってわけだ」

「「!?」」

 

 

 

::::

 

 

 

「てめえも俺様だってのに。随分と酷ぇ逃げ癖が付いたなァ?」

 

メフィストに取り憑いたものよりもしっかりとバハメットを型どった闇が姿を現した。この声がした途端にメフィストの幻覚は消え失せた。体に戻ったらしい。

 

「ほら、俺様と代われよ。ザギを殺してやるからよ。やることは同じなんだ。俺様とてめえが代わっても何も変わらねえ」

「変わるっつーの。てめえは俺様じゃねえ!」

「確かになァ。俺様とてめえは違えよ。俺様にはてめえに無い力がある。ザギを殺すのにてめえじゃ役不足なんだよ」

 

見ただけでわかるよ。こいつにはザギへの殺意しか無ぇ。ザギを殺すために、俺達を使おうとしていやがる。

 

「いつまでザギを殺すことに執着してんだよ。ザギは俺様の邪魔をしようとしたわけじゃねえ。だからさ……」

「だから? あの野郎は俺様の邪魔をした。俺様とレヴィーサを引き裂こうとしやがった。殺すのに充分な理由じゃねえか」

 

闇が詰め寄ってくる。その気迫に押され、五十木(バハメット)は後ずさってしまう。

 

「(こんなの……俺じゃ説得できねえよ……。それにこいつも……本体じゃねえ……)」

『─交渉決裂か、バハメット?─』

 

メフィストの声が頭に響く。

 

『─このままあいつに消されちまうのか?─』

「─……いやだ……。いやだよメフィスト……。おれ、消えたくねえ……死にたくねえよ……─」

『─じゃあひとつ、賭けをしようぜ─』

「─なんだよ、てめえはこんな時に俺様にそんなくだらねえことをさせんのかよ!─」

『─いいや、違う。私と共に閉じこもってしまおうと言っている。今この場で消えたくなければこちらへ来い、バハメット─』

「─…………………………、わかった─」

 

バハメットは体の主導権をメフィストへと返した。

 

「くくっ、ふははははっ」

 

バハメットから体の主導権を返されたメフィストが笑う。

 

「何がおかしい」

「残念だったな。貴様にこの力は返さない。これから私はこの力ごと、私の精神を封じる。この体などどうにでもするがいい。私はザギ様の道具。死すればザギ様の元へと還るのみだからな!」

「てめっ……!!」

「何をしようが、貴様はザギ様を殺せん」

 

言い終わると直ぐにメフィストは精神を五十木の姿をとっていた体の深くに封じ、力なく地面に倒れた。

 

闇、暫し呆然そして一笑。

 

「…………ケヒヒッ。良いじゃねえか。体を残していきやがったんだ。てめえでてめえを殺さなかった事を後悔させてやる」

 

闇、その胴体を縦に裂き、口を開く。

 

「てめえをもう一度ザギを殺すための怪物にしてやるよ。そうさ。俺様はてめえを完全な怪物(メガナダ)にするための力だ」

 

口から吐き出された闇がメフィストを覆い尽くす。メフィストを覆った闇は口の中へと引き戻され、闇粒子のひとつさえ残さずに全て飲み込まれた。

 

「キハハハッ。俺様の闇にてめえを溶かして、俺様がてめえになってやる。てめえはこれからてめえでザギを殺すんだよ!」

 

闇の姿が揺らぎ、メフィストと同じシルエットを型取る。そしてメキメキと音を立てながら形が変わっていく。闇は高く嗤った。

 

::::

 

::::

 

僕は自室でひとり、数日前のことを思い出す。溝呂木との最終決戦。その最後の瞬間、光の中に現れた姫矢さんが僕に投げかけた言葉を。

 

─人を想う心が光となり、人を繋いでいく─

 

「人を想う心、か……」

 

ガンバルクイナの翼にふれる。この翼は以前砕けたはずだった。なのに、ノスフェルを倒した後もう一度見てみたらその翼が直っていた。

といっても完全に元通りなのではなく、砕けた両翼の代わりに、黒い結晶が翼の形になり補完しているのだが。これはもう一人のファウストから渡された小さな結晶、それと同じものだ。

 

溝呂木の闇から僕を守ってくれた力。それはまるで彼女が僕にその力を分け与えてくれたかのようなものだった。

 

「君は、リコなのか? それとも、あのファウストなのか?」

 

この結晶が放ったであろうあの不思議な言葉をもう一度聴きたくて、僕はガンバルクイナに問いかける。けれど返答は無く、結晶の中の小さな星が煌めくばかり。

 

いったいこの小さな結晶のどこにあそこまでの力があったのだろう。この結晶は触媒であって、なにか別のところから力を引き出しているのだろうか。それこそ、人を想う心、光から……とか。

 

僕がガンバルクイナを手に考え事をしていると突然、警報が鳴った。待機室へと急ぐ。

 

〜*〜*〜

 

[エリア24にビーストの反応がありました。しかしこの反応はダークメフィストです]

「そんな、溝呂木は倒したはずじゃ……」

 

イラストレーターから明かされた警報の詳細にナイトレイダーは驚愕しているが、これは俺様の想定通りだ。いや、少し遅いくらいだな。

 

「捕り逃したもう一匹のほう、ですよねイラストレーター」

[そうです]

「じゃあ今すぐ出動を……!」

[いえ、静観します]

 

出動してあいつを消しに行くことになるかと思いきや、ここで待機だと?

 

「どうしてですか!? 人が襲われるかもしれないのに!」

[ある人物との取り決めです。僕からはあのメフィストの撃破命令を出しません]

「イラストレーター、ある人物というのは、先日の介入者ですか」

[詳細は僕からは明かせません]

 

まさかザギに先手を打たれていた? 俺様はイラストレーターへと訊ねたが、答えてはくれなかった。ちっ、とっくに接触されてんのかよ。

 

[モニター、来ます]

「なっ……」

「待ってくださいよこれ……」

「CIC、あれは本当に……メフィストなのか?」

「見事に化け物じゃないか」

 

俺様は顔に洩らさないように内心で笑う。モニターには、元の姿をより歪な怪物へと変貌させられたメフィスト─メガナダ─が映っていた。

 

 

 

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